第98話 奇跡の軌跡
黄金の輝きと漆黒の闇が爆発する。
爆発が収束すると、そこにはルシフィロードの胸にもたれる様に頭を預けるエクスブレイドの姿があった。
次の瞬間、ルシフィロードが身動ぎすると、エクスブレイドはズルズルと膝から崩れ落ちていく。
『最後の悪足掻きも届かなかったようね』
エクスブレイドの頭部の剣は半ばから折れ、ルシフィロードの左胸にある悪夢のコアに突き刺さっていた。
だがコアは心臓のように脈動し、その動きは止まっていない。
ショウマの渾身の一撃はコアを貫くまでには至らなかったのだ。
『さぁ、そろそろ遊びはお終いにしましょう』
エクスブレイドを蹴り飛ばし、見下ろしながら、右手に漆黒の球体を生み出す。
そしてそのままの状態で掌を一番近くに蹲っていたソルインフィニオスに向ける。
『聖樹が消滅した事はあなたも知っているでしょ?あれと同じだけの力がこれには込められているわ。このままだとお友達が消えてしまうわね』
それは単なる脅しではない。
目的の為にはショウマを殺す事は出来ないが、それ以外なら躊躇はしないだろう。
その上、人質になり得る人物がここにはまだ後2人もいる。
もしショウマがここで断っても、レグラスを殺し、再び、シルフィリットかシアニーのどちらかを人質に取るだろう。
ショウマに残された道は唯一つしか無い。
『ああ。わかっ――――』
『もう止めて!カナコちゃん!!』
ショウマの心が折れようとした瞬間、エスト・アースガルトがソルインフィニオスの前に立ち塞がる。
『カナコ?誰よ、それは。あまりに絶望的な状況に気でも狂ったのかしら?』
エイミアだけでは無い。
ショウマもシアニーがいきなり何を言い出したのか分からなかった。
だがシアニーが錯乱したようにも見えない。
それにカナコという名前は、この世界の人間の名前としてはあまり聞かない響きだ。
どちらかと言えばショウマの居たもう1つの世界の人間の名前に近い。
『は!まさかカナコって……』
ショウマは気付く。
この場にいる人間でそれらしい名を持つ者が居るとすれば、それは唯1人。
『これがあなたの…カナコちゃんが希んだものなんだよね?』
慈愛の篭った声をルシフィロードの左胸にあるコアの中にいる少女へと向ける。
『ああ。そう言えばこの異世界人の娘の名前がカナコとかいったような気がするわね。けれどそれが何だって言うの?今更、そんな名前が何だって言うの!?』
ルシフィロードが闇球をエスト・アースガルトに向けて放つ。
しかし掌から離れた瞬間、凝縮されていたはずの闇は光の刃で貫かれ一瞬で霧散する。
『何なの?!』
『どうやら間に合ったようじゃの』
声と共に現れたのは、純白のマントを靡かせた白き魔動機兵。
“剣聖”ソディアスが乗るソルディアークが白く輝く剣を手にルシフィロードに斬り掛かる。
そして、
『遅くなってすまない。受け取れ、ショウマ!』
空からプロペラ機と人を合わせたような薄緑色の魔動機兵“ウィンディグラス”がエクスブレイドに向けて何かを投げ落とす。
エクスブレイドの目の前の地面に突き刺さったのは、白銀に輝く刀身を持つ一振りの片刃の剣。
いや僅かに反りがあり、剣というより刀に近い。
『サンキュー、レリア!なんとか間に合ってくれたようだな』
それは1ヶ月前にアーシェライトに作製を依頼していたもの。
イムリアスと共にキングス工房で製造し、完成したものをレリアが運んで来てくれたのだ。
エクスブレイドが刀の柄を握り、残り僅かな魔動力を注ぎ込む。
『後もう少しだったというのに、次から次へと……邪魔をしないで貰いたいわね!』
ルシフィロードが右手に闇の剣を生み出し、光の剣を受け止める。
そのまま力任せに振るうが、ソルディアークはその力を利用して後ろへ下がる。
『お主ら。いい加減、十分に休んだろう。そろそろ起きる時間じゃぞ』
『……寝てなどいませんよ……少しだけ休憩していただけです』
『……こっちだって、まだまだだ』
ソディアスに鼓舞され、クリムズンフェンサーとソルインフィニオスがゆっくりと起き上がる。
しかしそうはさせまいと、ルシフィロードの背中の羽根から伸びた触手が体勢が整わない2機に襲い掛かる。
『させない!!』
ウィンディグラスによって圧縮された空気の槌で伸びていた触手を上から押し潰す。
その隙に立ち上がった2機は、それぞれ炎を放って、触手を灰にする。
『カナコちゃんをあんたの束縛から解放するんだからっ!!』
エスト・アースガルトが頭上に巨大な氷の槍を生み出して投げつける。
その一撃を防ごうとルシフィロードが左手を前に出そうとして――しかし、間に合わず、腹部を直撃。
『なんなのよ、さっきから!なんでこんな雑魚ごときに……』
エイミアは苛立っていた。
先程まで完全に優位に立っていたのはエイミアだ。
それが今は互角、いや逆に押され始めている。
相手がショウマでは無いので、手加減などしていない。
それなのに手こずっている事が更に苛立ちを増幅させていた。
苛立っているせいでその理由に彼女は気が付いていない。
シアニーが少女の名を呼んだあの時から、ルシフィロードの力は弱まり、動きが鈍くなっているという事に。
そしてシアニーがカナコという名を呼ぶ度に、ドンドン力が弱まっているという事に。
ただシアニーはそうなると分かって名を呼んだ訳ではない。
少女の心がシアニーの心に入り込んで来た時、彼女が絶望した理由と一緒に、彼女が望んでいたものも同時に知ったのだ。
しかしそれが何故、彼女がそれを望んでいたのかは、シアニーにはすぐには気付かなかった。
けれど考え続け、自分と照らし合わせて、その理由に気が付いた。
少女の望みはただカナコという自分の名前を言って欲しかっただけ。
けれどそこには自分自身を見て欲しいという願いが込められていた。
異世界人。
邪法を生み出す技術者。
ルシフィロードを操る者。
そういった理由があるものでは無く、ただ単にカナコという人物を見て欲しい。
それが少女の願う希みであり、望み。
ショウマが何の飾りも無く、虚飾の仮面も被らないシアニーの素の姿を見てくれたように、カナコもまた自分自身のありのままの姿を誰かに認めて貰いたかったのだ。
カナコはこの世界に転移して来てから、1度たりとも名前を呼ばれた事が無かった。
それ故に自分の存在を認めて貰う=名前を呼ばれるという事に集約したのだ。
それこそが少女の唯一の希望となったのだ。
悪夢とは完全なる絶望の塊。
だからこそ全てを拒絶する程に強大な力を得る。
しかしそこに希望が生まれてしまえば、絶望は完全で無くなり、綻びが生まれる。
希望が大きくなればなる程に綻びは大きくなり、強大な力も削がれてゆく。
シアニーはそこまで理解して、少女の名を呼んだ訳ではない。
少女を救いたい。
ただそれだけの理由で行った行動。
だがそれが結果的に状況を好転させる要因となった。
『このまま一気に行くよ!!』
エスト・アースガルトが迫り来る触手を飛び越え、クリムズンフェンサーが闇剣の一撃を掻い潜り、ソルディアークが闇球をギリギリで回避して、ほぼ同時に剣を突く。
3方向からの攻撃をルシフィロードは空へ飛ぶ事で回避。
『逃がすかっ!』
『逃がさないよ!』
ウィンディグラスの放った竜巻が8匹の蛇と絡み合って、炎の嵐となって空を舞うルシフィロードを覆い尽くす。
しかし闇の衣を外側に弾けさせて、渦巻く灼熱の炎を吹き飛ばす。
並みの悪夢獣なら黒焦げになったであろう威力の炎の嵐だったが、ルシフィロードには大したダメージは与えられていない。
『無駄な事だとまだ分か――きゃあっ』
だが相手の視界を奪う事には成功していた。
氷の足場を作って空中へと跳んだエスト・アースガルトの氷の槍と、ウィンディグラスの風の刃を纏ったブレードナックルが、ルシフィロードの背後から羽根の付け根目掛けて突き刺さり、地面へと叩き落とす。
『ショウマ!後は任せたわよ!!カナコちゃんを元の世界に戻して上げて!!!』
ルシフィロードが落ち行く先には、腰を落とし、右手で刀を水平に持ったエクスブレイドが待ち構えている。
刀は白金の輝きを放ち、更にバチバチと放電現象も見られる。
この刀の名前はまだ無い。
付けるとしたら雷光刀といった所だろうか。
この刀の刃の無い峰部分にはシルブレイドのフレームに使用していた電気を通しやすい鉱石の雷鉱と“ライト”に使用されている白光石を螺旋状に組み込んである。
これはソディアスの持つ光の魔動力が悪夢獣の力を弱らせるという所から着想を得て考えていたもの。
白光石は通常の魔動力ではただ光るだけでしかない。
しかし強大な黄金の魔動力であれば、ソディアスがやって見せたようにその光を凝縮する事が可能ではないかと考えたのだ。
更にそこへ過電流を流し、熱と電撃を発生させて斬撃の威力を高める。
魔電動力炉を持つエクスブレイドと黄金の魔動力を持つショウマにしか使えない対悪夢獣にして対邪法、そして対悪夢用の決戦武器だった。
本来であれば実験と検証を繰り返し、一番効率の良い割合を算出した上で、黄金の魔動力で造る予定だったのだが、今回は時間も無く、またいつ攻めて来ても良いように魔動力を温存していた為、アーシェライトに製造を頼んだのだ。
急造品である為、ちゃんと効力を発揮するか分からないし、耐久性も定かではない。
しかしショウマは心配していなかった。
イムリアスとアーシェライトが完成したと言って送り出したものだ。
最大限とまではいかないかもしれないが、その効力は十分に発揮する事だろう。
それに耐久性についても問題は無い。
この一撃で決めるつもりだからだ。
指に嵌めたルビーガーネットを見ると、その殆どがくすんでいる。
もう殆ど魔動輝石内に魔動力が残っていない証拠だ。
つまりこの一撃で決着を付けなければ、戦う力は失われ、勝機も失われるという事だ。
だから仲間達を信じ、力を溜めていたのだ。
そして今、全てのお膳立てが済んだ。
『今度こそ終わりにしてやるぜぇぇぇっっっ!!!』
空から撃ち落とされてきたルシフィロードに向けて、エクスブレイドも空を駆け、必殺の一撃を振るう。
『予想通りね!そんな単調な動きをこの私が読めないと思って?!』
ルシフィロードが急制動を掛ける。
流石に完全に止まる事は出来ない。だが撃ち落とされた落下の勢いは僅かに緩む。
だがそれで十分。
エクスブレイドの放った横凪ぎの一撃はルシフィロードの僅か手前を通り過ぎていく。
その瞬間、エイミアは勝利を確信した。
異世界の扉を開ける為にはショウマとエクスブレイドは必要だ。
だが五体満足である必要は無い。
(これ以上反撃されても困るし、手足だけでも潰しておこうかしら?それとも目を潰そうかしら?喉を潰すというのも煩く無くて良いかもね)
先程までの苛立ちも何処へやら。
そんな事を考えるくらいには余裕が生まれていた。
右手に闇の剣を生み出し、エクスブレイドへと向ける。
知らず知らずのうちにエイミアの顔に笑みが浮かぶ。
だがそんな余裕も一瞬の事。
襲い掛かる激しい揺れにエイミアが我に返る。
『一体何が!?』
ほんの一瞬前まで目の前には、エクスブレイドが刀を振り切り、無防備な背中が見えていたはずだった。
なのに何故か今はその顔が正面を向き、赤く輝く瞳がルシフィロードを見据えている。
『終わりにするって言っただろ?』
横薙ぎに払った渾身の一撃は確かにかわされた。
だがそれはショウマも織り込み済み。
払った腕の勢いを利用して上半身を一回転させて遠心力を利用し、まず左腕で闇の剣を振り下ろそうとしていたルシフィロードの右手を弾く。
更にもう1回転して斬撃の威力を高める。
そして勝利を確信し、油断したルシフィロードに向けて、エクスブレイドの右腕が振るわれる。
ズゥィンというこの世のものとは思えない音が響いた後、2機は互いに背を向けた状態で地面に降り立つ。
崩れるように膝を着くエクスブレイド。
その右手にある雷光刀は半ばから折れている。
対するルシフィロードはその場に仁王立ち。
だがその左胸には横一文字に白金の軌跡が走っている。
そして暫くの静寂の後、ただの1本の線だった白金の光の軌跡が徐々に太く広がっていき、それと同時に悪夢のコアである赤黒い球体が裂けてゆく。
裂け目からはまるで血のように闇が噴き出し、コアはゆっくりとその脈動を鈍くし、遂には闇の放出も脈動も完全に停止するのだった。




