第97話 少女の想い
少女は8歳の頃、この世界に飛ばされて来た。
直前まで彼女は両親と共に旅行に行く為に飛行機に乗っていたはずだった。
初めての飛行機に興奮し、はしゃぎ過ぎて、安定飛行に入った頃には疲れ果てて眠ってしまっていた。
そして目が覚めたら、そこは機内では無く、どこか埃っぽい質素な岩作りの家屋が立ち並んでいて、両親の姿も見当たらない。
彼女は訳も分からず泣き叫ぶ事しか出来なかった。
だがそれで何かが変わる訳でも無かった。
どんなに泣き叫んでも、周囲から人が姿を現す気配も無く、ただただ乾いた風が砂と埃を舞い上げるだけ。
そこは砂漠の中にある小さな町だった。
ただ、悪夢獣の襲撃により住人が絶え、近くにあったオアシスも枯れ果ててしまった町。
もうこの町には誰1人居ない。
そんな事を知る由も無い少女は泣き続ける。
助けを求めるように。
悲しみを紛らわせるように。
ひとしきり泣いても状況が変わらない事に気が付いた少女は、泣き喚くのを止める。
いや、単純に泣き疲れたのだ。
そして少女はその場で膝を抱えて座り込む。
どれくらいの時が経っただろうか。
少女は喉の渇きと飢えと疲れと寂しさから、意識が朦朧とし始める。
徐々にその瞼が閉じられていく。
実はこれは全部夢で、次に目覚めた時は飛行機内ですぐ隣に両親の姿がある。
そうであって欲しいと願いながら、少女は意識を手放した。
少女は目を覚ます。
思うように動かない顔をなんとか動かして、周囲を見る。
何処かのベッドに寝かされているようだった。
飛行機内では無く、両親の姿も無く、少女に再び悲しみが襲い掛かる。
「マ…マ゛………パ…………」
枯れ果ててしまったのか涙は流れず、乾いてヒリついた喉から掠れた声だけが漏れる。
その声は両親には届かない。
けれど別の人物には届いたようだ。
「良かった。目を覚ましたのね」
視線をずらすと、そこには綺麗な銀色の髪を持つ1人の若い女性が居た。
母親では無かったが、凄く久しぶりに自分以外の人に会ってホッとする。
すると少女のお腹が盛大な音を鳴らす。
「ふふふっ、すぐに何か食べられるものを持って来るわね」
言葉通り、すぐに野菜の入ったスープを持って来てくれた。
「口の中に溜めて、少しずつゆっくり飲むのよ」
身体がまともに動かない事に気が付いたのか、女性がスプーンでスープを掬って、口元へと差し出してくれる。
乾燥した唇をなんとか開けて、口に含む。
そして言われた通り、少しずつ、ゆっくりと胃の中へ流し込む。
乾ききっていた口の中が、喉が、胃の中が芳醇な野菜スープによって潤されていく。
ただの野菜スープ。
だがこんなに美味しいものは初めて食べた。
少女はまるで親鳥から餌を貰う雛のように女性が差し出したスプーンを口に含む。
気が付けば、枯れてしまったと思った涙が瞳から溢れていた。
これが異世界の少女とエイミアの初めての出会いの記憶。
* * * * * * * * * *
少女がエイミアと共に生活するようになって数年。
エイミアは時々フラッと居なくなったかと思えば、次には全く別の顔になって現れる。
最初は驚いたが、姿形が変わろうと中身は彼女そのままだったので、いつしか気にならなくなっていった。
少女にとって彼女はこの世界の母親のような存在だった。
だが、流石に「ママ」と呼ぶ訳にもいかず、少女は彼女の事を「お姉様」と呼ぶ事にした。
少女はエイミアから多くの恩を受けた。
命を助けて貰った恩。孤独から救ってくれた恩。悲しみを癒してくれた恩。
それらの恩を返す為、少女はエイミアから様々な事を学んだ。
少女には元々技術者としての才能があったのだろう。
3年もすると魔動具の構造を完全に把握し、原理を理解した。
その2年後にはエイミアが造り出した悪夢獣を更に強化させる技術を開発し、悪夢獣の素材を使用した邪法の道具の開発にも成功した。
邪法によって多くの人の血が流れるだろうと少女は知っていた。
だがそんな事はどうでも良かった。
そもそも少女は理不尽に自分をこの世界に呼び寄せたこの世界が憎かった。
だから誰が死のうと、この世界が滅びようと少女には関係無かった。
ただエイミアの力になれればそれで良かったのだ。
けれど少女はたった今、エイミアに見限られた。
最強の魔動機兵を操っても目の前にいる1本角の白銀色の魔動機兵に手も足も出せなかったからだ。
「あれだけ目を掛けていたのに…失望したわ」
その一言で少女は失意のドン底へと落ちた。
期待に応える事が出来なかった。恩を返す事が出来なかった。
他の人からすれば、そんな事でと思うかもしれないが、少女にとってエイミアがこの世界の全て。
その彼女に否定された少女は絶望した。
たった1つの小さな小さな望みを叶える事も無いままに。
* * * * * * * * * *
『皆、来るぞ!気を付けろ!!』
ショウマの声にシアニーは我に返る。
頬を伝う涙を拭い、視線を悪夢と化したルシフィロードに向ける。
彼女の中に流れてきた少女の感情と記憶。
同じ女性であり、同じような感情を抱いた事があり、同情したが故に見えたもの。
それは幻なんかでは無い。
(あの子はあの女に利用されているだけ。絶対に救ってあげなきゃ!)
少女が絶望した理由は分かった。
けれど救う方法は未だ思い付かない。
ショウマに相談すれば解決策は見つかるかもしれないが、今は気を抜けない戦いの最中だ。
相談をしている余裕なんてない。
正面から迫り来る闇の触手を氷の楯で防ぎ、上から降ってきた闇の槍を身を反らせて、なんとかやり過ごす。
(いつも私はショウマに頼ってばかり。だから今度は私がなんとかする!!絶対にその方法を見つけてあげるから!!!)
触手の動きが止まった僅かな隙を突いて、エスト・アースガルトが氷の槍を生み出しながら突撃。
『援護する』
エスト・アースガルトに向かって伸びてきた触手をソルインフィニオスが放った炎蛇が迎え撃つ。
『こっちも忘れては困るよ』
いつの間にかルシフィロードの真横まで迫っていたクリムズンフェンサーが炎を纏った剣杭を突き出す。
その一撃をルシフィロードは左手1本で受け止める。
しかし僅かに注意がクリムズンフェンサーに向いた隙に、エスト・アースガルトが肉薄する。
氷の槍が空いているもう片方の腕を穿つ。
貫くまではいかない。だがシアニーは魔動力を振り絞り、右手を中心に氷の檻で固めていく。
『ショウマ!!』
エスト・アースガルトの背後から追って来ていたエクスブレイドが顔面に向けて飛び膝蹴り。
しかしそれは背中から回り込んだ骨張った羽根によって受け止められてしまう。
『まだだ!!』
膝に内蔵されたパイルバンカーを打ち出し、羽根の防御を弾き飛ばすと、左胸の悪夢のコアとなる赤黒い球体に肘を落とす。
肘にも内蔵されたパイルバンカーが打ち出され、コアを直撃する。
何かが砕ける音。
『救世の騎士とやらの力もこの程度なのね……いえ、こっちが強過ぎるのかしら?』
砕けたのはエクスブレイドのパイルバンカーの方だった。
そしてルシフィロードは右腕を震わせるように動かす。
たったそれだけで右腕を覆っていた氷の檻は粉々に砕け、その余波でエスト・アースガルトが吹き飛ぶ。
左手では剣杭を握り潰し、慌てて剣を離して後ろへ下がったクリムズンフェンサーに向けて、掌から発した闇弾で弾き飛ばす。
そして最後に腹部にある鬼の口から膨大な闇色の閃光を放ち、離れていたソルインフィニオス諸共、エクスブレイドを飲み込む。
『いい加減、諦めて私に従ったらどう?死なないように手加減するのも大変なのよ?』
悠然と佇むルシフィロードの足元に4つの機体が蹲る。
圧倒的な力の差。
しかもまだ手加減をしている。
それはとても絶望的な状況だ。
しかしショウマは絶望しない。いや出来ない。
もしここで絶望してエクスブレイドを悪夢化させれば、同じくらいの強さを得られるだろう。
しかしショウマにはそれを制御する術がない。
その上、エイミアが悪夢化したルシフィロードを手足のように操っている事から考えて、もしショウマが悪夢化すれば、確実に操ろうとするだろう。
それが彼女の目論見である事は明白。
だからこそ圧倒的な力を見せつけ、絶望感を煽っている。
もし操られてしまえば、全てが終わる。
そうなればエイミアは異世界の扉を開くだろう。
そして世界は時空の歪みによって崩壊する。
もし扉を開くのに失敗したとしても、誰も敵わない悪夢が2体も野放しになる事になる。
この世界は全て破壊し尽くされてしまうだろう。
どちらにしてもこの世界は終わりを迎える。
つまりどんな事があってもショウマは絶望してはいけないのだ。
『少し痛めつけた方が良いかしら?それともお仲間をいたぶられた方が辛いのかしら?』
エイミアは楽しそうに問い掛けてくる。
『ちっ、女王様なだけにサドっ気がありやがんのかよ……』
ショウマは減らず口を叩きながら、エクスブレイドを立ち上がらせる。
ブレイドソーは砕かれ、次点で高威力だったパイルバンカーも通じない。
万策は尽きたと言って良い。
だが諦めない。
『うふふっ。そんなにお望みなら苛めてあげるわ』
触手が鞭のようにしなり、エクスブレイドを打ち据える。
遊んでいるのか、一撃一撃にそこまでの威力は無い。
関節などを狙った致命的になりかねない攻撃はなんとか紙一重でかわしていくが、鎧甲は確実に傷付いていく。
それでもショウマは諦めない。
『うふふふっ、手も足も出ないというのは、正しくこういう事を言うのね!』
鞭で打ち据える快感を得たかのように、笑い声を上げながら、エクスブレイドに触手の鞭を振るい続ける。
諦めず、堪え続ける。
『あら?もう抵抗しないのかしら?』
肩や脚の鎧甲は外れ、ボロボロの見た目になり、動かなくなったエクスブレイドを見て、ルシフィロードの鞭を打つ手が止まる。
その瞬間をショウマは見逃さなかった。
溜めていた力を一気に爆発させて、飛び掛かる。
突然動き出したエクスブレイドに驚きはしたものの、エイミアは余裕の表情を崩さない。
ボロボロのエクスブレイドは武器らしきものを持っていない。
パイルバンカーも通じない事が分かっている以上、防御すら必要が無いだろう。
無防備状態でも傷1つ付けられないと分かれば、ショウマも流石に心が折れるだろう。
そう思い、エイミアは両手を広げて、エクスブレイドを迎え入れる。
『俺の心を挫くつもりなら、きっとそう来ると思ったぜ!』
エイミアの行動を読んでいたショウマは更にエクスブレイドを加速させる。
『エクスブレイドって名前の意味を!伊達でこんな頭をしている訳じゃないって事を!!』
エクスブレイドの頭部にある剣の形をした飾り角が黄金の光に包まれる。
『教えてやるっっっ!!!!!!!!!!』
頭部に金色に光輝く聖剣を掲げ、全身全霊を込めた頭突きがルシフィロードの左胸に突き刺さる。
黄金と闇が激しく爆ぜ、絡み合い、霧散していく。
女のものらしき高笑いの声が響く中、世界は金色の輝きに包まれた。




