第96話 希望ある絶望
2人が一線を越えた数日後。
遂にその日はやってきた。
『さぁ、答えを聞かせて貰えるかしら?』
それは空から舞い降りてきた。
流線型で左右対称の美しかった鎧甲は岩肌のようなゴツゴツとした赤黒いものへと変貌し、左右非対称の歪な形に変わっている。
肩や肘膝には歪な形の鋭い角のようなものが生え、胸部前面はまるで鬼の貌のような形をしている。
指先、脚先には爪が生え、腰の後ろからはまるで蛇のような尻尾が伸びている。
シンが乗っていた頃の姿が大天使であったとすれば、この姿はまさしく堕天使。
禍々しい姿となり、その全身に闇色の魔動力を纏ったルシフィロードの中からエイミアはショウマの答えを尋ねる。
「答えは変わらないって言った筈だぜ?俺はこいつと一緒にこの世界で最後まで生きる!その為にこの世界は壊させはしない!!」
隣にいるシアニーを抱き寄せながら、ショウマはエイミアに答える。
『うふふふ。やっぱりそういう答えなのね。なら力の差を見せつけて完全に屈服させてあげるわ!さぁ、黄金の力を私に見せて頂戴!』
楽しげな声を上げ、エイミアはショウマが力を使うのを待つ。
「言われなくても見せてやるぜ!」
既にシアニーとの口付けは済ませてある。
後は力を解放するだけ。
ショウマの全身から黄金の魔動力が迸り、足元に転移魔動陣を描く。
黄金の光は徐々に輝きを増し、その中心部に巨人の姿を形取って行く。
数瞬の後、そこには額から剣の如き飾り角が伸びた白銀の機体が姿を現した。
ヘビーギアにして魔動機兵であるエクスブレイド。
その操縦席に座りながら、ショウマは目の前にいるかつての乗機であり、今や禍々しく変貌してしまったルシフィロードを睨む。
『それが今のあなたの力なのね。素晴らしいわ!さぁ、行きなさい!』
『はい、お姉様!!』
エクスブレイドがブレイドソーを構え、戦闘態勢に入った事を確認すると、ルシフィロードは上空から一気に飛び掛かり、右手の鉤爪を振り下ろす。
『この程度かよ!』
鉤爪の一撃を半歩だけ下がる事で紙一重で避け、カウンターでブレイドソーを振り上げる。
しかしその一撃は膝から伸びた角によって防がれ、弾かれる。
『ちっ、流石に硬いな』
元々のルシフィロードの性能を邪法によって強化する事で、その性能はエクスブレイドより遥かに上と言って良いだろう。
しかも全身を纏っている闇の魔動力は、悪夢獣の纏っている闇の衣の強化版のような防御力を発揮している。
だが乗り手は素人に毛が生えた程度。
機体性能に振り回されているのか、動きに無駄が多く、隙も大きい。
だからその隙を突いて反撃する事は容易かった。
しかし防御力も上がっている為、たとえブレイドソーの威力を持ってしてもダメージを与える事が出来ない。
(くそっ。シェラに頼んでいたものが間に合わなかったのが痛いな……)
アーシェライトには新しい武器の製造を依頼していた。
この1ヶ月の間、イムリアスと共に開発に勤しんでいた筈だ。
だが流石に時間が足りなかったようだ。
『無い物ねだりしても始まらねぇ!こいつならどうだ!!』
黄金の光を刃に纏わせて剣を振るう。
ルシフィロードの脇腹を直撃する。
しかし大きく吹き飛ばす事は出来たが、僅かにしか傷は付いていない。
『うふふふっ。最初の威勢は何処へ行ったのかしら?この程度で勝てると思ったの?世界を救えると思ったの?』
エイミアの挑発に乗るつもりは無い。
こちらも向こうも機体を動かせる時間に限りがある。
しかもエクスブレイドもルシフィロードもこの世界の理から外れた存在である故か、普通の魔動力では動かせない為、魔動輝石の力が尽きた時が敗北を意味する。
彼女が挑発してくるのはショウマをもっと動かせて魔動力を消費させようとしているという事に他ならない。
ルシフィロードの操縦者の少女らしき人物は、ショウマより先に力を使い、この場に来るまで飛行してきた。
ショウマが転移魔動陣を使った分と差し引いても、あちらの方が消費は大きい。
その上、戦闘中の動き方の差の分も加味すれば、ルシフィロードの稼働時間はエクスブレイドより短い筈だ。
このまま拮抗状態を続けるだけで、勝利する事が可能なのだから、わざわざ挑発に乗る必要も無い。
消極的な方法かもしれないが、ダメージが殆ど通らない以上、これが一番確実な戦法なのだ。
ルシフィロードの攻撃を最小限の動きでかわし、最小限の力でカウンターを食らわせる。
有効打は与えていないが、これまで戦ってきた強敵や悪夢獣と戦う時より全然余裕があり、絶望感すら感じない。
そしてその時が訪れる。
ルシフィロードが纏っていた闇色の魔動力が目に見えて薄くなっていく。
『いくら強い機体があっても、それを乗りこなせなきゃ意味が無いんだぜ!』
これまで温存してきた黄金の魔動力をブレイドソーに一気に流し込む。
魔動力に反応してチェーンソーが唸りを上げる。
『こいつで終わりだっ!!!』
ルシフィロードから闇が霧散する。
その瞬間を狙い、エクスブレイドが剣を振り下ろす。
(じゃあな、ルシフィロード……)
かつての愛機に別れを告げ、剣で両断――――出来なかった。
消え失せたと思った闇の魔動力が間欠泉のようにルシフィロードから噴き出し、ブレイドソーを包み込み、粉々に砕いていく。
『死んだふり!?いや、活動限界時間はちゃんと計算したはず……』
シンとして戦っていた時に、彼の元には複数の魔動輝石が手元にあった。
それらを使って、魔動輝石毎に魔動力の蓄積量に違いがあるか試した事がある。
結果は全て同じ。
魔動輝石の質量や大きさに関わらず、蓄積された魔動力は同量だった。
つまり計算上は間違いが無い。
となれば考えられるのは、エイミアが複数の魔動輝石を所持しているという事。
『……けど、これは……』
ルシフィロードから噴き出している闇は先程までとは比べ物にならない程の圧力を感じる。
そして不快感とおぞましさ。
『ショウマ!下がって!!』
声に反応し、反射的に後ろへと飛び退く。
それと同時に闇の中から鋭い切っ先を持つ触手が飛び出してくる。
だがそれより早くエクスブレイドの目の前の地面の雪が盛り上がり氷の壁となって、触手を阻む。
視線を後方へ送ると、氷の彫像のような蒼白色の女神のような姿の機体“エスト・アースガルト”が刺突剣“氷雪の女王”を掲げていた。
『戦いの最中に余所見とは余裕なのか……いや単純にバカなだけか』
氷の壁を貫き、尚もエクスブレイドへと向かう触手を業火を纏った楯を持った赤地に白のラインの入った機体が阻む。
『心配で見に来たんだが、正解だったようだね』
更に上空から降ってきた真紅の機体が杭のような形の剣で触手を貫き、地面へと縫い付ける。
『『爆ぜろ!!』』
赤き2体の魔動機兵が同時に触手に向けて炎を放ち、爆発四散する。
『お前達……どうして……』
8匹の炎蛇を楯に纏わせたソルインフィニオスからレグラスの溜息が聞こえてくる。
『実力の次元が違うのは分かっていたから手出しするつもりは無かったのだが、お前があまりにも不甲斐無かったものだからな』
『とか言っているけど、一番先に君を助けに動いたのは彼だったりするんだけどね』
剣杭をルシフィロードに向けて牽制するクリムズンフェンサーから、シルフィリットが軽い調子で、レグラスの事を暴露する。
『ちょっと、先輩!そういう事は――ちぃっ!!』
話している途中で再び襲い掛かってきた複数の触手をソルインフィニオスは炎蛇で相殺し、クリムズンフェンサーは両手に持った剣杭で打ち払う。
『しかし…なんなんだこいつは!?』
触手の攻撃が止んだ後、闇色の光の柱の中にいるルシフィロードに視線を向けると、レグラスの背中にぞくりと怖気が走り、冷汗が噴き出してくる。
『…助けてくれた事は感謝するけど……ここでの登場はちーっとばかりタイミング悪かったかもしれねぇな……』
闇の柱の中でルシフィロードが更なる変貌を遂げようとしていた。
腕が、脚が、腰が、枯木のように細く、しかし大木のように強靭で、若木のようにしなやかなものへと変わっていく。
胸部の鬼の貌の左目にあたる部分にまるで眼球のように赤黒い半球が浮かび上がり、心臓のように脈動をする。
頭部には獣のような無数の牙の生えた口が開き、背中の翼からは羽根が抜け落ちて骨格だけのこれまでより更に禍々しい姿に変わっていく。
『ショウマ……まさか、これがあんたの言っていた……』
『ああ……そうだ。こいつが悪夢だ!』
シアニーの呟きにショウマは肯定の答えを返す。
『くっ、なんだ、この異常な程の圧力は……』
数多くの悪夢獣を葬ってきたシルフィリットでさえ、その威容に恐怖を感じていた。
ショウマから発した黄金の光が恐怖の波動をある程度中和しているからこの程度で済んでいるが、もしそうでなければ、足が竦んで動けなくなっていた事だろう。
『くっ、な、何なんだ、これは。なんで僕は……』
この中で、これまで最も悪夢獣との接触機会が少なかったレグラスは、あまり耐性が無かった為か、恐怖による身体の震えを抑える事が出来なかった。
だが流石は騎士候補生。
暫くすると意志の力で恐怖を捻じ伏せる事に成功する。
しかし恐怖に打ち克つ事が出来たとはいえ、この絶望的な状況は変わらない。
悪夢は素体となったものの元の強さで、その強さが変わる。
80年前。
ショウマが救世の騎士であるシンとして倒してきた悪夢は、基本的にこの世界で作られた魔動機兵が素体であった。
だが今回は違う。
世界最強の性能を持ち、邪法により更に強化されたこの世界の理から外れた存在であるルシフィロードが素体となっているのだ。
それが悪夢化したという事は……。
『うふふふっ。勝てると思った所から逆転され、更には悪夢化。どんな気分かしら?絶望を感じるかしら?』
悪夢へと変貌したルシフィロードからエイミアの笑い声が響く。
エイミアは操縦者の異世界人を絶望に追い込み、悪夢化させた。
そしてその余裕の笑い声から、自身が悪夢に取り込まれる事は無いという確証があるようだ。
確かにエイミアは悪夢獣を造り出した生みの親だ。
悪夢獣を制御する術を生み出し、その延長で悪夢を制御する術を生み出していてもおかしくは無い。
『くそっ、厄介な事になったな……』
仲間の援護があるとはいえ、ショウマの戦える時間はあと僅か。
タイムリミットまでに悪夢化したルシフィロードを倒す方法を、ショウマは未だ見つける事が出来なかった。
* * * * * * * * * *
シアニーは悪夢化したシルフィロードを目の当たりにしても、それ程の恐怖を抱いていなかった。
確かに圧倒的な負の感情は恐ろしく感じる。
だがそれ以上に悲しさを、寂しさを強く感じていた。
そして彼女はこの感情に対して哀れみのような感情を抱いていた。
この頬を流れる雫は、そんな想いから流れ出たものだ。
(この悲しみは何?この寂しさは何?)
しかしすぐにその正体が何か気が付く。
(そうだ。これと同じ感情を私は知っている)
アレスとの結婚を決意し、ショウマに別れを告げた後の自分。
そしてかつてショウマと出会う前の自分。
自らの本心を仮面で覆い、自らの心に蓋をしていた頃の自分。
その頃は悲しみや寂しさという感情にすら蓋をして、そんな感情があることさえ気付かなかった。
だが今ならばあの悲しみや寂しさが何処から来ているのか理解出来た。
(本当の自分を見てくれていないと知ったから……)
フォーガンという王家の人間だから。
アメイト家の娘だから。
騎士候補生だから。
美しい女性だから。
誰もが彼女の容姿や肩書きでしか見ていなかった。
彼女自身ですら騎士として、王族として、本来の自分を偽って生きていた。
(けれどショウマは違った……)
最初は単に田舎者で世間に疎かったから気付かなかっただけもかもしれない。
けれどシアニーが王族だと分かった後でも、態度を変えたりしなかった。
彼はシアニー=アメイト=ラ=フォーガンという個人を見てくれていたのだ。
その事に気付いたのは随分後の事だが、彼と出会ったおかげで、彼女は孤独の闇に落ちる事は無かったのだ。
(きっとこの悲しくて寂しい気持ちは、あの子の感情……)
シアニーは何度か声を聞いただけで、その操縦者の姿を見た事は無い。
声から自分と同年代くらいの女性だと言う事を知っている程度。
けれどかつての自分と同じような感情を抱いている彼女に、何処か共感を覚え、同情していた。
(もしショウマに会っていなければ、私もこの子と同じようになっていたかもしれない)
自分は救われたのだ。
だったら絶望に落ちた彼女も救う事が出来るかもしれない。
そしてそれが出来るのは――
(同じ気持ちを抱いた事のある私しかいない!)
次の瞬間、シアニーの意識は悲しみと寂しさが渦巻く負の感情の中に溶け込んで行った。




