第三章
「高畑君。はい、お弁当。いっぱい食べて、午後の授業と部活頑張ろう」
「いつも思うんだが、雨宮の弁当は脂が多い。この野菜ジュースも飲んでおけ」
「栄養接種ならサプリメントで十分だ。食事など、消化器官活動時に運動能力も落ちるし、非効率だ」
雨宮美奈子、近藤晶、三谷まどかが、三者三様に昼食を勧めてくる。もはや昼の恒例行事だ。
俺としては、雨宮さんと二人でゆっくり食事をしたいところなのだが。
四人の話題は、自然、昨日の出来事の事になる。
あの時、光に飛び込んだ俺は、その中で意識を失った。そして、再び目を覚ました時、光は消え、それに代わる新たな厄介事が目の前に立ちはだかっていた。
話は、今から十二時間前の事になる。
「高畑君……あたしが、わかる?」
「雨宮さん……?」
目を覚ました時、俺はグラウンド横のベンチで、雨宮さんのふとももを枕にして横になっていた。
「わ、ごめんっ……ッツ!」
「だめだよ。急に起きたら」
目の前が暗転して、頭の中が揺さぶられた。立ち暗みだ。なれない膝枕に驚いて、慌てて起き上がってしまったが、もう少し堪能してても良かったかもしれない。
「目、覚めたか。高畑」
「近藤……」
もいたのか。その顔に、さっきまであったあざが消えている。
見れば雨宮さんの腕や足からも、あざが無くなっている。
あの赤い光の来襲は幻だったのか?
「ううん、現実よ。高密度のエネルギーの集合体。結局、正体は不明のままだけど」
「あの光は、どうなったんだ?」
「覚えてないのか?」
「高畑君が倒した……事になるのかな?」
二人の話を総合するとこうだ。
俺が光に飛び込んですぐ、俺が入り込んだ方の光、次いで近藤が格闘していた光が、順に氷が溶けるように消滅した。
そこに俺が倒れていたと。
なお、あのあざの変化は二人とも見えなかったらしい。
あれは勇者の力だ、魔王の力だと、雨宮さんと近藤は相変わらずの押し問答を繰り広げている。この様子を見るに、危機は去ったらしい。
グラウンドをぐるりと見渡すと、さっきまでいた野球部員や他の運動部、顧問の先生らの人影が一切ない。みんな校舎側に避難していたかと思うが、そっちにも人の気配は無かった。
あたりも大分暗くなってる。どれくらい気を失っていたんだろうか。
校舎の時計を見ようにも、この暗さじゃ文字盤の数字すら読み取れない。
近藤が腕の時計をこちらに向けてよこしてくれた。
表示は、十二時十五分。
「じゅうにじ……? 十二時!」
こんなところで六時間近くも眠っていた事になる。
いや、そんな事より、下り電車の最終時刻は確か十二時三十八分だったか。走ってギリギリの時間だ。
「なんだったら、今夜は家に泊まれば……」
と、雨宮さんから物凄く魅力的な申し出を受けたが、絶対明日面倒な事になると思うので、丁重にお断りした。
かばんとスポーツバッグを肩にかけると、一歩目からスパートをかけて、駅への道をダッシュする。
踏み切り前の道を通り過ぎる時、カンカンカンと言う音とともに遮断機がおり、電車が横切っていく。上り線だ。上りの路線は下りより十一分早い。駅の建物も視界にとらえているし、ここからなら歩いても間に合いそうだ。
少しスピードを緩め、軽く息を整える。
「やっと一人になったな。エナジーを返してもらう」
そろそろ定期を用意しておくか。
「あの力は地球人類の技術力では、まだ到底扱えぬもの」
スポーツバッグのポケットに財布と一緒に押し込んであるはずだ。
「素直に返すなら良し。返さないというなら、広域宇宙法三十一条に乗っ取り……」
あった。これが無かったら、家に帰れないところだった。
「無視するな!」
顔の横で、電柱が一本消滅した。それにより電線が千切れ、周囲で停電が起こる。
「お前だ、お前。そこの地球人! スーパー宇宙エナジーを今すぐ返せ」
目の前に、コスプレ少女……としか形容しようの無い人物が立っていた。
頭の両サイドでくくられた、天パ気味の短いツインテール。体にぴったりフィットした、エナメル質の黄色い上着とショートパンツ。左手首には、七色に点滅するブレスレット。右足首にも同じデザインのアンクルレットをつけている。
三六〇度、どこから見てもコスプレだ。深夜の町中で。
時間も無いし無視を決め込みたかったのだが、呼ばれた以上は立ち止まらないわけにはいかない。その一番の理由は、彼女が右手に持ってる光線銃らしき物の存在のせいなのだが。さっきの電柱は、十中八九、それのせいだ。
「……返せって何を?」
「スーパー宇宙エナジーだ。何度も言わせるな。早く返せ」
とりつくしまもない。だいたい、スーパー宇宙エナジーってなんだよ。
「惚けるな。さっき、お前がネコババした光の事だ。自分から光の中に入り込みまでしたじゃないか」
「さっきの光の事を言ってるのか?」
「そうだ。早く出せ」
「そう捲くし立てられてもな。あんな物、俺のどこに持ってるって言うんだよ?」
「方法など知らん。だが、お前が最至近距離にいる時にスーパー宇宙エナジーの反応が消えた。なら、お前が持っている可能性が一番高い。だから来た」
状況証拠だけかよ。冤罪で誤認逮捕される時も、こんな気分なのだろうか。
俺達の横を、六両編成の電車が通り過ぎていく。終電、乗れなかった。家に帰るのは諦めて部室にでも泊まろう。
時間はある。目の前のコスプレ少女の話をマジに聞いてやってもいいだろう。雨宮さんも近藤も正体がわからないと言っていた光を名指ししているのだ。きっと彼女も、どこからか来たナントカ人だと思うから。
「あたしは広域宇宙警備機構に所属する広域宇宙知的文明保護調査員だ。社の規約と広域宇宙法九百九十一条に抵触する為、あたしの本名並びに出身星を明かすわけにはいかない事を、先に断っておく」
本名は言えないか。あ、今更だけど、雨宮さんも近藤も本名じゃないんだろうな。
「あたしはある任務を受けこの地球を含む恒星系の調査をしていた。多少時間はかかったけど、大したトラブルもなく、それは終わった。……そこまでは良かった。問題は、調査を終えた帰り道。ワープ航法を開始するために、ウルトラ宇宙エンジンの出力を八十五パーセントにまで上昇させる必要があるのだが、どう言うわけか四十パーセントから数値が動かなかった。気になってリペアユニットを起動させてみたら、なんと動力炉に大きな穴がついてるじゃないか。ハイパー宇宙チタン製の壁面にだ。そこからスーパー宇宙エナジーが漏れ出してる。それが無くなったら宇宙船は当然動かない。大急ぎで修復はしたんだけど、もう手遅れ。ワープ航法出来るだけのスーパー宇宙エナジーは残っていなかった。回収するために追っかけて来たら、そこにお前達がいた」
「えーと……」
何度か出てきたナントカ宇宙ナントカと言うのが気になって、あまり頭に入らなかったけど、要約すると、
「宇宙船の燃料を落とした、と」
「身も蓋も無い言い方をすれば、そうなる。お前じゃないとしても、お前といた二人のどっちかが持ってるはずだ」
どうだろう。いろいろ人間離れした、人間じゃない二人だが、そう言う目で見るのは良い気がしない。
「だったら、俺一人になるのを待たないで、さっき三人いる時に出て来た方が話が早かったんじゃないのか」
「あの二人は、他の地球人とは異質な感じがした。だから、出来れば接触は避けたかった」
鋭い。さすが、宇宙人(でいいんだよな?)だ。
「だが、そうも言ってられないな。これから、他の二人がスーパー宇宙エナジーを所持していないか確認に行く。……言っておくが、お前の容疑が晴れたわけではないからな」
そう言い残し、彼女は闇に消えていった。
この後、雨宮さんと近藤の前にも姿を現したと、今朝聞かされた。同時に、二人ともスーパー宇宙エナジーなる物に心当たりが無いとも。
かくして、家に帰れなくなった宇宙人は、そのために必要な宇宙船の燃料を手にするその日まで、地球に足止めを食らう事になった。
疑わしきは三人の少年少女。そのうちの一人が、隠し持っているはずだ。そう確信した彼女は、彼らを最も間近で監視できる場に、その身を投じる事にした。
すなわち、ねこちぐら高校一年一組に在籍する事に。
教師も生徒も、今日初めて会うはずの三谷まどかと名乗る少女を疑うでもなく、四月の入学式の日から、このクラスにいたように接している。
コズミック集団催眠ウェーブを使ったとか言っていたが、まあいいや。
で、
「あたしは高畑が一番怪しいと睨んでいる。普通の生物なら、スーパー宇宙エナジーに触れたら、そのエネルギーで蒸発してもおかしくない。中に入ってまで無傷なんだ、お前もまともな人間じゃないんだろう」
「当然。勇者様の血を引くお方だもの。外宇宙のエネルギーの塊くらい、なんでもないわ」
「魔王様の魂が強靭だからだ。肉体がどれだけ丈夫だろうと、精神が耐えようとしなければ、その力は発揮できまい」
……この会話、第三者にはどう聞こえるんだろう。
それは唐突にやってきた。
本当に唐突すぎて、どこから説明すればいいのやら。
まずは深呼吸。目の前の状況を整理しよう。
巨大怪獣が街で暴れてる。そうとしか言いようがない光景が、目の前で繰り広げられている。
見た目はザリガニそのもの。甲羅が深い緑色だったり、鋏を二対四本持っていたり、体長が五十メートル以上ある事を除けば、だが。
それが、暴れてる。
目的は不明だが、鋏を振り上げる度に、体を揺らす度に、一歩前に進む度に、家屋が、店舗が、ビルが、橋が、道路が、その名を瓦礫と変える。
町は戦々恐々とし、人が右に左に逃げ惑っている。この地域は、うちの学校が避難場所となっているため、黄土色のグラウンドは、もはや人でごった返している。校内放送でも避難を呼び掛けているが、パニック状態で、避難訓練など何の役にも立たないと言う事を実感させてくれる。
人目を盗んで、抜け出すのは簡単だった。
「答えろ。今度のアレは何だ?」
「わからないわ」「知らん」
雨宮さんと近藤は即答した。
もう一人は、回答保留状態だが。
「……知んない」
目が泳いでいる。
「そうか、なら手短に教えろ」
「あたしが悪いんじゃないもん。お前達が、早くエナジーを返さないからさぁ」
「まどかさん。早く教えて!」
「このままじゃ、地上がメチャクチャになるぞ!」
二人の意見が珍しく合った。……この状況で合わなかったら、少し精神を疑うが。
「あれは……グレート宇宙クリーチャーよ……この恒星系で進化したね」
グレート宇宙クリーチャー。その名前だけで、どんな物かだいたい想像出来るが。
「あたしがこの恒星系を調査していたというのはすでに言ったよね。基本的には、第三惑星……地球……の生物の生態系の調査だったんだけど、それ以外の惑星や小惑星、衛星まで含めた広範囲の調査をしていた。案の定、地球以外の天体はバクテリア程度の微生物くらいしか見つからなかったけどね。でも一つだけ例外があった。第十惑星の十七の衛星の一つに生物進化の常識を超えた生物が生息していた。それが、グレート宇宙クリーチャー。突然変異なのか宇宙線や放射線の影響なのか、それすらもあたし達の調査でさえ判明していないそれは、強靭な体組織とあらゆる環境で生きられる順応力、無限とも言える寿命を持っている。その秘密を解き明かす事が出来れば、人類……いや宇宙に生きる全ての生命が、健やかに過ごせる理想世界を築き上げる事が出来る。グレート宇宙クリーチャーの捕獲に成功したあたしは、母星に帰る途中で、スーパー宇宙エナジーが動力炉から漏れ出しているのに気付き、地球に緊急不時着した……そう、宇宙船の動力はすべて、スーパー宇宙エナジーに委ねられていたのよ」
外では相変わらず、巨大怪獣が暴れまくっている。自衛隊や在日米軍が出動してくる気配がないのは、責任問題のためか、それともゴルフでもしているせいか。
「ちゃんと檻に入れておいたんだけど、スーパー宇宙エナジーが足りなくて、鍵が甘くなってたみたいね」
「つまり、逃がした、と」
「ぶっちゃけ」
ぶっちゃけるな。
「なんにしても、あれを止めないと」
「一度捕まえてるんだろ? その方法で、すぐ捕まえられないのか」
「無理よ、あの時はエネルギー百パーセントあったし、重力だって地球の一/八〇だったし」
「武器は持ってないの?」
「そうだ、昨夜の光線銃は」
「無理。グレート宇宙クリーチャーの外皮の強度は、エクセレント宇宙ビームくらいじゃ、火傷すら追わないわ」
「雨宮の剣で斬れないか?」
「難しいわね、大きすぎる。心臓や脳がどこにあるかもわからないし。近藤こそ、飲み込まれて内部から攻撃する気ない?」
「無いな。内部の組織が殴って破けるという保証も無い」
打つ手なし、なのか?
「だれが持ってるのか知らないけど、早くスーパー宇宙エナジー返しなさいよ。それさえあれば、宇宙船を動かせるから、手間取るだろうけど捕獲できるわ」
「だって、近藤」
「そうだな。早く返してやれ、雨宮」
「いい加減にしてくれ!」
その瞬間、あざが熱を帯び、白い光を放った。
「高畑君、その光は……?」
「それが、あの光の中で起こったと言う……」
うなずいて答える。
昨日と同じ現象だ。昨日、これが起きた直後……結局何が起きたのかはわからないが……事態は解決した。きっと、今回も。
信じられないのか、二人とも目をパチクリしている。それと対象的に、目を見開いて、俺を睨みつけているのが一人。
「この反応……高畑、やっぱりお前が持っていたのか!」
三谷が俺の顔と腕時計(の形をした何かの機械)を交互に見比べて言う。
「おまえの体内から、強い反応が出ている」
「あたしも感じるわ。高畑君の体から、ものすごい力の流れを……でも、天上界の物とは異質。勇者様の血が目覚めたからじゃなさそうね」
「残念ながら、地下帝国でも、こんな力は感じた事が無い」
「そうよ。それこそがスーパー宇宙エナジー……広域宇宙で最も純粋で最も危険な力……通常、生命体の内部に入り込む事なんてないはずなのに」
勇者の血か魔王の魂のせいだろうか?
「今すぐ、それを返せ。グレート宇宙クリーチャーを捕獲しに行く。お前達の望みもそれのはずだろ」
「そうだが、どうやるんだ?」
「前例が無いからわからん。とにかく宇宙船までついて来い。場合によっては、お前の体ごと動力炉に放り込む」
「そんな事されてたまるか」
抗議と共に、腕を軽く横になぎ払った。
それによって風が生まれ、俺を中心に四方に広がる。雨宮さんの長い髪は乱れ、三谷の短いスカートは捲れ上がり、近藤の巨体すら後ろに二〜三歩よろめいた。のみならず、廊下の窓は片っ端から割れ、窓枠から外れ、壁の一部にヒビが入り崩れ落ちる。
「な、なに今の?」
「高畑、今、何をした?」
雨宮さんの疑問にも、近藤の質問にも、答えられず、首を横に降るしかできない。
いや、俺の中では何となく答えがわかっていた。
右腕から発生した熱は、肩から胸、そして全身へと伝わっていく。しかし、不快感は感じない。試合中の高揚感に近い、心地よい熱さだ。全身の筋肉、血管、神経……その全てが自分の意思のままに動き、望むままの形に変化する。あの感覚だ。
これは、俺の体内に入り込んだ、スーパー宇宙エナジーがもたらした物だろう。
ただ腕を振っただけでこの威力。なら、本気の力で殴りかかったら?
ガラスを失った窓の向うでは、グレート宇宙クリーチャーが瓦礫の荒野と化した町を縦横無尽に歩き回っている。この町にガスタンクや発電所などの施設が無かったのは不幸中の幸いと言うべきか。
「俺が、あいつを止める」
「高畑君、何言ってるの?」
「この力!」
壁に触れる。それだけで、人が通り抜けられるだけの、風穴があいた。
「この力なら、あいつの体にだって傷をつける事が出来る」
「無理よ。どんなに力があっても、あの巨体に近づくのは困難よ。ここは三谷さんに力を返して、後の事は彼女に任せた方が」
「俺って、天上界を救った勇者の子孫なんだよな?」
「え……そうよ」
「今の俺は、この世界に生まれて、この世界で育った、この世界の人間なんだ。なら、この世界を救って、この世界の勇者にならなきゃ」
返事を待たずに、俺は外に飛び出していた。
いつも利用している駅。
学校帰りに立ち読みしているコンビニ。
部活終わりにみんなで食いに行く、牛丼屋。
無くなっていた。
焼け出された人々が、そこらじゅうでなす術も無く立ちつくしている。皆、着のみ着のままで、飛び出してきたのだろう。
そして、瓦礫の下にだって、残された人がいるはずだ。
町はすでに壊滅状態。
だが、あの人達が残っていれば、いつかは元通りになるはずだ。
あの人達には、手出しさせない……
地を蹴る。
人蹴りで、百メートル以上の距離をジャンプできた。
周囲の景色は、もはやただの線でしかない。逆に、俺が横切ったところで、そこにいた人には、突風が吹いたようにしか感じないだろう。
ただの走りでこれだ。
勝てる。
倒せる。
護れる。
五十メートル長のザリガニの背中に飛び降りる。この巨体なら、完全な死角だ。
ためしに、足元の甲羅を思いっきり殴りつけた。
拳を中心に凹み、放射状にヒビが走る。
怪獣は鋏を振り回すのをやめようとはしない。
何度もそこらじゅうを殴りつけても、反応は同じ。いや、そもそも反応が無い。
人間が三〜四センチの小動物に噛まれたところで、かゆみを覚える程度の物。ましてや皮膚ではなく甲羅では、神経など通ってはいないだろう。
「だめなのか? この程度の力じゃ」
『グレート宇宙クリーチャーの外皮の強度は、エクセレント宇宙ビームくらいじゃ、火傷すら負わないわ』
『難しいわね、大きすぎる。心臓や脳がどこにあるかもわからないし』
『無いな。内部の組織が殴って破けるという保証も無い』
……三人ともそうだと言ってたじゃないか。
俺は馬鹿か。
戦い馴れてる三人が、早々に倒せないという結論を出しているんだぞ。
俺は馬鹿だ。
ついさっき手にした程度の力で、何が出来るって言うんだ。
分不相応な力を手にして、いい気になってただけじゃないか。
「俺に、倒せるわけが無いだろ!」
「そんな事もないんじゃない? グレート宇宙クリーチャーが外皮に傷をつけられた所なんて、初めて見たわ」
「伝説に聞く邪皇竜は、一晩で天上界の一/三を焼き尽くしたと聞いてるわ。こんなエビさんなど、サクラエビにも劣る小物よ」
「地下帝国には千に迫るグループがあった。魔王様は、それらを一つに束ねるまで泣き事なんか言わなかったはずだぜ」
三谷、雨宮さん、近藤……
俺が増長し、勝手に突っ走ってただけなのに。
「ここまで来たら、宇宙船に戻るのもめんどくさい。こいつはここで倒すよ」
グレート宇宙クリーチャーの生態を知るのは三谷一人だ。彼女が作戦の指揮をとる。
「高畑は体内に取り込んだスーパー宇宙エナジーの影響で、相対的に能力が上がっている。その力で外皮を傷つける事も出来た。しかし闇雲に叩くだけじゃ、倒せるのはいつになるかわからない。だから……急所を叩く」
「場所がわかるのか?」
「とーぜん、専門家よ、あたしゃあ」
どーんと胸を張ってるが、そもそも、その専門家が逃がしたんじゃないかと。いまさら、何も言う気は無いが。
「叩くなら、急所中の急所。心臓。首の後ろの外皮さえはぎとれば、姿を現す筈よ」
と、ザリガニの頭部を指さす。
ちなみに、今は尻尾の中ほどに立っている。動き回ってるのに係らず、ほとんど揺れもしない。これも、巨体ゆえか。
一方、頭の方はそうは行かない。目線に合わせて左右するし、間接が近いためか鋏を動かす度に上下する。それに、シャッター扉のように殻が層になっているため、下手したらあれに挟まれただけでオダブツだ。
「そう、急所だけあって、護りが固い。人間の脳が頭蓋骨の中にあったり、心臓が肋骨に覆われているような物。でも、言い変えれば、それだけ護らねばならないくらい重要な部分だと言う事」
「作戦はわかったが、素直に殴らせてくれるか?」
「もちろん、尻尾と違って、心臓近くに外敵が来たら、こいつだって排除しようとするわ。だから、誰かが気を逸らす役をする必要があるわね」
話し合いの末、雨宮さんがオトリ役を引き受ける事になった。オトリが複数いると、ザリガニが興奮して動き回り、攻撃し難くなると言うのがその理由だ。それに四人の中で唯一、雨宮さんだけが飛べる。左右だけじゃなく、上下にも逃げられる。
すでに雨宮さんはザリガニの鼻先を右に左に飛んで、ザリガニの気を引き付けている。向うは鋏で叩き落とそうとしているようだが、的が小さくて巧く狙えずにいるようだ。
「みんな、俺達も始めよう!」
「ああ」
「おーけーぃ」
俺達の仕事は至極シンプルだ。
ザリガニの外皮を殴りまくって、はがす。美学も何も必要ない力押しだ。雨宮さんがザリガニが頭をあまり動かさずに追って来れるように誘導してくれているおかげで、こっちは攻撃に集中できる。
いつの間にか、俺が殴ってヒビを入れ、三谷が銃で穴を広げ、近藤がそこに手を入れ引っ剥がす、という分担作業になっていた。
それを二十分は続けていたか。直径三十センチほどの穴が、十個以上並んでいる。
「そろそろ仕上げね。この穴同士をつないで、外皮を一気に剥がしちゃいましょう」
穴と穴の間を殴り、全てを繋ぐ。
近藤が、それを確認し、外皮を持ち上げる。さすがに、サイズが違う。俺も、隣に立って、それを手伝う。
向う側では、三谷が銃を構えている。心臓が露出したら、一気に撃ち抜くつもりだ。
ベキベキ、メリメリメリ……
ヒビの上に更なるヒビが入り、細かい粉を散らせて、固い殻が持ち上がってくる。
「あと、一息っ」
脚に力を入れ直し、一気に腕を上げる。
バタン。
持ち上がった殻は、自らの固さに支えられ、車のボンネットやピアノの蓋のように、斜めのまま止まっている。
「よっし、二人とも退いて。とどめよー!」
光線銃から放たれたブームが、外皮にあいた大きな穴にまっすぐ向かう。バシュンと大きな音を立てて爆ぜ、そこから一筋の煙が上る。
「あれ?」
「どしたぁ?」
「エクセレント宇宙ビームは対象を破壊した場合、煙なんか上がらないのよ。完全に消滅させちゃうから」
「どう言う事だ」
「心臓が外皮並に硬かったって事か?」
「それは無いわよ。そこまで頑丈なら、体内に内包する必要が無い」
「じゃあ、場所が間違っていたのか」
「かも知れない。グレート宇宙クリーチャーは、通常の進化からは外れた存在だから、あたしの知識を超えてたとしても不思議は……」
煙が晴れた。
心臓の位置が違っていたのであれば、そこにあるのはそれ以外の臓器か、もしくは筋繊維。さもなければ……
「殻……?」
現れたのは、電柱を一発で消滅できるだけの光線銃を受けても、焦げ痕一つついていない、白い殻だった。
「そんな……こんな事って……」
三谷が脚を震わせ、ぺたんと座り込む。
いや無理もない。この巨大怪獣が見た目通り、ザリガニに近い生態をしているのであれば、この白い殻から導き出される答えは一つ。
同じ思考に至ったのか、近藤も渋い顔をしている。
その最悪の予感に答えるように、ザリガニが身震いを始めた。背中に乗っていた俺達は降り落とされる。三人とも、巧く着地は出来たが。
異変に気づいた雨宮さんもオトリ役をやめ、こっちに降りてきた。
「何? 怪獣の様子がおかしいんだけど……倒したの?」
「だったらいいんだけど……」
さっきの身震いで俺達が空けた穴を中心に、体中にヒビが走りめぐっていく。
これはもう、間違いない……
「脱皮」
やつは、これから更に成長する。
現段階で、まったく歯がたたなかったというのに。
古い皮を脱いだザリガニは、まだ生まれたばかりのように、真珠のような真っ白い殻を着ていた。形状はほとんど変わっていない。だが、問題はその大きさ。脱皮前は五十メートルほどだったその体長は、八十を超えるまでに伸びている。鋏も、それに合わせて肥大化している。
「……心臓の位置は同じなのか?」
近藤が三谷に尋ねるが、何も答えない。
「殻が白いうちなら、まだ柔らかいはずよね。それに脱皮したばかりで動きの鈍い今なら、オトリなしでも……」
「うるさい!」
雨宮さんの提案すら、一蹴する。
「スーパー宇宙エナジーを返せ! 宇宙船の装備なら、あいつを倒せる!」
「またそれかよ。あの力を分離する方法がわからないって、何度も……」
「だったら、お前ごと動力炉に放り込む! それで宇宙船が動く!」
ぱちんっ。
乾いた音が一つ。
「いい加減にして。今更そんな事言っても始まらないでしょう」
雨宮さんが三谷の頬をはたいた音だ。
「あの怪獣を地球に連れて来たのは誰? エナジーを漏らして地球に落としたのはだれ? 施錠が弱まった檻をそのままにしていたのは誰? あたし達は、それに目をつぶって戦ってるんじゃないの?」
「雨宮、やめとけ。結局、そいつにとっては地球も高畑も、自分とは無関係の別世界の事。この騒ぎだって対岸の火事どころか、火の粉すら降りかからない場所の焚き火に過ぎない」
近藤が、三谷を責める雨宮さんを止める。
「近藤はこいつの肩を持つつもり?」
「何言っても無駄だって言ってるんだ。今はあれを倒すのが先だ」
「……そうね」
二人は皮を脱いだばかりで動きの鈍いザリガニに向かって行った。さっきは白かった殻の色が、今は薄く青みがかっている。色素が増す度に高度を増しているのであれば、叩くのは今しかない。
俺はと言えば、
「三谷……エナジーの分離の仕方がわからない。今だけ貸しておいてくれ」
こう言うのが精いっぱい。もう少し気のいいセリフは思い浮かばないのかと、我ながら情けなくなる。こんなセリフじゃ当然と言うべきか、三谷からは何も返事は無かった。
まだ右手のあざが熱く光っている。
二人を追って、俺もザリガニに向かった。
急所とわかっている首の後ろを中心的に攻めているが、効果なし。殻が、まだ固まりきっていないため、打撃が全て柔らかい外皮に吸収され、散らされてしまうからだ。まさに、のれんに腕押し、ぬかに釘。
これを繰り返したところで、本当に倒せるのか。つい、そんな弱気を抱いてしまう。
「くそ。いくら殴っても、小さく凹むだけだ」
「斬っても奥まで貫いた感触が無い。この外皮、何十センチあるのよ?」
巨大なザリガニに対して、戦いを挑んでる俺達の姿は、まるでハエかノミのようだ。
サイズが違いすぎる。
敵と同じ大きさなら。
そうだ、ただデカイだけのザリガニ。同じスケールの戦いなら、難無く倒せる相手のはずだ。
「高畑君……それ……」
「え?」
雨宮さんが指差したのは、俺の右腕、そこにある例のあざだ。やつとの戦いがはじまってから、ずっと白く光っていた。だから今更と思ったのだが、
「銀色に光ってる」
近藤も攻撃の手を休める。
光の白と銀にどう違いがあるのかはわからないが、今までと光り方が違う気がする。
「力が、また強くなってるわ」
俺にはそう言うのはまったく感じ取れないのだが、雨宮さんが言うからにはそうなんだろう。
「これは、スーパー宇宙エナジーから感じられた力と、何か違う」
「だが、魔王様の力じゃないな」
「勇者様のモノとも違う」
ちょっと待った。その三つ以外に、何があるって言うんだ?
「わからないわ。元来、その三種は交わる事が無い、異世界同士の力。それが高畑君の体で一つに混じりあった事で、別種の新しい力に生まれ変わったのかもしれない」
「さっきまでの、高畑の戦いもその片鱗かもしれないな。ただ外から力を吸収したから強くなったんじゃなくて、それを自分に合うように作り変えたのかも知れん」
二人の話はいつもついていけない。
でも、その説が正しいのであれば、この力は俺のために、俺の意思で働いてくれるという事か?
「光が、また!」
あざの光が強くなった。
俺の問いに答えるように。
右腕から放たれた光が、俺の体を包み込んでいく。首を超え上って来、視界が光で満たされる。
それが消えた時、俺はザリガニを見下ろしていた。だが足は地に着いたままだ。
眼下には廃墟と化した家々が並んでいる。学校の校庭や公園などには、避難を済ませた人達が黒い塊をつくっている。
あの人達を守る力。今の俺にはある!
今まではどんなに殴られようと存在すら無視されていたが、自分を見下ろすような相手となれば別だろう。ザリガニが俺を見上げ、鋏を振りかざしてくる。
それを左手で受け、勢いそのままに引っ張り上げる。それだけで、巨大鋏が肩の付け根からひっこ抜けた。
脱皮したばかりで体が柔らかいせいか、それとも俺の力が物凄いのか。どちらであろうと、やるべき事は決まっている。
拳を握り、力いっぱい降り落とす。
狙いは首の後ろの外皮。その下にある、心臓。
巨体が崩れ落ち、町が大きく揺れた。




