第8話 王立学院で能力測定を受けました
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第8話 王立学院で能力測定を受けました
「能力測定を受けていただきます」
王立実技学院の受付係が、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
勇者アレンは、なぜか得意げに腕を組んでいる。
「なぜだ」
俺は聞いた。
受付係は、きっちりした制服の襟を正しながら答えた。
「当学院では、王都周辺の冒険者および勇者候補者に対し、遠征実習参加前の能力測定を義務づけております」
「俺たちは学院生ではない」
「ですが、城塞都市バルムからの紹介状があります」
受付係は一枚の紙を取り出した。
そこには、先日の壁の都市の門番長の署名があった。
推薦理由:門前整理、避難誘導、物資搬入において顕著な実務能力を発揮。遠征実習の外部協力者として適任。
俺は頭を抱えた。
「指南役にならないと言ったのに」
リナが笑う。
「でも、紹介状は出されたんですね」
「強運の加護が、また面倒を運んできた」
王都へ向かう途中、俺たちは王立実技学院という施設に立ち寄ることになった。
理由は簡単だ。
アレンが補給を申請したら、学院の遠征実習と行き先が重なっていた。
ついでに外部護衛として参加してほしいと言われた。
さらに、参加には能力測定が必要だと言われた。
かなり流れが悪い。
いや、物語としては自然かもしれない。
学園。
能力測定。
ランク判定。
周囲の嘲笑。
そして実は最強。
かなり見たことがある。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「能力ランク低いけど、実はすごいやつです」
「言うな」
「測定器が壊れるかもしれません」
「壊すな」
俺たちは測定室へ案内された。
広い石造りの部屋。
中央には水晶柱。
壁には能力ランク表。
S。
A。
B。
C。
D。
E。
そして一番下に、小さくF。
その下に、さらに手書きで何か貼ってある。
測定不能・要再検査
ミリアが壁を見て言った。
「能力ランク、懐かしいわね」
アレンが胸を張る。
「俺は王都でA判定だった」
「Sじゃないんですか?」
リナが聞く。
アレンは少し咳払いした。
「勇者適性はAだ。総合評価はA+」
「Sではないんですね」
「A+だ」
「Sではないんですね」
「A+だ」
アレンは繰り返した。
傷つくらしい。
測定官が入ってきた。
白衣。
眼鏡。
手に記録板。
やや神経質そうな男だ。
「順に測定します。まず勇者アレン殿」
アレンが水晶柱に手を置く。
水晶が青く光った。
測定官がうなずく。
「勇者適性A。剣技B+。統率B。加護反応あり。総合A+」
アレンは満足げだ。
「当然だな」
次にミリア。
水晶が赤く輝く。
「魔力A。火属性適性A。制御B。実戦経験C+。総合A−」
ミリアが少し得意そうにする。
次にセイル。
白い光。
「治癒適性A。防護B+。信仰安定度A。総合A−」
次にガルド。
黄色い光。
「剣技A。持久B。判断C+。総合B+」
ガルドは渋い顔をした。
「判断C+か」
「突っ込みすぎる傾向があります」
「よく見ている」
次にリナ。
水晶が淡い緑色に光る。
「敏捷B+。短剣B。観察A。危機察知A−。総合B+」
リナは少し照れた。
「観察、ですか」
「周囲を見る力が高いですね」
「ユートさんのせいかもしれません」
「なぜ俺のせいだ」
「いつも変なことが起きるので」
最後に俺。
測定官が記録板を見た。
「ユート殿。職種は」
「荷物持ちです」
測定官の眉が少し動いた。
「戦闘職ではない?」
「違います」
「では補助職ですね」
「たぶん」
「では水晶に手を」
俺は水晶柱に手を置いた。
何も起きなかった。
部屋が静かになる。
もう一度、手を置く。
やはり何も起きない。
測定官が水晶を叩いた。
「故障か?」
三回目。
水晶は、ようやく小さく光った。
地味な茶色。
土色。
いや、麻袋色。
測定官が記録板を見て、目を細める。
「能力名が出ました」
「何ですか?」
「荷重管理」
部屋が静かになった。
ミリアが口元を押さえた。
アレンが目をそらした。
ガルドが真顔を保とうとしている。
セイルは優しい顔をしている。
リナだけが普通にうなずいた。
「合っていますね」
測定官が続ける。
「効果は……荷物の重量配分を感覚的に把握し、持ち運びやすくする」
「そのままだな」
「ランクは」
測定官が少し言いにくそうにした。
「Fです」
ミリアがついに吹き出した。
「ご、ごめん。荷重管理Fって」
アレンが肩を震わせている。
「いや、悪くない。悪くないぞ」
「笑いながら言うな」
ガルドは真面目に言った。
「戦闘能力ではないからな」
セイルもうなずく。
「しかし遠征では重要かもしれません」
測定官は記録板に書き込んだ。
「総合評価は、戦闘基準ではF。ただし補給補助適性は判定外です」
「判定外?」
「当学院の標準測定では評価項目がありません」
「項目がないのか」
「はい」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響く。
『聞いている』
「Fでした」
『荷にランクはない』
「かっこいいような、慰めのような」
『持てる者が持つ。それでよい』
「でも、学院ではFです」
『ならば学院が荷を見ていない』
「ちょっと怒っています?」
『少し』
神が少し怒っていた。
珍しい。
その日の午後、遠征実習の説明会が開かれた。
参加者は学院生二十名。
剣士科。
魔法科。
治癒科。
斥候科。
みんな若い。
みんな能力ランクに自信がありそうだ。
俺たち勇者パーティは外部協力者。
俺は「荷重管理F」として、なぜか紹介された。
学院生の一人が小声で笑った。
「荷重管理だって」
「Fランク?」
「荷物持ちじゃん」
「外部協力者って、もっとすごい人が来ると思ってた」
聞こえている。
かなり聞こえている。
リナが隣でむっとした。
「ユートさん」
「いい」
「でも」
「遠征で分かる」
「言い返さないんですか?」
「荷物は口で軽くならない」
「それ、ちょっといいですね」
「神の受け売り風だ」
神の声が響いた。
『言った覚えはない』
「今作りました」
『悪くない』
説明役の教師が地図を広げた。
目的地は、王都近郊の古い砦。
片道二日。
現地で一泊。
砦内の調査。
帰路二日。
合計五日程度の遠征。
危険度は低め。
ただし、近年は小型魔物の出没が増えているという。
教師は言った。
「各自、必要な装備を準備すること。能力に頼りすぎず、遠征の基本を学ぶように」
学院生たちは元気に返事をした。
だが準備を見て、俺はすぐに頭を抱えた。
剣士科の学生は、剣を三本持っている。
魔法科の学生は、分厚い魔導書を五冊持っている。
治癒科の学生は、薬瓶を箱ごと持っている。
斥候科の学生は、なぜか投げナイフを大量に持っている。
そして全員、水と食料が少ない。
「駄目だ」
俺は言った。
教師がこちらを見た。
「何か?」
「荷物検査をしてください」
学生たちが嫌な顔をする。
「えー」
「子供じゃないんだから」
「自分の荷物くらい分かってます」
俺は一人の剣士科学生を指さした。
「剣三本。なぜ?」
学生は得意げに答えた。
「状況に応じて使い分けるためです」
「水は?」
「この水筒一本」
「食料は?」
「干し肉少し」
「雨具は?」
「ありません」
「予備靴紐は?」
「ありません」
「鍋は?」
「ありません」
俺は黙って教師を見た。
教師も少し顔を引きつらせた。
「剣を一本にして、水と雨具を持て」
「でも戦闘で」
「脱水したら戦闘できない」
次に魔法科。
「本五冊。なぜ?」
「呪文確認用です」
「全部読むのか?」
「たぶん」
「たぶんは荷物にするな」
「でも不安で」
「不安を本に変換すると背中が死ぬ」
ミリアが後ろで笑っている。
「私も昔やったわ」
「やったのか」
「三冊持って泣いた」
「経験者か」
治癒科。
「薬瓶、多すぎる」
「怪我人が出たら困るので」
「割れたら?」
「え」
「箱の中で割れたら全部終わる。分散しろ。すぐ使うものと予備を分けろ」
斥候科。
「投げナイフ多すぎ」
「斥候ですから」
「斥候は刃物屋ではない」
「でも」
「水を持て」
結局、出発前に荷物の再編成をすることになった。
学生たちは不満そうだった。
だが教師は、俺の指摘を採用した。
理由は、遠征実習で事故が起きると報告書が大変だからだ。
大人の判断である。
俺は能力、荷重管理を使った。
使った、といっても派手な光は出ない。
ただ、荷物を持った瞬間、どこが重いか分かる。
右に寄っている。
上が重すぎる。
すぐ使うものが奥にある。
雨に弱いものが外にある。
割れ物が底にある。
そういうのが、妙に分かる。
地味だ。
だが便利だ。
俺は学生たちの荷物を直していった。
「重いものは背中側」
「よく使うものは上」
「水は分散」
「薬は割れないように布で巻く」
「本は一冊」
「剣は一本」
「投げナイフは五本まで」
「鍋は班に一つ」
「火口は防水」
「靴紐は予備を持つ」
「荷札をつける」
学生たちはぶつぶつ言った。
「地味だな」
「能力っぽくない」
「荷造り講習じゃん」
「剣の授業のほうがいい」
俺は気にしない。
荷物は、出発前にしか直せない。
出発後に重さで泣いても遅い。
翌朝。
遠征隊は王都を出た。
最初の一時間、学生たちは元気だった。
二時間目、剣士科の一人が無口になった。
三時間目、魔法科の学生が水を飲み切った。
四時間目、斥候科の学生が靴擦れを起こした。
昼過ぎ、雨が降った。
教師の顔が青ざめた。
「天気予報では晴れだったのですが」
「山沿いは変わる」
俺は言った。
学生たちは慌てて雨具を出した。
持っていない者には、予備の油布を渡す。
魔導書は防水袋へ。
薬箱は布で覆う。
火口は守る。
鍋は逆さにして雨を受けないようにする。
雨は一時間で止んだ。
だが、雨具を持っていなかったら、そこで体温を奪われていた。
学生たちは少し静かになった。
夕方、野営地に着いた。
教師が言う。
「今日はここで野営します」
そこは開けた草地だった。
見晴らしはいい。
だが風が強い。
近くに水場がない。
地面は少しぬかるんでいる。
俺は首を横に振った。
「ここは駄目です」
学生の一人が言った。
「何でですか? 広くていいじゃないですか」
「風が抜ける。火が安定しない。水場が遠い。地面が湿っている。夜に冷える」
「じゃあどこなら」
俺は地図を見た。
「少し先に林がある。水場に近く、風を避けられる。逃げ道もある」
教師が確認し、うなずいた。
「移動しましょう」
学生たちはまた不満そうだった。
だが、林のそばに着くと、確かに過ごしやすかった。
火も起こしやすい。
水も汲める。
地面も乾いている。
鍋でスープを作る。
学生たちは黙って食べた。
一人が小さく言った。
「……鍋、大事ですね」
俺はうなずいた。
「そうだ」
「荷重管理、ちょっと便利ですね」
「ちょっとか」
「かなり」
「よし」
その夜、小型魔物が出た。
牙のある獣が三匹。
脅威としては低い。
剣士科の学生たちは、ここぞとばかりに前に出ようとした。
だが、荷物を置く場所が悪かった。
一人が荷袋につまずいた。
もう一人が、濡れた靴で滑った。
魔法科の学生は、杖を荷物の奥に入れていた。
治癒科の学生は、薬箱を開けるのに手間取った。
斥候科の学生は、投げナイフを五本に減らしていたため、逆に数を把握できていた。
俺は叫んだ。
「荷物を通路に置くな!」
ガルドが前に出て、魔物を一匹追い払う。
リナが二匹目の足を止める。
アレンが号令を出す。
ミリアが火球で威嚇する。
セイルが学生を落ち着かせる。
俺は荷物をどかす。
戦闘中に荷物をどかす。
地味だ。
だが、荷物が邪魔だと人が動けない。
三匹の魔物はすぐに逃げた。
被害は軽い擦り傷だけだった。
教師は深く息を吐いた。
「助かりました」
「荷物の置き場所を決めていなかった」
「次から決めます」
学生たちは、もう笑っていなかった。
翌日。
遠征隊は古い砦に到着した。
砦の中は崩れかけており、通路は狭く、階段は急だった。
大剣を持っていたら詰まる。
分厚い本を五冊持っていたら引っかかる。
薬箱を一つにまとめていたら、誰かが転んだ時に全部割れていた。
つまり、昨日の荷物整理が効いた。
砦の調査自体は、そこまで大きな事件なく終わった。
古い地図。
錆びた武具。
魔物の巣の跡。
壁のひび。
そして地下倉庫に残っていた保存食。
ただし、保存食は古すぎて食べられなかった。
「食べたら能力が得られるかもしれませんよ」
リナが冗談を言った。
「腹痛能力だな」
「いらないですね」
帰路。
学生たちは、自分たちで荷物を直し始めた。
水を分ける。
雨具を上にする。
薬を布で巻く。
本を減らす。
剣を一本にする。
鍋を班の中央に置く。
俺は黙って見ていた。
教師が隣に来る。
「ユート殿」
「はい」
「当学院の能力測定は、少し偏っているのかもしれません」
「戦闘基準なら、俺はFです」
「ですが、今回の遠征で最も事故を減らしたのは、あなたです」
「荷物を見ただけです」
「それを見られる者が少ない」
教師は記録板に何かを書いた。
「能力、荷重管理。遠征補助適性A。総合評価、再考の余地あり」
俺は笑った。
「ランクが上がりますか?」
「制度が追いつけば」
「それは時間がかかりそうですね」
「ええ」
神の声が頭に響いた。
『制度は荷を見るのが遅い』
「今日は辛口ですね」
『Fは不服だった』
「神様、けっこう根に持っています?」
『少し』
リナが小声で聞く。
「神様、何て?」
「Fが不服だったらしい」
「かわいいですね」
「マイナー神だからな」
王都へ戻る前夜。
学生たちが俺のところへ来た。
最初に笑っていた剣士科の学生が、少し気まずそうに頭を下げた。
「すみませんでした。荷重管理をバカにして」
「いい」
「剣を三本持ってたら、たぶん途中で倒れていました」
「一本で十分な時は多い」
魔法科の学生も言った。
「本、次から一冊にします」
「必要なところを写して持て」
「はい」
治癒科の学生が言った。
「薬箱、分けます」
「割れたら終わるからな」
斥候科の学生が言った。
「ナイフ五本、数えやすかったです」
「多ければいいわけではない」
学生たちはうなずいた。
その中の一人が言った。
「荷物って、能力なんですね」
俺は少し考えた。
「荷物そのものは能力じゃない」
「では?」
「何を持つか、何を置いていくかを決めるのが能力だ」
学生たちは黙った。
リナが横でにやにやしている。
「今の、いいですね」
「神の受け売り風だ」
神の声が響いた。
『それはよい』
「採用されました」
「何にですか?」
「教義に」
「増えるんですか、教義」
「たぶん」
翌日、王都に戻った。
学院では、遠征実習の報告会が行われた。
学生たちは、それぞれ反省を述べた。
剣の数。
水の量。
雨具。
野営地。
荷物の置き場所。
鍋。
教師は最後に言った。
「今回、戦闘能力だけでは測れない適性が明らかになりました。今後、遠征準備および荷物管理も評価項目に加えることを検討します」
ミリアが小声で言った。
「すごいじゃない、ユート。学院制度を変えたわよ」
「検討だ」
「現実的ね」
「検討は実装ではない」
「厳しい」
アレンが腕を組んだ。
「俺も学んだぞ」
「何を?」
「マントは一枚」
「よし」
「ただし式典用は王都に置いておく」
「それならいい」
「持ち歩かなければいいのだな」
「分かってきたな」
アレンは少し誇らしげだった。
勇者として、それでいいのかは分からない。
だが、前進ではある。
俺は王立実技学院を出る前に、もう一度測定室へ寄った。
水晶柱に手を置く。
薄い麻袋色の光が灯る。
能力名は変わらない。
荷重管理
ランクは、やはりF。
ただし測定官は、横に手書きで追記した。
遠征適性:評価基準外。要新設。
俺はそれで十分だと思った。
木札に触れる。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい遠征だった』
「Fでしたけど」
『遠征は、Fだけでは測れぬ』
「はい」
『評価項目にないからといって、荷が軽くなるわけではない』
「今回の教義ですか」
『採用』
「少し根に持っていますね」
『かなり』
「かなりでしたか」
『あと、鍋を評価項目に入れよ』
「それは学院次第です」
『鍋は重要だ』
「はい」
こうして俺たちは知った。
能力測定は、数字だけでできているわけではなかった。
水晶がある。
ランクがある。
表がある。
測定項目がある。
評価基準がある。
評価されない能力がある。
遠征がある。
雨がある。
靴擦れがある。
荷物の置き場所がある。
そして、評価表の外で人を助ける力がある。
強さとは、火力だけではない。
剣を三本持つことでも、魔導書を五冊背負うことでもない。
水を持つこと。
雨具を持つこと。
薬を割らずに運ぶこと。
鍋を忘れないこと。
そして、持てないものを置いていくこと。
最低ランクとされた能力も、場所が変われば命を支える力になる。
評価項目にないからといって、価値がないわけではない。
学院の遠征実習は無事に終わった。
学生たちは荷物を見直した。
教師は評価項目の新設を検討し始めた。
俺のランクはFのままだった。
ただし、手書きで一行増えた。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの遠征実習は、これからだ。
「だから剣を三本持つなよ」
第八部・完




