第77話 全部夢だったことにしようとしましたが、書類が残っています
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第77話 全部夢だったことにしようとしましたが、書類が残っています
俺は目を覚ました。
朝だった。
野営地だった。
空は青い。
鳥の声がする。
風も穏やかだ。
俺はしばらく、何も考えずに空を見ていた。
夢を見ていた気がする。
かなり長い夢だった。
古竜が会いに来た。
街道を塞いだ。
一歩右へ移動してもらった。
キュルルの名前が、竜語の挨拶と同じだった。
古竜は人型になった。
名前はアンになった。
スタンピードが起きた。
古竜は後方配置になった。
聖剣は使わなかった。
リザルトを書いた。
キャンプで怖い話をした。
作者の原稿が混ざった。
別作品が一話そのまま載った。
魔法使いに護身術を勧めた。
ミリアが俺の肘を極めかけた。
クレイジーベアがアンを見て道を譲った。
街でキュルルを抱いたアンが誘拐された。
誘拐犯の心が折れた。
古竜誘拐禁止が再発防止に入った。
さすがに夢だ。
俺はそう思った。
夢であってほしい。
かなり強く思った。
俺は起き上がり、横に置いてある記録帳を開いた。
全部、書いてあった。
「夢じゃない」
俺は記録帳を閉じた。
「夢にしたい」
キュルルが俺の背中の方から顔を出した。
「ユート、起きた?」
「ああ」
「顔が疲れてる」
「夢を見ていた」
「どんな夢?」
「最近の出来事が全部夢だった夢だ」
キュルルは少し考えた。
「それ、夢じゃないね」
「分かっている」
「記録、あるし」
「分かっている」
「書類もあるし」
「分かっている」
キュルルは口を開けた。
一枚。
紙が出た。
「夢オチ申請書」
「出すな」
「もう出た」
「できるのか」
「できないけど、申請書は出せるよ」
「出せるな」
「うん」
「通るのか」
「通らないと思う」
「なら出すな」
キュルルは紙を見た。
「理由欄、どうする?」
「書くな」
「全部夢だったことにしたい」
「正直すぎる」
「でも本音でしょ」
「本音だが、通らない」
俺は記録帳をもう一度開いた。
混入原稿保管票。
二つ名禁止確認書。
クレイジーベア遭遇記録票。
古竜のふりをしてクレイジーベアの前に立たないでください注意書き。
誘拐行為確認書。
白い小型人外持ち去り防止確認書。
古竜誘拐禁止。
全部ある。
書類は嘘をつかない。
いや、嘘の書類はある。
だが、これは俺が書いた。
つまり逃げられない。
「夢オチにできない」
俺は言った。
「だろうね」
キュルルが頷いた。
「じゃあ、どうするの?」
俺は少し考えた。
そして、かなり真面目に言った。
「休む」
キュルルが瞬きをした。
「休む?」
「ああ」
「話を?」
「話を」
「荷物も?」
「荷物も」
「書類も?」
「整理してから休む」
「休むにも手順があるんだね」
「ある」
俺は立ち上がった。
アレンは少し離れた場所で剣の手入れをしていた。
ガルドは火の始末を見ている。
ミリアはまだ寝具の上で座っている。
セイルは湯を沸かしている。
リナは周囲を確認して戻ってきたところだ。
アンは木陰に座り、キュルル用の布を畳んでいた。
古竜が小型マスコット用の布を畳んでいる。
夢ではない。
夢ならよかった。
「みんな、少し話がある」
俺が言うと、全員がこちらを見た。
アレンが真面目な顔になる。
「敵か」
「違う」
「魔物か」
「違う」
「書類か」
「近い」
ミリアが嫌そうな顔をした。
「朝から書類?」
「休載です」
全員が止まった。
アレンが首をかしげた。
「休載とは何だ」
「しばらく、話を進めないことです」
「話?」
「旅とか、事件とか、騒動とか」
ミリアが両手を上げた。
「賛成」
早かった。
「早いな」
「最近、濃すぎるのよ」
ミリアは指を折りながら言った。
「古竜でしょ。スタンピードでしょ。作者の原稿でしょ。護身術でしょ。熊でしょ。誘拐でしょ」
「並べるな」
「並べると疲れるのよ」
「だから休む」
「賛成」
リナも静かに頷いた。
「ネタの密度が高すぎます」
「リナがそれを言うのか」
「見たことがない密度です」
「今日はそれでいい」
「はい」
アレンは少し考えた。
「だが、封鎖管理所は?」
「最低限の確認は終わった」
「補給路は?」
「確認した」
「街の件は?」
「警備隊に引き渡した」
「魔王への報告は?」
「書いてある」
「なら、休めるな」
「そうだ」
アレンは頷いた。
「休むのも大事だ」
ガルドも短く言った。
「必要だ」
セイルが湯を注ぎながら言う。
「疲れたまま動くと、判断を間違えます」
「はい」
「休息は治療の一部です」
「説得力があります」
アンが首をかしげた。
「休むとは、眠ることか」
「それも含みます」
「食べることか」
「それも含みます」
「何も壊さぬことか」
「かなり含みます」
アンは頷いた。
「では、我も休む」
キュルルが慌てた。
「小型竜にならないでね」
「ならぬ」
「鳴かない?」
「鳴かぬ」
「じゃあ休んでいい」
「許可された」
アンは少し満足そうだった。
俺は荷袋から紙を取り出した。
いや、取り出す前にキュルルが紙を出した。
「休載申請書」
「あるのか」
「作った」
「いつ」
「夢オチ申請書の裏」
「裏に作るな」
キュルルは誇らしげだった。
「紙の節約だよ」
「そういう問題ではない」
俺は休載申請書を受け取った。
項目はこうだった。
休載理由。
休載期間。
未回収荷札。
保管書類。
再開条件。
読者への説明。
「読者への説明」
俺はそこを見た。
「必要だよ」
キュルルが言った。
「待ってる人がいるかもしれないし」
「重いことを言うな」
「荷物の神の信徒でしょ」
「そうだが」
木札が温かくなった。
来た。
頭の中に声が響く。
『休め』
「神様」
『荷を背負ったまま走り続けるな』
「はい」
『降ろせ。並べろ。確認しろ。それから休め』
「休むにも手順があるんですね」
『ある』
「教義ですか」
『休載も荷である』
「そこまで荷ですか」
『読者の待機も荷である』
「重いですね」
『だから休め』
俺は少し黙った。
神様が休めと言った。
それは、かなり強い。
俺は皆を見た。
「神様からも、休めとのことです」
ミリアが小さく拍手した。
「神様、分かってるじゃない」
「休むにも手順があるそうです」
「そこはユートの神様ね」
アレンが言った。
「手順を踏めば休めるのか」
「はい」
「なら踏もう」
ガルドが頷いた。
「整理だな」
セイルが微笑む。
「では、今日は整理と休息ですね」
リナが記録帳を見る。
「未回収荷札も確認しますか」
「軽くでいい」
「軽く済みますか?」
「済ませる」
「済まない気がします」
「言うな」
俺は記録帳を開いた。
未回収荷札。
古竜の宝。
所有権、由来、呪い、税、要確認。
作者の混入原稿。
保管済み。
再発防止、未確定。
二つ名禁止確認書。
非公開保管。
ただし、紙そのものが危険。
クレイジーベア。
古竜視認時の行動変化。
一般再現禁止。
ベルガ市誘拐事件。
警備隊対応中。
古竜誘拐禁止。
当然だが記録済み。
魔王への追加報告。
必要。
会計官への補足。
できれば避けたい。
「多い」
俺は言った。
「多いね」
キュルルも言った。
「休む理由として十分だな」
アレンが言った。
ミリアが覗き込む。
「会計官への補足は、休載明けでいいんじゃない?」
「そうしたい」
「今やったら休めないわよ」
「そうだな」
ガルドが言った。
「優先順位をつけろ」
「一番は?」
セイルが聞く。
俺は少し考えた。
「全員が休むこと」
「よいと思います」
「二番は?」
リナが聞く。
「休んでいる間に事件を起こさないこと」
全員がアンを見た。
アンは不思議そうにした。
「何だ」
キュルルが言った。
「アンは悪くないけど、事件が寄ってくる」
「我は呼んでおらぬ」
「でも来る」
「む」
俺は休載申請書に書いた。
休載理由。
古竜、熊、誘拐、作者、護身術により、荷物整理が必要。
ミリアが横から見た。
「護身術を入れる必要ある?」
「あります」
「私だけ小さくして」
「小さく?」
「古竜、熊、誘拐、作者、手首抜き」
「分かりました」
俺は書き直した。
休載理由。
古竜、熊、誘拐、作者、手首抜きにより、荷物整理が必要。
ミリアはしばらく見ていた。
「手首抜きも嫌ね」
「では、護身術に戻しますか」
「戻さない」
「では、このままで」
キュルルが紙を覗いた。
「正直だね」
「嘘を書く元気がない」
「それは休んだ方がいいね」
「そうだ」
アレンが言った。
「休載期間は?」
「未定」
ミリアが言った。
「それ、帰ってこないやつじゃない?」
「戻ります」
「本当に?」
「ネタが集まったら」
リナが首をかしげた。
「ネタ集め期間ですか」
「そうだ」
「つまり、休んでいる間も観察はするんですね」
「完全には止まれない」
ミリアがため息をついた。
「それ、休みなの?」
「事件に巻き込まれない範囲で」
「巻き込まれるのよね」
「なるべく避ける」
「避けられるの?」
俺は答えなかった。
ミリアも、それ以上聞かなかった。
セイルがお茶を配った。
「まず、お茶を飲みましょう」
「そうですね」
俺は湯気の立つ器を受け取った。
温かい。
それだけで少し落ち着く。
アレンも座った。
ミリアも座った。
ガルドも座った。
リナも座った。
セイルも座った。
アンも座った。
キュルルはアンの膝に乗っていた。
あれから、少し距離が縮まったらしい。
ただし、キュルルはまだ言う。
「白い小型人外枠は僕だからね」
「分かっている」
アンは答える。
「小型竜にならないでね」
「ならぬ」
「鳴かないでね」
「鳴かぬ」
「じゃあ、休んでいい」
「許可された」
この二人も、少し休んだ方がいい。
俺は記録帳を閉じた。
今日は書かない。
いや、少しは書いた。
だが、もう書かない。
たぶん。
キュルルが言った。
「ユート」
「何だ」
「休載申請書、署名する?」
「する」
「本当に?」
「する」
「第二部・完じゃなくて?」
「今日は違う」
「どうするの?」
俺は少し考えた。
この作品は、何度も第二部が終わっている。
終わっているのに続いている。
それはそれで、この作品らしい。
だが、今回は終わりではない。
逃げでもない。
整理だ。
ネタ集めだ。
荷物を下ろして、置き場所を作る時間だ。
俺は休載申請書に署名した。
ユート。
キュルルが確認印を押した。
肉球ではなく、足跡のような丸い印だった。
「受理します」
「お前が受理するのか」
「説明マスコットなので」
「便利だな」
「休載中も説明はできるよ」
「しなくていい」
「え」
「休め」
キュルルは目を丸くした。
それから、少しだけ笑った。
「うん」
アレンが剣を置いた。
ミリアが杖を横に置いた。
ガルドが目を閉じた。
リナが周囲を見るのをやめた。
セイルがお茶を飲んだ。
アンが空を見た。
俺も空を見た。
夢ではなかった。
だから、休む。
夢オチにできないなら、せめて荷を下ろす。
次に動くために。
次に書くために。
次に、また変なことが起きた時に、記録帳を開けるように。
俺は休載申請書を記録帳に挟んだ。
「夢オチにできないなら、せめて休載で荷を下ろすんだよ」
第二部・休載
ストックが切れました。一旦ネタ集め期間を設けます。再開できるはず。たぶん。




