第52話 魔王と顔見知りになったので、討伐の終了条件を確認します
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第52話 魔王と顔見知りになったので、討伐の終了条件を確認します
翌朝。
俺たちは、街道沿いの小さな宿で朝食を取っていた。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアはパンをちぎっている。
セイルは静かに茶を飲んでいる。
ガルドは窓の外を見ている。
昨日、旅の棚卸しをした。
遠くのドラゴンは来なかった。
キュルルは契約を迫らず、説明会へ向かった。
エルヴィラは倉庫管理規程の改訂版をくれた。
未回収荷札一覧も作った。
つまり、かなりきれいに一区切りがついた。
そのはずだった。
だが、未回収荷札一覧には、書いていない最大の荷物があった。
俺たちは勇者パーティーである。
そして、勇者パーティーには、魔王討伐という目的がある。
「……そういえば」
俺は言った。
全員がこちらを見る。
「俺たちは、勇者パーティーだったな」
アレンが眉をひそめた。
「そういえば、とは何だ」
「最近、桶、箱、税、祈祷室、返品棚、聖剣棚卸し、未回収荷札一覧ばかりだったから」
「俺は勇者だ」
「知っている」
「魔王討伐の旅でもある」
「それも知っている」
ミリアがパンをスープに浸しながら言った。
「でも、魔王とももう顔見知りよね」
食堂が静まった。
いや、食堂全体ではない。
俺たちの卓だけが静まった。
リナが記録帳を開く。
「魔王城の維持費の件で、お話ししましたね」
セイルが静かに頷く。
「魔王城の修繕費、使用人の給与、結界維持費、食料備蓄費、いずれも大変そうでした」
ガルドが言った。
「魔王軍四天王の補給断ちの件もあった」
「補給を断ってくる四天王が一番やばい、という話だったな」
俺は言った。
ミリアが少し遠い目をした。
「魔王軍側のほうが、兵站の話が通じたのよね」
「通じたな」
「敵なのに」
「敵なのに」
アレンは額を押さえた。
「……俺、魔王を倒しにくくなってないか?」
誰もすぐには答えなかった。
顔を知っている。
声を知っている。
魔王城の維持費も知っている。
四天王の補給事情も知っている。
城下町の魔族が、普通に店を出していたことも知っている。
魔王が、部下に書類を差し戻していたことも知っている。
ただの悪の象徴として見るには、情報が増えすぎていた。
ガルドが、低く言った。
「アレン」
「何だ」
「お前、顔見知りでも斬れるのか」
アレンは、答えなかった。
食堂の窓の外で、馬車の車輪が鳴っている。
宿の主人が皿を片づけている。
どこかで鶏が鳴いている。
普通の朝だった。
だが、俺たちの卓だけ、少し重かった。
アレンは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「斬れる」
声は、いつもより低かった。
「斬らなければならないなら、斬る」
ガルドは目をそらさない。
「なら、何をもって『斬らなければならない』とする?」
アレンは答えられなかった。
俺はスープの器を置いた。
「確認するか」
アレンが俺を見る。
「何をだ」
「魔王討伐の終了条件だ」
「終了条件?」
「そうだ」
俺は記録帳を開いた。
「魔王を倒す、という言葉がある」
「ああ」
「それは、魔王本人を殺すことなのか」
アレンは黙った。
「魔王軍の侵攻能力を止めることなのか。人里への被害を止めることなのか。捕虜を返還させることなのか。略奪をやめさせることなのか。補給線を無害化することなのか。魔王城の武装解除なのか。和平条件を結ぶことなのか」
「最後のほう、討伐ではなくないか」
「だから確認する」
ミリアが頷いた。
「確かにね。魔王を倒せ、って言うけど、何を終わらせたら勝ちなのかは曖昧よね」
セイルも静かに言った。
「被害を止めることが目的なら、命を奪うことだけが方法とは限りません」
ガルドが言う。
「だが、相手が止まらないなら斬るしかない」
「それもある」
俺は頷いた。
「だから条件を決める」
アレンが苦い顔をした。
「勇者の仕事が、また書類になるのか」
「顔見知りを斬るかもしれないんだ。書類くらい作れ」
「重いな」
「命だからな」
アレンは何も言わなかった。
俺は記録帳に題を書いた。
魔王討伐・終了条件確認表
リナが身を乗り出す。
「本当に作るんですね」
「作る」
「項目は?」
「まず目的」
俺は書く。
一、魔王軍による人里への侵攻停止。
二、捕虜・徴発・略奪の停止。
三、魔王軍補給線の無害化。
四、魔王城の危険兵器・危険魔力炉の停止。
五、魔王本人の戦闘意思確認。
六、交渉可能性の確認。
七、和平・降伏・封印・討伐の選択条件。
八、討伐が必要な場合の責任主体確認。
九、討伐後の魔王領統治・城下町保護。
十、再侵攻防止策。
アレンが十番を見た。
「討伐後の魔王領統治?」
「倒した後に城下町が崩壊したら困る」
「そこまで見るのか」
「ドラゴンを倒した後、死骸が残っただろう」
アレンは黙った。
かなり効いたらしい。
俺は続ける。
「魔王を倒した後も、魔王城は残る。魔族も残る。城下町も残る。畑も商店も水路も残る。食料流通も、治安も、税も、たぶん残る」
ミリアが嫌そうに笑った。
「魔王討伐後の後処理、ドラゴンより長そうね」
「長いだろうな」
リナが顔をしかめる。
「魔王城下町の保護まで考えるんですか」
「魔族が全員敵とは限らない」
セイルが頷いた。
「そこに暮らす者がいるなら、無差別には扱えません」
ガルドが腕を組む。
「兵と住民を分ける必要があるな」
「そうだ」
アレンは長く息を吐いた。
「俺は、魔王を倒すために旅をしている」
「ああ」
「だが、魔王を倒すとは何を終わらせることなのか、それを決めずに剣を抜くのは、違う気がする」
「かなり勇者だな」
「茶化すな」
「茶化してない」
本当に茶化していなかった。
アレンは、以前よりずっと勇者らしくなっている。
ただ剣を振るのではなく、剣を振る条件を考え始めている。
それは、かなり重い成長だった。
朝食を終え、俺たちは宿の一室を借りて話し合いを続けた。
宿の主人は、俺たちが魔王討伐の終了条件を話し合うと聞いて、なぜか追加の茶を出してくれた。
「大変そうですね」
と言っていた。
大変そうではある。
実際、大変だった。
まず、魔王軍の被害一覧。
王都軍務省からもらった資料。
村の被害記録。
砦の補給記録。
商人の通行記録。
魔王城の維持費資料。
四天王の補給断ちに関する記録。
全部を並べる。
リナが紙を整理する。
ミリアが魔力炉関連の危険度を見る。
セイルが捕虜や負傷者の記録を見る。
ガルドが軍事的な脅威を整理する。
アレンは、魔王本人についての記録を見ていた。
「魔王本人は、今のところ前線には出ていない」
アレンが言った。
「そうだな」
「四天王や魔王軍の部隊が動いている」
「そうだ」
「だが、命令系統の頂点にはいる」
「たぶん」
「たぶん?」
「魔王城の書類を見た感じ、現場判断もかなり多い」
ミリアが言った。
「四天王ごとに動きが違うものね」
ガルドが頷く。
「補給断ちの四天王は明らかに戦略型だった。正面から攻める奴より厄介だ」
セイルが言う。
「魔王本人が止めれば止まるのか。それとも魔王軍という仕組みが動いているのか。そこを見なければなりません」
アレンは記録帳を見つめた。
「魔王を斬れば全部止まる、とは限らないのか」
「限らない」
俺は言った。
「魔王が死んだら、四天王がそれぞれ勝手に動くかもしれない。内戦になるかもしれない。魔王城下町の住民が飢えるかもしれない。残党が山賊化するかもしれない」
「面倒すぎる」
「倒す相手が大きいからな」
リナが小さく言った。
「ドラゴンだからな、みたいですね」
「魔王だからな」
俺は言った。
全員が少し黙った。
便利な言葉が増えてしまった。
だが、使いすぎると危ない。
俺は記録帳に書く。
魔王討伐で確認すべきこと
一、魔王本人の意思。
二、魔王軍の実際の命令系統。
三、四天王の独立性。
四、人里被害の発生源。
五、魔王城下町の住民保護。
六、降伏・停戦を受け入れる窓口。
七、停戦後の監視体制。
八、討伐後に誰が責任を持つか。
アレンが八番を指さす。
「誰が責任を持つか」
「そうだ」
「王国か」
「王国だけでできるのか」
「できないのか」
「魔王領の住民、魔族側の代表、王国軍、神殿、商業組合。いろいろ絡む」
ミリアが言った。
「魔王を倒して終わり、じゃなくて、魔王領の運用変更になるのね」
「そうだ」
セイルが静かに言う。
「支配を壊すなら、その後に空白を作らないことも大切です」
ガルドが頷く。
「城を落としても、補給がなければ勝った側も困る」
アレンは両手で顔を覆った。
「俺は勇者だぞ」
「知っている」
「勇者なのに、魔王領統治の話をしている」
「勇者だからだ」
アレンは手を下ろした。
「勇者だから?」
「お前が魔王を斬るなら、その後に起きることを全部知らないふりはできない」
アレンは黙った。
かなり刺さったようだった。
昼前。
俺たちは、王都軍務省の出張所へ向かった。
ちょうど次の街に、小さな軍務連絡所があったからだ。
アレンの身分を出すと、すぐに奥へ通された。
連絡所の担当官は、痩せた中年の男だった。
机の上には、魔王軍関係の報告書が積まれている。
担当官は、アレンを見ると姿勢を正した。
「勇者様。ついに魔王城へ?」
「その前に確認したい」
アレンが言った。
「魔王討伐の終了条件は何だ」
担当官は固まった。
「終了条件」
「そうだ」
「魔王を討伐することでは」
「だから、討伐とは何だ」
担当官は黙った。
アレンは続けた。
「魔王本人の死亡か。魔王軍の侵攻停止か。捕虜返還か。魔王領の武装解除か。和平締結か。王国として、何をもって魔王討伐完了とする?」
担当官は、ゆっくり椅子に座った。
「……それを聞かれた勇者様は、初めてです」
「俺も、昨日までは聞かなかった」
「なぜ今?」
アレンは少し間を置いた。
「魔王と顔見知りになった」
担当官はさらに固まった。
「顔見知り」
「魔王城の維持費の件で話した」
「維持費」
「四天王の補給線の件も知った」
「補給線」
担当官は、額を押さえた。
気持ちは分かる。
アレンは真剣だった。
「顔を知ったからといって、被害を放置する気はない。だが、知らないまま斬るよりは、知った上で決めたい」
担当官は、しばらく黙った。
そして、机の引き出しから一枚の古い書類を出した。
「公式には、魔王本人の討伐、または魔王軍の戦闘能力喪失とされています」
「または?」
俺が聞く。
担当官は頷いた。
「はい。古い規定です。魔王本人が死亡せずとも、魔王軍が侵攻能力を失い、王国への脅威が消滅した場合、討伐相当とする、と」
アレンが目を見開いた。
「そんな規定があるのか」
「あります。ただ、ほとんど使われていません」
「なぜ」
「魔王と交渉できる例が少ないからです」
ミリアが小声で言った。
「今回は顔見知り」
「そうだな」
担当官は書類を俺たちに見せた。
魔王討伐完了条件
一、魔王本人の討伐。
二、魔王軍中枢の制圧。
三、魔王軍の侵攻能力喪失。
四、王国と魔王領の停戦合意。
五、捕虜・徴発被害の停止。
六、再侵攻防止策の成立。
「あるじゃないか」
俺は言った。
担当官は苦笑した。
「あります。ただし、使うには政治判断が必要です」
アレンが言った。
「政治判断」
「はい。勇者様の剣だけでは決められません。王国、軍、神殿、周辺領主、場合によっては魔王領側の代表も必要です」
「つまり、斬るより面倒だな」
「場合によっては」
担当官は正直だった。
俺は好感を持った。
アレンは書類を見ていた。
「だが、斬らずに終わる道も、規定上はある」
「あります」
「魔王が受けるなら」
「はい」
「四天王が従うなら」
「はい」
「魔王軍が止まるなら」
「はい」
アレンは、少しだけ息を吐いた。
ほっとしたのか。
苦しくなったのか。
両方かもしれない。
「斬らなくて済むなら」
アレンが言った。
「その後、魔王はどうなる」
担当官は困った顔をした。
「そこは前例がありません」
「ないのか」
「ないです」
「では、考えるしかないな」
アレンは言った。
俺は少し驚いた。
アレンの声が、少し軽くなっていた。
いや、逃げの軽さではない。
考える対象が見えた時の声だった。
「もし、魔王軍が侵攻をやめ、捕虜を返し、王国と停戦し、魔王領の住民も保護されるなら」
アレンは言った。
「俺は魔王を斬らなくていいかもしれない」
担当官は慎重に答えた。
「政治的には、簡単ではありません」
「分かっている」
「民が納得しない可能性もあります」
「分かっている」
「被害を受けた村は、魔王本人の死を求めるかもしれません」
アレンは黙った。
そこは重い。
セイルが静かに言った。
「被害を受けた方々の思いも、消すことはできません」
「そうだ」
アレンは頷いた。
「だから、勝手に許すこともできない」
ミリアが言う。
「でも、殺せば全部納得するわけでもない」
「それもそうだ」
ガルドが言った。
「斬るなら斬る。止めるなら止める。どちらでも、理由がいる」
アレンは担当官の書類を見つめた。
「なら、まず魔王に確認する」
担当官が目を丸くした。
「魔王に?」
「ああ」
「どうやって?」
アレンは俺を見た。
俺は見返した。
やめろ。
見るな。
「ユート」
「何だ」
「魔王城と連絡を取れるか」
「取れるかもしれない」
「維持費の件で連絡先があるだろう」
「ある」
担当官がさらに固まった。
「魔王城の連絡先があるのですか」
「維持費資料の返送先として」
「返送先」
「はい」
担当官は何かを諦めた顔をした。
「勇者様の旅は、我々の想定とだいぶ違うようです」
「俺もそう思う」
アレンが言った。
午後。
俺たちは宿に戻り、魔王城への連絡文を作った。
宛先。
魔王城管理部。
魔王本人、または軍務責任者。
件名。
魔王討伐に関する終了条件確認のお願い
アレンは頭を抱えた。
「件名がひどい」
「分かりやすい」
「魔王に送る文ではない」
「魔王だからこそ分かりやすく」
ミリアが笑った。
「魔王城管理部って、本当にあるのよね」
「あった」
セイルが言った。
「文面は丁寧にしましょう」
「もちろん」
俺は文面を書く。
拝啓
以前、魔王城維持費および補給管理の件でお世話になりました。
アレンが止めた。
「お世話になったのか?」
「資料はもらった」
「そうだが」
「事実だ」
「続けろ」
当方、王国公認勇者アレン一行は、現在も魔王討伐の旅を継続しております。
しかし、過去の接触により、魔王軍の運営実態、魔王城下町の存在、補給・維持管理上の事情を一部把握しております。
つきましては、魔王討伐の終了条件について、以下の点を確認したく存じます。
一、魔王軍による人里への侵攻を停止する意思はあるか。
二、捕虜・徴発・略奪を停止する意思はあるか。
三、四天王および各部隊に命令を徹底できるか。
四、停戦交渉の窓口を設置できるか。
五、魔王城下町の住民保護について協議できるか。
六、これらが不可能な場合、当方は討伐行動に移る可能性がある。
アレンは六番をじっと見た。
「必要だな」
「ああ」
「顔見知りでも、止まらないなら行く」
「そうだ」
アレンは深く息を吐いた。
「書いてくれ」
「分かった」
最後に署名。
王国公認勇者アレン。
荷物持ちユート。
魔法使いミリア。
僧侶セイル。
剣士ガルド。
同行者リナ。
背中の聖剣が光った。
『我の名は?』
「長くなるから省略」
『ぐぬ』
俺は少し考えて、追記した。
聖剣一振り同行。
『一振り扱いか』
「事実だ」
『我には名がある』
「魔王城管理部は分かるだろう」
『なぜ分かる』
「以前、長さで搬入経路の相談をした」
『ぐぬ』
手紙を封筒に入れる。
魔王城維持費資料の返送に使った黒い封印紙を使う。
なぜまだ持っているのか。
荷物持ちだからだ。
使うかもしれないものは、持てる範囲で持つ。
ただし持ちすぎると怒られる。
難しい。
リナが言った。
「これ、送ったらどうなるんでしょう」
「分からん」
「魔王が返事をくれるんですか?」
「くれるかもしれない」
「くれなかったら?」
「それも回答だ」
アレンが頷いた。
「逃げたなら、逃げたとして扱う」
「攻めてきたら?」
ミリアが聞く。
「迎撃」
ガルドが言った。
「交渉に来たら?」
セイルが聞く。
「交渉」
俺は言った。
「返事の種類を整理するか」
アレンが頭を抱えた。
「また表か」
「返事が来る前に決めておく」
魔王城からの返答別対応表
一、侵攻停止に応じる:停戦協議へ。
二、一部停止:条件確認。
三、拒否:討伐準備。
四、無回答:期限後、討伐準備。
五、挑発:内容確認後、討伐準備。
六、直接面談希望:場所・護衛・退路を確認。
七、魔王城下町から嘆願:別途保護協議。
八、四天王が勝手に返事:権限確認。
アレンは八番を見た。
「ありそうだな」
「あるだろうな」
ミリアが苦笑する。
「四天王、絶対一人くらい勝手に返すわよ」
「補給断ちの奴なら返すかもしれない」
ガルドが言った。
「文面は丁寧だろうな」
「嫌な信頼だ」
その夜。
魔王城への手紙は、軍務連絡所経由で送られることになった。
担当官は最後まで不思議そうな顔をしていた。
「勇者様」
「何だ」
「もし、魔王が本当に停戦交渉に応じたら」
「ああ」
「歴史が変わります」
アレンは少し考えた。
「変わって困るのか?」
担当官は黙った。
そして、少し笑った。
「困る者もいるでしょう。ですが、死ぬ者は減るかもしれません」
「なら、その可能性は見たい」
「承知しました」
担当官は深く頭を下げた。
宿に戻る道で、アレンはあまり話さなかった。
夜風が冷たい。
街の灯りが遠い。
俺たちはゆっくり歩いた。
「ユート」
アレンが言った。
「何だ」
「俺は、魔王を斬る覚悟はあると思っていた」
「ああ」
「今も、必要なら斬る」
「ああ」
「だが、必要かどうかを確認する覚悟は、足りなかったのかもしれない」
「今している」
「遅くないか」
「斬る前なら遅くない」
アレンは足を止めた。
そして、少しだけ笑った。
「そうか」
「ああ」
「顔見知りになったのは、厄介だな」
「厄介だ」
「でも、知らないまま斬るよりは、たぶんましだ」
「俺もそう思う」
その言葉は、かなり静かだった。
勇者の決め台詞ではない。
勝利宣言でもない。
だが、今のアレンには一番似合っていた。
翌朝。
まだ返事は来ていなかった。
当たり前だ。
魔王城は遠い。
魔法連絡でも手続きがある。
魔王城管理部が受け付け、軍務担当へ回し、魔王本人に上げるなら、それなりに時間がかかる。
たぶん。
いや、魔王城の決裁ルートは分からない。
分からないが、何となく遅そうだ。
俺たちは出発準備をした。
リナが荷袋を確認する。
ミリアが杖を確認する。
セイルが薬と包帯を確認する。
ガルドが剣を確認する。
アレンは剣を腰に下げた。
その手は、迷っていなかった。
ただ、昨日より少し重そうだった。
俺は記録帳を開き、昨日のページに荷札をつけた。
魔王討伐・終了条件確認中
未回収。
返答待ち。
期限設定要。
次回確認。
リナがそれを見て言った。
「最大の荷札ですね」
「そうだな」
「でも、荷札がついたなら、見失いませんね」
「そうだ」
アレンが言った。
「魔王討伐も、荷札になるのか」
「終わっていないものには、荷札をつける」
「なら、俺の剣にもついているな」
「何が?」
「斬る条件」
俺は少し笑った。
「かなり重い荷札だな」
「ああ」
アレンは真っすぐ前を見た。
「だが、持つ」
その時、神の声が響いた。
『よい』
俺は木札に触れた。
「神よ」
『聞いている』
「今回はどうでしたか」
『重い棚卸しだった』
「はい」
『斬る前に、何を終わらせるのか決めよ』
「今回の教義ですか」
『採用』
「顔見知りでも、ですか」
『顔を知ったなら、なおさらだ』
「重いですね」
『命だからな』
「はい」
『ただし、魔王城の搬入口は確認しておけ』
「そこもですか」
『決戦に行くなら必要だ』
「アレンが嫌がります」
『それでも必要だ』
アレンがこちらを見る。
「今、何を言われた」
「魔王城の搬入口は確認しておけ、と」
アレンは空を見上げた。
「決戦に搬入口を持ち込むな」
「魔王城は固定資産だ。搬入口くらいあるだろう」
「あるだろうが」
ミリアが笑った。
セイルも少し笑った。
ガルドは真面目に頷いた。
「退路にもなる」
「ほら」
アレンは黙った。
また一つ、現実が勇者に乗った。
こうして俺たちは知った。
魔王討伐は、剣だけでできているわけではなかった。
被害がある。
侵攻がある。
捕虜がいる。
補給線がある。
命令系統がある。
城下町がある。
魔王本人の意思がある。
交渉窓口がある。
討伐後の責任がある。
そして、斬る前に決めるべき終了条件がある。
知らない相手なら、ただ悪と呼べたかもしれない。
顔を知らなければ、ただ斬れたかもしれない。
だが、知ってしまった。
魔王にも城がある。
部下がいる。
維持費がある。
城下町がある。
それでも、被害があるなら止めなければならない。
顔見知りだから許すのではない。
顔見知りだから迷うのでもない。
顔を知ったなら、何を終わらせるために剣を抜くのか、もっとはっきりさせなければならない。
勇者とは、斬る者ではなく、斬る条件を背負う者なのかもしれない。
魔王城へ手紙は送られた。
返事はまだ来ていない。
討伐は終わっていない。
和平も始まっていない。
アレンは剣を持った。
俺は記録帳に荷札をつけた。
魔王討伐・終了条件確認中。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの討伐条件は、これからだ。
「斬る前に、何を終わらせるのか決めろよ」
第二部・完




