第51話 旅の棚卸しをしていたら、ドラゴンが遠くを飛んでいました
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第51話 旅の棚卸しをしていたら、ドラゴンが遠くを飛んでいました
王都を出て、半日ほど歩いた。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアは少し気持ちよさそうに風を受けていた。
セイルは穏やかな顔で空を見ている。
ガルドは街道の先を見ている。
久しぶりに、何も起きていない道だった。
本当に何も起きていない。
願いを叶える宝珠もない。
契約を迫る小動物もいない。
食べると能力が増える木の実もない。
勇者パーティから追放される気配もない。
聖剣が刺さっている台座もない。
悪役令嬢が断罪されている屋敷もない。
壁の外から巨人も来ない。
王立学院の能力測定もない。
ダンジョン配信の水晶もない。
命を懸けた遊戯の招待状もない。
死に戻りもない。
分身もいない。
変身ベルトも光っていない。
未来視の老婆もいない。
白雷獅子の幼体もいない。
神製バッグも出ていない。
名前を書くと死ぬノートもない。
ステータスも開いていない。
ドラゴンの死骸もない。
巨大ロボも動いていない。
聖女の列もない。
異世界通販の返品棚もない。
勇者候補もいない。
つまり、平和だった。
かなり平和だった。
「……何も起きませんね」
リナが言った。
「いいことだ」
俺は言った。
「本当にいいことですね」
「ああ」
「でも、逆に不安になってきませんか?」
「なる」
「なるんですね」
「強運の加護は、だいたい面倒事の前に静けさを置く」
アレンが空を見上げた。
「確かに、最近はいろいろあったな」
「最近どころではない」
ミリアが笑った。
「いろいろありすぎて、何が最近か分からなくなってきたわ」
セイルが静かに頷いた。
「旅の記録も、だいぶ厚くなりました」
ガルドが言った。
「一度、整理したほうがいいかもしれん」
俺は足を止めた。
「棚卸しか」
リナが笑った。
「旅の棚卸しですね」
「悪くない」
道の脇に、ちょうど大きな木があった。
木陰。
平らな石。
小川。
休憩に向いている。
俺たちはそこで荷を下ろした。
鍋を出す。
水を汲む。
火を起こす。
干し肉と野菜を入れる。
スープを煮ながら、俺は記録帳を取り出した。
かなり厚くなっている。
最初のころは薄かった。
今は、もうちょっとした鈍器である。
リナがその記録帳を見て、少し懐かしそうな顔をした。
「最初は、二人だけでしたね」
「そうだな」
「宝珠を集めて」
「正確には、村内に分散保管されていた重量物を回収した」
「願いを叶える竜も出ました」
「出た」
「それで、願いで宝珠を軽くしました」
「あれは正しい判断だった」
リナは少し笑った。
「どんな願いでも叶うのに、重量軽減でしたね」
「持てない宝珠に価値はない」
「その頃から変わっていませんね」
「変わらなくていいところだ」
アレンが記録帳を覗き込む。
「待て。宝珠の話は、俺は知らない」
「お前はいなかった」
「そうなのか」
リナが頷いた。
「はい。最初はユートさんと私だけでした」
アレンは少し複雑そうな顔をした。
「俺の知らない旅が、けっこうあるんだな」
「あります」
「宝珠も?」
「はい」
「契約を迫る小動物も?」
「はい」
「食べると能力が増える木の実も?」
「はい」
「……少し悔しいな」
俺はページをめくった。
「安心しろ。お前は次のあたりで俺を追放する」
「安心できない」
ミリアが吹き出した。
「合流前から、もう今と同じようなことをしていたのね」
「だいたい同じだな」
リナが言った。
「キュルルさんの契約書も、すごかったですよね」
「厚かった」
「契約書が、口からどさどさ出てきました」
アレンが顔をしかめた。
「小動物の口から契約書が?」
「出た」
「どういう構造だ」
「分からん」
「それで契約したのか?」
「しない」
リナが即答した。
「違約金が高かったんです」
「金貨三千枚、または魂の輝き相当額だった」
ミリアが嫌そうな顔をする。
「魂の輝き相当額って何よ」
「個人差があるらしい」
「怖いわね」
セイルが静かに言った。
「願いには責任が伴う、という話でしたね」
「そうだ」
俺は頷いた。
「契約とは、目に見えぬ荷である」
「神様の教えですね」
リナが言った。
「あの時から、ずっとそういう旅でしたね」
次。
暴食の実。
「これは本当に食べなくてよかったです」
リナが言った。
「食べると能力が増えるという話だったが、増えた後の責任が不明だった」
「食べる前に確認する」
「そうだ」
アレンが頷いた。
「今なら分かる。能力だけ増えても、運用できなければ危ない」
「お前、本当に分かるようになったな」
「何度も言うな」
「言いたくなる」
次のページ。
勇者パーティ追放。
アレンが静かに目をそらした。
「ここから俺か」
「ここからお前だ」
リナが笑った。
「大事な合流回ですね」
「俺がユートを追放した回だろう」
「はい」
「大事だが、短めで頼む」
「無理だな」
俺は言った。
「荷物を持てない勇者パーティが、荷物持ちを追放した。かなり重要な失敗だ」
アレンは額を押さえた。
「今なら分かる。あれはよくなかった」
「分かればいい」
「本当に、分かる」
アレンは荷袋を見た。
「荷物持ちを失うと、旅は止まる」
「その通りだ」
ミリアが肩をすくめる。
「そのあと、私たちも合流したのよね」
「そうだ」
「こうして見ると、最初から全員いたわけじゃないのね」
リナが少し胸を張った。
「初期メンバーは私です」
「そうだな」
俺は頷いた。
「リナは宝珠、キュルル、暴食の実を見ている」
「はい」
「つまり、だいたいの原型を知っている」
「契約書を読む、食べる前に確認する、持てないものは軽くする」
「かなりこの旅の基本だな」
アレンが少し悔しそうに言った。
「俺は追放からか」
「追放からだ」
「始まり方が悪い」
「だが、今はかなり良くなった」
アレンは少しだけ黙った。
「なら、いい」
次。
聖剣。
背中の聖剣が光った。
『我の回だな』
「長くて邪魔だった回だ」
『言い方』
「鞘を作った」
『我にふさわしい鞘であった』
「長さ対策だ」
『ぐぬ』
リナが笑う。
「聖剣も増えましたよね」
「最近、王国に七振りあると分かった」
アレンが言う。
「棚卸し中だな」
「聖剣にも仕様書がいる」
『我は特別扱いでよい』
「長さ、重量、性格、保管状態、全部書く」
『性格は不要ではないか』
「一番いる」
聖剣は黙った。
次。
悪役令嬢。
「エルヴィラさんですね」
リナの声が明るくなる。
「あれは強かった」
俺は言った。
「婚約破棄の場で、預かり品精算を始めた」
ミリアが笑う。
「断罪イベントが、倉庫退去作業になったわね」
セイルが言った。
「責任の所在を明らかにする、よい方でした」
ガルドが頷く。
「剣より鋭い帳簿だった」
「あの倉庫管理規程は今も持っている」
俺は荷袋から写しを取り出した。
リナが呆れたように笑う。
「本当に大事にしてますね」
「当然だ。湿気対策、搬入記録、返却署名、保管料計算。完璧だ」
アレンが言った。
「俺も、預け物には受領書を取るようになった」
「よい成長だ」
次。
壁の外の巨人。
王立学院の能力測定。
ダンジョン配信。
命を懸けた選別遊戯。
死に戻り。
分身。
変身ベルト。
未来視。
召喚獣。
神製バッグ。
ここまで来ると、全員がだいたい知っている。
リナが初期の細かいところを補い、アレンが自分の成長を思い出し、ミリアが皮肉を入れ、セイルが祈りの観点で整理し、ガルドが実務に落とす。
それぞれの旅になっていた。
「白雷獅子のナベは元気でしょうか」
リナが言った。
「牧場支部なら大丈夫だろう」
「会いたいですね」
「成長していたら牛一頭だ」
「手土産が大変ですね」
「かなり」
神製バッグのページで、俺は少し手を止めた。
「これは例外だったな」
アレンが頷く。
「砦への補給か」
「持てない荷を、神と一緒に背負った」
セイルが静かに言った。
「便利だからではなく、命に変わる荷だから使った」
「そうだ」
神の声が響いた。
『次は使うな』
「はい」
『本当に使うな』
「はい」
神はまだ根に持っている。
いや、疲れたのだろう。
次。
死のノート。
ステータス。
勇者召喚。
チュートリアル妖精。
鑑定。
ガチャ。
ですノート。
スキルツリー。
魔王軍四天王。
魔王城の維持費。
武闘大会運営補助。
料理祭。
スローライフ。
畑。
ポーション。
錬金術。
禁書。
右手の封印。
魔眼。
時間停止。
そして、ドラゴン。
全員が少し黙った。
ドラゴンのページは厚かった。
かなり厚かった。
討伐。
死骸。
解体。
無事故作業。
魔石。
封印箱。
鑑定。
税。
所有権。
復興信託。
そして、長すぎるという指摘。
「ドラゴン編は長かったな」
アレンが言った。
「長かった」
リナも頷く。
「倒した日より、後処理の記憶のほうが長いです」
ミリアが言った。
「桶と血と石灰と箱と税務官ね」
セイルが苦笑した。
「それもまた、救いの一部だったのでしょう」
ガルドが言った。
「倒したものを、最後まで見たからな」
アレンは少しだけ黙った。
そして言った。
「俺は、あの時少し勇者になれた気がする」
俺はアレンを見た。
「かなり勇者だった」
アレンは少し照れた。
「かなりか」
「かなりだ」
その時だった。
遠くの山の向こうを、黒い影が横切った。
翼。
長い尾。
大きな影。
空をゆっくり飛ぶ姿。
全員が黙った。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアも黙った。
セイルも黙った。
ガルドも黙った。
聖剣も黙った。
黒い影は、遠くの空を飛んでいた。
かなり遠い。
こちらへ向かっているわけではない。
ただ、山の向こうを移動しているだけ。
たぶん。
「ドラゴン……ですか?」
リナが小声で言った。
「たぶん」
俺も小声で答えた。
「来ますか?」
「来るな」
アレンも低い声で言った。
「今は来るな」
ミリアが杖を握りかけて、すぐに離した。
「せめて、こっちに来ないで」
セイルが祈りかけて、やめた。
「どうか、穏やかに飛び去ってください」
ガルドが言った。
「倒すのはいい」
「よくない」
俺は即答した。
「倒した後が長い」
ガルドは黙った。
納得したようだった。
遠くのドラゴンは、旋回した。
全員が息を止めた。
こちらを見るな。
気づくな。
来るな。
燃やすな。
落ちるな。
倒れるな。
魔石を持つな。
いや、持っているだろうが、こちらに関係するな。
ドラゴンは、しばらく山の上を飛んでいた。
そして、別の谷の向こうへ消えていった。
来なかった。
本当に来なかった。
俺たちは、全員で息を吐いた。
「……今日の旅、成功ですね」
リナが言った。
「ああ」
俺は言った。
「ドラゴンが来なかった」
アレンが真顔で頷いた。
「重要だ」
「かなり重要だ」
ミリアが笑った。
「昔なら、ドラゴンを見たら冒険の始まりって感じだったのにね」
「今は後処理の始まりに見える」
「嫌な成長ね」
「正しい成長だ」
神の声が響いた。
『来なかったことも、幸運である』
「はい」
『遠くのドラゴンは、遠くのままがよい』
「採用です」
『まだ言っていない』
「今のは絶対に採用です」
『なら採用』
よし。
スープが煮えた。
俺たちはそれぞれ器を持ち、木陰で食べた。
何も起きない昼飯。
かなり貴重だ。
そう思っていたら、草むらが揺れた。
俺は止まった。
リナも止まった。
アレンが剣に手をかける。
ミリアが杖を持つ。
ガルドが前に出る。
セイルが祈りかける。
草むらから、白い小動物が顔を出した。
長い耳。
丸い尻尾。
白い毛。
妙にきらきらした目。
「久しぶり」
キュルルだった。
俺は黙った。
リナは少し目を輝かせた。
「キュルルさん!」
「やあ、リナ。元気そうだね」
「元気です」
俺はキュルルを見た。
「契約か?」
キュルルは首を横に振った。
「今日は違うよ」
「本当に?」
「本当に。今日は説明会の案内」
「説明会」
「願掛け祭りでやった契約説明会が、営業獣協会で少し評価されてね。今度、王都近郊の村でもやることになったんだ」
「契約獲得ではなく?」
「契約トラブル防止啓発活動」
「成長したな」
キュルルは少し得意そうに胸を張った。
「契約書も先に渡すようにしたよ」
「いいことだ」
「概要説明書もつけた」
「かなりいい」
「ただし、詳細条件は別紙八を参照してね」
「悪化してる」
キュルルは慌てた。
「違う違う。本紙を読みやすくした分、細かい条件を整理したんだ」
「別紙はいくつある?」
「八」
「多い」
「前は十四あった」
「改善している」
「でしょ?」
「だが多い」
キュルルは少し耳を下げた。
「契約管理部門が減らしてくれないんだ」
「それは協会の問題だな」
「そうなんだよ」
本当に営業獣にも事情がある。
だが契約は別だ。
キュルルは俺の記録帳を見た。
「それ、旅の記録?」
「棚卸し中だ」
「僕のことも書いてある?」
「ある」
「どんな感じ?」
「契約書が厚い。違約金が怖い。食費が高い。説明会に回した」
「だいたい合ってる」
本人も認めた。
リナがスープを差し出した。
「飲みます?」
「ありがとう」
キュルルは器に顔を近づけ、少しずつ飲んだ。
「月露じゃなくていいのか?」
俺が聞く。
「今日は自腹だから、普通のスープでいい」
「体質とは」
「営業用に盛ってた部分もある」
「お前」
キュルルは目をそらした。
「でも月露が好きなのは本当だよ」
「契約者負担にするな」
「今は明記してる」
「そういう問題でもあるが、そういう問題だけではない」
キュルルはスープを飲みながら、空を見た。
「今、ドラゴンいなかった?」
「いた」
「倒したの?」
「来なかった」
「よかったね」
「本当によかった」
キュルルは不思議そうに首を傾げた。
「普通、ドラゴンって倒すとすごいんじゃないの?」
「倒すと後が長い」
「そうなんだ」
「尾、翼、血、内臓、魔石、箱、税」
キュルルは少し黙った。
「契約書より大変そう」
「契約書も大変だ」
「うん」
その時、街道の向こうから馬車が来た。
黒い馬車。
飾りは控えめだが、手入れが行き届いている。
車輪の音が静か。
荷台には、しっかり固定された箱。
馬車の横には、グラナート家の紋章。
俺は立ち上がった。
馬車が木陰の近くで止まる。
扉が開く。
黒い旅装の令嬢が降りてきた。
黒髪。
赤い瞳。
背筋はまっすぐ。
エルヴィラ・フォン・グラナート。
悪役令嬢ではない。
倉庫管理の達人である。
「お久しぶりです、ユートさん」
「お久しぶりです」
リナが嬉しそうに手を振った。
「エルヴィラさん!」
エルヴィラは少しだけ微笑んだ。
「皆様もお元気そうで何よりです」
アレンが軽く頭を下げる。
「その節は」
「王子殿下の荷物搬出では、大変お世話になりました」
アレンは少し気まずそうだった。
ミリアがにやりと笑う。
「あれ、なかなか面白かったわ」
「私としては、かなり疲れました」
エルヴィラは淡々と言った。
だが、その口元には少し笑みがあった。
俺は馬車の荷台を見た。
箱が三つ。
番号札。
防水布。
封印紐。
完璧な固定。
「素晴らしい積み方ですね」
「ありがとうございます」
エルヴィラは自然に答えた。
「荷崩れ防止の金具を改良しました」
「見ても?」
「どうぞ」
リナが小声で言った。
「再会して最初に荷台を見るんですね」
「重要だ」
「エルヴィラさんも普通に受けてますね」
「分かる方なので」
エルヴィラは荷台から一冊の冊子を取り出した。
「以前お渡しした倉庫管理規程ですが、改訂版ができました」
俺は受け取った。
「最高だ」
リナが笑った。
「ユートさん、今かなり嬉しそうですね」
「改訂版だぞ」
「恋文より喜んでません?」
「倉庫規程の改訂版だぞ」
エルヴィラも少しだけ笑った。
「今回は、魔獣素材の一時保管、封印箱の貸出記録、貴族間の預かり品精算、そして災害時の倉庫開放手順を追加しました」
「完璧では?」
「まだ改良中です」
「素晴らしい」
キュルルがエルヴィラを見上げた。
「この人、すごいね」
「すごい」
「契約書も見てくれそう」
エルヴィラがキュルルを見た。
「契約書ですか?」
キュルルは少し震えた。
営業獣の本能が、強い実務者を察知したのかもしれない。
「ええと、僕は契約トラブル防止説明会を」
「契約書はありますか?」
「あります」
「概要説明書は?」
「あります」
「別紙は?」
「八つあります」
「多いですね」
キュルルの耳が垂れた。
「やっぱり?」
「ただし、整理されているなら問題ありません。見出し、費用、解約条件、違約金、免責、食費負担を先に出せば、まだ読めます」
キュルルの目が輝いた。
「本当?」
「読めます。ただし、小さい文字で隠してはいけません」
「はい」
「契約希望者の理解確認欄は?」
「え?」
「説明を受けた、理解した、質問した、持ち帰って検討する。この四つを分けた欄です」
キュルルは真顔になった。
「それ、使える」
「使ってください」
俺はエルヴィラを見た。
「やはり信徒候補では?」
神の声が響いた。
『信徒候補だ』
「神様もそう言っています」
エルヴィラは少し考えた。
「荷物の神でしたね」
「はい」
「倉庫管理には相性がよさそうです」
『相性がよい』
神が即答した。
「神様、前のめりですね」
『倉庫持ちの信徒は貴重だ』
「本音が出ています」
エルヴィラは木札に軽く手を合わせた。
「持てる分だけ持ち、持てぬものは置いていく。預かる荷は、いつか返す。よい教えだと思います」
神の声が少し柔らかくなった。
『よい』
本当に嬉しそうだった。
俺は記録帳を開いた。
「ちょうど旅の棚卸しをしていました」
「棚卸しですか」
エルヴィラの目が少し真剣になる。
「旅にも必要ですね」
「はい」
「未回収の荷札は?」
「多いです」
「一覧化していますか?」
「一部は」
「一部」
目が厳しくなった。
俺は少し姿勢を正した。
「作ります」
「それがよいかと」
リナが笑っている。
「ユートさんが指導されてる」
「正しい指導だ」
アレンが言った。
「未回収の荷札というと、何がある?」
俺は指を折る。
「ナベの再会」
リナが頷く。
「白雷獅子ですね」
「巨大ロボ、グランタリオン」
ミリアが言う。
「床補強待ちね」
「王国管理聖剣の棚卸し」
アレンが頷く。
「黄金剣の名乗り対策も必要だ」
「勇者候補十二名の受け入れ」
「継続中だな」
「聖女認定新運用」
セイルが言う。
「大神殿で続いています」
「異世界通販返品制度」
「黄色いマント布は返した」
「ドラゴン魔石の復興信託」
ガルドが言う。
「まだ仮承認だったな」
「キュルルの説明会」
キュルルが手を上げた。
「来月に二件繰越」
「残ってるじゃないか」
「再研修は免除されたから」
「残ってる」
キュルルは目をそらした。
エルヴィラは、すぐに紙を出した。
「では、簡易の未回収荷札一覧を作りましょう」
「今ここで?」
「棚卸し中なのでしょう?」
「はい」
「ならば今です」
強い。
かなり強い。
俺たちは木陰で、未回収荷札一覧を作った。
未回収荷札一覧
一、白雷獅子ナベ再会可能性。
二、古代機動鎧グランタリオン再起動準備。
三、王国管理聖剣七振り棚卸し。
四、勇者候補十二名の生活・訓練・帰還条件。
五、聖女認定新運用の定着確認。
六、異世界通販返品制度の正式運用。
七、ドラゴン魔石復興信託の本承認。
八、キュルルの契約説明会と繰越ノルマ。
九、荷物の神の信徒候補エルヴィラ。
十、アレンのマント増殖防止。
アレンが十番を見た。
「俺のマントは伏線なのか?」
「油断すると増える」
「増やさない」
「書いておく」
「なぜだ」
「再発防止」
エルヴィラが頷いた。
「再発防止項目は必要です」
「ほら」
アレンは黙った。
強い味方を得た。
キュルルが一覧を見て言った。
「意外と再登場できる人、少ないね」
俺は少し黙った。
リナも少し考える。
「そうですね。たくさん事件はあったのに」
「だいたい一区切りで終わらせてますから」
セイルが言った。
「それはよいことです」
ミリアが頷く。
「回収しなきゃいけない人が多すぎると、話が重くなるものね」
ガルドが言った。
「未回収は少ないほうがいい」
エルヴィラも言う。
「倉庫も同じです。置きっぱなしの荷が多いと、次の荷が入らなくなります」
「本当にその通りです」
俺は言った。
キュルルが少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあ、僕は残ってる荷物なんだ」
「残ってるというより、たまに来る営業獣だ」
「それ、良い扱いなの?」
「契約を迫らないなら」
「迫らない。説明する」
「よし」
エルヴィラが言った。
「私は荷札九番ですね」
「信徒候補です」
「検討します」
神の声が響いた。
『前向きに検討せよ』
「神様、圧をかけないでください」
『倉庫持ちの信徒は貴重だ』
「二回目です」
エルヴィラは楽しそうに、ほんの少し笑った。
夕方が近づいてきた。
キュルルは説明会の村へ向かうらしい。
エルヴィラは王都へ戻る途中だったらしい。
俺たちは次の町へ進む。
それぞれ、道が違う。
キュルルは契約書の束を背負った。
小さい体に、かなり大きな束だ。
「重くないのか?」
俺が聞く。
「重い」
「減らせ」
「別紙八まで減らしたんだよ」
「まだ重い」
「来月までには六にする」
「よし」
エルヴィラは馬車に乗る前に、俺へもう一枚紙を渡した。
「未回収荷札一覧の写しです」
「ありがとうございます」
「荷札をつけたものは、時々見返してください」
「はい」
「見返さない荷札は、ただの飾りです」
「名言ですね」
「倉庫の基本です」
神の声が響いた。
『採用』
「神様、今日は採用が早いですね」
『倉庫の基本だからな』
本当に相性がいい。
キュルルが手を振る。
「また会おうね」
「契約はしないぞ」
「説明会なら?」
「考える」
「よし」
エルヴィラも静かに頭を下げた。
「また、どこかで」
「はい」
「次に大きな魔獣を倒す前には、解体場所と保管場所の確認を」
「その通りです」
「遠くのドラゴンは、遠くのままで」
「本当に」
馬車が走り出す。
キュルルも草原の道を跳ねていく。
白い背中が小さくなっていく。
黒い馬車も遠ざかる。
遠くの山には、もうドラゴンの影はなかった。
本当にいなかった。
それだけで、かなり平和だった。
俺は荷袋を背負い直した。
記録帳をしまう。
未回収荷札一覧の写しを、濡れない場所へ入れる。
リナが言った。
「なんだか、最終回っぽかったですね」
「言うな」
アレンが空を見上げる。
「だが、終わりではないのだろう」
「第二部継続申請が通っているからな」
ミリアが笑った。
「カウントアップすると、また完了届が必要になるものね」
「だから第二部のままだ」
セイルが静かに言った。
「区切りはあり、旅は続く」
ガルドが言った。
「荷札もついた」
「そうだ」
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい棚卸しだった』
「はい」
『経験も荷である』
「今回の教義ですか」
『採用』
「未回収には荷札をつけろ、も?」
『採用』
「前は仮採用でしたね」
『今日、正式採用だ』
「エルヴィラ効果ですか?」
『倉庫持ちの信徒候補は強い』
「本音ですね」
『本音もまた荷である』
「それ、前にも言いました」
神は返事をしなかった。
夕暮れの街道を、俺たちは歩き出した。
背中には荷袋。
腰には記録帳。
背中には長い聖剣。
頭の中には、これまでの出来事。
宝珠も、契約も、聖剣も、倉庫も、ドラゴンも、巨大ロボも、聖女も、通販も、勇者候補も。
全部、終わったようで、どこかに荷札がついて残っている。
だが、それでいい。
荷札がついていれば、どこに置いたか分かる。
どこに置いたか分かれば、必要な時に取りに行ける。
旅は、持ってきた荷物だけで進むわけではない。
やってきたことも、いつの間にか荷物になる。
その荷を、全部背負う必要はない。
持てる分だけ持つ。
持てぬものは置いていく。
ただし、置いた荷には札をつける。
それが、ここまでの旅で学んだことだった。
遠くのドラゴンは、来なかった。
キュルルは契約を迫らず、説明会へ向かった。
エルヴィラは倉庫管理規程の改訂版をくれた。
未回収荷札一覧は作られた。
アレンのマント増殖防止も記録された。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの棚卸しは、これからだ。
「遠くのドラゴンは、遠くのままでいろよ」
第二部・完




