第49話 異世界通販は便利ですが、返品先が別次元です
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第49話 異世界通販は便利ですが、返品先が別次元です
「異世界通販を始めました」
王都商業組合の若い商人は、そう言った。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアは少しだけ目を輝かせた。
セイルは祈るべきか迷っている顔をした。
ガルドは、商人の後ろに積まれた箱を見ていた。
場所は、王都商業組合の倉庫。
大きな棚。
荷札。
帳簿。
秤。
木箱。
麻袋。
梱包材。
かなり落ち着く場所である。
ただし、その倉庫の中央に置かれているものだけが、おかしかった。
青白く光る扉。
人が一人通れるくらいの大きさ。
扉の向こうには、別の倉庫らしき景色が見える。
棚の形が違う。
箱の材質も違う。
文字も違う。
見たことのない紙箱が積まれている。
どう見ても、異世界とつながっている。
かなり異世界だった。
リナが小声で言った。
「見たことあります」
「言うな」
「異世界通販です」
「言うな」
「注文したら、便利な現代商品が届くやつです」
「言うな」
「でも、返品が面倒そうですね」
「そこだ」
若い商人は胸を張った。
「こちらが、異世界通販門です。異なる世界の商業倉庫と一時的に接続し、商品を購入できる画期的な仕組みです」
「誰が作ったんですか」
「王都魔導商会と、空間魔法研究所と、商業組合の共同事業です」
「嫌な三者ですね」
「なぜですか」
「魔法、研究、商売が並ぶと、責任の所在がぼやける」
若い商人は少し固まった。
「責任の所在は、契約書に」
「見せてください」
「早いですね」
「早くない。通販は契約だ」
商人は少し困った顔をしながら、分厚い冊子を出した。
異世界通販門利用規約
厚い。
かなり厚い。
俺は椅子に座った。
「読みます」
リナが横に座る。
アレンは扉の向こうを見ている。
ミリアは箱を見ている。
セイルは規約の表紙に祈りを捧げかけて、やめた。
ガルドは倉庫の出口を確認している。
いつも通りだ。
第一条、利用者定義。
第二条、注文方法。
第三条、決済方法。
第四条、商品引渡し。
第五条、破損時の扱い。
第六条、返品。
「来ました」
俺は言った。
商人が少し身構えた。
「返品ですね」
「はい」
「返品先は?」
「接続先倉庫です」
「接続が切れていたら?」
商人は目をそらした。
「次回接続時に」
「次回はいつ?」
「不定期です」
「詰んでますね」
「まだ詰んでいません」
「返品期限は?」
「商品到着後七日以内です」
「次回接続が七日後を過ぎたら?」
商人は黙った。
リナが言った。
「詰みましたね」
「詰んだな」
商人は慌てた。
「いえ、返品申請だけ先に出せば」
「申請先は?」
「接続先の管理部門へ」
「接続が切れていたら?」
商人はまた黙った。
ミリアが箱を手に取りながら言った。
「便利そうなのに、戻す時に詰むのね」
「通販は、買う時より返す時に本性が出る」
俺は言った。
神の声が響いた。
『よい』
「もう採用ですか?」
『候補だ』
神も通販には慎重らしい。
商人は話題を変えようとした。
「しかし、商品自体は素晴らしいのです。こちらをご覧ください」
商人は箱を開けた。
中には、見たことのない透明な容器があった。
軽い。
割れにくそう。
蓋がぴったり閉まる。
水を入れても漏れない。
「保存容器です」
商人が言った。
「軽く、密閉性が高く、乾物や薬草の保存に使えます」
リナが目を輝かせた。
「便利そうです」
「便利だな」
俺も認めた。
「こちらは防水布です」
商人が別の箱を開ける。
薄い。
軽い。
水を弾く。
かなり良い。
ミリアが触って驚いた。
「これ、魔導処理なしで水を弾くの?」
「はい」
「すごいわね」
セイルは小さな白い包帯のようなものを見た。
「これは?」
「清潔な傷当てです。一枚ずつ封がされています」
セイルの目が真剣になった。
「これは有用です」
ガルドは、金属製の小さな工具に注目した。
「この折りたたみ刃は?」
「多用途工具です」
ガルドが少しだけ感心した。
「よくできている」
アレンは、やたら光沢のある赤い布を見ていた。
「これはマントに使えるか?」
「使うな」
「まだ何も」
「顔で分かる」
「防水かもしれない」
「マントを増やすな」
「一枚を改良するだけだ」
少し考える。
それなら、ぎりぎり検討対象かもしれない。
だが、今は通販全体の話だ。
商品は良い。
かなり良い。
軽い。
便利。
使いやすい。
この世界の旅には有用なものが多い。
だが、良い商品ほど、返品・修理・補充・規格・廃棄が問題になる。
俺は規約を読み進めた。
第七条、初期不良。
第八条、誤配送。
第九条、接続障害。
第十条、通貨換算。
「通貨換算」
俺は止まった。
「支払いは?」
商人は明るい顔になった。
「王国銀貨を、異世界側の標準通貨に換算します」
「為替は?」
「日によって変動します」
「誰が決める?」
「商業組合と接続先管理者が」
「手数料は?」
「別途」
「別途」
「はい」
「表示価格に含めてください」
商人はまた目をそらした。
「現在は、商品価格、接続料、換算手数料、通関相当手数料、梱包料を別表示に」
「分かりにくい」
「商売では一般的に」
「分かりにくい」
「はい」
リナが保存容器を見ながら言った。
「便利なのに、値段が分かりにくいと買いづらいですね」
「そうだ」
「しかも返品しづらい」
「そうだ」
「詰んでますね」
商人が少し泣きそうになった。
「商品は良いんです」
「商品は良い」
俺は認めた。
「だが、商品だけでは通販は成立しない」
商人は黙った。
俺は規約を閉じた。
「実験注文をしましょう」
商人の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただし、条件付き」
「条件」
「一、注文品を限定する」
「はい」
「二、返品テストも行う」
商人が固まった。
「返品テスト」
「はい」
「買うだけではなく?」
「返品までが通販です」
リナが小声で言った。
「ユートさん、すごく楽しそうですね」
「楽しくはない。重要なだけだ」
ミリアが笑う。
「楽しそうよ」
否定はしない。
少し楽しい。
俺たちは試験注文の品を選んだ。
保存容器。
防水布。
個包装の傷当て。
多用途工具。
そして、アレン用の防水マント布。
「買うのか?」
アレンが驚いた。
「一枚の改良なら検討する」
「ユート……」
「ただし、増やすな」
「分かっている」
「本当に?」
「分かっている」
アレンは布を大事そうに持った。
ちょっと危ない。
注文は簡単だった。
扉の横にある魔導板へ商品番号を入力。
数量。
支払い通貨。
受け取り名。
配送先。
それから、やたら長い確認文。
注文確定後の変更には、接続状況により対応できない場合があります。
商品仕様は異世界基準です。
使用前に現地適合性をご確認ください。
返品には接続先倉庫の承認が必要です。
「すごく大事なことが小さく書いてある」
俺は言った。
商人は咳払いした。
「表示欄が狭くて」
「広げてください」
「はい」
注文確定。
扉の向こうで箱が動いた。
すぐに、こちら側の受け取り台へ箱が滑り出てきた。
早い。
かなり早い。
リナが拍手した。
「すごい!」
ミリアも感心している。
「転移より安定してるわね」
セイルは傷当ての箱を大事そうに見ていた。
ガルドは工具を開閉している。
アレンは布を見ている。
商人は誇らしげだ。
「どうですか。これが異世界通販です」
「受け取りは素晴らしい」
俺は言った。
「問題はここからです」
「ここから」
「検品」
商人の笑顔が少し固まった。
俺たちは箱を開けた。
保存容器。
五個入りのはずが、四個しかない。
防水布。
注文した寸法より短い。
傷当て。
問題なし。
多用途工具。
刃の一部が欠けている。
防水マント布。
色が違う。
アレンが固まった。
「赤ではない」
届いたのは、かなり派手な黄色だった。
ミリアが吹き出した。
「似合うんじゃない?」
「勇者のマントが黄色」
「目立つわよ」
「目立ちすぎる」
アレンは本気で困っていた。
俺は注文書を見た。
「注文は赤。届いたのは黄。誤配送」
商人の顔が青くなる。
「初回で」
「よかったですね」
「よかった?」
「試験で見つかった」
「本運用だったら?」
「揉めます」
「ですよね」
検品結果を書き出す。
試験注文結果
保存容器:数量不足。
防水布:寸法不足。
傷当て:良好。
多用途工具:刃欠け。
マント布:色違い。
商人は頭を抱えた。
「接続先が雑なのか、こちらの注文が悪いのか」
「両方確認」
「はい」
「次は返品申請」
「はい……」
返品申請は、魔導板から行う仕組みだった。
商品番号。
注文番号。
不具合内容。
写真代わりの写し絵。
返品理由。
返金か交換か。
「写し絵が必要なんですね」
リナが言った。
「状態確認だろう」
「便利です」
「ただし、写し絵の質が悪いと揉める」
「そこまで」
「そこまで」
保存容器の数量不足。
防水布の寸法不足。
工具の刃欠け。
マント布の色違い。
それぞれ申請する。
送信。
魔導板が光る。
接続先応答待ち
待つ。
待つ。
待つ。
五分。
十分。
十五分。
接続先の営業時間外です。後日再申請してください。
商人が崩れた。
「営業時間外」
俺は言った。
「異世界にも営業時間があるんですね」
リナが言った。
「そりゃあるだろう」
ミリアが笑っている。
「便利な異世界通販が、営業時間外で止まるのね」
「当たり前だ。向こうにも人がいる」
セイルが静かに頷いた。
「祈祷室にも予約時間があるように、倉庫にも時間があるのですね」
「そういうことです」
ガルドが工具を置いた。
「交換はいつになる?」
商人は青ざめた顔で答えた。
「次回接続が、明後日です」
「返品期限は?」
「七日以内なので、一応間に合います」
「一応」
「一応です」
俺は紙に書く。
問題点
一、接続先営業時間の表示なし。
二、返品申請が時間外で止まる。
三、返品期限と次回接続予定が連動していない。
四、誤配送時の仮保管場所がない。
五、不良品の現地使用可否が不明。
六、返送料負担者が不明。
商人は、だんだん小さくなっていった。
「商品は良いんです」
「商品は良い」
「でも」
「運用が弱い」
「はい」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「異世界通販です」
『便利そうだ』
「返品先が別次元です」
『危うい』
「どう見ますか」
『届く道より、戻す道を見よ』
「今回の教義ですか」
『採用』
「早いですね」
『返品は大事だ』
神も通販経験があるのかもしれない。
いや、たぶんない。
夕方まで、商業組合で改善会議になった。
参加者。
若い商人。
商業組合の事務員。
魔導商会の技師。
空間魔法研究所の研究員。
俺たち。
アレンは黄色い布を遠ざけている。
リナは保存容器を並べている。
ミリアは防水布を検査している。
セイルは傷当てを確認している。
ガルドは工具の刃欠けを見ている。
会議の議題は、通販の正式運用前の改善。
俺は一覧を書いた。
異世界通販・正式運用前改善案
一、表示価格に全手数料を含める。
二、接続先営業時間を注文前に表示する。
三、次回接続予定を表示する。
四、返品期限を接続予定と連動させる。
五、誤配送・不良品の仮保管棚を作る。
六、返品用梱包材を同梱する。
七、返送料負担を明記する。
八、注文番号を商品と外箱の両方に表示する。
九、寸法・色・数量を受取時に確認する。
十、返品完了まで支払いを一部保留する。
商人が十番で震えた。
「支払い保留ですか」
「全額先払いで返品不能は危険です」
「しかし、商売として」
「信用が先です」
商業組合の事務員が頷いた。
「信用事故の方が損失が大きいですね」
「その通りです」
事務員は分かっている。
若い商人は少し泣きそうだった。
「夢の異世界通販が、返品棚と営業時間表示に」
「それが通販です」
「もっと華やかなものかと」
「華やかなのは購入画面だけです」
リナが保存容器を持ちながら言った。
「でも、ちゃんと直したら便利ですよね」
「便利だ」
俺は言った。
「だから直す」
セイルも傷当てを見ながら言った。
「この傷当ては、戦場や災害時に役立ちます」
ミリアも防水布を触っている。
「布もいいわ。寸法さえ正しければ」
ガルドが工具を見た。
「刃欠けがなければ、旅に向く」
アレンは黄色い布を見ている。
「色が合っていれば、マントにも」
「増やすな」
「分かっている」
「ならよし」
つまり、商品は本当に良い。
だからこそ、運用を整える意味がある。
駄目な商品ならやめればいい。
良い商品だから、返品導線を作る。
それが大事だ。
夜。
返品申請はまだ通らなかった。
営業時間外だからだ。
不良品は、商業組合の仮保管棚へ置かれた。
棚には札がついた。
返品待ち
数量不足
寸法不足
刃欠け
色違い
黄色いマント布には、アレンが少し未練を見せていた。
「本当に返品するのか」
「赤を頼んだんだろ」
「黄色も悪くない気がしてきた」
「返品する」
「少しだけ」
「返品する」
ミリアが笑う。
「黄色い勇者、見たい気もするけどね」
「やめろ」
黄色いマント勇者は、また別の物語になる。
危険だ。
商人は、改善案を抱えて頭を下げた。
「ありがとうございました。正直、売ることしか考えていませんでした」
「普通はそうです」
「返品、交換、保管、営業時間、手数料。考えることが多いですね」
「通販だからな」
「商品を届けるだけではない」
「戻ってくるものも見る」
商人は頷いた。
「次回接続までに、返品棚と表示を整えます」
「それから正式販売」
「はい」
「試験注文を増やすなら、返品テスト込みで」
「はい」
よし。
少しはまともになった。
翌々日。
接続先の営業時間に合わせて、返品申請が再送された。
今度は通った。
保存容器は不足分追加。
防水布は交換。
工具も交換。
マント布は赤が再送。
黄色い布は返送。
アレンは少し寂しそうだった。
「本当に返すのか」
「返す」
「黄色も」
「返す」
「分かった」
赤い防水布が届いた時、アレンは少し嬉しそうだった。
「一枚の改良だ」
「増やすな」
「分かっている」
赤い布は、後日マント修理に回すことになった。
一枚を直す。
増やさない。
非常に重要である。
こうして俺たちは知った。
異世界通販は、届く箱だけでできているわけではなかった。
注文番号がいる。
表示価格がいる。
手数料がいる。
営業時間がいる。
接続予定がいる。
検品がいる。
写し絵がいる。
返品棚がいる。
返品用梱包材がいる。
返送料の負担者がいる。
そして、戻す道がいる。
買う時は簡単に見える。
光る扉から箱が届く。
見たことのない便利な商品が手に入る。
それは楽しい。
だが、数量が違うことがある。
寸法が違うことがある。
色が違うことがある。
刃が欠けていることもある。
その時、返品先が別次元では困る。
便利な仕組みほど、うまくいかなかった時の道を先に作る必要がある。
異世界通販は便利だった。
商品も良かった。
だが、返品先は別次元だった。
営業時間も違った。
手数料も分かりにくかった。
黄色いマント布は返品された。
アレンは少しだけ未練を残した。
商業組合は返品棚を作った。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの返品申請は、これからだ。
「買う前に返品先を見ろよ」
第二部・完




