第46話 ドラゴン編が長すぎると指摘されました
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第46話 ドラゴン編が長すぎると指摘されました
王都鑑定局から、正式な預かり証が届いた。
火竜魔石 一点
状態、安定。
保管、正式封印箱。
所有権、調整中。
処分方針、王国買い上げおよび復興信託予定。
受領者、王都鑑定局。
俺はその紙を見て、深く息を吐いた。
長かった。
本当に長かった。
ドラゴンを倒した。
死骸を見た。
尾を外した。
翼を外した。
脚を外した。
血を処理した。
内臓を分けた。
魔石を抜いた。
封印箱を作った。
王都まで運んだ。
鑑定した。
税務官が来た。
所有権を整理した。
復興信託まで作った。
ドラゴンを倒すより、倒した後のほうが長い。
「ユートさん」
リナが、預かり証を覗き込みながら言った。
「これで、ドラゴンの魔石は一段落ですか?」
「一段落だ」
「ドラゴン編も終わりですか?」
「たぶん」
「たぶん」
「まだ税務の本承認と、復興信託の執行と、素材売却と、アレンのマント補修費が残っている」
リナは少し遠い目をした。
「終わってませんね」
「終わってはいない」
「でも、話としては?」
「話としては、そろそろ終わってほしい」
宿の食堂で、俺たちは遅い朝食を取っていた。
パン。
スープ。
干し肉。
少しだけチーズ。
ドラゴン肉ではない。
あれはまだ検査中である。
検査前に食べてはいけない。
それも、ドラゴン編で学んだことだ。
アレンは隣で、自分のマントの補修見積書を見ていた。
焦げた部分だけ直す。
増やさない。
かなり重要である。
ミリアは紅茶を飲みながら、疲れた顔をしている。
セイルは静かに祈っている。
ガルドは干し肉を噛んでいる。
聖剣は、部屋の隅で少しだけ光っていた。
穏やかな朝だった。
そこへ、学院広報部の女性と王都出版社の編集者が入ってきた。
まただ。
もう驚かなくなってきた。
それもよくない。
「ユートさん」
広報部の女性は、妙に申し訳なさそうな顔をしていた。
「何ですか」
俺は聞いた。
彼女は紙束を抱えている。
編集者も、分厚い記録帳を持っている。
嫌な予感がする。
「少し、確認したいことがありまして」
「確認ならどうぞ」
「ドラゴン編、長くありませんか?」
食堂が静まった。
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアは紅茶を吹きかけた。
セイルは目を伏せた。
ガルドは干し肉を噛む手を止めた。
聖剣が、なぜか小さく光った。
俺はゆっくり言った。
「長いな」
広報部の女性は、ほっとしたような、困ったような顔をした。
「やっぱり長いですよね」
「長い」
「討伐は一話でした」
「そうだな」
「その後、解体開始が一話」
「そうだな」
「無事故作業が一話」
「そうだな」
「魔石摘出と封印箱が一話」
「そうだな」
「王国鑑定局、税、所有権が一話」
「そうだな」
「後処理の方が長くありませんか?」
俺はパンを置いた。
そして言った。
「ドラゴンだからな」
広報部の女性は固まった。
「理由になっていますか?」
「なっている」
「本当に?」
「小鬼なら一話で終わる」
「小鬼なら」
「倒す。埋める。終わり」
「雑ですね」
「小鬼だからな」
「ドラゴンなら?」
「倒すのに一話。解体に一話。無事故作業に一話。魔石に一話。鑑定と税に一話。さらに総括に一話」
広報部の女性は頭を抱えた。
「総括まで必要ですか?」
「今やっている」
「つまり、これが総括回ですか?」
「そうなるな」
編集者が眼鏡を押し上げた。
「よいです」
「よくないです」
俺は言った。
「明らかに長い」
「長いからよいのです」
編集者は記録帳を開いた。
「普通の英雄譚なら、ドラゴンを倒して終わりです。しかし、この記録は違う。倒した後に何が残るかを描いています」
「描きすぎでは?」
「ドラゴンですから」
「編集者まで」
アレンが、マント見積書を置いた。
「俺は、ドラゴンを倒した」
「倒したな」
「その後、桶を運んだ」
「運んだな」
「縄を引いた」
「引いたな」
「封印箱の鍵を持った」
「持ったな」
「商人に売らないと言った」
「言ったな」
「税務官と話した」
「話したな」
アレンは少し遠くを見た。
「俺の中で、ドラゴン討伐の記憶が、桶と箱と税で上書きされつつある」
「それがドラゴンだ」
「本当に?」
「大きい敵は、死んでからも大きい」
アレンは黙った。
しばらく考え、ゆっくり頷いた。
「そうかもしれない」
ミリアがため息をついた。
「ドラゴン編、途中からほとんど作業だったわよね」
「作業だった」
「でも、実際にあれを放置したら村が困るのよね」
「困る」
「血は臭うし、魔物は寄るし、商人は来るし、税務官も来る」
「来た」
「ドラゴンって、倒してもイベントが終わらないのね」
「終わらない」
リナが言った。
「でも、読者は大丈夫なんですか?」
広報部の女性が困った顔をする。
「そこなんです」
編集者は即答した。
「大丈夫です」
広報部の女性が編集者を見る。
「本当ですか?」
「はい」
「勇者様がドラゴンを倒す話より、桶を運ぶ勇者の反応が伸びているんですが」
アレンが顔を覆った。
「忘れてくれ」
編集者は真面目に言った。
「読者は、勇者が本当に村を助けているところを見ています。倒すだけでなく、戻すところまで見ている。そこに価値があります」
アレンは少しだけ顔を上げた。
「そうなのか」
「はい。特に『昨日ドラゴンを倒したから、今日は桶だ』の場面は好評です」
「なぜだ」
「英雄が日常に降りてくるからです」
「俺は降りたのか」
「桶まで」
「桶まで」
アレンはかなり複雑そうだった。
だが、嫌ではなさそうだった。
セイルが静かに言った。
「大きな災いの後には、大きな回復が必要です」
「そうですね」
リナが頷く。
「怪我も、治療よりリハビリのほうが長いことがあります」
「まさにそれだ」
俺は言った。
「ドラゴン討伐が手術だとすると、解体と復興はリハビリだ」
ミリアが嫌な顔をした。
「たとえが生々しいわね」
「ドラゴン解体後だからな」
ガルドが言った。
「戦いも同じだ。勝った後、武器を直し、負傷者を運び、道を戻す。そこまでやって次に進める」
「ガルドまで分かってきたな」
俺が言うと、ガルドは少しだけ口元を動かした。
「長く旅をしているからな」
広報部の女性は、まだ納得しきれない顔だった。
「でも、山場がありませんでした」
「山場はあった」
俺は言った。
「え?」
「山場になりそうなものは、たくさんあった」
俺は指を折った。
「血が川に流れそうになった」
「はい」
「縄が切れそうになった」
「はい」
「魔石を抜く前に箱がなかった」
「はい」
「商人が近づこうとした」
「はい」
「税務官が来た」
「それは山場ですか?」
「ある意味では」
「ある意味」
「だが、全部止めた。だから山場にならなかった」
広報部の女性は黙った。
編集者は、さらにメモを取っている。
「山場は、起きなかった事故」
「書くな」
「書きます」
「でしょうね」
俺はスープを飲んだ。
少し冷めていた。
ドラゴン編は長い。
それは否定しない。
だが、長い理由はある。
大きいからだ。
強いからではない。
価値があるからでもない。
大きいからだ。
大きいものは、倒しても残る。
残ったものは、動かさなければならない。
動かすなら、道が必要だ。
道が足りなければ、人手が必要だ。
人手が動けば、飯が必要だ。
飯を出せば、鍋が必要だ。
素材が出れば、札が必要だ。
魔石が出れば、箱が必要だ。
価値が出れば、税が来る。
だから長い。
ドラゴンだからな。
広報部の女性が、恐る恐る言った。
「では、ドラゴン編の長さは、作品上の問題ではなく、ドラゴンの物理的性質によるものだと」
「そうだ」
「物理的性質」
「大きい。重い。臭う。高い。危ない」
「嫌な五拍子ですね」
「ドラゴンだからな」
編集者が満足そうに頷いた。
「今回の見出しは決まりました」
「何ですか」
「ドラゴン編が長い理由――ドラゴンだから」
「そのままじゃないですか」
「強いです」
「強いですか?」
「はい。説明不要に見えて、全てを説明しています」
リナが笑った。
「便利ですね、ドラゴンだから」
「便利に使うな」
「でも、だいたい通りますよ?」
「通るから危ない」
アレンが言った。
「俺のマント補修が遅れているのも、ドラゴンだからか?」
「それは店の都合だ」
「違うのか」
「違う」
「では、魔石の税務が長いのは?」
「ドラゴンだから」
「素材の見積もりが多いのは?」
「ドラゴンだから」
「俺が桶を運ぶことになったのは?」
「ドラゴンだから」
アレンは深く頷いた。
「なるほど」
「納得するな」
ミリアが笑った。
「万能ね」
セイルも少しだけ笑っている。
ガルドまで、少し肩を揺らしていた。
聖剣が光った。
『我の出番が少なかったのも、ドラゴンだからか』
「それは通路と作業場が狭かったからだ」
『違うのか』
「違う」
『ぐぬ』
ドラゴンだから、で済ませてはいけないものもある。
昼前、王都出版社の応接室へ移動した。
編集者が、ドラゴン編の記録を整理したいと言い出したからだ。
断りたかったが、広報部がすでに記録水晶を持ってきていた。
逃げられない。
机の上には、章立て案が並んだ。
ドラゴン討伐編
一、勇者アレン、ドラゴンを討つ。
二、ドラゴンの死骸がまだそこにあります。
三、ドラゴンの片づけに山場がありません。
四、ドラゴンの魔石を抜いたら、保管箱が足りません。
五、ドラゴンの魔石を鑑定に出したら、税と所有権で止まりました。
六、ドラゴン編が長すぎると指摘されました。
俺はその六を見た。
「自分で言うのも何ですが、六話は多いですね」
編集者は言った。
「ドラゴンですから」
「編集者が便利に使い始めた」
「便利です」
「危ない」
広報部の女性が聞いた。
「第六話は必要ですか?」
編集者は即答した。
「必要です」
「なぜ?」
「読者も長いと思う頃です。そこで作中人物が長いと指摘する。すると長さがギャグになり、同時に構造説明になります」
俺は編集者を見た。
「あなた、こっち側ですね」
「編集ですので」
「編集は強いですね」
「締切以外には強いです」
また言った。
よほど締切が苦手らしい。
アレンが章立てを見ていた。
「俺の討伐が一話目で、その後が五話か」
「そうだな」
「比率がおかしくないか」
「おかしい」
「でも、村を戻すには必要だった」
「そうだ」
アレンは少し考えた。
「なら、いい」
「いいのか」
「俺はドラゴンを倒した。それだけで終わらなかった。終わらなかったから、俺も少し分かった」
「何を?」
「勇者の仕事は、倒すだけでは終わらないことだ」
俺は黙った。
リナも黙った。
ミリアも、セイルも、ガルドも、少しだけアレンを見た。
広報部の女性が記録水晶を持つ手を止めた。
編集者は、静かにメモを取った。
アレンは少し照れたように咳払いした。
「今のは、載せなくていい」
編集者は言った。
「載せます」
「載せるのか」
「載せます」
「なら、少し格好よく書いてくれ」
「桶も入れます」
「そこは削れ」
「削れません」
アレンは頭を抱えた。
だが、顔は悪くなかった。
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「ドラゴン編、長いそうです」
『長い』
「神様もそう思いますか」
『思う』
「でも、必要でしたよね」
『必要だった』
「ドラゴンだから?」
『ドラゴンだからだ』
神まで言った。
もうこれは教義に近い。
「今回の教義ですか?」
『大きな敵ほど、死んでからも大きい』
「採用ですか」
『採用』
「ドラゴンだからな、は?」
『それは便利すぎる』
「駄目ですか」
『乱用するな』
「はい」
『ただし、今回はよい』
「今回はいいんですね」
『ドラゴンだからな』
神も使った。
危険だ。
夕方。
ドラゴン編の記録整理は、ひとまず終わった。
終わったと言っても、刊行用の整理が終わっただけで、ルグ村の復興信託や素材売却はまだ続く。
つまり、物語としては区切る。
現実としては続く。
これもいつものことだ。
広報部の女性が、最後に聞いた。
「これで、ドラゴン編は終わりですか?」
俺は少し考えた。
魔石は保管された。
税務は仮承認。
復興信託も仮登録。
素材は台帳に載った。
村道は通った。
アレンのマント補修費も認められた。
完璧ではない。
だが、一区切りではある。
「たぶん」
俺は言った。
リナが笑った。
「たぶん」
「この世界で完全に終わるものは少ない」
「また何か残ってます?」
「残っているが、話としては置ける」
「荷札をつけて?」
「そうだ」
編集者が満足そうに言った。
「では、ドラゴン編はここで一区切りですね」
「そう願います」
その時、出版社の扉が開いた。
王都技術庁の役人が立っていた。
妙に興奮した顔だった。
手には古い設計図。
背後には、何人かの技術者。
そして、その設計図には巨大な人型の何かが描かれている。
「失礼します」
役人は言った。
「先日のドラゴン討伐を受け、大型魔物対策として、古代機動鎧を起動していただきたいのですが」
俺は黙った。
リナも黙った。
アレンも黙った。
ミリアが、小さく言った。
「今度は何が大きいの?」
ガルドが設計図を見て言った。
「人型だな」
セイルが静かに祈った。
聖剣が光った。
『嫌な予感がする』
「俺もだ」
俺は設計図を見た。
巨大な機体。
巨大な腕。
巨大な脚。
巨大な肩。
そして、設計図の端に、小さく書かれた格納庫寸法。
俺は、まずそこを見た。
役人が言った。
「古代機動鎧グランタリオンです。これが動けば、ドラゴン級の敵にも」
「格納庫の扉の幅は?」
俺は聞いた。
役人は止まった。
「え?」
「扉の幅です」
「そこからですか?」
「そこからです」
リナが横で小さく笑った。
「ドラゴンが終わったと思ったら、次は扉ですね」
「大きいものは、だいたい出入口で詰まる」
神の声が響いた。
『それはよい』
「採用ですか」
『候補だ』
「また検討ですね」
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの大物処理は、これからだ。
「大きいものを続けて持ってくるなよ」
第二部・完




