第44話 ドラゴンの魔石を抜いたら、保管箱が足りません
名作をパク――参考にすれば、名作になるに決まってるじゃない!
第44話 ドラゴンの魔石を抜いたら、保管箱が足りません
翌朝。
ドラゴンは、まだ少しそこにあった。
もう山ではない。
尾は外された。
翼も外された。
脚も一部外された。
内臓処理も進んだ。
鱗には荷札がつき、牙と爪は布で包まれ、血液は石灰処理され、薬材候補は封印容器に入っている。
村道は、ほぼ通れるようになった。
村人たちも、昨日より明らかに落ち着いている。
だが、胴体の奥には、まだ残っていた。
魔石だ。
ドラゴンの魔石。
つまり、この死骸の中で一番高く、一番危なく、一番揉めそうなもの。
「最後の山場ですね」
リナが言った。
「山場を作るなと言ったばかりだ」
「でも、魔石ですよ?」
「だから余計に作るな」
「光ったり、暴走したり、誰かが盗もうとしたりしませんか?」
「するな」
「私に言われても」
ミリアが胴体の前で腕を組んでいる。
「魔石の反応は落ち着いてる。でも、完全に安全とは言えないわね」
セイルも魔力の流れを見ている。
「昨日よりは穏やかです。ただ、抜いた瞬間に残留魔力が流れる可能性があります」
ガルドは周囲を見た。
「見物人は?」
「完全に下げた」
俺は答えた。
「商人は?」
「柵の外」
「本当に?」
「さらに外」
商人は、採石場の入口近くにいた。
柵の外のさらに外。
かなり不満そうな顔をしている。
「魔石の確認くらいは」
「後です」
「価値判断に関わります」
「安全判断が先です」
「商機が」
「安全が先です」
「はい」
商人は下がった。
昨日から何度もやっているので、だいぶ早くなった。
アレンは、胴体の横に立っていた。
昨日の桶運びで、勇者らしさが変な方向に深まった男である。
今日も逃げていない。
「俺は何をする?」
「合図と人払い。あと、魔石を抜いた後に運ぶ時の指揮」
「分かった」
「触るなよ」
「俺がか?」
「お前が」
「なぜだ」
「高価なものを見ると、勇者っぽく掲げそうだから」
アレンは少し黙った。
「……少し考えた」
「やっぱりな」
「だが、やらない」
「成長したな」
「かなり失礼だぞ」
だが、本当に成長している。
昔のアレンなら、巨大な魔石を手にした瞬間、夕日に掲げた可能性がある。
今は、やらないと言った。
よいことだ。
俺は作業表を広げた。
ドラゴン魔石摘出手順
一、周囲立入禁止を再確認。
二、魔石周辺の鱗と肉を除去。
三、ミリアが魔力流路を確認。
四、セイルが安定化祈祷。
五、ガルドと猟師が保持。
六、アレンが合図。
七、摘出後、即座に封印布で包む。
八、封印箱へ収納。
九、王都鑑定局へ輸送。
十、所有権と売却可否は鑑定後に判断。
リナが読み上げたあと、首をかしげた。
「封印箱、あります?」
全員が止まった。
俺も止まった。
封印箱。
必要だ。
絶対に必要だ。
魔石を入れる箱。
魔力漏れを防ぎ、衝撃を抑え、盗難を防ぎ、王都まで安全に運ぶための箱。
昨日のうちに準備したはずだった。
俺は村長を見た。
村長は鍛冶屋を見た。
鍛冶屋は薬師を見た。
薬師は猟師を見た。
猟師は空を見た。
「ないな」
ガルドが言った。
「ないですね」
リナが言った。
「ないのか」
アレンが言った。
「ない」
俺は言った。
沈黙。
採石場に、嫌な沈黙が落ちた。
ミリアが額を押さえる。
「魔石を抜く前でよかったわね」
「本当に」
セイルが静かに頷いた。
「抜いた後に気づけば、危険でした」
「そうだ」
俺は深く息を吐いた。
「山場が来るところだった」
リナが小さく言った。
「保管箱不足という山場」
「作るな」
俺は木札に触れた。
「神よ」
頭の中に声が響いた。
『聞いている』
「封印箱がありません」
『抜くな』
「ですよね」
『入れ物を用意してから出せ』
「かなり普通ですね」
『普通を忘れるな』
「はい」
『高価なものほど、出す前に置き場所を決めよ』
「今回の教義ですか」
『候補だ』
「検討ですね」
『箱がないからな』
神も慎重だった。
作業は一時停止になった。
魔石はまだ体内。
これは幸運だった。
いや、強運の加護かもしれない。
抜く前にリナが気づいた。
かなり助かった。
俺はリナを見た。
「よく気づいた」
リナは少し照れた。
「昨日から荷札と箱ばかり見ていたので」
「それが生きた」
「戦闘ではないですけど」
「これも戦闘みたいなものだ」
「箱との?」
「事故との」
封印箱をどうするか。
村には、普通の木箱はある。
だが、ドラゴンの魔石を入れるには心許ない。
鉄箱もあるが、魔力封じではない。
王都から取り寄せるには時間がかかる。
魔石を抜かずに待つなら、胴体の腐敗が進む。
ならば、臨時封印箱を作るしかない。
鍛冶屋が腕を組んだ。
「鉄で箱は作れる。ただ、魔力封じは無理だ」
ミリアが言った。
「内側に魔力を逃がす刻印を入れれば、完全ではないけど安定するかも」
セイルが言う。
「聖別した布で包み、その上から箱に入れれば、しばらくは持つと思います」
薬師が言った。
「緩衝材には乾いた灰と布を使える。湿気を避けるなら油紙もいる」
俺は書く。
臨時封印箱案
外箱:鍛冶屋の鉄箱。
内側:ミリアの魔力逃がし刻印。
包み:セイルの聖別布。
緩衝材:乾灰、布。
防湿:油紙。
封印札:村長、アレン、俺、薬師、鍛冶屋の確認署名。
商人が遠くから叫んだ。
「私も署名を!」
「不要!」
「買い取り希望者として!」
「まだ買い取りではない!」
商人は肩を落とした。
だが、諦めてはいない顔だった。
強い。
昼まで、封印箱作りになった。
ドラゴンの死骸はそのまま。
魔石もそのまま。
解体作業は、箱待ち。
「ドラゴン解体が箱待ちになるとは」
アレンが言った。
「大きな作業は、だいたい小さなものが足りなくて止まる」
俺は言った。
「釘とか?」
「釘とか」
「縄とか?」
「縄とか」
「箱とか?」
「箱とか」
アレンは頷いた。
「覚えた」
「覚えなくていいようで、覚えておいたほうがいい」
「勇者にも必要か?」
「魔石を掲げないために必要だ」
「まだ言うか」
言う。
重要だからだ。
鍛冶場では、村の鍛冶屋が鉄板を打っていた。
ガルドが補助する。
アレンもふいごを動かす。
ミリアは刻印の下書き。
セイルは布を祈祷で清める。
リナは材料の数を記録する。
俺は箱の寸法を確認する。
「大きさは?」
ミリアが聞く。
「魔石の直径は、おそらく人の頭二つ分くらい」
「余裕を持たせる?」
「持たせる。ただし大きすぎると中で動く」
「緩衝材で固定ね」
「そう」
「何か、宝石箱というより危険物輸送箱ね」
「危険物だからな」
アレンがふいごを動かしながら言った。
「ドラゴンの魔石とは、もっと神聖に扱うものではないのか」
「神聖な危険物だ」
「言い方」
「高価で危険で盗まれやすく、壊すと被害が出るものを神聖と言い換えても、箱は必要だ」
アレンは黙った。
納得したらしい。
昼過ぎ、臨時封印箱が完成した。
重い。
かなり重い。
だが頑丈だ。
内側にはミリアの刻印。
底には布と灰。
中に固定用の革帯。
外側には封印札を貼る場所。
鍵は二重。
鍵の一つは村長。
もう一つはアレン。
予備鍵は作らない。
「予備鍵なしでいいの?」
リナが聞いた。
「予備鍵が多いと、盗まれる」
「でもなくしたら?」
「その時は鍛冶屋を呼ぶ」
鍛冶屋が頷いた。
「壊すなら壊せる」
「箱としてはどうなんですか?」
「箱は守るものだ。永遠に開かないものではない」
よい言葉だった。
いよいよ魔石摘出。
見物人は完全に排除。
商人もかなり遠く。
広報部の水晶も距離を取る。
編集者は、ぎりぎり見える場所でメモを取っている。
「近づかないでください」
「分かっています。臨場感は欲しいですが、死にたくはありません」
「正しい判断です」
ドラゴンの胴体が開かれる。
ミリアが魔力を読む。
「少し流れが残ってる。右側から抜くと暴れる。左の筋を先に切って」
ガルドがうなずく。
「分かった」
猟師が刃を入れる。
薬師が布を用意する。
セイルが祈りを重ねる。
アレンが周囲を見る。
俺は封印箱の蓋を開けたまま待つ。
リナが時刻と作業者を記録する。
緊張する。
戦闘ではない。
だが緊張する。
「魔石、見えます」
リナが小さく言った。
肉と骨の奥に、赤黒く光る塊があった。
大きい。
脈打つように光っている。
死んだドラゴンの体の中で、そこだけがまだ生きているように見えた。
アレンが息を呑む。
「これが」
「触るなよ」
「分かっている」
本当に分かっている声だった。
ガルドと猟師が周囲を切り離す。
魔石が少し動く。
ぱち、と空気が鳴った。
ミリアが叫ぶ。
「止めて!」
全員が止まる。
魔力の線が一本、まだ繋がっていた。
切らずに引けば、暴れていた。
山場寸前だった。
ミリアが汗を拭う。
「あぶない」
「山場を作るな」
俺は言った。
「作ってないわよ」
「作りかけた」
「止めたでしょ」
「よく止めた」
ミリアは少し満足そうだった。
残った線を慎重に切る。
セイルが祈る。
魔石の光が少し落ち着く。
ガルドが両手で支え、猟師と鍛冶屋が補助する。
「上げるぞ」
ガルドが言った。
アレンが合図する。
「ゆっくりだ! 急ぐな!」
魔石が持ち上がる。
重そうだ。
かなり重そうだ。
血と魔力が滴る。
薬師が布で受ける。
俺は箱を近づける。
「ここへ」
ガルドたちが魔石を箱に下ろす。
布。
灰。
油紙。
聖別布。
革帯。
蓋。
鍵。
封印札。
署名。
村長。
アレン。
薬師。
鍛冶屋。
俺。
全部終わった瞬間、全員が息を吐いた。
魔石は箱に入った。
暴走しなかった。
落とさなかった。
盗まれなかった。
誰も怪我をしなかった。
山場は、なかった。
よかった。
広報部の女性が遠くから言った。
「今の、かなり緊張感ありました!」
「でも何も起きてません」
俺は言った。
「起きなかったことを喜んでください」
編集者はメモしていた。
「魔石回、箱が主役」
「嫌な見出しですね」
「良い見出しです」
商人がそろそろと近づいてきた。
「魔石の見積もりを」
「王都鑑定後です」
「仮でも」
「王都鑑定後です」
「見るだけ」
「封印済みです」
「箱の外から」
「駄目」
商人はしょんぼりした。
少しだけかわいそうだった。
だが、駄目なものは駄目だ。
その後は、輸送計画だった。
魔石の入った箱は重い。
しかも高価。
しかも危険物。
王都へ運ぶには、護衛が必要。
衝撃を避ける荷台が必要。
防水も必要。
盗難対策も必要。
道中の宿での保管場所も必要。
「まだ終わらないんですね」
リナが言った。
「魔石を抜いて終わりではない」
「箱に入れても?」
「運ぶまで」
「王都に着いたら?」
「鑑定、保管、所有権、税」
リナは遠い目をした。
「ドラゴン、長いですね」
「ドラゴンだからな」
夕方。
ようやく、ドラゴン本体の大きな処理は一区切りついた。
胴体は分割され、素材は採石場へ移され、魔石は箱に入った。
道は通れる。
臭いも石灰と浄化で抑えられている。
村の危険は、かなり減った。
村長は深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
アレンが答えた。
「まだ王都への報告と素材処理が残っている。だが、村はもう大丈夫だろう」
村長は目に涙を浮かべた。
「勇者様は、ドラゴンを倒しただけではありません。村を元に戻してくださいました」
アレンは少しだけ照れた。
だが、今回は胸を張ってよかった。
「皆でやったことだ」
そう言ったから、なおよかった。
ミリアが小さく笑う。
「本当に成長したわね」
ガルドが頷く。
「昨日より今日のほうが勇者らしいかもしれん」
セイルが言った。
「勝利の後に残るものを見るのは、難しいことです」
リナが笑顔で言った。
「アレンさん、桶も似合ってました」
「そこは忘れてくれ」
俺は、封印箱を見た。
魔石は、箱の中で静かに眠っている。
たぶん。
見えないので分からない。
だが、封印札は揺れていない。
大丈夫だろう。
たぶん。
俺は木札に触れた。
「神よ。今回はどうでしたか」
『よい箱だった』
「箱ですか」
『箱だ』
「ドラゴンの魔石より?」
『魔石は危険だ。箱は危険を運べる形にした』
「なるほど」
『価値あるものほど、保管場所を先に用意せよ』
「今回の教義ですか」
『採用』
「箱がなければ抜くな、も?」
『採用』
「かなり具体的ですね」
『魔石だからな』
夜。
村の広場で、また大鍋が出た。
今回もドラゴン肉ではない。
まだ検査中だからだ。
村人たちはもう誰も文句を言わなかった。
検査前に食べない。
これは大事だ。
広報部の女性は、今日の記録をまとめていた。
「第41話が討伐、第42話が解体開始、第43話が無事故作業、第44話が魔石と箱。綺麗ですね」
「勝手に話数で整理しないでください」
編集者はうなずいた。
「ドラゴン四部作としてまとまりがあります」
「増えた」
「英雄譚は一話。後処理が三話」
「割合がおかしい」
「この作品らしいです」
否定できなかった。
アレンは粥を食べながら言った。
「俺はドラゴンを倒した」
「ああ」
「その後、尾を運び、桶を運び、魔石の箱を運ぶ手配をした」
「ああ」
「勇者とは、思ったより長い仕事だな」
「そうだな」
「だが、悪くない」
アレンはそう言って、焦げたマントを見た。
「このマントも、修理する」
「増やすなよ」
「増やさない」
「本当に?」
「一枚でいい」
かなり成長した。
俺は少し感動した。
少しだけ。
こうして俺たちは知った。
ドラゴンの魔石は、輝きだけでできているわけではなかった。
摘出手順がある。
魔力確認がある。
安定化祈祷がある。
封印布がある。
緩衝材がある。
防湿用の油紙がある。
封印箱がある。
鍵がある。
署名がある。
輸送計画がある。
そして、抜く前に箱を用意する判断がある。
価値あるものは、出せば終わりではない。
むしろ、出した瞬間から危険になる。
盗まれる。
壊れる。
暴れる。
濡れる。
揉める。
だから、宝を取り出す前に、宝を置く場所を決めなければならない。
ドラゴンは倒された。
死骸は片づいた。
魔石は抜かれた。
封印箱は間に合った。
商人は見積もりできずに落ち込んだ。
アレンは魔石を掲げなかった。
村道は戻った。
物語は、きれいに一区切りを迎えた。
そう。
ここで終わっても、何の問題もない。
俺たちの封印箱は、これからだ。
「箱がないなら抜くなよ」
第二部・完




