中編:トラウマと未来
「生まれてきた理由」
生き別れた兄であるミサトさんとの同居初日、私は兄がくれた自分の部屋で夏休みの課題をしていた。課題は外が明るいうちにやっておきたい。ミサトさんの家でお邪魔になるんだから、夜中に電気スタンドを付けて勉強するのは電気代を消費することになって無礼だ。
1時間ほどみんなが厄介だと騒いでいた英語の課題を進めていたら、あっという間にほとんど終わった。昔から英作文が好きで、60語程度の文章を5つ書くことは私にとって大した厄介でもなかった。
「歴史、やりたくないな…。」
私は歴史を含めた社会科全般が苦手で、学校唯一の友達で成績優秀者の中町ハルは
「社会なんて暗記科目じゃん!英語はフィーリングも大事だし、絶対こっちのほうが難しいって!」
なんて私に言った。理屈的にはそうなのかもしれないけど、私はとにかく、社会科のせいで総合成績トップ層に入れなかった。
自分でも分かるくらい嫌な顔をして私は歴史のプリントを机の上に出し、取り掛かろうとしたところにミサトさんが夜ご飯の買い物から戻ってきた。
「ただいま。泥棒は入ってない?」
なんて冗談を言いながらエコバックから食材を取り出してキッチンに並べている。冷蔵庫からも色々と取り出している。私はキッチンを覗き込んだ。
「何を作るんですか?」
並んでいる食材は、豚肉・小麦粉・パン粉・揚げ油。
「当ててみてよ。」
「もしかして…」
私は材料たちを見て一瞬で気付く。
「もしかして、ヒレカツですか?」
ミサトさんは軽く笑って親指を立てた。
「正解!メルの好物なんでしょ?マサキ君が教えてくれたんだ。」
「え、そうなんですね。マー君…。」
マー君の笑顔を改めてくっきりと思い出して、なんだか寂しくなってくる。きっとミサトさんは、私のそんな表情を察してくれたんだろう。
「メルがこの家に慣れてきたら、マサキ君に遊びに来てもらおっか。」
「ありがとうございます!」
ミサトさんはリビングを指さして
「部屋で過ごすのが暇だったら、テレビとか好きに見てていいよ。一昨日にアマプラに入っておいたから、大抵なんでも見れるよ。」
私はアニメが好きだから、その話に目を輝かせてしまったが、少し時間を開けて聞き返した。
「一昨日って、もしかして私のためにわざわざ入ってくれたんですか?」
「別に?アニメが好きっていうのは山瀬さんに聞いたけど、俺もたまたま見たくなっただけだから。全然気にしなくていいよ。」
ミサトさんは棒読みを誤魔化そうとしているのか、すぐさま料理を始めた。
料理の邪魔をしたら悪いから、お言葉に甘えてアニメを見ることにした。揚げ物は調理時間が長いため、見逃していたアニメを2話続けて見た。満足していたら、キッチンからミサトさんが皿を持って出てきた。
「という訳で、できたよ。俺特性のヒレカツ。久々に作ったから衣の付き方が甘いけど、許してくれ。」
「全然、すごく美味しそうなので大丈夫です!私ヒレカツが人生で一番美味しい食べ物で…。」
私はヒレカツが美味しそうでいまにもよだれを垂らしそうになってしまった、語りすぎた後、我に帰った。ミサトさんはニコニコしながら私を見ている。私は急に顔が熱くなった。
「ごめんなさい!ちょっと喋り過ぎちゃいました…。」
「大丈夫、好みに添えそうでまず一安心だ。あとは味さえ成功してれば。」
なんて弱気なことを言い始めたけど、どう見ても見た目が美味しそうだ。これで美味しくないはずがない。期待を膨らませて、食卓に着いた。
「「いただきます。」」
私はヒレカツを1つかじった。その瞬間、全身に衝撃が走った。美味しいのは勿論だけど、噛むたびに少しピリッとする。ミサトさんは緊張の面持ちで私に味を聞く。私はほっぺをさすりながら
「今までで一番美味しいです!しかも、これ生姜ですか?後味が油っぽくなくさっぱりして最高です!」
「そっか、なら良かった。」
ミサトさんは素っ気ない短い言葉を話したけど、誰が聞いても声は嬉しそうで明るかった。
「ごちそうさまでした。」
それから無事に完食して、ミサトさんが食器をキッチンに運んでいったので、洗い物の手伝いをしようと私もついて行く。ミサトさんは不思議そうな顔をしている。
「なにか用あった?」
「洗い物くらいは私がやります。夜ご飯作ってもらったのに、何もしないのは…。」
ミサトさんは廊下側のドアを指さした。
「お風呂沸かしといたから、入っておいでよ。パジャマは持ってる?無かったら貸すけど。バスタオルとかシャンプー・ボディソープはウチの好きに使って。」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます。」
私はパジャマを持ち脱衣所に入って鍵を閉めた。鏡で自分の顔を見る。私はいつもより明らかに表情が緩んでいた。
「まだ初日なのに、凄く楽しいなぁ。ミサトさん凄く優しいし。」
私は服を脱いだ。たまたままともにケアしてなかったのに荒れていない肌、頑張って毎日洗っていた成果とも言えるサラサラの髪、ハルちゃんにわざわざ言われるくらい中学2年生にしては大きい胸。
ここまでは我ながら良いのだけど、左肩から背中にかけて大きなアザ、右太ももに無数の切り傷がある。母に棒で叩かれ、ひっかかれて残ったアザだ。私はこれが理由で体育も全てトイレで着替えて、入りたかったバレー部にもユニフォームのデザインの都合で入れなかった。
「もしもこんなアザ見られたら、気持ち悪いって思われちゃうよね…。」
1人で憂鬱な思いをしながら、体と頭を洗って湯船に浸かった。お湯の気持ちよさでとろけるように体を伸ばした。
ゆっくり40分ほど、普通の人より長めに入浴し、持ってきたパジャマに着替えてリビングに出た。もう22時になっている。
「22時か、俺もお風呂行こうかな。テレビでも見てダラダラしてて。」
ミサトさんが浴室に入った音を聞いてから家の中を色々と回った。家の中は非常に整理整頓されていて、埃なんて全く落ちていない。
そういえば、と思い出して玄関に向かった。玄関には伏せてある写真立てが2つあった。
「誰だろう、この子たち。」
片方の写真には、まだ小学生くらいのミサトさんともう1人、ミサトさんと肩を組んでにこやかな笑顔をしている男の子が写っている。(なお、ミサトさんは無表情どころか嫌そうな顔。)ミサトさんはこの頃はまだ流石に黒髪で染めていない。
「なにこれ…。」
2枚目の写真には1枚目に写っていた男の子ともう1人、顔の部分が黒く塗りつぶされている女の子が写っている。身長や制服からして高校生だろうか。その3人はピースして写っている。(ミサトさんだけ興味なさそうな顔)
写真立てを元通りに直して部屋にそそくさと戻る。明らかに闇が深そうで、もしも勝手に見たのがバレたら怒られるかもしれない。
ミサトさんは私の部屋をノックした。
「俺洗面所出たから、歯磨き好きな時にしに来なよ。」
私は歯磨きセットをリュックから出して洗面所に行った。歯磨きをしっかりして部屋に戻ってベッドに入る。
「おやすみ、良い夜を。」
去り際にミサトさんはそんなことを言って、彼自身の部屋に戻っていく。
ベッドに入って30分くらいして、まだ寝れない。始めて来た家でいきなり寝れる訳が無い。
「喉乾いた…。」
お茶を貰おうと思ってリビングに出たらミサトさんがまだリビングの椅子に座っている。私はミサトさんと目があった。
「あ、どうかした?もしかして寝れないか?」
なんだか気まずく、私は小さい声で言った。
「寝れなくてうとうとしてたら喉乾いちゃって…。お茶入れても良いですか?」
「待ってて、俺入れてあげる。」
「え、私自分でやりますよ。」
私がそう言うよりも早くミサトさんは既に冷蔵庫からお茶を取り出していた。私は申し訳なくなって1人で縮こまった。そんな様子の私を見てミサトさんはキョトンとしながら冷たいお茶の入ったコップを手渡してくれる。
それを飲んで、コップを返す。ミサトさんは笑ってコップを台所に持っていった。
「このお茶、暇だったから手作りしたんだけど、美味しい?」
「え!このお茶手作りなんですか?」
「流石に茶葉は静岡産だよ?」
私はただただ純粋にミサトさんの多才さに驚いた。料理は勿論、彼の出身施設の責任者の石上さんに話を聞いていた限り、運動神経も成績も抜群らしい。
「何でもできるんですか?ミサトさんは。」
「別に、たまたま色々やってるだけで、全部微妙な出来だ。」
ここまで謙遜するのは、もはやどれか1個しかできない人とか全部苦手な人(主に私)への煽りになる気がする。でも彼は真顔でそんなことを言うから、煽られている気もしないし本心で言っているんだろう。
私が部屋に戻ろうとしたら、ミサトさんは声をかけてくる。
「明日、朝から人来るんだけど、嫌じゃない?」
「へー、誰か遊びに来るんですか?」
少し気になって訪ねてみたら彼は恥ずかしそうに口を開いた。
「うん、俺の彼女なんだけど、いきなり知らない人来るの嫌か?」
「あ、やっぱり彼女さんいたんですね。」
予想通りだ。これだけイケメンで多才なら彼女なんて一瞬で出来るだろう。しかも彼が付けているイヤリングは明らかに彼の趣味っぽくはなく、プレゼントって感じだ。
「怖い人じゃなかったら全然良いですよ。兄の彼女さんに文句なんて言えませんし。」
「全然、怖いどころかめっちゃ優しいし可愛いよ。よかったら明日メルも一緒に遊ぶ?遊ぶって言ってもお菓子作ったりゲームする程度だけど。」
「じゃあ、お願いします。早起きしておきます。」
ミサトさんは安心している。スマホをちょっと見て
「じゃあ、また明日。よく寝れるといいね。」
私は少し時間はかかったけどなんとか寝た。
翌朝、何時に来るのか聞き忘れて時間が分からなかったから8時に起きておいた。リビングでミサトさんと目があった。
「起きるの早いね。朝ごはんなんか食べたい?食パンとリンゴジャムくらいならあるけど。あぁ、ご飯冷凍してあるからおにぎりとかも作れる。」
食パンをもらって、そのあと課題をしていたらチャイムが鳴る。ミサトさんが小走りでドアに向かっていく音が聞こえる。
「おはよー!」
元気な女の人の声が聞こえる。恐る恐るドアからこっそり顔を見せたら気づかれた。その女の人は私を見て驚きの声を上げた。
「あー!まさかあの子が妹ちゃん!?めっちゃ可愛い!出ておいでー。」
私は仕方なく部屋を出て姿を見せた。なんとか口を開いて挨拶した。
「初めまして、浅木メルです。えっと…、昨日からミサトさんの家に住むことになって…。浮気相手とかじゃないので、許してください…。」
「説明はミサ君に聞いてるから分かってるよー。許してーなんて、そんなので怒るほど私は理解の無い彼女じゃないから。しかも兄妹だし。あ、ちなみに私は三門ルナ、よろしくね!」
それもそうだ。私達は兄妹だから、そんなことを気にする必要は無かったのかもしれない。
しばらく3人でゲームをしたり軽く学校の話をしていたら、いつの間にか夕方になっていた。
「俺、買い物行ってくる。テキトーに2人で仲良くしてて。」
ミサトさんは私達を軽く見渡してから出かけていった。
気まずい…。ルナさんと出会ったのは今日が最初だし、何を話せば良いか全く分からない上に緊張する。なにか話そうと考えていたら、ルナさんが口を開いた。
「今ミサ君居ないから聞くんだけど、玄関の写真見たでしょ?メルちゃん。」
何故バレたのか、しかもルナさんはさっきまでとは違って真面目な顔をしている。これはマズイかもしれないと冷や汗が止まらない。
「ミサ君はしばらく触ってないはずなのに、写真立ての埃がまた周りに落ちてたよ。証拠隠滅失敗だね。」
探偵みたいな指摘をされて焦りが止まらない。あそこに写っていた黒く塗りつぶされた女の子は明らかに異常だ。もしかして、元カノとかそういう感じなんだろうか?あの年齢で?
黙っているとルナさんは立ち上がって、玄関から写真立てを持ってきた。
「この黒塗りの女の子、誰か気になったでしょ?私も最初は浮気とかそういうのを想像しちゃったんだ。でも、メルちゃんのお兄さんはそんな人じゃないんだよ。」
私は微妙に話の流れが分からなかった。まだミサトさんも幼そうだったから、浮気とかそういう年齢では無いかな、とは思っていた。勝手にルナさんが私の思考を誇張して想像している可能性が高いけれども、その女の子の存在が実際にはかなり気になっていた。
「じゃあこの人は、どういう関係の人なんですか?」
「この人はね、中﨑ヒサネさん。ミサト君と隣の男の子、金原サイト君のお姉ちゃん的なポジションだった人で、荒んでたこの2人のメンタルを今のある程度正常な男の子に治せたスーパー女子中学生だったんだよ。」
「ある程度正常」っていう言葉はちょっと失礼では?と思った気がするけど、黙っていた。そしたらその思想を読まれたかのようにルナさんは
「『ある程度正常』っていうの気になったでしょ?」
私は驚きながら頷いた。ルナさんは笑って話すことを考え始めた。
「ミサ君は隠してるかもしれないけど、中学の頃は無茶苦茶荒れてて、ケンカばっかりしてて価値観もちょっと狂ってて、自己犠牲の精神が異次元だったんだよねー、はは。」
疑問があった。
「中学でまた荒れちゃったんですか?それってどういう…。」
「やっぱり気づいちゃったか。私の話し方が悪かったね、思わせぶりすぎたかな?」
ルナさんは真面目な顔に戻ってスマホの写真アプリを開いて探し始めた。
「石上さんっていうミサ君のいた施設のリーダーポジションの人に写真もらったんだけど、この人、髪の毛が銀色でショートヘアでしょ?ハンサムショートっていう名前らしいけど。この髪型と色、ミサ君に似てない?」
黒塗りが無いきれいな写真を見てすぐに気付いた。明らかに似ている。染められているどことなく薄い水色の混ざった銀髪で、耳が隠れて前髪が目にかかるくらいの長さ。ミサトさんがなんとなく女性的な顔に見えるのはこの影響なのかな?特徴を1つずつ考えてもかなり似ている。
「本当ですね、そっくりです。なんでこんなに似てるんですか?憧れとか?」
「結構びっくりする内容だけど、怖くない?重たい話が苦手だったら聞かない方が良いよ。私も初めて聞いたときビックリしたし…。」
そんな前置きをされると怖い、でもミサトさんの、実の兄のこういう事情は知りたい。他にもこれから彼の地雷を踏んだりしないように。
「教えてください。」
「ヒサネさんは、ミサ君が小学6年生の時に施設の中で自殺したんだ…。」
そんな事実に驚きが隠せなかった。ルナさんは続けて
「ヒサネさんは中学から銀髪にするくらいの不良だけど、ミサ君の初恋なだけあって凄く優しかったらしいんだよね。4歳年上で彼女は15歳、今の私達と同じだね。」
私は驚いていたが、よく考えたらミサトさんの過去をこれだけ喋るって良いのかなって思う。それも読まれていたのか
「この話は本人に許可取ってるよ。というか、メルちゃんがミサ君のことを少しでも知れるように、私から話そうか?って言ってみたんだ。ミサ君は自分から話すのは嫌だって言うから。」
「そうなんですね。勝手にミサトさんの秘密をバラし始めたちょっとヤバい人かと思っちゃいました。ごめんなさい。」
「えー、酷いよ!でもしょうがないね。で、続き言うね。」
ルナさんは笑顔を真面目な顔に戻してまた話し始めた。
「誰とでも仲良くできて、親しみやすい性格が災いしちゃったのかな…。ヒサネさんは、自分に好意があるって勘違いした酷い先輩に無理やり乱暴されて、そのショックで自殺。酷い話だよね。」
私はその光景を想像して、胃から苦い何かがせり上がってくる感覚がした。なんとか落ち着いて、ルナさんに向き直った。
「それは、本当に悲しいことだと思いますけど、それが、ミサトさんの髪に関係あるんですか?」
「これは、私もよく知らなくて、写真に写ってたもう1人のサイト君が教えてくれたから最近私も詳しくなったんだけど、ヒサネさんは決行前にミサ君と話したらしくてね。」
俺、風浦ミサトはスーパーの帰りにコンビニでアイスを買っている。コンビニで一番高いカップアイスを手に取って思い出した。
「そういえば、あの人はこの味ばっか食ってたな。苦くて嫌いなんだけど、コーヒーのどこが良いんだか…。」
懐かしい思い出だ、ずっと暗い水の中に閉じ込められていたような人生だったけど、この人たった1人のせいで幸せと苦痛を同時に味わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー3年前ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月2日、学校終わり、掃除だけやって施設に帰った。珍しく、ヒサネが施設の階段で座っれいた。
「どうしん?施設長とケンカとかやった?」
ヒサネは珍しく笑顔ではない。いや、笑っているんだけど明らかに作り笑いだ。俺の表情に近い面白味のない顔だ。
「なんともないよー、ちょっと学校が疲れて。英語2時間あったからさ!」
「あっそ、英語くらい暗記すれば余裕だろ。何を手こずってるんだよ…。」
「酷いよー、自分が賢いからって調子に乗りやがってー!」
ヒサネは俺のほっぺつまんで来た。いつものやり取りだが、明らかに力が無い。俺は笑いながらヒサネさんの手を引いて施設に戻ろうとした。。
「ほら、なんかやらかしたんなら俺も一緒に謝ってやるから、もう寒いし来週バレー部の大会あるんだろ?風引いたら詰みじゃんか。」
ヒサネは俺の腕を掴んできた。
「なんだよ…。まじで何やらかしたんだよ。」
ヒサネは俺の顔を見て
「私のお願い聞いてもらえるかな。一生に1度のお願い、今使っちゃう。」
俺は急すぎて理由が分からなかったがとりあえず聞いた。
「私がもしも病気とか事故で死んじゃったら、葬式には私のマネをして出てくれない?ふふ、変な話だけど、どう?ダメ?」
「別に良いけど、何?失恋でもした?」
「全然、そんなことは無いよ。私は体も弱いし、いつ死ぬかわからないからね、遺言的な?」
俺はヒサネのおでこを軽く叩いた。
「寿命なら勝手にしてくれって感じだけど、事故とかそんな酷い有様だったら真似したくねえよ。しっかりしてくれ、まじで。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー数日後ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえあの子、髪の毛とかブレスレットといい、亡くなっちゃった子の見た目を真似するなんてありえない!ちょっと言ってくる!」
「待ってくださいよ◯◯さん、彼、ヒサネちゃんからの遺言を聞いたそうなんですよ。『葬式では私の真似をしてきて?』的なことを言われたみたいで…。」
「え、ということは自殺したいのを知ってたのにあの子は止めなかったってこと!?同じ施設の仲間なのに酷いわ!」
「そんな話聞いてなんとなく察せたはずなのに、あいつはヒサネ姉さんを見殺しにしたんだ。あいつなんかもう俺の弟分じゃない。」
葬式場の周りから、俺を見て冷ややかに話すヒサネの学校PTAの関係者たちや施設関係者の声が聞こえる。石上さんと施設の資金援助をしてくれている女性経営者の山城さんだけは俺をフォローしてくれる。
「ミサトは悪くないよ。我々が何もできなかったのが後悔でしかない…。君は気にするな。」
「そうだよ、ミサト君みたいにまだ小さい子が気にするようなことじゃ…。」
そんなフォロー、俺の耳には入らなかった。
「黙れ、別にどうでも良い。」
俺は2人を突き放して棺の中を覗かずに自分1人で施設に帰った。誰とも話したくなかった、親友で同い年だが兄のように思っていたサイトにも中傷された。絶望で涙すら流さなかった。流せなかった。
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俺はこの時から本当は異常に気付いていた。表情筋が明らかにいつもより終わってた。普段は元気で笑顔がデフォルトって感じの可愛らしいボーイッシュ不良だったのに、様子がおかしすぎた。
自殺、それも俺の脳内には浮かんでいたが、流石にそんなことはないだろう、明るい彼女に限って…。と思っていた。
「2人にアイスでも買って帰るか。ルナは『クッキー&クリーム』、メルは…、何が好きなんだろう…。とりあえずバニラ、チョコとか色々買ってくか。数撃ちゃ当たるだろ。」
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「でも、そんなトラウマが、ミサ君を作ってる部品?の1つだから、忘れないようにずっと髪の毛だけは変わってないんだよ。」
私はルナさんに勉強を教えてもらっている、苦手な社会科が結構よく理解できた気がした。ルナさんはすごく説明が上手で、迷惑を考えずに言うならば毎日習っていたい。
そして、ミサトさんが帰ってきた。ミサトさんはエコバックを机の上に下ろした。
「2人、カレーと生姜焼きどっちが良い?生姜焼きが良い人ー。」
ルナさんが手を挙げたので私も挙げた。ルナさんは私に教えてくれた。
「ミサ君の生姜焼きは本当に美味しいんだよねー!お姉ちゃんのよりも美味しい。今日遊びに来てよかった!」
「お姉さんが泣くぞ。」
ミサトさんが突っ込んでルナさんが笑っている。この2人は本当に仲が良いんだろうな。
夕食後、生姜焼きは本当に美味しかった。生姜がピリッと効いて甘さもあった。また食べたい。
ルナさんが帰る時、ミサトさんが駅まで送っていく、と言ったので、私もついて行くことにした。
「じゃあメルちゃん、またねー!」
駅の改札前で手を振って別れた。帰り道、暗い夜道でミサトさんに聞かれた。
「メルは、自分の存在する意味とか考えたことある?」
「あります。でも、考えても何も浮かばなくて悲しいので、やめました。」
ミサトさんはため息をついた。なにかマズいことを言っただろうか。ミサトさんは私の頭を撫でて
「俺はメルの優しい兄でいることが存在意義なんだ。」
「え、」
私は思わず声を出してしまった。
「メルは母親が同じだから分かると思うけど、親がクズすぎて俺は肉親だと見なしてない。血のつながりとかそんなものは1ミリも信じたことがない。でも、メルが俺の前に現れてくれて、やっと家族?とかそういう関係の大事さに気付けた。感謝してる。」
「私は勝手にお邪魔しただけで、感謝なんて…。」
「もし、メルが嫌じゃなければ、俺の妹であることが意義だ。」
私はその言葉を聞いて嬉しかった。急に来た私を家族だと、妹だと認めてくれている。そして、私が妹であることを面倒がらず、優しくしてくれる。今みたいに気も遣ってくれる。
「メル、俺は結構クソガキだから分からないけど、メルみたいな優しい子に『生まれてきた理由』が無いっていうのはあり得ないんだよ。多分。俺は、俺の中の全ての経験が今も生き続けてる。なんて言えば良いか難しいけど、メルは大丈夫だよ。心配する必要はない。俺は絶対に君を邪魔だと思わないし、なによりも大事にする。だから、安心して人生を生きて欲しい。」
私は聞いていて考えていた。おそらく彼は、兄は『生まれてきた理由』を私のためだと思ってくれている。本当に優しい人で、好きだ。大好きな兄だ。
私はきっと大丈夫、ミサトさんがいればなにも辛くない。私はやっと、心の底から笑顔で生きられる。そんな気がした。
トラウマを抱える人はみんな過去に信じられないような事に出くわしたり、怖がりでなんでも印象に強く刻まれてしまうんでしょう。
でも、そんなトラウマも全てが今の人生を生きる中での必要不可欠な思い出です。こんなことになるなら生まれなければ良かったとかは考えたことはありません。
人間、生まれてきたのならきっと何処かに生まれた理由が見つかります。それを探しながら人生を生きていきましょう。




