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プロローグ.裏切りの先にある橙

 彼の世界は黒く染まっていた。最初からそうだったわけではない。そうなったのは…彼が…高校生二年生のある日だ――。


「やっ…やめてくれ」


彼――姫野弥勒(ひめのみろく)

セミの鳴き声が響く暑い夏。その中で弥勒は、一つの闇を抱えていた。

弥勒の前には、制服を着崩した不良が二人。弥勒は金をせびられている所だ。だが、弥勒にはそれをどうにかする力なんてものは無かった。


「やめてほしいなら、金。出せよ」


不良の一人はニヤニヤと笑って弥勒の腹を殴る。


「お前は俺らのパシリなんだからさぁ…大人しくしとけばいいってわけよ…!」


もう一人の不良も、続けて弥勒の顔を殴る。


「今日は…千円しか無くて…」


弥勒は震える手で財布を取り出し、なけなしのお金を不良二人に渡す。


「は?しょっぱ…まぁ、駄菓子代くらいにはなるか。今度は三千円くらい寄越せよ」


不良は笑って千円をうちわのようにヒラヒラと自分の顔で前で動かして立ち去る。


「はぁ…なんで…」


弥勒が地面にうずくまり、手を握っていると。


「うわっ…弥勒、大丈夫かよ?」


弥勒の友達の声が響いた。


「中々時間通りに来ないと思ったら…またやられたんだな…」


弥勒の友達、和真(かずま)がバスケットボールを片手に弥勒へと手を伸ばす。


「あぁ…ありがとう…」


弥勒は手を取って立ち上がる。


「嫌ならさぁ誰かに言えばいいじゃんよ?」


和真はバスケットボールを上に投げ、キャッチしながら弥勒に言う。


「いや…頼れる人…別に居ないし…」


弥勒は顔を下げて、地面を見て歩く。


「なーに。頼れる人が居ないって?俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」


和真は弥勒の肩を掴んで、和真の正面へと向ける。


「なんかあったらさ。いつでも相談してくれていいからな!」


「和真…ありがとう…!あっそういえば…他の皆はもう来てるよな?」


弥勒は和真含むバスケ仲間と共に遊ぶ約束をしていたのだ。


「あぁ。気分転換に…バスケ!やろうぜ」


和真は歯を見せてニッと笑う。


「ありがと」


弥勒の黒く塗られていたと思われていた世界には、一箇所だけ、希望の光があるように、白く染まっていた。バスケ仲間との友情。それだけが、弥勒に生きる希望を、諦めない力を与えていた。



ある日のバスケコート場。

床に跳ねる思いボールの音だけが、弥勒の心を繋ぎ止めていた。

ボン、ボン、とワクワクさせるような音。


――ガゴオッ!


「やっぱ弥勒、うめぇな!」


「ははっ…サンキュー!」


その一言だけで、この前の暴言も、廊下での小突きも、机の落書きも、全部どうでもよくなった。

"ここがあれば大丈夫だ"

弥勒はそう思っていた。


――今日までは。


「おい、弥勒く〜ん。お仲間さん連れてどこ行くのよ?"いつもの"出してくれると助かるんだけどぉ?」


金を要求してきたのは、いつもの不良二人組だった。


「か…和真達には手を出さないでくれ!」


弥勒は和真達を下げるように手を後ろへと下げる。


「友達守りたいならさっさと出せよ?」


笑いながら言うその声。弥勒は歯を食いしばる。

だが、次の瞬間――。

後ろにいたはずの仲間の気配が、消えていた。

――振り向く。

――誰もいない。


「……は?」


弥勒の乾いた笑いが漏れた。


「あっはっは!逃げられてやんの!んで…?仲間達がなんだってぇ?」


守るはずのものが、最初から存在しなかったみたいに。

その瞬間、何かが音を立てて壊れた。


――夜。

屋上に立つ弥勒の目は、もう何も映していなかった。

怒りでも、悲しみでもない。

ただ理解しただけだ。

――結局、人は裏切る。


「次、生まれ変わるなら…俺は…」


弥勒の足元の感覚が消える。自分の体が落ちて、風が自分の体を(かす)めていく。

――その時、世界が暗転する。

音も、光も、全部消えた。

全てが終わったと思っていた――。

だが、次に目を開けたとき、そこは無限の黒い空間だけが広がっていた。

その中心に、橙色の髪を持つ女神が立っていた。


「姫野弥勒。あなたの人生は理不尽に奪われました。あなたの人生に…もう一度…チャンスをあげます。あなたは勇者と共に、世界を救う役目を与えます。さぁ、勇者と共に、新たな仲間と共に…もう一度、新たな世界を――」


――パシン。


弥勒は女神から差し伸ばされたその手を払った。


「仲間? いらない」


女神の目が揺れる。


「え?」


「必要なのは、裏切らない存在だ」


「それは……?」


弥勒はゆっくりと笑った。


「服従だけだ…!」


空間がひび割れる。

女神の神威が弥勒へと吸い込まれていく。


「な、何を……!? まさか…意思だけで神力を……!」


橙色の光が弥勒の瞳に宿る。


「服従! 誰もかもが…裏切らず、命令だけを聞き入れ、下に付く存在…。要らなければ、切り捨て、裏切れば…死刑へ――」


その瞬間、神すら屈した。

女神の存在は、弥勒の体内へと吸い込まれる。


「こっ…こんな力が…!やめなさ――」


そして、弥勒の前には光が溢れる。

――目を開ける。

目の前には、男と女。

二人とも、涙を流して弥勒を見つめている――。


『俺は…生まれ変わった…のか』


弥勒が…いや、新たな存在が誕生した瞬間。

俺は…勇者軍にも魔王軍にもつかない。

目の奥の橙の光が消え、代わりに静かな狂気が宿る。


『仲間など、くだらない。両方、潰す。俺の下に付けさせる…』


彼、姫野弥勒の新たな名は、カルノ・ミアシュ――。

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