4、喜劇の終わり 1
「あいつを責めないでやってください」
赤毛の男は、どちらかといえば安っぽい部類に入る洋酒を飲み干した後にそういった。
私は相手の出方を待つため、すぐには答えずグラスに口をつけた。
一本何十万もする高級酒より、誰でも簡単に購入できる安っぽいお酒が好きだ。飲む人を選ぶような上品すぎる味より、大勢に飲まれることを前提に作られた少々安っぽい味が、私はとても気に入っている。
高いお酒が嫌いなわけではない。あれはあれでとてもおいしい。
でも、私に高級酒を勧める相手は、腹にどす黒いものを抱え込んでいる者ばかり。そういった者達が勧めるだけで、おいしいはずのお酒は台無しになってしまう。
その点、赤毛の男が勧めた洋酒はとてもおいしかった。
「まだ子供なんです、あいつは」
赤毛の男が誰のことを言っているのかはわかった。
そして私は、赤毛の男が望む答えを言うつもりだった。
だけどやはり気になって、さらに相手の出方を待つ。
子供といえば、彼は確かにまだ子供。でも彼は、大人の庇護が必要な幼子ではない。
「処世術も知らない。人に媚びることもしない。人の好意とか善意とか、そういうものを嫌がっている節があるくせに、色んなものが欲しくてたまらない。素っ気なくされたい、でも優しくされたい。矛盾が具現化したような、我が侭なガキなんですよ」
頬が赤らんでいる赤毛の男は、グラスに残ったお酒を呷った。
空になったグラスが小机に置かれる。その仕草が乱暴だったせいか、ほどよい静けさが保たれている部屋に、その音はやけに大きく響いた。
「だから、責めないでやってください」
前歯がグラスに当たって、カチリと小さな音を立てた。
きっとこの人は気づいていない。
彼が周囲に虐げられ、理不尽な暴力を受ける、もう一つの理由に。
(貴方達が、大切にしすぎるから)
だから彼は我が侭なんじゃないんですか?
そんな思いが一瞬脳裏を過ぎって、慌てた。
打ち消すように、残った洋酒を私も呷る。
じわじわと広がる熱。でも、それは数秒と経たないうちに消えてしまう。
お酒は、私にとってはおいしい味のついた色水でしかない。
湧き上がってしまった感情から、目を逸らすことさえさせてくれない。
「責めませんよ」
たった六文字なのに、声が震えないようにするのが酷く難しかった。
彼のせいだった。
――――一昨日襲撃してきた一味の基地らしき場所が見つかったんだよ。
――――小惑星帯の中にあるから、ちょっくら偵察してこい。
「一体これのどこがちょっくらだっていうんだあの馬鹿上司……っ!」
帰還したら絶対に殴り飛ばしてやる!
思い出した無責任な上司の言葉。
それに物騒な決意を新たにしたギオは、ビームサーベルで敵機体を横に両断した。
遠隔操作で操られている新型の無人機は、上半身と下半身が分かれたというのにまだしつこく動こうとする。上半身の腕を『カナリア』を持っていない方の手で掴み、粗末なビームサーベルで斬りかかってきた機体に投げつけ、エネルギー砲の弾丸を撃ち込んでやった。
一瞬の閃光を伴って、二つの機体が爆発する。上半身を失ったせいか、足掻いていた下半身は手を下さずとも勝手に止まった。
[油断したら駄目だよ、クラルテ君]
「わかってますよ!」
無線から聞こえた窘めの声に思わず怒声を返し、エネルギー砲を四方に向けて撃った。
放たれる色彩の異なる光線。それらは鋭利を感じさせる的確さで敵機体を貫き、光線が通過した場所ではいくつもの爆発が巻き起こった。
偵察及び情報収集。
以上が、通信機越しにエディが伝えてきた任務の内容。
さほど面倒な任務ではない。そして、自分が適任であることも理解できた。
ギオが駆る〝白姫〟は、対遠距離戦に特化したリビングデッド。そのため、本来の用途ではないものの、離れた場所からの偵察にも十分優れている。
非番なのになぜ。
そう思わないでもなかったが、もう一人の適任者であるクリスマスの〝スナイパー〟が一昨日の戦闘でダメージを負わされた以上、ギオがやるしかない。雪辱といえるほどの気持ちがあるわけではないが、逃げられたことに腹立たしさを感じたのは事実だった。
その任務に、マリオが同行を申し出たのは驚いた。
確かにその申し出は、パイロットとしては正直喜ばしかった。しかし、ギオ=クラルテという一人の人間としてはやはり疑問を隠しきれない。さりげなく理由を探ろうとしたが、穏やかな微笑を浮かべる彼女からなにかを読みとることはできなかった。
一体なにを考えているのか。
真意が読めない彼女の行動に、不審に似た気持ちも抱いた。
だが、〝黒影鬼〟と共に真空の宇宙を飛ぶことに不満があるわけでも、恐怖を感じなくなったマリオと共にいることに不満があるわけではなく。なにより、元々心理的な駆け引きがあまり得意ではないため、ギオは早々に思考の解明を諦めた。
別に任務に支障が出るわけではない。
それに、任務は偵察及び情報収集。
よほどのことがない限り、一時間弱で帰還できる。そう高をくくって臨んだ任務だった。
実際、よほどのことがない限りは至って楽な任務だった。
そう、よほどのことがなければ。