85.アントレ侯爵は笑い過ぎ
「ワシがアントレ侯爵である。この度はフォルスの街を救って下さって感謝している。そして民を守るべき貴族と騎士が真っ先に逃げ出してすまなかった。」
そう言ってなんとアントレ侯爵がオレとクマに頭を下げたのだ。
貴族ってこんなにあっさり頭下げていいんだろうか?
となりに立っていたクマを見るとよっぽど驚いたのか目を見開き口を半開きにしてフリーズしている。
あ、やっぱ驚くほどのことなのね。
でもアントレ侯爵の執事であるセスさんは特に驚いた様子はないな。
その理由が予め聞いていたのか、執事としての高い能力故なのかは分からないけどね。
「ア、ア、アントレ侯爵!頭を上げてください。」
ようやくクマがフリーズから回復してアントレ侯爵に頭を上げてもらっている。
「それでは謝罪は受け取ってもらえるということで良いかね。」
「も、も、もちろんです。」
クマは初めの謝罪で相当驚いてまだ完全には戻ってないな。
これじゃまともな会談にならないんじゃないか?
それともこのことが侯爵の狙いなのかね。
「うむ、それでそちらのソラ殿はどうなのかね?」
え~、こっちに振るのはやめてよぉ。
貴族の相手は全部クマに任せようと思ってたのになぁ。
クマがオレをガン見して何かを訴えてるがクマに見られても全然これっぽちも嬉しくない。
むしろ止めてくれ。
なぜこの部屋には美人メイドがいないのだろうか?
そうすれば少しはオレが癒されるのになぁ。
≪直感≫さんは本音を言って大丈夫って言ってるけど面倒ごとは避ける方向で。
「アントレ侯爵の謝罪を受け取らせていただきます。」
神妙な顔を作りつつ返事をした。
「建前はいいから本音を申せ。」
あっれ~、≪冷静≫さん≪ポーカーフェイス≫さん仕事されてますよね?
これがキツネとタヌキの化かし合いをしている人の実力ってヤツなんですかね。
誤魔化せないなら本音を話しておくか。
「それではお言葉に甘えて発言させていただきます。まず私に謝罪は不要です。ギルドから今回の討伐報酬をいただいていますから。」
というかアントレ侯爵って今回の件での責任って全くと言っていいほど無いよね。
悪いのは逃げた貴族どもだしな。
「それよりもここを逃げ出したエント子爵の処分と街の住人に対する十分な援助をお願いします。」
食料の不足やギルド員不足による依頼の未消化はなんとかしてもらわないとな。
「なによりアントレ侯爵は今回の件に何の責任もありません。むしろエント子爵の後始末なんて損な役回りをしてくださって感謝しています。」
そうだよなぁ、きっと住民からの不満を一身に受けて対応するんだろうけどこの街がアントレ侯爵のものになるわけじゃないだろうし特に益のない一番損な役回りのはずだ。
在るとすれば王国の覚えがよくなることかな?
あとはエント子爵への貸しができるのかな?
やろうと思えばいろいろできるけど費用対効果が低いと思うんだよ。
クマがなんか信じられないって顔で唖然としてる。
こいつさっきから七面相ばりに顔の表情が変わってる。
セスさんの視線もなんだか関心しているように感じるけどなぜ?
アントレ侯爵の鋭い目付きが急にフッと柔らかくなると大きな口を開けて大声で笑いだしましたよ。
「は~はっはっは、セス。英雄殿は頭も良いようだぞ。その上英雄殿が言うには我々は感謝されるほどの人物らしいぞ。」
「はい、そのようですね。私も関心しております。」
なんか本音をぶちまけたら褒められたがなぜだ?
コレだから体育会系は分からん。
「ただ、これもアントレ侯爵がりっぱな人物だという話が間違いであれば全く違う話になりますが。」
「ふむ、ぜひその場合の話を聞こうか?」
あ、余計なこと言っちゃった。
「アントレ侯爵はそうでないと願ってますが、悪事であれば逃げ出した貴族の残しいった物を回収し懐に入れたり、王都からの支援物資を懐にいれたり、食料を不当に高く売ったりとやろうと思えばいくらでもあります。」
アントレ侯爵は特に機嫌が悪くなることも無くオレの話を聞いている。
「それではワシが不正をしないようにするにはどうしたらよい。」
いやいやなんでそんなことオレに聞くんですかね。
まぁ、ここまで話したからには答えますけど。
「それには利害関係にない第三者に仲介に入ってチェックもらう必要があります。」
「そのとおりじゃな。そこでジンよギルドにこの街への物資調達を一任したいのだがどうじゃ?」
一任しちゃダメでしょ。
調達も責任もすべてギルドがもつことになるでしょ。
「アントレ侯爵。そちらからも責任者を出してくださいね。商人との交渉でも侯爵あるいは王国の名前で交渉させてもらいます。そして最高責任者はアントレ侯爵にしていただきたいです。」
アントレ侯爵は関心したようにウンウンうなってるよ。
クマは置いてけぼりだな。
「あと最終確認は私ではなくサブギルドマスターのミラさんとお願いします。」
オレは責任取りたくないから美人に仕事を押し付けちゃうけどミラさんごめんなさい。
「英雄殿はワシに責任を取らせるのに自分は責任をとらないとはな。」
なに言ってんのこの人はほんと。
「責任も何も私は一介のギルド員ですし、アントレ侯爵は臨時とはいえこの街と統治者なのですから比べるほうがおかしいですよ。」
「その通りだ。は~はっはっは。」
なんかこの人笑ってばっかだな。
ツボにはまって笑い続ける人っていますよね。




