31 補佐官と魔王
「…………どういう事」
「いねえな」
たかだか3つ隣の医務室へ急ぎ足で来てみれば、アルニの爺はいなかった。
というより、医務室自体に鍵がかかり無人だった。
「で、でも、すぐに戻って」
「くるわけねえだろ。馬鹿」
業務だ何だとなれば有能なのに、普段じゃ考えが回らなさ過ぎるリディアは、はたして優秀なのか馬鹿なのか。
まあ、それはどうでもいい。
とにかく何とかしねえとな。
人の隣で真っ青になっている馬鹿は、明らかに様子がおかしいと言っていいだろう。
今まで誰かがいなくなった時に、ここまでの反応をしていた記憶は余りない。
「ったく。面倒臭え」
予想以上に面倒な事態に思わず口が滑ったが、夢がどうのと呟くリディアは聞いている余裕すらなかったようだ。
聞こえてたら、更に面倒な事になっていた。
さてどうするかと考えていると、隣の白い布が揺れた。
「おい。どこに行く気だ」
「……捜しにいかなきゃ」
ふらふらと捜しに行こうとするリディアの腕を掴むと、青白い顔のまま睨みつけてきた。
ふらつく身体に反して、目は据わっている。
そこまで冷静さを欠いた訳じゃねえって事か。
「離して」
「んな訳いくか。てめえはこっちだ」
「痛っ。ちょっと! 離してってば!」
さっきまでとは逆になった引き合いだが、元々力の差がある上に、平静をなくしたリディアが勝てる見込みはない。
無駄な抵抗を続ける身体を引きずって、元いた部屋に戻る。
知らない間に改装されたガキの部屋だ。
「おい離せってば! ダうわっ!?」
暴れる身体を引き寄せ、力任せにベッドの上に放り投げれば、軽い身体は一度弾んで反対側へと落ちてしまった。
落とすつもりは流石になかったのだが、下手に抵抗をされたせいで、力加減を間違えたのかもしれない。
「何するんだよ!?」
「てめえはそこにいろ。俺が捜しに行く」
顔面から落ちたのか、鼻を抑えながらすぐに立ち上がったリディアは、何とも間の抜けた顔をした。
言葉の意味が理解できていないのだろう。
だがそれも数秒の事だった。
上へ向いた目線が、理解できたのか再び正面へ戻ってくる。
耳を塞ぐ。
「はああああああ!!!! 何でえ!!!???」
「うるせえっつってんだろ!」
「あでっ!」
耳から手を外し、手近な所にあった本を投げつけると、見事に的中した。
どんくせえ。
上半身をベッドに倒して頭を押さえるリディアに、再度残るように言うと、そのままの体勢で返事が返ってきた。
篭った声が聞き取りにくいが、理解できないほどではない。
「何で……、何で私が残らなきゃいけないんだよ」
突っ伏しているせいで顔が見えないが、シーツを握りしめる手や、声に悔しさが滲み出ている。
「私の方が速いし、夜は私たちの領域だ! だったら」
「駄目だ」
「っ! 何で!!」
飛び起きるように上げたリディアの顔は、相変わらず白い。
ぶつけた額と鼻、それと興奮しているのだろう、目元だけが赤くなっている。
「ガキが戻る可能性もある。それか爺がな」
「なら別に、私が捜しに行く方でもいいじゃないか」
「真っ白い顔した奴が馬鹿言うな。捜しに行った所で、焦ってガキを見逃すだけだ。少し頭を冷やせ」
苦虫を噛み潰したような表情で、なおも口を開こうとするリディアに、最終通告を告げるしかなくなる。
どうしたって今のリディアを外に出すわけにはいかないのだから。
「しつけえよ。”勅令”だと言わせる気か?」
使いたくねえの知ってんだろ。諦めろ。
唇を噛み締めた顔を俯かせ、ようやくリディアは頷いた。
「……ごめん。そこまでさせる気はなかったんだ」
「知ってる」
「大人しく待つから。そんな顔をしないでよ……」
どんな表情をしているかなんて、自分じゃわからない。
ましてや普段から、無表情か不機嫌だと言われる顔だ。想像もつかない。
「してねえよ」
俯いた頭に手を載せれば、零れ落ちた金髪が更に顔を隠した。
魔族には似つかわしくない、と頭の硬い奴らには不評な金色だが、月明かりに反射する様は金髪嫌いでさえ目で追う。
外した手とは反対に、ベットへと沈み込む様に力を抜いたリディアは、篭った声で一言だけ呟いた。
「メリルの事、お願い」
「ああ」




