214話 セリーナの戦い
――逃げていた。
「はぁ……はぁ……!」
白い世界を、セリーナは必死に走っていた。
どこまでも続く、何もない空間。
地面も、空も、壁もない。
ただ純白の世界に、異形の魔物だけが存在している。
その数は、あまりにも多かった。
しかも――。
「つ、強すぎますぅ……!」
セリーナが振り返る。
そこには、巨大な魔物が何体もいた。
どれも通常のSランクなどではない。
桁外れの魔力。
圧倒的な身体能力。
攻撃一つで、この世界そのものが震えるほどの存在。
「こんなの……私には……!」
セリーナは走り続ける。
キラたちは戦っている。
レティシアも、エリスも、ジュダも。
それぞれが自分の力を限界まで引き出して、魔物の群れとぶつかっている。
だが――。
セリーナには、それができなかった。
「私も……戦わないと……」
足を止める。
遠くで巨大な爆発が起こった。
――ドォォォォン!!
「キラ……!」
キラが魔法と剣を同時に使っている。
レティシアの二人の身体が、まるで幻影のように戦場を駆け抜けている。
エリスは精弓魔武によって、次々と魔力の矢を生み出している。
ジュダもまた、魔物の群れを相手に圧倒的な力を振るっていた。
「みんな……戦ってる……」
セリーナは拳を握る。
「なのに……私は……」
その瞬間だった。
――ズン。
「……え?」
地面が揺れた。
セリーナの目の前に、巨大な影が落ちる。
ゆっくりと顔を上げる。
「…………」
魔物がいた。
巨大な身体。
鋭い爪。
全身から噴き出す凄まじい魔力。
その魔物が、セリーナを見下ろしている。
「……ひっ」
一歩、後ろへ下がる。
魔物が腕を振り上げた。
――ゴォォォォォッ!!
空気が歪む。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
セリーナは両手で頭を抱えた。
足が動かない。
逃げられない。
「……もう……無理……」
涙が頬を伝う。
「私……死んじゃう……」
魔物の爪が振り下ろされる。
――その瞬間。
「セリーナ!!」
――ドォンッ!!
黒い影が飛び込んできた。
魔物の腕が弾き飛ばされる。
「えっ……?」
セリーナの前に立っていたのは――。
「ジュ、ジュダさん……!」
魔王ジュダだった。
ジュダは魔槍ヴォルガを構え、魔物を睨みつける。
「下がっていろ、セリーナ!」
「は、はいっ!」
ジュダが踏み込む。
「邪魔だ!!」
――ズガァァァン!!
魔槍が魔物の身体を吹き飛ばした。
だが。
「……っ!」
魔物は倒れない。
すぐさま起き上がり、ジュダへ突進する。
「チッ!」
ジュダも迎え撃つ。
――ガキィィィン!!
爪と魔槍が激突する。
衝撃波が走る。
「きゃあっ!」
セリーナの身体が吹き飛びそうになる。
ジュダは魔物を押し返しながら叫ぶ。
「セリーナ! そこで止まっていろ!」
「は、はい!」
ジュダが魔物を引きつける。
セリーナは震えながら、その背中を見る。
「……私……」
何もできない。
そう思った。
でも――。
「……このままじゃ……ダメ……」
セリーナは涙を拭った。
その瞬間。
ふと、頭の中に一つの言葉が浮かんだ。
――昔、キラに言われた言葉。
『魔法は魔法として完結してはいけない』
『形を変えれば、それはもう新しい魔法だよ』
「…………」
セリーナは目を見開く。
「形を……変える……」
自分にできる攻撃魔法。
それは、一つしかない。
莫大な魔力を使う、一撃。
――ライトニングブラスト。
だが。
「私は……戦闘ができない」
剣を振れない。
レティシアのように動き回れない。
エリスのように遠距離から次々と攻撃することもできない。
ジュダのように真正面から魔物を倒すこともできない。
「だったら……」
セリーナは自分の両手を見る。
「動かなければいい……」
ジュダと魔物の激突を見つめる。
「動かずに……戦う……」
セリーナの瞳に、光が宿った。
「……そうです」
震えていた手が、ゆっくりと止まる。
「私にできることは……」
セリーナはその場にしゃがみ込んだ。
そして――。
地面に両手を置く。
「一撃だけじゃない……」
頭の中でイメージする。
光。
聖なる力。
それを一本の線にする。
さらに――。
分裂させる。
伸ばす。
絡ませる。
地面を這わせる。
敵を探す。
近づいてきたものを捕らえる。
「……形を変える」
セリーナの身体から、膨大な魔力が溢れ始める。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「な、なんだ……!?」
ジュダが振り返る。
「セリーナ……?」
セリーナは目を閉じている。
そして――。
「聖なる光よ……」
地面に置いた両手へ、光が集まっていく。
「私を守る盾となり……」
――ズズズズズズッ!!
白い地面が輝く。
「敵を討つ刃となれ……!」
次の瞬間。
――バァァァァァァン!!
地面から、巨大な光のイバラが噴き出した。
「なっ!?」
ジュダが目を見開く。
一本。
二本。
十本。
数十本。
無数の光のイバラが、地面を突き破って現れる。
――ギュオオオオオオッ!!
イバラはセリーナの周囲を取り囲む。
まるで巨大な光の城壁。
そして、その先端には鋭い光の棘が無数に形成されていく。
「これは……」
セリーナは目を開く。
目の前に広がる光景に、自分自身が驚いていた。
そして――。
「いきます!」
両手に力を込める。
「――ソーンレクイエム!!」
――ズガァァァァァァァァン!!
無数の光のイバラが一斉に動いた。
「グォォォォォォォ!!」
魔物が突進する。
だが。
――バキィィィン!!
イバラが魔物の脚に絡みつく。
「グルァッ!?」
さらに一本。
二本。
三本。
瞬く間に全身へ絡みつく。
そして――。
――ギュンッ!!
イバラが一斉に引き絞られた。
「グォォォォォォッ!!」
魔物が暴れる。
だが遅い。
セリーナを中心に展開した無数の光のイバラが、次々と周囲の魔物を捕らえていく。
「え……?」
セリーナ自身も驚いていた。
「こ、これ……」
自分から近づいていない。
自分が動いていない。
なのに――。
魔物が勝手に倒れていく。
一本のイバラが巨大な魔物を薙ぎ払う。
――ズガァン!!
別のイバラが横から襲いかかる。
――ドゴォン!!
さらに別の魔物が突進してくる。
「ひっ!」
セリーナが身をすくめる。
だが。
――シュバババババッ!!
光のイバラが自動的に反応。
魔物の身体を絡め取り、そのまま地面へ叩きつける。
「…………」
セリーナは口を開けた。
「……守ってくれてる……」
自分の周囲に広がる光のイバラ。
それはまるで、セリーナそのものを守る聖なる森だった。
「私……」
セリーナの顔に、少しずつ笑顔が戻る。
「戦えてる……?」
その瞬間。
遠くから大量の魔物が押し寄せてきた。
「まだ来る!?」
ジュダが叫ぶ。
「セリーナ、無理をするな!」
「……大丈夫です!」
セリーナは立ち上がった。
まだ怖い。
足も震えている。
でも――。
もう逃げるだけではない。
「もう一つ……」
セリーナが両手を前へ伸ばす。
「作れます!」
光のイバラが一斉に宙へ浮かび上がる。
無数の先端が、まるで意思を持つ蛇のように動く。
「逃げる魔物も……!」
セリーナが魔力を込める。
「追いかけます!」
――ギュンッ!!
「ソーンチェイン!!!」
――ズバババババババッ!!
光のイバラが一斉に飛び出した。
「ギャアアアアアッ!!」
「グォォォォォッ!!」
魔物たちが逃げる。
しかし――。
イバラは追う。
右へ。
左へ。
上へ。
下へ。
まるで獲物を追跡する鎖。
逃げた先からさらに分岐し、別の魔物へ絡みつく。
「グルァッ!?」
――ギュンッ!!
捕らえる。
「ギャッ!」
――ズガンッ!!
別の魔物へ飛び移る。
「グオオオオオオ!!」
――バシュッ!!
さらに別の魔物を捕らえる。
白い世界に、光のイバラが縦横無尽に走り回る。
まるで巨大な生命体が戦場そのものを支配しているようだった。
「す、すごい……」
ジュダですら一瞬、戦いの手を止める。
セリーナは――。
「…………」
呆然としていた。
自分がこんな魔法を使っている。
信じられない。
でも。
次の瞬間。
「……ふふ」
口元が緩む。
「……できる」
もう一度、イバラが魔物を吹き飛ばす。
――ドォォォォン!!
「できる……!」
さらに魔物を捕らえる。
――バシュッ!!
「私でも……!」
セリーナは拳を握った。
「戦える!!」
そして――。
「うぉっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その場で思いっきり飛び跳ねた。
「やったぁぁぁぁ!!」
ぴょんっ!
ぴょんっ!
「私、戦えてますぅぅぅ!!」
その横では、無数の光のイバラが魔物を次々となぎ倒している。
セリーナ本人は――。
その場から一歩も動いていない。
ただ両手を地面に置き、魔力を送り続けている。
ジュダは呆れたようにセリーナを見る。
「……お前、さっきまで泣いていたではないか」
「はい!」
セリーナは満面の笑顔で答えた。
「でも今は嬉しいです!」
「……そうか」
ジュダは小さく笑う。
「ならば――」
魔槍ヴォルガを構える。
「私も少し、付き合ってやる」
「はい!」
セリーナが叫ぶ。
「一緒に倒しましょう!」
その瞬間。
ジュダが魔物の群れへ突っ込んだ。
「――来い!!」
――ドォォォォォォン!!
魔槍が炸裂する。
そして、その背後から――。
「ソーンチェイン!!」
無数の光のイバラが飛び出す。
魔王と聖女。
二人の攻撃が、白い世界を激しく染め上げていく。
セリーナはもう、逃げなかった。
動かずとも。
戦える。
自分にしかできない戦い方がある。
そして彼女は――。
「うぉっしゃぁぁぁぁぁ!!」
またその場で飛び跳ねていた。
第212話 終




