第一話 隆志の音
全国一万組近い応募の中から勝ち残り、バンドコンテスト決勝の舞台へと辿り着いた高校生たち。
かつて伝説と呼ばれた歌い手が復帰すると、いう噂が会場を揺らす中、隆志たちのバンドもまた、それぞれの想いを胸にステージへ向かう。
恋も、過去も、嫉妬も、憧れも——
すべてを抱えたまま、少年少女たちはこの夏のステージに立つ。
これは、
音に青春を賭けた、彼らの物語。
本番前日。
リハーサルを終えた十組のバンドは、目前に迫った大舞台に胸を高鳴らせていた。
その中で、川村隆志は誰もいなくなったライブホールの中央の席で、ただ一人瞑想をしていた。
この日が来るまで、どれほどの困難があっただろう。
楽しさや喜びやだけでなく、痛みも苦悩も嫉妬も、その全てが研ぎ澄まされた脳内に、鮮明に蘇ってくる。
最後の呼吸を終わったところで、何やら人の気配を感じる。視線を向けると、そこには同じバンドのボーカル——澤森貴子が満足そうな顔でこちらを見つめていた。
「…何をお願いしていたのかしら?」
優しい声で聞いてきた。
感心するような、からかうような、そんな表情で。
「貴子。いつからいたんだよ」
貴子は優雅に笑うと、静かにステージへ視線を流す。
その横顔は、いつも以上に綺麗だった。
「…いよいよね」
「…だな」
隆志も視線を重ねる。
明日の自分たちのパフォーマンスの幻影が浮かぶ。
貴子は、これ以上ないほど幸せな表情ではしゃいでいる。出会った頃とは大違い。
それだけで、隆志の心は満たされていった。
「……そろそろ出ようか」
「…そうね」
近くにいたスタッフが、二人の元へ寄る。
退館時間も迫り、名残惜しい前夜祭もお開きとなった。
——続きは明日。
それだけを心で呟き、ドアが閉まる。
外に出ると、モワッとした蒸し暑さが襲ってきた。
夕立ちの直後だったのか、路面も湿っている。
澤森財閥のご令嬢を迎えに来たリムジンの車体が、沈みそうな夕陽を凛々しく反射する。
「…では、また明日」
「頑張りましょう」
貴子は握った両手を振ると、大きく笑い、車へ乗り込んでいく。
隆志はその背中を見届け、運転手へ頭を下げる。
車に乗る直前、ふと貴子が名前を呼ぶ。
「…隆志くん」
顔を上げると、さっきより大きく笑う貴子がいた。
「…ありがとう」
「…もう一度、私を歌わせてくれてありがとう」
瞳が潤んでいる。
彼女にとって歌は、何よりも特別なものだった。
隆志はその喜びを深く飲み込んだ。
「俺だけじゃなくて、みんなにも言ってやれよ」
「ええ。でも——」
貴子の顔が、ほっと赤くなる。
隆志の頬も、反射的に染まった。
「最初のきっかけをくれたのはあなただった」
「…感謝してもしきれませんわ」
その言葉を最後に車のドアが閉まり、動き始めた。
車が見えなくなっても、隆志は走っていった方をしばらく見つめていた。
——大切な人の、信頼には応える。
ギターケースを背負い直し、隆志は帰路を辿った。
♫♫♫
その晩、ギターの弦を張り替えていると、父が尋ねてきた。
玄関先に、客がいるらしい。
こんな時間に誰だ。
ひとまず出てみると、山岸香織が不機嫌そうな顔で睨んでいた。長く伸びた黒髪が、ゆらゆらと揺れている。
「香織。何の用だ?」
「……別に」
相変わらずツンツンしてる女だ。
子どもの頃はもっと可愛げがあったのに、成長期に何を食ったらこうなるんだか。
しばらく黙っていると、香織がぶっきらぼうに口を開いた。
「…負けないからね」
目を逸らしたまま、唇を尖らせている。
どうやら、明日同じステージに立つライバルとして、皮肉を言いにきたらしい。
「…んなこと、別にLINEでもいいだろ」
「よくないし!!」
大きく膨れている。
隆志は懐かしい日々を思い出し、気づけば吹き出していた。
「笑うなバカ!!」
ムキになる態度が、ますます懐かしい。
気づけば香織も笑っていた。
二人の間を、爽やかな夜風が吹き抜ける。
扉の前にぶら下げられた風鈴が、健気に笑った。
「…ねぇ。少し歩かない?」
香織は優しく手を差し出した。
少し疎遠になっていたから、こんな表情を見るのは久しぶりだ。まだ同じバンドにいた頃は、いつもこうして、くだらなく言い合っていた。
隆志は二人分の水筒を用意すると、幼馴染みの隣へと並ぶ。
さっきまで蒸し暑かった外が、今はどこか涼しい。
そのまま二人は、久しく並んで夜道を歩いた。
雲一つない新月の空は、
どこまでも、深く透き通っていた。
その色は、
今までの音も、これから鳴る音も、
優しく見守っているようだった。
ご覧いただきありがとうございます。
バンドの大会の前のちょっとした青春のひとときを描きました。
この三人の関係や心情に着目して、ご覧ください
次回もお楽しみに
夜留タクト




