第一話 因縁の音 前編
全国一万組近い応募の中から勝ち残り、バンドコンテスト決勝の舞台へと辿り着いた高校生たち。
かつて伝説と呼ばれた歌い手が復帰すると、いう噂が会場を揺らす中、隆志たちのバンドもまた、それぞれの想いを胸にステージへ向かう。
すれ違い、ぶつかり合いながらも少しずつ形になってきた五人の音。
一方、貴子と香織は互いに譲れないものを抱えたまま、静かに火花を散らしていた。
恋も、過去も、嫉妬も、憧れも——
すべてを抱えたまま、少年少女たちはこの夏のステージに立つ。
これは、
音に青春を賭けた、彼らの物語。
最後の曲が終わると、会場の熱気はさらに高まった。
演奏を終えたステージの四人は、緞帳が閉じ切るその瞬間まで音を鳴らし続ける。
「これからも僕たちをよろしくお願いします!!」
ボーカルの男が、大きく叫びながら手を振り続ける。絵に描いたような熱血タイプだ。
わずか十五分。
それだけで、会場は完全に彼らの空気に飲み込まれていた。
鳴り止まない拍手と歓声の中、二人の女子が小声で言葉を交わす。
「……アイツら、本当に同じ高校生?」
「マジそれ。いきなりこれはやばいわー」
ギャル口調の金髪——宇野山美羽は髪を指に絡めながら笑う。
「……あのボーカル、ああ見えてモテなそう」
「それな」
「……ベース、アドリブでも一切ブレなかった。
ドラムも、静かな曲でもずっと動いてるのに、ちゃんと収まってる」
「さすがすーすー。お目が高い」
茶髪ボブの女——丸山菫は、小さく息を吐いた。
「で、一番やばいのがあのギター。
手数も多くて動きも派手なのに、一音一音が雑じゃない。
一見浮いてるように聴こえるのに、ちゃんと芯に乗ってる」
「すーすー先生、解説あざっす!」
「……だからそのあだ名やめてって言ってるでしょ」
「えー可愛いじゃん。すーすー」
「ミントみたいで嫌。私ミント嫌いだから」
軽く言い合ってから、菫は視線をステージへ戻した。
「それにしても、優勝の特権かなり太っ腹よね」
「ね! ウチも思った〜!!」
菫は眼鏡を上げ、淡々と語り出す。
「このご時世に、あれだけのバックアップができるって、かなりの資産家でもないと難しいわよ」
「ほんそれ〜!」
何か裏がありそうだ、と言いたげな口ぶり。
その瞬間、菫の脳裏に、いつだか訪れた大豪邸が浮かび上がった。
——忘れたいはずの、あの夏。
押し殺すように息を吸い、再び口を開く。
「……そういえば、今回もいるのよね。あのお嬢様」
「すーすーからその話出るの珍しいね」
「対戦相手でしょ。調べるのは当たり前」
「まぁそっか。……かおたん、暴走しなきゃいいけど」
菫はわずかに目を細めた。
「……あのお嬢様といい、今のバンドといい。
このコンテスト、想像以上よ」
「それなー。マジぴえん」
「美羽。さっき“負けてない”って言ってなかった?」
「それはすーすーが余計な解説する前の話!
ウチそういうの聞くとすぐ緊張するタイプだし!」
美羽は落ち着かない様子で、金髪をいじり始める。
「——何弱気なこと言ってんだし」
振り返ると、奇抜なメイクの女——長野雪穂が立っていた。口調とは裏腹に、三つ編みは綺麗に結ばれている。
「雪穂。着替え終わったんだ」
「菫お待たせ。着替えいいよ」
「ねぇゆきゆき聞いてよ! すーすーがプレッシャーかけてくるの!」
「うるせぇよ。ここまで来たんだから、ギャーギャー言うな」
呆れた口調の奥に、わずかな優しさが混じる。
「一組目エグかったよ。完全に持ってかれてた」
「らしいね。……まぁ、なんとかなるでしょ」
「そういや雪穂。智子って見た?」
「え? まだ来てないの?」
「あー。ともっちならお兄さんのジム。もうすぐ来るって」
「ならいいや。私も準備してくる」
菫は立ち上がる。
控え室へ戻ろうとした、その時だった。
——廊下で、鉢合わせた。
憎き、お嬢様と。
「——あら。生きてたのね」
先に口を開いたのは、貴子だった。
菫は、黙ったまま睨み返す。
「髪も切ったのね。よく似合ってるわよ」
褒めているのか、貶しているのか分からない声音。
「それにしても驚いたわ。まだ音楽を続けていたなんて。
てっきり怖くなって、どこかで諦めたのかと——」
「相変わらずお喋りなお嬢様ね」
言葉を被せる。
思った以上に、声はよく通った。
「私は自分で決めたの。アンタにどうこう言われる筋合いはない」
「……そう」
ほんの一瞬の間。
貴子の口元が、わずかに歪む。
「ねぇ、知ってる?
歴史上、どんな人間が負けてきたか」
「聞かせてちょうだい。あなたの捻くれた見解」
「……情報不足と思い込み。
自分を過信して、都合のいい勘違いを疑わなかったやつ。
そういうのが、全部負けてる」
「……相変わらず博識で安心したわ」
——最初から勝負になっていない。
そう言われているような余裕。
「最近のお嬢様は、こんな程度の教養も身につけられないのね」
「あら、随分な言い草。誰にでも知らないことくらいあるでしょう?」
一歩。
距離が詰まる。
「驕ってるのは、どちらかしら」
一瞬、空気が凍る。
「……さっき、あなたたちのボーカル。
あのヒステリックちゃんに絡まれたわ」
「……」
「目つきは少し良くなったけれど、
妙な意地を張るところは相変わらずね」
淡々と、抉る。
「余計なことばかり考えていると——
せっかくの知識も、才能も、仲間も」
わずかな間。
「全部、ただのゴミになるわよ」
「……っ」
「聞く価値もない仲良しごっこのような音だけは、鳴らさないでちょうだいね。
——雑草のすみれちゃん」
その一言で、何かが切れた。
「なんでアンタはそんな言い方しかできないのよ!」
胸ぐらを掴む。
「私のことはいい!
でも、香織やメンバーを馬鹿にするのだけは許さない!」
火花のような視線。
だが貴子は、微動だにしない。
「別に、私は思ったことを言ってるだけよ」
「自覚があるから、突っかかってくるんじゃなくて?」
「今日は全国から優れ者が集まってるのよ。
私ごときの挑発で心を乱してるようじゃ、簡単に踏みつけられるわよ」
——その光景を、壁越しに見ている影があった。
香織だ。
息を殺し、拳を握り締める。
菫はついに手を振り上げる。
その瞬間——
「——うちの歌姫、傷つけないでもらえるか?」
隆志だった。
空気が、変わる。
菫の手が止まる。
「大丈夫か貴子? そろそろ戻るぞ。二組目終わる」
「ええ、ごめんなさい。少し昔話をしていただけよ」
——空気が、一変する。
「緊張していたみたいで。少し怖かったわ」
するりと距離を詰め、隆志に寄り添う。
「菫。お前らも出るんだな。七組目だっけ」
「……そうよ。隆志も元気そうね」
短い会話。
笑い声は、ほんの少しだけぎこちない。
「じゃ、戻るぞ。みんな待ってる」
「ええ」
貴子は、隆志の手を取る。
一瞬だけ——後ろを見る。
そして。
「頼りにしてるわよ。たぁくん」
わざと、響かせた。
——たぁくん。
その呼び方が、耳に残る。
本当なら。
私もあそこにいられたのに——
どうして。
どうしてあの子の隣で、そんな風に笑えるの。
香織は壁に手をつき、静かに息を吐いた。
ステージでは、三組目のバンドがセッティングを終え、ゆっくりと緞帳が上がっていく。
——子どもの頃の約束は、もう叶わない。
香織はその場に座り込んだまま、しばらく動けなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
出番前からバチバチの因縁が渦巻く回でしたが、いかがでしたでしょうか?
まだまだ物語は始まったばかりですが、今後とも引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
次回も、お楽しみに
夜留タクト




