プロローグ 幕開けの音
拍手が、やけに長く続いていた。
照明が落ちても、歓声だけが残る。
熱が、まだ空気に貼りついている。
十組中、二組目。
それだけで、会場は十分すぎるほど温まっていた。
「……レベル高いね」
「ウチらだって負けてないっしょ」
ショートボブと金髪の女子が、客席の熱気をそのまま浴びている。
壁越しでもわかる。空気が熱い。
気づけば、じわりと汗が滲んでいた。
楽屋では、今回のコンテストに集まった高校生たちの声が絶えない。
数人で話し合う男女や挨拶をする声が響き渡る。
彼らが参加しているバンドコンテストには、全国から一万組近くの応募があり、優勝バンドには、レーベル会社から二年間の制作費サポート。そして、十二月に控える国民的ロックバンドの武道館コンサートの前座に抜擢のチャンスが与えられる。
一月の動画審査、五月の予選オーディションを通過し、今日を迎えている。
その十組の頂点が、いよいよ決まる。
ギターベースを鳴らしたり、タブレットの画面に何かを書き込んだり、アイスを食べながら共通の好きなバンドの話で盛り上がったり、様々な音が既に飛び交っている。
そんな中、どこかの楽屋である噂が飛び交った。
——りさこわもが、再びステージに上がるらしい。
二年前。圧倒的な歌唱力で世間を騒がせ、一瞬で注目の的となった伝説の歌い手。彼らの世代で知らなかった者は、ほとんどいない。
突如として活動を辞めてしまった謎多き人物。
もちろん誰かが流した噂にすぎないのだが、もう一度歌うという声に、会場にいる観客のほとんども、その登場を待ち侘びている。
そんな噂に対抗するべく、ステージ上の四人の演奏は肥大化し、自分たちの世界へと引き込んでいく。
ギターの唸るようなチョーキングと、ズシっと刻まれるスネア。軽快な指捌きのベースがそこに混ざると、アイコニックに型を整えていく。
楽屋のモニターからも、その温度は一目でわかる。一人の少年が胡座をかき、あれぐらい俺にもできる、とでも言いたげな顔で左手を走らせている。赤みを帯びた髪に似た色のレスポール。
無意識に、隣に立てかけられたギターケースに目がいく。
付けられたアニメのキーホルダー通しが小さく揺れ、触れ合う。今日の結果を暗示するかのようなその動きに、思わずニヤけてしまう。
上機嫌に口ずさみながらリフを弾いていると、
「…今の音少し低い」
ヘアアイロンを通しながら、近くに座る少女が静かに言う。穏やかな声だが、芯がある。
「マジ?」
少年はすぐに開放弦を鳴らす。
アプリの表示も、わずかにズレていた。
「チューニングしたばっかなんだけどな〜。ありがとな。南」
「ってかさ、今日変なアドリブしないでよ」
「は?それお前だろ」
短い言い合い。
その様子を、ベースの白田真介は呆れたように見ていた。視線はすぐにモニターへ戻る。
その目つきは、まるで敵でも見るかのような睨み具合だ。
握った手が、わずかに震えている。
「……あの、白田先輩」
少しだけ間を置いてから、直居が声をかけた。
振り返る白田の目線に直居は少しビクっとした後、曲後半のキメについての相談を恐る恐る始めた。
見慣れたはずの白田の視線には、相変わらず慣れない。
スティックを握る手だけが、妙に強い。
「遠慮すんな。お前の音は芯がある。ドカっと行け」
「……はい」
頷きながらも、どこか迷いが残る。
それを見ていた南が、ひょいと肩を叩いた。
「好恵ちゃん大丈夫だよ。リラックスリラックス」
ふざけた口調のまま、全員の様子を一度だけ見渡してから、猫撫で声で直居にじゃれつく。整えたばかりのツインテールが、直居や白田の腕に触れた。
その振る舞いに、直居はどこかぎこちないまま笑った。
白田はわずかに椅子を引き、無言でフレーズを確かめる。
——勝たなければならない。
二組目ラストの曲になり、三組目のバンドが賑やかに廊下を歩いていく。
出番が、近づいてくる。
その中で、一人だけ姿がない。
「……ってかあの女は何やってんだよ」
白田が不機嫌に吐き捨てる。
「…貴子なら、アイツと大事な話をしてるよ」
少年はそれだけ言って、立ち上がった。
ステージから、ギターソロが流れ込んでくる。
繊細だが深みのある、芯の強い音。
こんなものを序盤に見せられて、黙っていられるはずがない。
——コンテストが終わったら、貴子と。
胸の奥で、何度も繰り返す。
♫♫♫
——同時刻。ライブホール裏口。
二人の少女が、向き合っていた。
通りに面した道路から、車の音と人の声が流れてくる。
蝉の声だけが、やけに大きい。
「……手抜いたら許さないからね」
黒髪の少女が、わずかに声を上ずらせる。
「……あら、また宣戦布告かしら。
そちらこそ、余計なことばかり考えて空回りしないことね」
背の高い女は静かに笑った。
立っているだけなのに、周囲と温度が違う。腕を組みながら、腰まで伸びた長い銀髪を風に揺らす。その余裕が、余計に気に食わない。
「アンタのそういうとこ、ほんとにムカつく」
「あらそう。私はあなたの執念深さ、嫌いじゃないわよ」
視線が、逸れない。
しばらくして、スマホが震えた。
うふふ、と上品に笑った後、
「……ごめんなさい。出番が近いみたいなので、戻るわね」
淡々と告げて、ポケットにしまう。
「お互い、頑張りましょうね。山岸香織ちゃん」
わざとらしく名前をなぞる。
名前を呼ぶまでに、ほんの一瞬、妙な間を感じた。
その背中に、香織は思わず声をかけた。
「……隆志は」
足が止まる。
「隆志は、絶対渡さないから」
一拍。
「——ちゃんと、決着つけよ。
全力でかかってきなさい!」
貴子は振り返らない。
ただ、わずかに口元を緩めた。
「楽しみね。……勝つのは私たちですけど」
それだけを残して、扉の向こうへ消える。
それぞれに、譲れないものがある。
若さゆえの意地かもしれない。
それでも、彼らは本気だった。
この夏に、すべてを燃やすつもりで。
これは、
音に青春を賭けた、少年少女たちの物語。
読んでいただきありがとうございます
拙い部分だらけかもしれませんが、初連載になります。
普段は音楽家として活動しております。
作家としても活動の幅を広げていきたい所存です。
よろしくお願いします。
夜留タクト




