第55話:荷を持たない旅は、一日ぶん道を縮めた
グランデリアを出てからの道中は、驚くほど順調だった。
いや、順調すぎたと言ってもいい。
大きな魔物に遭遇することもない。
盗賊らしき影もない。
天気も崩れない。
道も、以前よりずっと歩きやすく感じた。
もちろん、実際に道が整備されたわけではない。
土の道は相変わらずで、場所によっては石が転がり、木の根が張り出し、ぬかるみもある。
それでも、一行の足取りは軽かった。
理由は単純だった。
荷物がない。
正確には、荷物はすべてソータの《神速積載庫》に入っている。
ガルドも、エルザも、レオンも、バルクも、最低限の武器と身の回りのものだけを持って歩いている。
背負い袋に肩を引っ張られることもない。
食料の重さで腰が痛くなることもない。
水袋の残量を気にして歩幅を調整する必要もない。
ソータ自身も手ぶらだ。
見た目だけなら、散歩にでも行くような軽装に見える。
中身は、探索隊が数日生き延びられる量の物資を積んでいるのに。
(これ、改めて考えるとおかしいよな。)
(俺だけ何も持ってないみたいな顔で、実は一番持ってる。)
(前世のトラックより怖いな、このスキル。)
ソータがそんなことを考えながら歩いていると、前方を見ていたレオンが振り返った。
「ソータさん。」
「何?」
「これ、今日中にかなり進めますよ。」
「そうなのか?」
「はい。荷物がないだけで、全然違うっす。」
レオンは軽く肩を回した。
「普段なら、昼過ぎには肩と足に疲れが溜まってくるんですけど、今日はまだ余裕あります。」
エルザも同意するように頷いた。
「軽いわね。警戒しながら歩いていても、消耗が少ない。」
バルクが豪快に笑う。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
「俺なんか、盾だけで済むからな。背中が楽だ。」
「バルクさんの盾も十分重そうだけど。」
「盾は体の一部みたいなもんだ。」
「すごい感覚ですね。」
ガルドが短く言った。
「通常より速い。」
「やっぱり?」
「この調子なら、四日かかる道を三日以下で行ける。」
ソータは少し驚いた。
「そんなに変わるんですか?」
「変わる。」
ガルドの答えは短い。
だが、重みがあった。
エルザが補足する。
「荷物を背負っていると、速度だけではなく休憩回数も増えるわ。足も痛めやすい。水の消費も増える。無理をすれば翌日に響く。」
「なるほど。」
「今回は荷がないから、歩幅も乱れにくいし、休憩も短くて済む。ソータ、あなたの収納は移動にもかなり効いているわ。」
ソータは自分の胸のあたりを見た。
そこに荷物があるわけではない。
だが、確かにそこに全部入っている。
「運ぶって、荷物を持つだけじゃないんだな。」
ぽつりと呟くと、エルザが少し笑った。
「今さら?」
「いや、改めて。」
レオンが前を向きながら言う。
「これ、商隊にいたらめちゃくちゃ欲しがられる力っすよ。護衛の疲労が全然違う。」
バルクも頷く。
「疲れた護衛は弱いからな。荷物で潰れてないだけで、戦える。」
ガルドが低く言った。
「補給線が軽くなる。軍でも価値がある。」
「軍。」
ソータは少し嫌な響きを感じて、眉を寄せた。
ガルドはその反応に気づいたのか、静かに続ける。
「だから、知られすぎるのは危険だ。」
「ミレイユも似たようなこと言ってました。」
「正しい。」
ソータは小さく息を吐いた。
便利な力。
人を助ける力。
村と街をつなぐ力。
けれど、使い方を間違えれば、誰かに利用される力でもある。
(ミレイユが守ろうとしてくれてるの、ほんとありがたいな。)
そう思った瞬間、頭の中に彼女の声が蘇った。
(私のことを少しでも忘れたら許さないわ。)
ソータは少し笑った。
レオンが振り返る。
「どうしたんすか?」
「いや、最重要項目を思い出した。」
「ミレイユ様っすね。」
「即答するな。」
「だって分かりやすいんすもん。」
エルザがくすりと笑った。
「忘れたら怖いものね。」
「忘れません。」
「その返事、本人の前より素直ね。」
「本人の前だと緊張するからな。」
バルクが大きく笑った。
「いいじゃねえか。帰る場所がある男は強いぞ。」
ソータは少し照れた。
だが、否定はしなかった。
確かに、帰る場所がある。
グランデリアの商会。
ミレイユのいる場所。
そして、これから戻る村。
どちらも、もう他人の場所ではなくなっていた。
◇
一日目は、予定よりもかなり進んだ。
途中で休憩は取ったが、いつもより短く済んだ。
ソータが食料と水をすぐに出せるからだ。
荷ほどきもない。
袋を探す必要もない。
鍋や火道具を奥から引っ張り出す必要もない。
必要な時に、必要なものがすっと出る。
それだけで、休憩の質が変わる。
夕方には、以前なら二日目の昼近くに通るはずの場所まで来ていた。
レオンが周囲を確認しながら、少し呆れたように言った。
「本当に早いっすね。」
「そんなに?」
「はい。荷馬車なしで、荷物もなし。しかも食事と水の心配がない。そりゃ早いっす。」
エルザが小さく頷く。
「それでも疲れていないのが大きいわ。普通なら、速く進んだ分だけ消耗しているはずなのに。」
バルクが肩を回す。
「俺はまだ歩けるぞ。」
ガルドが即座に言った。
「今日はここで止まる。」
「おう。」
バルクは素直に頷いた。
ソータは少し感心する。
ガルドの判断は迷いがない。
まだ進める。
だが、進まない。
明日のために余力を残す。
それが、経験のある者の判断なのだろう。
「じゃあ、野営準備します。」
ソータはそう言って、《神速積載庫》から野営道具を出した。
大きなものは出さない。
今日はまだ普通の道中だ。
森の奥ではない。
それでも、雨避けの布、寝具、食事用の道具、簡単な防衛用の紐と鳴子を出す。
レオンが木に紐を結ぶ。
エルザが周囲を確認する。
バルクが簡単な火の場所を作る。
ガルドが無言で薪を割る。
ソータは食料と水を出す。
流れが早い。
誰も細かく指示しなくても、それぞれが動く。
(ちゃんと隊になってきてるな。)
ソータはそう思った。
自分は剣を振るわない。
弓も使わない。
盾にもなれない。
だが、こうして皆が動きやすいように荷を出せる。
それは、ちゃんと役に立っている。
「ソータ。」
ガルドが声をかけてきた。
「はい。」
「野営の準備が早い。」
「そうですか?」
「早い。」
ガルドは短く言い、それから少しだけ間を置いた。
「これは北の森でも助かる。」
ソータは少し照れた。
「ありがとうございます。」
エルザも言う。
「昨日までミレイユ様が言っていた意味が、実際に歩くとよく分かるわ。あなたの力は、戦闘前後に効く。」
「戦闘前後?」
「ええ。戦う前に疲れない。戦った後に休める。これ、かなり大事よ。」
レオンが鳴子を結びながら頷く。
「あと撤収も早いっすね。荷物まとめる時間がほぼないですもん。」
バルクが鍋を覗き込む。
「飯も早い。」
「バルクさんはそこですね。」
「そこだ。」
ソータは笑った。
温かいスープの匂いが、夕方の空気に混じる。
前世の配送仕事では、移動中にこんなふうに仲間と火を囲むことはなかった。
コンビニの駐車場で急いで弁当を食べたり、車内で冷めたパンをかじったり。
それはそれで仕事だった。
だが、今は違う。
荷物を運びながら、仲間を休ませている。
それが不思議だった。
そして、少し嬉しかった。
◇
二日目も、大きな問題は起こらなかった。
朝の撤収は驚くほど早かった。
火を消し、周囲を確認し、道具を片づける。
普通なら寝具を畳み、袋へ詰め、背負い直し、重さを分ける必要がある。
しかしソータがいれば、分類ごとに収納して終わりだ。
バルクが笑いながら言った。
「撤収が早すぎて、忘れ物が不安になるな。」
「それ、ちょっと分かります。」
ソータは頷いた。
「前の仕事でも、早く終わりすぎると逆に不安になることありました。」
レオンが聞く。
「忘れ物したことあるんすか?」
「ないとは言わない。」
「あるんすね。」
「人間だからな。」
エルザが少し笑う。
「それで、今回は?」
「確認済み。」
「偉いわね。」
「ミレイユに叱られたくないので。」
「動機が正直ね。」
ガルドが静かに言う。
「良い動機だ。」
「いいんですか。」
「結果が良ければいい。」
ソータは妙に納得した。
(ミレイユに叱られたくない。)
(かなり強い安全確認動機だな。)
そんなことを考えながら歩いていると、道はだんだん見覚えのある景色になってきた。
村に近い森。
以前通った道。
遠くに見える丘。
ソータの胸が少し軽くなる。
グランデリアは大きな街だ。
商会も屋敷も居心地は悪くない。
いや、ミレイユがいるのでかなり大事な場所になっている。
だが、この村にも別の温かさがある。
最初に世話になった場所。
リーナとマルタに出会った場所。
魔猪と戦い、ゴブリンから守り、少しずつ自分の居場所になっていった場所。
(戻ってきたな。)
まだ村は見えていない。
それでも、そう感じた。
昼過ぎ。
村を囲む柵が見えた。
見張り台の上にいた村人が、こちらに気づいて手を振る。
少し遅れて、声が上がった。
「ソータさんたちが戻ったぞ!」
その声は、村の中へ広がっていった。
ソータたちは歩く速度を少し緩める。
レオンが周囲を見ながら言った。
「二日で着いたっすね。」
「予定より早いのか?」
「早いっす。普通なら村からグランデリアまで四日くらい見ます。戦える人間だけで急げば三日。でも、これだけ余裕を残して二日は普通じゃないっす。」
エルザも頷く。
「一日早い、というより、消耗を抑えたまま一日縮めたのが大きいわ。」
バルクが肩を回す。
「疲れてないからな。着いてすぐ動ける。」
ガルドが短く言う。
「これは大きい。」
ソータは改めて驚いた。
早く着くこと。
それ自体も価値がある。
だが、それ以上に、疲れていない状態で着くことが重要なのだ。
荷物がない分、足は軽い。
食事や水の心配も少ない。
野営の準備と撤収も早い。
その積み重ねが、道を縮めた。
(物流って、こういうところにも出るんだな。)
(速さだけじゃない。)
(疲れを減らすのも、運ぶ力か。)
ソータは少しだけ胸を張った。
誰にも気づかれない程度に。
だが、エルザには気づかれた。
「少し誇らしそうね。」
「顔に出てました?」
「出ていたわ。」
「俺の顔、本当に向いてないな。」
「何に?」
「隠し事。」
「そうね。」
即答だった。
◇
村の入口には、すぐに人が集まってきた。
村長。
マルタ。
リーナ。
何人もの村人たち。
トムもまだ少しふらつきながら、酒場の前からこちらを見ていた。
リーナはソータを見つけると、ほっとしたように表情を緩めた。
「ソータさん!」
「ただいま。」
ソータがそう言うと、リーナは一瞬だけ泣きそうな顔になった。
だが、すぐに笑顔を作る。
「おかえりなさい。」
「うん。」
「早かったですね。」
村長も驚いたように言った。
「二日で戻られるとは。」
ガルドが答える。
「荷がない分、速かった。」
「荷がない?」
村長が首を傾げる。
ソータは少し苦笑する。
「荷物は全部俺の収納に入れてます。だから、みんなほとんど手ぶらで歩けたんです。」
村人たちがざわつく。
「そんなに違うのか?」
「二日も早く?」
「疲れてないように見えるぞ。」
バルクが笑う。
「実際、疲れは少ないな。普通の移動より楽だった。」
レオンも頷く。
「野営も撤収も早いっすし、水や食料の心配も少ないんで。」
エルザが村人たちへ言う。
「ソータがいると、ただ荷物を持たなくていいだけではないの。休憩も早く、移動も安定する。護衛としてもかなり助かるわ。」
村長は深く息を吐いた。
「改めて、とんでもない力ですな。」
「いや、俺は入れて運んでるだけで。」
「その“だけ”が村を変えるのですよ。」
村長の言葉に、村人たちが頷いた。
ソータは少し困る。
褒められるのはまだ慣れない。
そこへマルタが近づいてきた。
「無事で何よりだよ。」
「はい。ただいま戻りました。」
「で、ミレイユ嬢ちゃんは?」
「商会に残ってます。村の品を売る準備とか、契約書の処理とかで。」
「そうかい。働き者だねえ。」
「かなり。」
ソータが素直に言うと、マルタはにやりとした。
「寂しそうだね。」
「え?」
「顔に出てるよ。」
「ここでも?」
ソータは思わず顔を押さえた。
リーナが小さく笑う。
少しだけ寂しそうでもあったが、以前より柔らかい笑みだった。
「ミレイユさん、元気でしたか?」
「うん。忙しそうだけど元気だった。リーナの軟膏も、ちゃんと売れる形にするって言ってた。」
リーナの目が大きくなる。
「本当ですか?」
「本当。」
ソータは頷いた。
「薬草軟膏、商会でかなり評価されてた。容器を変えて、少量から試験販売するって。」
リーナの手が胸の前でぎゅっと握られる。
「私の……。」
「リーナの作ったものが、街で売れるかもしれない。」
リーナは言葉を失った。
マルタが娘の肩を叩く。
「よかったじゃないか。」
「うん……。」
リーナは涙をこらえるように笑った。
ソータは少し胸が温かくなる。
(ちゃんと伝えられてよかった。)
すると、頭の中にミレイユの声がまた浮かぶ。
(私のことを少しでも忘れたら許さないわ。)
(忘れてない。)
(ちゃんと、今も思い出してる。)
ソータは心の中でそう返した。
◇
村長の家へ移動し、すぐに話し合いが始まった。
集まったのは、村長、マルタ、リーナ、トム、ソータ、護衛四人。
ダンはまだ体調が戻りきっていないため、今日は休んでいる。
ソータはまず、《神速積載庫》から一つの封書を取り出した。
クラウゼン商会の印が押された、正式な封書。
それを両手で村長へ差し出す。
「ミレイユから預かってきました。」
村長の表情が引き締まる。
「これは?」
「クラウゼン商会との仮契約書です。村の名産品を試験的に扱うためのものだそうです。」
部屋の空気が変わった。
村長は両手で封書を受け取る。
その手つきは、祈るように慎重だった。
「ついに、ここまで……。」
マルタも腕を組んだまま、深く頷く。
「本当に商会と契約するんだねえ。」
「はい。」
ソータはミレイユから渡された控えを出した。
「簡単な説明も預かってます。細かいところはミレイユが後で直接説明するそうですけど、まずは内容だけ。」
ソータは紙を見ながら説明した。
薬草軟膏の試験販売。
乾燥薬草の規格化。
干し肉、香草、蜂蜜の少量取引。
木工品の改善点。
初回分の容器代や販路調整はクラウゼン商会が支援すること。
利益配分。
正式契約は試験販売後に改めて協議すること。
輸送はソータが担当すること。
村長は一つ一つ頷きながら聞いていた。
リーナは薬草軟膏のところで、少しだけ肩を震わせた。
マルタはそんな娘を見て、何も言わずに笑っていた。
「ソータ殿。」
村長は契約書を前にして、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「俺は運んだだけです。」
「その運んだだけが、どれほど大きいか。」
村長は顔を上げる。
「この村の品が街へ届き、商会が形にしてくれる。今までは夢のような話でした。」
ソータは少し照れた。
しかし、今回は否定しすぎないことにした。
ミレイユに言われたからだ。
感謝は受け取りなさい、と。
「ちゃんと、村へ届けられてよかったです。」
そう言うと、村長は嬉しそうに頷いた。
マルタがにやりとする。
「おや、感謝を受け取るのがうまくなったじゃないか。」
「ミレイユに教わりました。」
「だろうね。」
「分かるんですか。」
「分かるさ。」
マルタは楽しそうに笑った。
◇
次に、北の森の準備について説明した。
ソータの収納には、探索用の物資がすでに揃っていること。
護衛四人の役割も決まっていること。
ただし、すぐに奥へ突っ込むのではなく、初回は道と手掛かりの確認が目的であること。
危険なら撤退すること。
霧や迷いの可能性があること。
それらを話すと、リーナの顔が少し青くなった。
「霧……ですか。」
「うん。アルベールさんが、北の森には霧に守られた場所があるって言ってた。」
トムが寝台代わりの椅子に腰かけたまま、顔をしかめる。
「ああ……俺も聞いたことがある。」
「トムさんも?」
「あの森は、深いところへ入ると道が分からなくなる。音も変に響く。霧が出ると、本当に同じ場所を歩いてるみたいになるって。」
レオンが真剣な顔になる。
「やっぱり、迷いの地形か何かがあるっすね。」
エルザも頷く。
「魔法的なものか、地形によるものかは分からないけれど、警戒は必要ね。」
ガルドが短く言う。
「無理はしない。」
バルクも頷く。
「帰れなくなったら意味がねえからな。」
リーナは膝の上で手を握りしめていた。
ソータはその様子を見て、静かに言う。
「リーナ。」
「はい。」
「薬包、ちゃんと持ってる。すぐ出せる場所に入れてる。」
リーナの目が揺れた。
「ありがとうございます。」
「それから、ミレイユが言ってた。」
「ミレイユさんが?」
「リーナは待つだけじゃないって。薬を作って、俺たちを帰す準備をしてるんだって。」
リーナは息を呑んだ。
マルタが少し驚いたようにソータを見る。
リーナはしばらく言葉を出せなかった。
そして、ゆっくり目を伏せる。
「……ミレイユさんが、そんなことを。」
「うん。」
「そう、ですか。」
リーナは小さく笑った。
泣きそうな笑顔だった。
けれど、前より少し強い。
「じゃあ、もっと薬を準備します。」
「無理しなくていい。」
「無理じゃありません。」
リーナは顔を上げた。
「私にできることですから。」
ソータは頷いた。
「助かる。」
「はい。」
ミレイユとリーナ。
二人の間には、まだ複雑なものがある。
けれど、少しずつ何かが変わっている。
ソータはそう感じた。
◇
話し合いが終わる頃には、夕方になっていた。
村には、ソータたちが戻ったことと、商会との仮契約書が届いたことが広まっていた。
広場には人が集まり、村長が契約について簡単に説明した。
村の品が、正式に街へ向かう。
薬草軟膏も、干し肉も、香草も、蜂蜜も。
すぐに大金が入るわけではない。
だが、続くかもしれない流れが生まれた。
村人たちは、どこか夢を見るような顔をしていた。
「うちの薬草が街で売れるのか。」
「干し肉もだってよ。」
「籠も直せば売れるかもしれないって。」
「リーナの軟膏、すごいじゃないか。」
リーナは何度も褒められ、困ったように笑っていた。
マルタはそれを見て、誇らしそうだった。
ソータは少し離れて、その光景を見ていた。
ガルドたち護衛四人も、村の空気を静かに見守っている。
レオンが小声で言った。
「村、変わりそうっすね。」
「ああ。」
ソータは頷いた。
「変わると思う。」
「ソータさんが運んだからっすね。」
「俺だけじゃない。ミレイユが形にして、村の人たちが作ったものがあって、みんなが動いたからだ。」
「でも、運ばなきゃ始まらないっすよ。」
ソータは黙った。
その言葉は、素直に受け取ることにした。
「そうだな。」
レオンが少し驚いた顔をした。
「否定しないんすね。」
「感謝とか評価は、受け取れって教わった。」
「ミレイユ様っすね。」
「そう。」
「分かりやすいっす。」
「うるさい。」
レオンは笑った。
エルザも隣で小さく笑う。
「いい変化ね。」
「そうですか?」
「ええ。自分の価値を少しずつ分かってきた顔をしているわ。」
「まだよく分かってないですけど。」
「それでも、前よりはましよ。」
「まし扱い。」
バルクが大きな手でソータの肩を叩いた。
「十分だ。強いやつほど、自分の強さを分かってないと危ねえからな。」
ガルドも頷いた。
「自覚は武器になる。」
ソータは村の広場を見た。
笑う村人たち。
薬草軟膏を抱えるリーナ。
契約書を大事そうに持つ村長。
腕を組んで笑うマルタ。
そこに、ミレイユはいない。
けれど、彼女の仕事は確かにここに届いている。
(忘れてないよ、ミレイユ。)
ソータは心の中で呟いた。
(ちゃんと届いた。)
(契約書も。)
(村の希望も。)
(あなたの言葉も。)
夕焼けが村を赤く染めていく。
北の森は、まだその先にある。
霧の噂。
青い石。
リーナの父。
不安は消えない。
けれど、今はまず一つ届けた。
運送屋として、ちゃんと荷を降ろした。
ソータは小さく息を吐いた。
明日からは、北の森へ向かう最後の準備が始まる。




