第51話:村の荷は、街で価値を見せ始めた
村の入口には、いつもより多くの人が集まっていた。
畑へ出る前の男たち。
水汲みを終えた女たち。
眠そう子どもたち。
村長。
マルタ。
リーナ。
そして、まだ体を起こすのがやっとのトムまで、酒場の戸口からこちらを見ていた。
ソータはその視線を受けながら、少しだけ背筋を伸ばす。
(ただ街に戻るだけなんだけどな。)
(いや、違うか。)
(村の荷物を持っていくんだ。)
見た目には何も持っていない。
だが、村人たちは分かっている。
ソータの中には、村の希望が積まれている。
そう思うと、ただの出発では済まなくなった。
「ソータ殿。」
村長が杖をつきながら前へ出た。
「よろしくお願いいたします。」
「はい。ちゃんと届けます。」
ソータは頷いた。
「品の状態も、商会で確認してもらいます。売り方も、ミレイユが考えてくれますから。」
そう言うと、村人たちの視線がミレイユへ向いた。
ミレイユは落ち着いた顔で一歩前に出る。
「まずは試験販売です。」
声はよく通った。
「すぐに大きな利益を約束することはしません。けれど、この村の品には価値があります。私はそれを街で確かめ、売れる形に整えます。」
村人たちが黙って聞く。
「大切なのは、一度売って終わることではありません。次も欲しいと思わせることです。そのためには品質を揃え、無理なく続けられる量を守る必要があります。」
村長が深く頷いた。
「承知しました。」
「こちらも、買い叩くつもりはありません。きちんと契約書にします。村にとっても、商会にとっても、続けられる形にしましょう。」
その言葉で、村人たちの顔が少し明るくなった。
契約。
品質。
続けられる形。
どれも、昨日までの村ではあまり聞かなかった言葉だ。
けれど、不思議と遠いものではなくなっている。
ソータが運び、ミレイユが形にする。
それだけで、村と街の距離が少し縮まった気がした。
マルタが腕を組んで笑う。
「嬢ちゃん、頼んだよ。」
「はい。」
「うちのリーナの軟膏、変な値段で売ったら承知しないからね。」
「適正な価値で売ります。」
「ならいいさ。」
リーナはその横で、少し緊張した顔をしていた。
ソータは彼女に近づく。
「リーナ。」
「はい。」
「軟膏、ちゃんと預かってる。」
「お願いします。」
「街で見てもらって、戻ったら必ず報告する。」
「はい。」
リーナは小さく頷いた。
それから、少しだけ迷って、薬包を差し出した。
「これ、北の森の探索用です。」
ソータは受け取る。
昨日話していた薬だ。
傷薬。
疲労回復用の薬草。
熱を下げる葉。
虫除けの香草。
小さな袋の中に、丁寧に分けられている。
「ありがとう。」
「街で準備するものもあると思いますけど、村の薬も持っていってください。」
「ああ。助かる。」
リーナはソータを見上げた。
「帰ってきてくださいね。」
「もちろん。」
「それと……。」
「うん?」
「ミレイユさんも、気をつけてください。」
ミレイユが少し驚いた顔をした。
「私?」
「はい。街での準備も、北の森のことも、きっと大変だと思うので。」
リーナの声は少しぎこちなかった。
けれど、そこに敵意はなかった。
ミレイユは一瞬だけ黙り、それから穏やかに頷く。
「ありがとう。あなたの薬、きちんと役立てるわ。」
「はい。」
二人の間の空気が、少しだけ柔らかくなった。
ソータはそれを見て、ほっとする。
(いい方向に行ってる……よな。)
そう思った瞬間、ミレイユがちらりとこちらを見た。
「何か嬉しそうね。」
「え?」
「何でもないわ。」
言葉はそっけない。
だが、顔はそれほど怒っていない。
(これは、たぶん許されてる。)
ソータは勝手にそう判断した。
◇
出発する一行は、ソータ、ミレイユ、ガルド、エルザ、レオン、バルク。
来た時と同じ顔ぶれだ。
ただし、今回は空気が違う。
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村を救うための緊急移動ではない。
村の品を街へ届けるための輸送だ。
もちろん北の森探索の準備という目的もある。
だが、荷物の意味があるだけで、ソータの心は少し落ち着いた。
(やっぱり、運ぶ仕事だと思うと楽だな。)
(いや、北の森の準備もあるから楽じゃないけど。)
(でも、方向は分かる。)
村人たちに見送られながら、一行は道を進む。
朝の空気は澄んでいた。
森の影はまだ濃いが、昨日までのような重さは少し薄れている。
ゴブリン村を壊したことで、少なくとも村の近くに残っていた大きな脅威は減った。
完全な安全ではない。
それでも、少し前へ進める。
レオンが先頭を歩きながら言った。
「今回は普通に街まで戻るんすか?」
「そのつもりだけど。」
ソータが答えると、ミレイユが横から言う。
「荷の状態を優先するなら、夜間高速運送で先に運ぶ選択肢もあるわ。」
「俺一人で先に?」
「ええ。ただし、生き物は運べないのでしょう?」
「うん。俺だけなら行けるけど、みんなは無理だな。」
「なら、急ぎの荷だけを夜に先行輸送して、あなたは戻ってくるという方法もある。」
ソータは少し考えた。
《夜間高速運送》。
夜限定。
異様な速さで移動できる。
生き物は一緒に運べないが、非生物の荷物は運べる。
村からグランデリアまで、通常なら四日ほど。
だが、このスキルを使えば、ソータだけなら一気に移動できる。
非常識にもほどがある。
(冷静に考えると、とんでもないな。)
(前世の有料道路どころじゃない。)
ソータが考え込んでいると、エルザが言う。
「ただ、ソータ一人で夜に動かすのは危険ではないかしら。」
ガルドも頷く。
「周囲の護衛ができん。」
バルクが腕を組む。
「荷が急ぐならともかく、今回はそこまで無茶しなくてもいいんじゃねえか。」
ミレイユは少しだけ考えた。
「確かに。薬草軟膏や干し肉は急速に傷むものではありません。蜂蜜も問題ない。初回ですし、今回は私たちも一緒に街へ戻る形でいいでしょう。」
「普通に戻る?」
「ええ。ただし、途中で品の状態確認はするわ。」
「了解。」
レオンが振り返って笑う。
「なんか、本当に輸送隊って感じっすね。」
「実際、輸送隊だろ。」
ソータが言うと、レオンは頷いた。
「いや、前は戦闘とか救出の感じが強かったんで。今回は荷物が主役っすね。」
「荷物が主役。」
ソータは少し笑った。
「いいな、それ。」
ミレイユが隣で小さく頷く。
「ええ。商売では、主役にするべき荷を間違えてはいけないわ。」
「なるほど。」
「ただし。」
「ただし?」
「私にとっては、あなたもかなり重要な荷……いえ、人材よ。」
「今、荷物扱いしかけたな。」
「していないわ。」
「目が泳いでる。」
「あなたに言われたくないわ。」
エルザが後ろで笑った。
「お互い様ね。」
バルクがうんうんと頷く。
「いいじゃねえか。大事な荷物は丁寧に扱えってな。」
「俺は荷物じゃないです。」
「だが、丁寧には扱われたいだろ?」
「それは……まあ。」
ミレイユがすかさず言う。
「なら、まずあなた自身が自分を丁寧に扱いなさい。」
「はい。」
即答した。
護衛たちが少し驚いた顔をする。
ミレイユは満足そうに頷いた。
「よろしい。」
◇
道中は、思ったより穏やかだった。
もちろん警戒はしている。
ガルドとバルクは常に周囲を見ているし、エルザとレオンも気配に敏感だ。
だが、大きな魔物は現れない。
ゴブリンの痕跡も、村の近くよりずっと薄い。
昼過ぎ、少し開けた場所で休憩を取ることになった。
ソータは《神速積載庫》から敷布と水袋、マルタが持たせてくれた弁当を取り出した。
弁当が出た瞬間、バルクの顔が明るくなる。
「待ってました。」
「バルクさん、分かりやすいな。」
「飯は大事だ。」
ガルドも無言で頷いた。
「ガルドさんまで。」
「飯は大事だ。」
低い声で同じことを言った。
ソータは笑いそうになる。
エルザは呆れたように肩をすくめるが、自分も弁当を受け取る手は早い。
レオンはすでに水袋を開けていた。
ミレイユは弁当を見て、少し目を丸くする。
「また量が多いわね。」
「マルタさんだからな。」
「あなた、どれだけ食べると思われているの?」
「いや、俺だけじゃなくてみんなの分だろ。」
「それにしても多いわ。」
ソータは中身を確認する。
干し肉。
焼いた芋。
固めのパン。
香草を挟んだ肉。
豆の煮物を包んだもの。
そしてなぜか甘い焼き菓子まである。
「完璧だな。」
ソータが呟くと、ミレイユも認めるように頷いた。
「商会の保存食担当に見せたいくらいね。」
「マルタさん、商会で働けそうだな。」
「本気で引き抜いたら、村に怒られるわ。」
「やめておこう。」
弁当を食べながら、ミレイユは村の品の話を続けた。
「干し肉は、やはり香草との組み合わせが良いわね。」
彼女は肉を一口食べて言う。
「塩味だけだと他の品と競争になる。でも、この香草の風味があれば特徴になる。」
バルクが頷く。
「俺は塩だけでも好きだぞ。」
「あなたは大抵の肉が好きでしょう。」
「否定はしねえ。」
エルザが干し肉を見ながら言う。
「冒険者向けなら、硬さはむしろ利点かもしれないわ。噛んでいると空腹が紛れるもの。」
レオンも頷く。
「軽くて長持ちなら、斥候にもありがたいっす。」
ミレイユはすぐに板へ書き込む。
「冒険者向け。斥候向け。噛みごたえを利点として売る。」
「今のも売り文句になるのか?」
ソータが聞くと、ミレイユは当然のように言った。
「なるわ。」
「すごいな。」
「商品の長所は、使う人によって変わるの。硬い、という欠点も、長く噛める、という利点になる。」
「なるほど。」
ソータは感心した。
前世でも、同じ荷物でも届ける相手によって意味が違った。
会社に届く部品。
家庭に届く家具。
誰かへの贈り物。
届ける側からすれば荷物でも、受け取る側にはそれぞれ違う価値がある。
ミレイユは、その価値を見つけるのがうまい。
「ソータ。」
「何?」
「また感心した顔をしているわ。」
「してた。」
「素直ね。」
「ミレイユはすごいなって思って。」
ミレイユの手が止まった。
耳が少し赤くなる。
「……食事中に急に言わないで。」
「褒めたんだけど。」
「分かっているわ。」
「じゃあいいだろ。」
「よくないわ。心の準備があるの。」
「褒められるのに?」
「あなたに、よ。」
ソータは今度こそ黙った。
周囲が微妙ににやにやしている。
エルザは弁当を食べながら、明らかに楽しんでいた。
レオンは顔を伏せて笑いをこらえている。
バルクは普通に笑っている。
ガルドは無表情だが、焼き芋を食べる手がややゆっくりになっている。
(見られてる。)
(すごく見られてる。)
ミレイユもそれに気づいたのか、咳払いした。
「とにかく、村の品は期待できます。」
「まとめたな。」
「仕事の話に戻したのよ。」
「はい。」
◇
グランデリアが見えてきたのは、翌日の昼過ぎだった。
高い城壁。
人の行き来。
荷馬車の列。
村とは比べものにならないざわめき。
街へ戻ってきた。
ソータは門の前で、少し不思議な気分になる。
最初に来た時は、武器を探し、何も分からず、商会に連れて行かれた。
その時は、まさか自分が村の名産品を積んで戻ってくるとは思っていなかった。
(人生、何があるか分からない。)
(いや、異世界転移してる時点で今さらか。)
門番はミレイユを見ると、すぐに態度を改めた。
「クラウゼン商会のミレイユ様。お戻りですか。」
「ええ。通していただける?」
「もちろんです。」
手続きは驚くほど早かった。
ソータは小声で言う。
「すごいな、ミレイユ。」
「商会の信用よ。」
「それもすごい。」
「あなたも、その信用の中に入っているのだから自覚しなさい。」
「俺も?」
「ええ。ソータはクラウゼン商会の重要協力者として、すでに門にも通してあるわ。」
「いつの間に。」
「必要だから。」
ミレイユは当たり前のように言った。
(囲い込みが早い。)
(いや、協力者。協力者だから。)
ソータがそんなことを考えていると、ミレイユが横目で見る。
「何か失礼なことを考えたでしょう。」
「考えてない。」
「本当に?」
「重要協力者って響きがすごいなって。」
「実際、重要よ。」
ミレイユは真顔で言う。
「あなたの価値は、まだこの街のほとんどが知らない。でも、知れば必ず動く者が出る。」
「動く者?」
「取り込もうとする者。利用しようとする者。奪おうとする者。」
声が少し低くなった。
「だから、商会の信用の内側に入っていなさい。少なくとも、今はその方が安全よ。」
ソータは少しだけ背筋が冷えた。
自分の能力の大きさ。
それをミレイユはずっと現実的に見ている。
便利だ、すごい、だけでは済まない。
知られれば狙われる。
だから守る枠が必要になる。
「分かった。」
「素直ね。」
「今のは、ちゃんと分かった。」
ミレイユは少しだけ表情を緩めた。
「ならいいわ。」
バルクが後ろで小さく言う。
「ミレイユ様、完全に囲い込みだな。」
エルザが答える。
「愛と商売、両方ね。」
「聞こえているわよ。」
ミレイユが言った。
「聞こえるように言ったのよ。」
エルザは涼しい顔だった。
レオンが小声で笑っている。
ガルドは無言で歩いている。
(この護衛たち、だいぶミレイユに遠慮がなくなってるな。)
(いいことなのか?)
◇
クラウゼン商会に着くと、店の中はすぐに騒がしくなった。
ミレイユが帰ってきた。
しかも、村の新しい商品候補を持ち帰った。
それだけで、使用人や番頭たちの顔つきが変わる。
「会頭代理、お戻りなさいませ。」
「長旅、お疲れ様です。」
「品物はどちらに?」
ミレイユは迷いなく指示を出した。
「奥の検品室を空けて。薬草担当、食品担当、木工品の査定ができる者を呼んで。記録係も一人。清潔な布と計量器も用意して。」
「かしこまりました。」
「それと、容器職人に使いを出して。小型の軟膏瓶の見本を三種類。」
「すぐに。」
「干し肉は冒険者向けの販路も確認するわ。掲示板近くの取引担当にも声をかけて。」
「はい。」
指示が早い。
迷いがない。
商会の人間たちも慣れているのか、すぐに動く。
ソータは横で完全に感心していた。
(村で見てもすごかったけど、商会だとさらにすごいな。)
(ここがミレイユの本拠地なんだな。)
ミレイユが振り返る。
「ソータ。」
「はい。」
「検品室へ品を出して。」
「了解。」
ソータは案内された部屋に入った。
そこは広い作業台がいくつも置かれた部屋だった。
明るく、清潔で、道具も揃っている。
村の広場とは違う。
ここは商品を見るための場所だ。
ソータは作業台の上に、順番に品を出していく。
薬草軟膏。
乾燥薬草。
干し肉。
香草。
蜂蜜。
木工品。
編み籠。
魔猪素材。
一つ出すたび、商会の者たちが目を丸くする。
荷馬車も箱もないのに、次々と品物が現れるのだ。
当然の反応だった。
「こ、これをすべて収納されていたのですか?」
薬草担当らしい中年の男が聞いた。
「はい。」
「状態が……まったく崩れていない。」
食品担当の女性も驚いていた。
「干し肉の包みも潰れていませんね。」
ソータは少し照れる。
「そこは、気をつけて積んだので。」
「積んだ?」
「中で分類してるんです。潰れやすいものは上に。匂いの強いものは分けて。瓶は固定する感じで。」
商会の者たちが一斉に黙った。
ミレイユは少し誇らしげに微笑む。
「彼はただ収納できるだけではありません。積み方と管理ができるのです。」
「会頭代理。それは……。」
「ええ。」
ミレイユは頷いた。
「輸送の常識が変わります。」
部屋の空気が変わった。
ソータは少し居心地が悪くなる。
(そんな大きな話にしないでほしい。)
(いや、大きいのか。)
(大きいよな。)
前世では当たり前だった荷扱いの感覚。
それが、この世界では特別な価値になる。
ミレイユはそれを分かっている。
だから、隠しすぎず、見せすぎず、必要な相手にだけ見せている。
「この場で見たことは、商会内でも必要な者だけに留めなさい。」
ミレイユが静かに言った。
使用人たちの背筋が伸びる。
「ソータの能力は、商会にとっても村にとっても重要です。不用意に広めれば、余計な者を呼びます。」
「承知しました。」
「はい。」
ソータはミレイユを見る。
彼女は商人の顔をしていた。
でも、その言葉の奥に、自分を守ろうとする意志があることは分かった。
(本当に、ちゃんと考えてくれてるんだな。)
そう思うと、胸が少し温かくなる。
◇
検品が始まった。
最初は薬草軟膏だった。
薬草担当の男と、薬品を扱う女性が小瓶を開け、香り、色、伸びを確認する。
ミレイユは隣でじっと見ている。
ソータも少し緊張した。
リーナが作ったものだ。
自分が作ったわけではないのに、なぜか落ち着かない。
「どう?」
ミレイユが聞く。
薬草担当の男は真剣な顔で頷いた。
「悪くありません。いえ、かなり良いです。」
「具体的に。」
「香りが穏やかで、肌に乗せた時の刺激が少ない。薬草の処理が丁寧です。辺境の村で作ったものとしては、非常に出来がいい。」
ソータはほっとした。
ミレイユも少しだけ表情を緩める。
「改良点は?」
「容器ですね。今の小瓶は悪くありませんが、販売用としては密閉が弱い。保存期間を確認する必要があります。」
「予想通りね。」
女性担当者も頷く。
「旅人向けより、まずは家庭用の傷薬として売る方が良いかもしれません。刺激が少ないので、子どもにも使いやすい印象です。」
ミレイユの目が光る。
「なるほど。家庭用。村の優しい傷薬、という方向ね。」
「はい。」
ソータは心の中でリーナに報告する。
(よかったな、リーナ。)
(ちゃんと評価されてるぞ。)
その瞬間、隣から視線を感じた。
ミレイユだった。
少しだけ目が細い。
「ソータ。」
「はい。」
「顔。」
「え?」
「嬉しそうすぎるわ。」
「あ。」
商会の者たちが妙な顔で二人を見る。
ソータは慌てて咳払いした。
「村の品が評価されて嬉しいです。」
「そういうことにしておくわ。」
「そういうことです。」
ミレイユはふっと笑う。
怒ってはいない。
ただ、釘は刺している。
(街に戻っても通常運転だ。)
ソータは少し安心した。
次に乾燥薬草、香草、干し肉が見られる。
乾燥薬草は品質にばらつきがあるが、香りと効能は期待できる。
香草は干し肉との組み合わせが良い。
干し肉は食品担当者から高評価だった。
「この香草味は面白いですね。」
食品担当の女性が言う。
「保存性を確認する必要はありますが、冒険者向けに試せます。」
バルクが小声で言った。
「俺は買う。」
エルザが横目で見る。
「あなたは試験販売前から顧客ね。」
「うまかったからな。」
レオンも頷く。
「俺も携帯用なら欲しいっす。」
ミレイユはすぐに記録係へ言う。
「護衛二名、購入希望。冒険者向けの需要あり。」
「はい。」
「俺たちも資料扱いか?」
バルクが笑う。
「立派な試食意見よ。」
ミレイユが即答する。
「光栄だな。」
◇
蜂蜜は少量だったが、評価は高かった。
香りが濃い。
花の癖が少しある。
量が少ないため、大量販売には向かない。
だが、高級菓子店や薬用素材として扱える可能性がある。
木工品と編み籠は、実用品としては悪くない。
ただし、見た目の統一と仕上げが必要。
魔猪素材は、別の担当者が食いついた。
「この牙は加工できます。」
「革も状態が良いですね。」
「毛皮は処理次第です。」
どんどん話が広がっていく。
ミレイユはそれを整理し、価格案、改良点、販売先を分けていく。
ソータはその横で品を出し、必要なら一度戻し、別の机へ移す。
普通なら人手と荷車が必要な作業だ。
だが、ソータがいると配置替えが一瞬だった。
「薬草はこちら。」
「はい。」
「干し肉は向こうの台へ。」
「はい。」
「木工品を大きさ別に。」
「了解。」
言われるままに動かしていると、商会の者たちがまた驚いていた。
「作業台の配置替えまで……。」
「これは検品が早いですね。」
「倉庫管理に欲しい……。」
最後の一言に、ミレイユがぴくりと反応した。
「ソータは貸し出しません。」
即答だった。
部屋が静かになる。
ソータも固まる。
「いや、ミレイユ。」
「何?」
「そこまで強く言わなくても。」
「必要なことよ。」
「倉庫管理くらいなら手伝っても……。」
「駄目。」
「駄目なのか。」
「駄目。」
ミレイユはきっぱり言う。
「あなたは便利だからといって、何でも引き受けすぎるの。商会内でそれを許すと、全員があなたを頼り始めるわ。」
「そんなに?」
「ええ。あなた一人で倉庫が回るなら、人は楽な方へ流れる。」
「なるほど。」
「だから、使いどころを絞る必要がある。あなたはただの便利な収納係ではないの。」
ミレイユの声には、商人としての厳しさがあった。
同時に、ソータを雑に扱わせない強さもあった。
ソータは少し黙ってから頷く。
「分かった。」
ミレイユは表情を少し緩める。
「よろしい。」
エルザが小声で言う。
「完全に管理されているわね。」
レオンが答える。
「でも、ソータさんには必要そうっす。」
「聞こえてるぞ。」
「聞こえるように言いました。」
「遠慮がない。」
バルクが笑う。
「いいことだ。」
ガルドも短く言った。
「必要な管理だ。」
「ガルドさんまで。」
◇
夕方までに、試験販売の方針はほぼ決まった。
薬草軟膏は、容器を変えて少量販売。
乾燥薬草は、規格を揃えて薬草店へ卸す。
香草味の干し肉は、冒険者向けに限定販売。
塩味の干し肉は、旅人向けの保存食として試す。
蜂蜜は高級素材として、まず商会の取引先に見せる。
木工品と編み籠は、仕上げの改善点を村へ伝える。
魔猪素材は加工職人へ相談。
ミレイユはそれらをまとめた板を見て、満足そうに頷いた。
「十分ね。」
「すごいな。」
ソータは素直に言った。
「一日でここまで決まるのか。」
「品が良かったこと。商会の人材が揃っていたこと。そして、あなたが運んだことで状態が崩れていなかったこと。」
ミレイユはソータを見る。
「全部が噛み合った結果よ。」
「俺も役に立った?」
「当然でしょう。」
ミレイユは少しだけ目を細める。
「あなたがいなければ、これだけの品をこの状態で運ぶだけでも大仕事よ。村からグランデリアまで普通に運べば、荷傷みもあるし、日数もかかる。」
「まあ、そうか。」
「あなたは、村の価値をそのまま街へ届けたの。」
ソータはその言葉に、少しだけ胸が詰まった。
村の価値を届ける。
それは、今まで言われたどんな褒め言葉よりもしっくりきた。
(そうか。)
(俺は、それをしたのか。)
荷物を届ける。
それだけじゃない。
価値を届ける。
作った人の思いも。
村の未来も。
そこに込められた努力も。
「いい言葉だな。」
ソータが呟くと、ミレイユは少しだけ照れた。
「思ったことを言っただけよ。」
「ありがとう。」
「……どういたしまして。」
そのやり取りを、商会の者たちが少し微笑ましそうに見ていた。
ミレイユがそれに気づき、咳払いをする。
「仕事に戻りなさい。」
「はい。」
全員が慌てて動き出す。
ソータは少し笑いそうになった。
だが、ミレイユの目がこちらへ向いたので、真顔に戻した。
(危ない。)
◇
その夜。
ソータたちはグランデリアの屋敷へ戻った。
屋敷の執事アルベールは、いつものように静かに迎えた。
「お帰りなさいませ、ミレイユ様。ソータ様。」
「ただいま、アルベール。」
「お世話になります。」
ソータが頭を下げると、アルベールは柔らかく微笑む。
「ソータ様がお戻りになると、屋敷の空気が少し賑やかになりますな。」
「俺、そんなに騒がしいですか?」
「いえ。ミレイユ様の表情が変わりますので。」
ミレイユがぴくりと反応した。
「アルベール。」
「失礼いたしました。」
全然失礼したと思っていない顔だった。
(この執事さん、やっぱり強い。)
ソータは内心で思う。
アルベールは何も知らないふりをして、使用人たちへ指示を出す。
「お風呂の準備はできております。お食事も軽めにご用意いたしました。護衛の皆様のお部屋も整えております。」
「ありがとう。」
「それと、ミレイユ様。」
「何かしら。」
「容器職人への使いは、先ほど戻っております。明日の午前には見本が届くとのことです。」
「早いわね。」
「お急ぎかと思いまして。」
ミレイユは満足そうに頷いた。
「助かるわ。」
「光栄です。」
アルベールはそこで、ほんの少しだけソータを見た。
「北の森の件も、調べられる範囲で情報を集めております。」
ソータは驚いた。
「もう?」
「ミレイユ様が戻られた時に必要になるかと。」
ミレイユが静かに言う。
「さすがね。」
「恐れ入ります。」
ソータは改めて思った。
クラウゼン商会は大きい。
ミレイユだけが有能なのではない。
彼女を支える人間たちも動きが早い。
その中でも、アルベールはやはり何か普通ではない。
(元冒険者で高位魔法使い……って話だったよな。)
(この人、絶対ただの執事じゃない。)
アルベールが微笑む。
「何か?」
「いえ、何でもないです。」
「そうでございますか。」
読まれている気がする。
かなり読まれている気がする。
◇
食事を終え、護衛たちもそれぞれ休みに入った後。
ソータは屋敷の小さな談話室で、ミレイユと向かい合っていた。
机の上には、今日の検品結果がまとめられた板と紙が並んでいる。
村の品。
販売方針。
改善点。
そして、北の森に関する情報を書いた紙。
ミレイユは紙を一枚手に取った。
「明日は、まず容器の見本を確認するわ。薬草軟膏の売り方を固める。」
「うん。」
「それから、冒険者向けの干し肉を少量出す。反応を見るために、信頼できる客に限るわ。」
「うん。」
「午後には、北の森探索の物資を揃える。防寒具、縄、松明、薬、予備武器、簡易寝具。沢が多いなら防水布も必要ね。」
「うん。」
「聞いている?」
「聞いてる。」
「返事が全部同じよ。」
「いや、すごいなと思って。」
ミレイユは少しだけ眉を上げる。
「また?」
「また。」
「今日はよく褒めるわね。」
「本当にすごいから。」
ミレイユの頬が少し赤くなる。
「……そういう言い方は、危険だわ。」
「危険?」
「私が調子に乗る。」
「乗っていいんじゃないか?」
「あなたに甘やかされると、歯止めが利かなくなるかもしれないわ。」
ソータは少し固まる。
ミレイユは自分で言っておきながら、目を逸らした。
「今のは忘れて。」
「無理かな。」
「忘れなさい。」
「はい。」
返事だけした。
たぶん忘れられない。
ミレイユはそれを察したのか、じっと睨んできた。
「顔。」
「何も考えてない。」
「嘘ね。」
「少しだけ。」
「少しなら許すわ。」
許された。
基準が分からない。
ソータは苦笑した。
ミレイユは紙を置き、少し真面目な顔になる。
「ソータ。」
「うん。」
「北の森へ行くのは、危険よ。」
「分かってる。」
「トムの話を聞く限り、ただの森ではないわ。地形、霧、音の反響、青い石、祠。何かある。」
「うん。」
「リーナのお父様の手掛かりは探す。でも、無理に奥へは行かない。」
「分かってる。」
「撤退の判断は、あなたが迷ったらガルドに従いなさい。」
「俺が判断じゃないのか?」
「あなたは人助けになると判断が甘くなるわ。」
即答だった。
ソータは言葉に詰まる。
「否定できない。」
「だから、戦闘と撤退の最終判断はガルドの意見を重く見る。補給と段取りはあなた。全体の計画は私が組む。」
「なるほど。」
「適材適所よ。」
「俺の適材は荷物?」
「荷物と、人を帰すこと。」
ミレイユはまっすぐ言った。
「あなたの強さは、敵を倒すことだけではないわ。全員を帰す準備ができることよ。」
ソータは黙った。
その言葉は、胸に深く入ってきた。
全員を帰す。
それは、ソータが一番しっくりくる強さだった。
勝つことよりも。
倒すことよりも。
届けて、戻る。
それが運送屋だ。
「そうだな。」
「ええ。」
「俺、ちゃんと帰すよ。」
ミレイユの目が少し揺れた。
「あなた自身も含めてよ。」
「分かってる。」
「本当に?」
「本当に。」
ミレイユはしばらくソータを見ていた。
そして、少しだけ息を吐く。
「信じるわ。」
「ありがとう。」
「ただし、更新制よ。」
「またか。」
「信用は積み重ねるものよ。」
「商人らしいな。」
「恋人としてもよ。」
ミレイユはそう言って、そっと手を伸ばした。
机越しに、ソータの手に触れる。
指先が重なる。
昼間の忙しさが、少しずつ遠のいていく。
屋敷の外は静かだった。
街の夜のざわめきが、遠くに聞こえる。
「ソータ。」
「うん。」
「村の品は、きっと売れるわ。」
「うん。」
「北の森も、きっと手掛かりを見つける。」
「うん。」
「でも、あなたは一人で全部背負わないで。」
ソータはミレイユの手を握り返した。
「分かった。」
「今度は、軽くない返事ね。」
「ちゃんと返事した。」
「よろしい。」
ミレイユは少し笑った。
その笑顔は、商会で見せる会頭代理のものではなかった。
ソータだけに向ける、少し甘い顔だった。
(まずいな。)
(この顔、かなり好きだ。)
そう思った瞬間、ミレイユの目が細くなる。
「今、何を考えたの?」
「言わない。」
「言いなさい。」
「言ったらミレイユが照れる。」
「……言わなくていいわ。」
「いいのか。」
「今は。」
ミレイユは頬を赤くしたまま、手を離さなかった。
明日も忙しい。
村の品を売る準備。
北の森の装備。
情報集め。
再び村へ戻るための段取り。
けれど今だけは、手の温かさを感じていた。
荷物は届いた。
村の価値は、街で確かに形を持ち始めた。
そして次は、北の森へ向かう準備が始まる。
ソータはミレイユの手を握りながら、胸の中で静かに思った。
(ちゃんと運ぼう。)
(村の品も。)
(リーナの願いも。)
(ミレイユとの約束も。)
どれも、落とせない荷物だった。




