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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第4話:魔猪退治は、まず準備から

 翌朝。


 田島壮太は、目を覚ました瞬間に天井を見上げた。


「……夢じゃないよな。」


 木の梁。

 知らない家。

 藁の匂い。

 遠くから聞こえる鶏の鳴き声。


 どう考えても異世界だった。


(うん。

 知ってた。

 知ってたけど、朝一で確認したくなるんだよな)


 そして同時に、昨夜のことも思い出す。


 風呂。

 ステータス。

 《神速積載庫》。

 そしてリーナの背中流し。


「……刺激が強いんだよ、この村。」


 ぼそっと呟いてから、壮太は顔を洗い、居間へ出た。


 すると、すでに朝食の匂いが家中に広がっていた。

 焼いたパンと、野菜のスープ、それに卵料理の香ばしい匂いだ。


「おはよう、ソータ!」


 マルタが豪快に笑う。

 今日も朝から元気だった。


「おはようございます。」


「よく眠れたかい?」


「はい。

 久しぶりにちゃんと眠れました。」


「そりゃよかったよ!」


 食卓にはリーナもいた。

 髪を後ろでまとめ、朝の光の中で少し眠たそうに瞬きをしている。


「おはようございます、ソータさん。」


「おはようございます。」


 顔を合わせた瞬間、なぜかお互い少しだけ気まずくなった。

 昨夜のことを思い出したのだろう。


(やめろ。

 意識するな。

 普通にしろ俺)


「きょ、今日も薬草取りに行くんですか?」


「はい。

 昨日は途中で戻ってしまったので。」


「そうですか。」


「もしよかったら、ご一緒しませんか?」


 壮太は少し考えた。


 この世界のことは、まだ全然わからない。

 だが、森に出れば多少は動ける。

 何より、昨日見たステータスが頭から離れなかった。


 レベル1。

 補助スキルは全部未解放。


(どう考えても、何かしないと上がらないよな)


(運んでも上がるのか。

 戦っても上がるのか。

 そのへん確認したい)


「行きます。」


「本当ですか?」


「はい。

 護衛にもなりますし。」


 リーナの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


(その笑顔は反則だろ)


(いや、いい。

 すごくいい)


 朝食を終えたあと、二人は籠を持って村の外れへ向かった。

 畑の横を通ると、何人かの村人が集まって何やら険しい顔で話している。


「またやられたのか。」


「このままじゃ芋も豆も残らんぞ。」


「夜中に柵を壊して入ってきたらしい。」


 壮太とリーナが近づくと、村人の一人が顔を上げた。


「おう、リーナちゃん。

 薬草取りかい。」


「はい。

 どうしたんですか?」


 すると、年配の男が畑を指差した。

 畝がいくつもぐちゃぐちゃに掘り返されている。

 新芽も根も、無惨に食い荒らされていた。


「魔猪だよ。」


「マチョ……。」


 リーナの顔が固まった。


 壮太は首をかしげる。


「魔猪って、強いんですか?」


「強いなんてもんじゃない。」

 別の女が顔をしかめた。

 「猪みたいな見た目で、でかくて、硬くて、気性が荒い。

 畑を荒らすし、人も襲う。

 昔からこの辺りじゃ厄介者さ。」


 マルタの夫。

 リーナの父親たちが、二年前に退治しに行ったきり帰らなかった相手。


 その事実を思い出したのか、リーナは小さく唇を噛んだ。


「また、出たんですね……。」


「このままじゃ村の食い扶持が危ない。」

 年配の男が低く言った。

 「だが、下手に手を出しても返り討ちだ。」


 その会話を聞きながら、壮太は畑の荒れ具合を見つめた。


(レベル上げ。)


(たぶん必要だ。)


(それに、こいつを放っておいたら村が困る。)


(村が困るってことは、リーナもマルタさんも困る。)


(しかも前に父親たちがやられてる相手なら、なおさらだ。)


 壮太は一歩前へ出た。


「俺、やってみます。」


「ソータさん!?」


 リーナが振り向く。

 村人たちも目を丸くした。


「おいおい、あんた昨日来たばかりだろう?」


「無茶だ。」


「魔猪は角牙兎とは違うぞ。」


「わかってます。」


 壮太は自分でも驚くほど落ち着いた声で答えた。


「でも、放っておけないですし。

 それに俺も、この世界で生きていくなら強くならないといけない。」


 本音だった。

 運ぶ力はある。

 だが今のままでは、森の中を一人で歩くのも危うい。


「だから、退治の手を考えます。」


 真正面からそう言うと、村人たちは顔を見合わせた。

 リーナは心配そうだったが、最後には小さく息を吐いた。


「……無茶はしないでくださいね。」


「しません。」


(たぶん。)


(いや、たぶんじゃ駄目だろ)


 その日の薬草取りを終え、家へ戻ると、壮太はすぐに準備を始めた。


 まずは武器。

 この村に立派な装備はない。

 だから使えるものを工夫するしかない。


 太めの木の棒。

 先を削って尖らせた杭。

 家畜用の丈夫な縄。

 錆びかけた古い刃物。

 鍬の柄。


 それらを組み合わせ、簡単な槍と、足止め用の刺し杭をいくつも作る。


「へえ……。」


 作業を見ていたマルタが感心したように言った。


「あんた、手先が器用だねえ。」


「荷物の固定とか、積み方とか、前に色々やってたので。」


「ふうん。

 変なところで頼りになる男だね。」


(変なところ、ではある)


 次は罠だ。


 縄を張る位置。

 踏み抜きそうな柔らかい地面。

 重石に使えそうな石。


 壮太は頭の中で何度も手順を組み立てた。


(正面から勝てる気はしない。)


(だったら足を止める。)


(止めて、囲んで、確実に仕留める。)


(配送も同じだ。

 危ない荷物は勢いで扱わない。

 段取りで勝つ)


 作った武器や罠の部材は、片っ端から《神速積載庫》へ収納した。

 触れるたびに消え、頭の中へ「積んだ」という感覚だけが残る。


「……便利だな、やっぱり。」


 これがあれば、持ち運びの苦労はない。

 必要な時に必要なものを出せる。

 準備さえしておけば、現場で慌てなくて済む。


 夕方になると、村長までやって来た。

 白髭の細い老人で、見るからに苦労人という顔をしている。


「ソータ殿。」


「はい。」


「マルタの家にしばらく泊まってくれるそうだと聞いた。」


「その予定です。」


「できれば、村にいる間はあの家の用心棒代わりも頼みたい。」


 壮太は少しだけ目を瞬かせた。


「用心棒、ですか?」


「リーナの父が戻らなくなってから、女二人暮らしでな。

 村の者も気にはかけているが、夜のことまでは毎日見られん。」


 村長は申し訳なさそうに頭を下げた。


「もちろん、食事と寝床はこちらで面倒を見る。

 それに、魔猪退治のことも含めて、できる限り協力しよう。」


 壮太は黙ってマルタとリーナを見た。


 マルタは腕を組んでいたが、少し照れくさそうに笑う。

 リーナは「お願いします」と言いたげにこちらを見ていた。


(いや、願ったりかなったりでは?)


(拠点できる。

 飯うまい。

 風呂ある。

 しかも人助けにもなる)


(ただし、毎晩あれがあるのか……)


 最後の一点だけ、壮太の理性に重大な負荷をかけていた。


「わかりました。」


 壮太はうなずいた。


「俺でよければ、しばらくここに置いてください。」


「助かるよ!」

 マルタが豪快に笑った。

 「これで少し安心だ!」


 リーナもほっとしたように笑う。


「ありがとうございます、ソータさん。」


(その笑顔のためなら、まあ頑張れるか)


 そうして、壮太はマルタたちの家をしばらくの拠点にすることを決めた。

 レベル上げ。

 魔猪退治。

 そしてこの世界での生活基盤づくり。


 考えることは多い。

 だが、妙に悪くない気分だった。


 そして夜。


 案の定、風呂の時間になるとマルタが腕を組んで言った。


「リーナ。」


「……はい。」


「今日もちゃんと行っといで。」


「やっぱり行くんですね……。」


「当たり前だろう!」


 壮太は湯船の中で天井を見上げた。


「毎日なのか……。」


(いや、ありがたいのか。

 ありがたいのかもしれない。

 でもありがたすぎて心臓がもたない)


 がらり、と戸が少し開く。


「ソータさん……。」


 昨日と同じく、リーナがタオル姿で顔を出した。

 今日は昨日よりも少しだけ慣れたのか、でもやっぱり恥ずかしそうだった。


「昼のお礼の続き、です。」


「続くんですか……?」


「続くらしいです。」


 二人そろって少し困った顔になる。


 だが結局、壮太はまた目をぎゅっと閉じて、背中を預けることになる。


(落ち着け。

 これは日課だ。

 もう日課なんだ)


(異世界の日課、癖が強すぎるだろ)


 背中に湯がかかる。

 布が肩を撫でる。

 今日も本当に、それだけだ。


 それだけなのに。


(駄目だ。

 慣れる気がしない)


(でも、悪くない。

 むしろかなり……いや、そこは考えるな)


 リーナが背中を流しながら、小さく言った。


「魔猪、本当に気をつけてくださいね。」


「はい。」


「無理だと思ったら、逃げてください。」


「はい。」


「約束ですよ。」


 壮太は少しだけ笑った。


「約束します。」


 背中越しに、リーナの気配が少しだけやわらかくなる。


 そのぬくもりを感じながら、壮太は静かに息を吐いた。


 レベルを上げる。

 魔猪を倒す。

 この村を守る。


 やることは、もう決まっている。


 そしてたぶん。


 この村での暮らしは、思ったよりずっと長く、自分の中に残ることになるのだろう。

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