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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第10話:朝になると、村じゅうが妙ににやにやしていた

 翌朝。


 ソータは、妙な違和感で目を覚ました。


 やけに天井が近い。


 体も少し痛い。


「……あ。」


 そうだった。


 昨夜は床で寝たのだ。


 月明かりの中で、眠ってしまったリーナを自分のベッドへ寝かせて。

 自分は毛布を持って床へ移動した。


「腰が痛いな……。」


(四十歳の魂に床寝はちょっときつい。)


(いや、体は二十なんだけど。)


(でも感覚は完全に中身基準なんだよな。)


 そう思いながら身を起こし、そっとベッドを見る。


 毛布の中には、まだリーナがいた。


 規則正しい寝息。

 少し乱れた髪。

 朝のやわらかな光の中で見ると、昨夜よりもずっと無防備に見える。


「……よく寝てるな。」


(どうするこれ。)


(起こすか?)


(でも起こした瞬間、状況を理解して真っ赤になる未来しか見えない。)


 その時。


 廊下の向こうから、どすどすと力強い足音が近づいてきた。


 ソータの背筋がぴんと伸びる。


(来た。)


(この足音は、たぶんマルタさん。)


 次の瞬間。


 こんこん。

 と、ノックらしい音がした。


「ソータ、起きてるかい?」


 やはりマルタだった。


「は、はい!」


 思わず声が裏返る。


 その声で、ベッドの上のリーナもぴくりと動いた。


「ん……。」


 薄く目を開ける。

 ぼんやりしたまま天井を見て。

 次にソータを見て。

 それから自分がベッドに寝ていることに気づいた。


「……え。」


 数秒、沈黙。


 そして顔がみるみる赤くなる。


「え、ええっ!?」


「しーっ!」


 ソータが慌てて口元へ指を当てるが、もう遅い。


 扉の向こうのマルタが、妙に嬉しそうな声を出した。


「へえ。」


(終わった。)


 がちゃり、と扉が開く。


 マルタは部屋の中を一目見て、にやりと笑った。


 床に毛布を敷いているソータ。

 ベッドの上で真っ赤になっているリーナ。

 状況としてはかなり誤解を招く。


「朝から若いねえ。」


「違います!」

 二人同時に叫んだ。


 声が揃いすぎて、余計に怪しい。


 マルタは腕を組み、楽しそうに頷いた。


「そういう息の合い方を見せられると、なおさら説得力がないねえ。」


「いや、本当に違うんです!」

 ソータは慌てて立ち上がった。

 「昨日、話をしに来て、そのまま眠ってしまって……!」


「わ、私が勝手に眠っちゃっただけで!」

 リーナも毛布を抱えたまま必死だ。

 「ソータさんは何もしてません!」


「へええ。」


 マルタの笑みが深くなる。


(この“へえ”絶対信じてないやつだ。)


「まあ、あんたが床で寝てるあたり、本当に何もしてないんだろうね。」


「だからそう言ってるじゃないですか。」


「でも、うちの娘が安心して寝ちゃうくらいには、いい男だったってことだろう?」


「お、おかあさん!」


 リーナがますます赤くなる。


 ソータも返事に困って視線を泳がせた。


(朝から処理しきれん。)


(この親子、距離感が強い。)


 結局、リーナは慌てて部屋を飛び出していった。

 その後ろ姿を見送りながら、ソータは深く息を吐く。


 しかし、騒ぎはそれで終わらなかった。


 朝食の席に着く頃には、すでに近所のおばちゃん二人が様子を見に来ていた。


「リーナ、あんた朝早くからソータの部屋にいたんだって?」


「ち、違います!」


「違わないだろう、その顔は。」


「違いますってば!」


 さらに別の村娘が、にこにこしながらソータへ言う。


「やることが早いですね、ソータさん。」


「やってません。」


「でも、そういうの嫌いじゃないです。」


「だからやってませんって。」


 否定しても、なぜか誰もまともに信じてくれない。


 むしろ村の空気が妙に温かい。


(何だこの感じ。)


(誤解なのに、村ぐるみで祝福ムードっぽいぞ。)


 しかも、リーナは否定しつつも、どこか少し嬉しそうだった。

 いや、嬉しいというより、嫌がってはいない。


 それがまた周囲を盛り上がらせる。


「いやあ、リーナも隅に置けないねえ。」


「あんないい男を捕まえるなんて。」


「つ、捕まえてません!」


 リーナが叫ぶ。


 その横でマルタが、朝のスープをよそいながら笑っていた。


「まあ、捕まえるなら早い方がいいよ。」


「おかあさん!」


 ソータは頭を抱えたくなった。


(俺、まだこの村に来て何日だ。)


(なのに何でこんな身内みたいな扱いになってるんだ。)


 だが、悪い気はしなかった。


 騒がしくて。

 ちょっと恥ずかしくて。

 でも、温かい。


 朝食のあと、村長が改めて家へやって来た。


「ソータ殿。」


「はい。」


「昨日の件、村として正式に礼を言いたい。」


 村長は深々と頭を下げた。


「魔猪退治。

 あれでうちの畑は救われた。

 今後もしばらく、この村へ滞在してもらえないだろうか。」


 ソータは少し目を瞬いた。


「正式に、ですか。」


「うむ。」


 村長は頷く。


「寝床と食事は引き続きこちらで用意する。

 その代わりと言っては何だが、用心棒も兼ねて、この村にいてほしい。」


 横でマルタも腕を組んだ。


「そういうことだよ。」


「うちとしても助かるしね。」


 リーナもそっとこちらを見る。

 期待と不安が混じったような顔だった。


(どうするも何も。)


(もう答え、出てるだろ。)


 ソータは軽く笑った。


「お願いします。」


 その一言で、リーナの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」


「はい。」


「よかった……。」


 小さく漏れたその声が、やけに嬉しそうで。

 ソータは少しだけ照れた。


 村長は満足そうに髭を撫でる。


「では、しばらくは正式にうちの村の客人……いや、もう仲間だな。」


 その言葉に、ソータは少しだけ胸の奥が熱くなった。


 仲間。


 前世でそんなふうに言われることはあっても、生活そのものへ迎え入れられる感覚は少なかった。


 ここでは、違う。

 魔猪を倒したからだけではない。

 荷を運び。

 村人を助け。

 笑って飯を食って。

 そういう積み重ねの中へ、自分がちゃんと入ってきているのがわかった。


(……悪くないな。)


(いや、かなりいいな。)


 その日の昼には、さっそく小さな頼まれごとがいくつも舞い込んできた。


「ソータさん、この薪、納屋まで運んでくれませんか?」


「この壺、落とすとまずいんでお願いできます?」


「酒樽を戻すの、また手伝ってくれ!」


 気づけば、ソータは村のあちこちを《神速積載庫》で走り回っていた。


 それを見たマルタが、台所から声を張る。


「ほら見な、やっぱりあんたはこの村に必要なんだよ!」


「そんな大げさな。」


「大げさじゃないよ!」


 その横でリーナが、何だか誇らしげに笑っていた。


「ソータさん、人気者ですね。」


「朝の噂のせいでは。」


「それもありますね。」


 さらっと認められて、ソータは苦笑した。


 でも、その笑いはもう嫌なものではなかった。


 この村にいる。

 この村で役に立つ。

 そして、少なくとも一人は、自分がここにいることを本気で喜んでくれている。


 それだけで十分、ここに残る理由になった。


 夕方。

 畑の向こうへ沈む夕日を見ながら、ソータは静かに息を吐いた。


「しばらく、ここが拠点か。」


(いいじゃないか。)


(飯はうまいし、人はあったかいし、風呂もある。)


(……背中流しの件だけは、いまだに慣れないけど。)


 その時、後ろからリーナの声がした。


「ソータさん。」


「はい?」


 振り向くと、リーナが少しだけ照れた顔で立っていた。


「今日も……その。」


「はい。」


「お背中、流しますね。」


「やっぱり続くんですね……。」


「続きます。」


 妙に真面目な顔で言い切られて、ソータは空を見上げた。


(拠点としては最高だが、理性にはやや厳しいな……。)


 そう思いながらも、口元は少しだけ緩んでいた。


 異世界の村暮らしは、まだまだ賑やかになりそうだった。

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