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初夜については11月2日の活動報告にて。

「……さま。……かおくさま……。若奥様!」


 とろとろと微睡んでいたイザンバは肩を揺すられてハッとした。ぼんやりとした視界に心配そうな表情のリンダの顔が映る。


「お疲れなのですね。リラックスしてくださるのは嬉しいですが湯船では危険かと」


「へ? ……ああ、ごめんなさい。気持ちよくてつい。うー、もうベッドにダイブしたい……」


 折を見てパーティーを抜けたイザンバは現在入浴中だ。

 ウエディングドレスを身に纏った時から続いていた緊張感に彼女はすでに疲労困憊。丁度いい湯加減と四肢や頭皮に施される側付きたちの巧みなマッサージが睡魔を少しずつ誘い出し、いつの間にか瞼が落ちていた。

 出来ることなら今すぐベッドで横になりたくてたまらない、というイザンバにヴィーシャは揶揄うようにコロコロと笑った。


「心配せんでも今から放りこみますよ。大事な初夜なんやし頑張ってくださいね」


 初夜、と聞いただけで恥ずかしさに火照る肌。両腕を取られているため隠すことも出来ないが、それでも彼女は足掻いた。


「それ延期になりません?」


「なりません」


「ですよねー」


 あり得ない希望にピシャリと四人が声を揃えた。往生際が悪いにも程がある。

 だが、イザンバも言ってみただけとでも言うように一つ息を吐くと、そのまま彼女たちに身を任せた。


「それにしても……若奥様、髪もお肌もツヤツヤですね! これは若様も喜ばれますよ!」


「ええ、実にいい仕事です。私たちは最後の仕上げに手を添えるだけになりそうですね」


 透明感に満ちた明るく滑らかな肌。艶のある豊かな髪。決して一朝一夕で成るものではなく、初夜の直前に慌てて磨く必要は何もない、とリンダとヘザーはその仕上がりに感心しきりだ。


「シャスティがものすごく頑張っていたからな」


 その頑張りを見ていたジオーネがドヤ顔である。


「若奥様、この状態を維持しましょう。美は一日にして成らずですよ」


「そこはよく分からないのでお任せします」


「かしこまりました」


 ヘザーの言葉に「それは前も聞いたな」なんてもうすでに感じる懐かしさ。

 丸投げにしてごめんね、と苦笑を浮かべるイザンバにヘザーは気を悪くした様子もなく。彼女を磨く、その役目はしっかりと引き継がれた。

 ふやけてしまう前に湯から上がったイザンバだが、バスローブ姿でリンダから難しい選択を強いられている。


「若奥様、どちらをお召しになりますか?」


 四人の手にあるのは華やかなワンピース型のベビードールランジェリー。


「情熱的な赤!」


「清楚な白!」


「御髪の色である魅惑的な黒!」


「それとも瞳の色であるエレガンスな緑!」


「さぁ、どちらになさいますか⁉︎」


 デザインが異なる透け感のあるランジェリーを手に四人がいい笑顔で迫ってくるではないか。

 たまらずイザンバは叫んだ。


「私が決めるんですか⁉︎」


「今日まで耐えたご主人様の為です」


 赤を持つジオーネは真面目な声音で言い切って。


「……いつもみたいにお任せは?」


「あきません。さぁ、どれにしはりますか?」


 今ばかりは聞かない、と黒を持つヴィーシャもつれない。

 それでも選べずにいると白を持つリンダが少し違う攻め方をしてきた。


「ご心配なさらなくても若様の休暇はたっぷりとありますから」


「どれを最初にお選びいただいても日替わりでお目を楽しませる事が出来るかと」


「ファッ⁉︎」


 緑を持つヘザーが結局全部着るんだよ、と無情に告げた。


 彼の「楽しみにしてる」という声が蘇り、気恥ずかしさにウロウロと視線を彷徨わせた。

 直視した今までにないセクシーさに茹だっては自分が着ている姿を想像して身悶えする。

 たが、イザンバは知っている。彼女の意思で選んだものに、どれだけコージャイサンが喜んでくれるか。

 そして、とうとう……羞恥で顔を真っ赤にしながらも震える指先でそれを選んだ。


「かしこまりました」


「寝室まではガウンを羽織りますからご安心ください」


 四人に守られながら、彼女は自らの足で行く。

 再度全身を襲う緊張感。思考はひたすらに羞恥心と逃げ出したい衝動にぐるぐるとするばかりで何も考えられないまま足を動かす。

 しかし、あっという間に寝室の前へ辿り着くとジオーネによって扉がノックされた。


「若奥様をお連れしました」


「入れ」


 彼の声が聞こえただけでイザンバの体がビクリと震えた。


 ——どきどきしすぎて……しんぞう……いたい。


 それでも、もうここまで来てしまった。入室してもなお固まるイザンバからヴィーシャが手早くガウンを脱がせる。


「若奥様、失礼します」


「あう……」


 そのまま立ち去ろうとする彼女に向けるイザンバの縋るような視線。


「ザナ」


 だが、耳に馴染んだ声が一層甘さを帯びて彼女を呼ぶ。

 寝室の扉がゆっくりと閉まれば、ここから先は何人たりとも干渉出来ない——二人だけの時間。







 結婚式から三日目の朝。無音を貫いていた新婚夫婦の寝室から声が聞こえた。


「今日こそは朝食の席に行きます! 時間が経てば経つほどに湧く顔を合わせた時の気まずさ……分かります⁉︎」


 結婚式の夜からずっと張られていた防音魔法が解かれたのだ。聞こえた内容にイザンバの部屋にいた四人は準備の為にテキパキと動き始める。


 さて、寝室。叫んだイザンバはバスローブを着てしっかり紐も結んだ状態でベッドに座っているが、隣にいるコージャイサンは上半身裸で横たわったまま。


「別に誰も気にしてない。呼びに来ないのがその証拠だ」


「それはそれで気まずいです!」


 初夜に甘く激しく愛された彼女だが、まさかそこから昼夜を問わず求められ寝室に篭りっぱなしになるとは思ってもみなかった。

 仕事が出来る公爵家の使用人たちか、はたまた従者たちか。食事はいつの間にかコージャイサンの部屋に用意されていて飢えているわけではない。

 寝室にも簡易シャワーとトイレがあり、困る事もない。


 ——でもそういう事じゃない!


 とイザンバは思う。

 愛されるあまり後回しになった時間の感覚。ふとパーティー以降、義両親に挨拶すらしていない事に気付いてしまえば、もうそれどころではない。

 これ以上時間が経てば、気まずさから裸足で逃げ出したくなること請け合いだ。

 そんなこんなで、ついに声を上げた次第である。

 それなのに、コージャイサンはイザンバの手を引くと彼女をベッドに押し倒し、甘く囁く。


「ザナ」


「ひゃっ! コージー様……っ……ダメ……」


 首筋に添う彼の唇の、官能を呼び起こすような刺激にすっかり覚え込まされた体がピクリと反応してしまう。

 このまま流されてはコージャイサンの休暇中、ほぼ寝室で過ごす事になってしまうだろう。

 せっかく決意を声に出したのだ。ここで負けるわけにはいかない、とイザンバは言葉を強く発した。


「もう! コージー様、待て!」


「わん」


 動きを止めたコージャイサンにイザンバは満足そうに頷くと、いい子と褒めるように艶やかな黒髪を撫でた。

 そして起き上がり、大人しくなったその背をぐいぐいと彼の部屋に向かって押す。


「私は着替えてきますから。ほら、コージー様も準備に行ってください!」


 扉前まではスムーズに足を動かしたコージャイサンだが、不意に振り向いた翡翠に悪戯な、それでいて艶やかさを滲ませる。


「待てをさせたなら、後でちゃんとご褒美も与えろよ」


「ぴッ……!」


「残りの色も——楽しみだ」


 そう言われてイザンバは初めて言葉の選択ミスに気付いた。「待て」と「よし」はセットなのだ、と。

 可愛いわんこは一瞬。どう見たって捕食者の雰囲気にイザンバはぷるぷると体を震わせた。


「でも、あの、せっかくのお休みだから……い、一緒にお出掛けとか、他の事もしたいです……」


 爛れた生活から脱したいのも本心であるが、今までのように二人で楽しく過ごしたいのも本心。

 このお願いはあっさりと届いたようで、コージャイサンは色気を引っ込めると優しい手つきでイザンバの頭を撫でる。


「分かった。それは後で話そう。とりあえず着替えたら部屋で待ってて。迎えに行く」


「え、別に場所知ってるから大丈夫ですよ?」


「迎えに行く」


「わかりました」


 邸内の移動なのに甘やかされているなと思うが、ここで問答をしても仕方がない。ひとまず着替えに行く彼を見送って——自分の部屋に入る前、側付きたちと顔を合わせる気まずさと羞恥心にしばらく悶えた。


 さて、ニコニコとした公爵夫妻との恥ずかしさ満点の朝食の後、話をした二人がどこにいるかというと……


「ここがあのサイン本の舞台モデル……シリウス様最期の地」


 新婚旅行と見せかけた聖地巡礼である。実はこれもコージャイサンからのサプライズ。誕生日の時にイザンバが行きたいと言っていたので準備していたのだ。

 宿をとりながらゆったりとした行程で訪れたのは忠臣の騎士シリウスが最期を迎えたと言われている場所。新婚が選ぶには縁起がよろしくない、と思ったのは従者たちだけではないだろう。

 それでも当の本人は嬉しそうだし、道中の観光地でも二人は以前と変わらずに歩調を合わせて歩く。

 変わったと言えば……宿泊の部屋が同室になった事と、歩いている最中はずっと手を繋いでいる事だろうか。

 ちなみに検証に関してだが、「旅行に行くからまずは二人で初めてくれ」とコージャイサンから伝達済みである。抜かりない。


 そして宿にヘザーとリンダを残して、とうとう辿り着いた目的地は海に面した断崖絶壁。撮影機を持ったイザンバは脳内に本の情景を思い描かき、今は何もない景色を撮る。

 そして、心から祈った——かつての英雄の安らかな眠りを。

 彼女から溢れ出す清廉な空気に見守っていたコージャイサンも緩く口角を上げていた。

 だがその時、波が騒めいた。ただの波ではない。何か不穏さを感じる潮騒。


「あれ? なんか……変な感じ?」


「ザナ、下がっていろ」


 コージャイサンが腰にさした剣の柄を握りながらイザンバをその背に庇った。

 彼らの前に現れた黒いモヤ。ぼんやりとした黒いモヤが次第に人の形を作っていく。

 只ならぬ気配に従者たちの顔も険しくなる。それぞれが武器とお守りを握りしめた。


 ザァ、と強く風が吹いた。


 そこにいたのはモヤを纏った黒い軍服の一人の男性だ。高い位置で結われた赤紫の髪、切れ長の紫眼で整った顔立ちをしている。


 その顔に驚愕を露わにする主従に対してただ一人。


「はぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ! シリウス様ぁぁぁぁぁ!」


 イザンバは興奮からの頬を紅潮させて力の限り叫んだ。


「ザナ、落ち着け。アレは亡霊だ」


「亡霊! つまりはご本人様! ヤバい! こんなことってありえるんですか⁉︎」


 亡霊に神経を向けながらもイザンバを宥めるコージャイサンだが、彼女の興奮値は上がる一方。

 彼らが今いるところは王都ではないため火の天使の浄化の範囲外だ。

 そして、残党狩りは呪いを持った人間が対象。

 その為に亡霊は誰にも気付かれずにその場に止まり続けていたが、稀なる祈りの光に誘われてやってきたのだろう。


「ヤバいことになってるのは確かだよね」


「うむ。死してなおこのプレッシャーを出すとは……」


 警戒心から腰を低くしたリアンにファウストも同調する。亡くなった年月を思えば悪霊となっていてもおかしくない。それでも生前の形を保っているのだから王都にいた有象無象の亡霊とは雲泥の差だ。


「ですよね! 現実でこんなこと……二次元じゃない、2.5次元じゃない……でもお会いできる日が来るなんて……夢かな。ああ、どうしましょう。感動で泣けてきた」


「目覚ませやー!」


 目元を拭うイザンバのあまりの緊張感のなさにイルシーのツッコミが冴える。従者たちとのこの落差よ。

 一人一人を巡っていた亡霊の視線が祈りの主を捉えた。


「お前たちはザナを守れ」


 彼女を隠すように、興味を逸らさせるようにコージャイサンが亡霊と対峙する。


『何やら激る情熱を感じるな』


「ザナは貴方の熱心なファンでね。そのせいだ」


『成る程。この様な姿になってもそう思って貰えるとは嬉しいものだ。では、私は彼女に良いところを見せるべきかな?』


「いや、結構。なにせ妻の前だ。俺も情けない姿は見せられないからな」


 コージャイサンは気力を高めると、抜刀した剣身に紫銀の光を纏わせて。


「格好つけさせてもらう」


 闘志を宿した翡翠でニヤリと笑った。


 ——その瞳に

 ——その力に

 ——その光に

 久方ぶりの強者との邂逅。挑発するようにくるりと回された剣がかつての宿敵を連想させて、今はない心臓が高鳴った気がした。

 亡霊は同じく笑う。黒いモヤが剣となった。


『我が名はシリウス! 今日という日を神に感謝しよう! いざ、参る!』


 紫銀と黒の激しい剣撃に一瞬、耳から音が消えた。


「はぁぁぁ。何これヤバすぎ! こんな凄いの一生に一度しかお目にかかれませんよ! きゃー! カッコいいー!」


「なぁ。それどっちに対してだぁ?」


 イルシーの問いに感激の涙を流していたイザンバはぱちくりと瞬くとニッコリと笑む。


「そんなの決まってるじゃないですか。もちろん————」


 爆音と爆風に遮られた言葉。過去と現在、死者と生者とはいえ双方実力者だ。

 足元を襲う強い揺れにリアンが焦りの声を上げる。なにせ場所が場所、崖っぷちである。色んな意味で危ない。


「ねぇ、呑気に話してる場合じゃないよ!」


「若奥様、逃げますよ!」


 ヴィーシャは荷物を手早くまとめながら声をかけるが、戦いの音は激しさを増すばかり。


「運ぶ方が早い! ファウスト!」


「イザンバ様、失礼致します!」


 ジオーネの案に同意するようにファウストが彼女を横抱きにしようとしたが。


「ダメですよ! まだいい画が撮れてない!」


「え?」


 まさかの意思強めのお断りにファウストの手が宙を彷徨った。しかし、その間も地面は揺れる。


「馬っっっ鹿じゃねーの!!?? 行くぞ!」


 イルシーは無礼にも吐き捨てると乱雑にイザンバを肩に担いで走りだした。何においても彼女の避難が優先である。四人もそれに続く。


「わっ! イルシー、揺らさないで! ブレる!」


「文句言ってる場合か! アンタに何かあったら俺らがコージャイサン様に殺されんだろ!」


「あ。そう言えば私まだ言ってなかった……」


「あぁ⁉︎ なんだよ⁉︎」


 人の話を聞けとの苛立ちがそのまま口調に出て大変ガラが悪い。しかし、イザンバはそんなイルシーに構わずに大きく息を吸って。


「コージー様ー!! 頑張ってー!!」


 少し遠くなったが、声援が届いたのか彼が笑ったような気がした。




 縁が結ばれた奇跡。

 そして、二人が歩んだ軌跡。

 細く頼りなかった縁の糸を紡ぎ、束ね続けた日々。

 時に周りに見守られ、時に周りを巻き込み、いつしか糸はしっかりとした絆となって互いを唯一無二とした。

 咲き誇る花を枯らさぬように甘やかに、楽しげに、これからもこうやって過ごすのだろう。

 そんな二人にこの言葉を贈ろうと思う。

 さぁ、それでは皆様ご唱和ください。




 末長く爆発しろぉぉぉ!!!




 了。

活動報告に結婚式の夜のクタオ伯爵家の使用人たちの会話劇をアップ予定です。


これにて「咲き誇る花に誓いのキスを」。

そして、婚約者としての2人の話はここまでですので、「続・残念だったな。うちの婚約者はそんな事しない。」は了と相成りました。


ブクマ、評価、いいね、感想など皆様の応援に励まされてここまで来れました。

読んでいただきありがとうございました!


新婚編『残念だったな。うちの嫁はそんな事しない。』を開始しました!

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― 新着の感想 ―
すっごく面白かったです! 短編の登場人物たちの名前でもう面白い! と、なって、続きがある!と大喜びしました。 読み続けるとコージャイサンという名が カッコ良く見えてくる不思議。 中身がかっこいいから……
[良い点] とりあえず完結おめでとうございます♡ でも短編で読んだときは熱い情熱は無くても信頼関係のある 笑いの絶えない家庭になるものだと思っていいたのだけど こんな甘い夫婦になるとは感慨深いものがあ…
[一言] 終わっちゃった(´・ω・`) とりあえずムーンで土下座待機しとくんで部屋に籠もった3日間の話期待してます!!
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