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実家帰りの竜宮さん

「あらぁ、刀士郎くんにユイちゃんじゃない」


 休日のことだ。


 私と刀士郎さんが散歩していると、刀士郎さんのお母様、つまり私の義母にあたる椿さんと出会った。


 髪の短い綺麗な女性だ。


 紫色のタートルネックのセーターに、白のロングスカートを履いている。


 片手にはビニール袋をぶら下げているので、たぶん買い物帰りだろう。


「椿さん、こんなところで奇遇ですね」


 刀士郎さんがそう言うと、椿さんは眉を吊り上げた。


「母さんと呼びなさいって何回言ったらわかるの!」


 刀士郎さんは震え上がった。


「あ、いや、すみません、つい」


「敬語も禁止! 親にそんな気を遣う子がどこにいますか!」


「あー……、ここに一人」


 親指で自分を指差す。


「なら即刻あらためなさい。まったく、あなたはいつもいつも親に対して遠慮しすぎです!」


「椿さ、じゃなくて母さんだって敬語使ってるじゃないか」


「揚げ足を取らないの!」


 叱られた刀士郎さんが気まずそうに私を見下ろす。


 そろそろ助けてあげようかな。


「それくらいにしてあげてください、椿さん。あとで私からも言っておきますから」


 私が諌めると、椿さんはジロリと刀士郎さんを睨んだ。


「……ユイちゃんに感謝することね」


「はい……、じゃなくて、うん」


 私と椿さん、つまり嫁と姑の関係はこの通り極めて良好だ。


 都合が合えば一緒に買い物に行ったりするし、私が黒桐家にお邪魔したときは二人でお料理を作ったりする。


 失礼ながら鞘華さんが女性らしくない分、普通の女の子である私が可愛くて仕方ないのだとか。


 って、もう高校を卒業したのに自分のことを女の子って言うのは変だよね。


 そのうち直していかないと。


「刀士郎くんには罰としてウチでお昼を食べていってもらいます。はいこれ持って」


 椿さんは無理やり刀士郎さんにビニール袋を持たせた。


「持つのはいいけどよ、罰になってなくね?」


「つべこべ言わない! 行きましょ、ユイちゃん」


「はいっ」


 私は歩き出した椿さんの隣につく。


 後ろから刀士郎さんの「やれやれ」というつぶやきが聞こえた。




*****




 黒桐家は道場を経営しているだけあって広く、いわゆる武家屋敷と言われる造りになっている。


 最初に訪れたときはなんだか怖くて門をくぐることすらできなかったけど、今では一人で遊びにくることもある。


 そういうときはだいたい椿さんに呼び出されたときだ。


「たっだいまー!」


 玄関を開くなり、椿さんはそう叫んだ。


 清楚に見えてかなりアグレッシブなところが彼女の魅力だと私は思う。


「おかえりー」


 奥から鞘華さんが出てきた。


 Tシャツにジャージというラフな出で立ちだ。


「んぁ? なんで刀士郎とユイがいんの?」


「買い物帰りにばったり会ったから連れてきたの。今からユイちゃんとお昼作るから刀士郎くんと時間潰してて」


「りょ」


「おまえと一緒にいたらロクな目に合わない気がするんだが」


 訝しげに眉根を寄せる刀士郎さん。


「お腹すいてるからそんな無茶な真似はしないわよ。わたしの部屋でゲームしましょ、ゲーム。サム◯ピかス◯ブラね」


「格ゲーは苦手なんだよなぁ……。まあいいや、先行って電源入れといて」


「泣かしてやるから覚悟しとけよ、愚弟」


「さっさと行け、バカ姉貴」


 こういう軽々しいやりとりがちょっと羨ましい。


 世の中にはケンカップルなるものが存在するらしいし、私も刀士郎さんと喧嘩したらもっと仲良くなれるかな?


 ……私に向かって怒鳴り散らす刀士郎さんが想像できないからきっと無理だ。


 鞘華さんは自室に戻り、刀士郎さんはビニール袋をキッチンに運んでからそのあとを追った。


 ゲームかぁ、テトリスとかぷよぷよくらいしかやったことないけど、刀士郎さんと二人でなら協力プレイで遊んでみたいかも。


 毎晩、対戦プレイはしてるんだけどね、アッチの意味で。


 ちなみに負けるのはいつも私。


 さすがに体力勝負では刀士郎さんにかないません。


「椿さん、お昼は何を作るんですか?」


 私たちの夜の対戦結果については脇に置き、私はビニール袋の中身を調べた。


 この材料だと……、中華料理かな?


「マーボー豆腐とチンジャオロースよ」


 椿さんは答えた。


 大正解だ、いえーい。


「それじゃ、パパッと作っちゃいますか!」


「二人がかりなら楽勝よ!」


 私と椿さんはそれぞれエプロンを装着し、調理に取りかかった。




*****




 はい、できましたー。


 あっという間の出来事だった。


 熟練の主婦である椿さんと力を合わせればフルコースだって簡単に作れてしまうだろう。


 私は盛り付けを椿さんに任せて刀士郎さんと鞘華を呼びに行く。


「お昼ごはんできましたよー」


「うわぁぁぁぁんもう嫌だぁぁぁぁ!!」


 びっくりした。


 袴姿の大の大人がテレビの前で丸くなっていた。


 その人を挟む形で、刀士郎さんと鞘華さんが画面にかじりついている。


「鞘華テメェ復帰の邪魔すんじゃねえ!」


「ふはははは! おとなしく撃墜されるがよい! 姉より優れた弟などいないのだ!」


「マリオに対してルイージ使っておきながらどうなんだよそのセリフ!」


 画面をよく見ると、赤いヒゲのおじさんと緑のヒゲのおじさんが崖のところで戦っていた。


 残機は赤いヒゲのおじさんが1で、緑のヒゲのおじさんも1だけど、パーセンテージに明らかな差が開いている。


 もうすぐ終わりそうだ。


「はい死ねー!」


 鞘華さんの言葉とともに、カッキィィン! と小気味よい音が響く。


 赤いヒゲのおじさんはロケットみたいに上に吹っ飛ばされ、画面の奥でキランと星になった。


「はぁ〜、ざっこ。雑魚すぎて話にならんわ。ハンデつけてあげたのにこれとかどんなお気持ちですかぁ刀士郎くん?」


「今すぐテメェをぶっ殺してえ」


「お、リアルファイトする? そっちもハンデつけてあげようか?」


「んだとコラ」


 一触即発の雰囲気。


 刀士郎さんは私が誘惑したらすぐ釣られちゃうし、意外と煽りに弱い。


 鞘華さんはそれをわかった上で挑発するのだから本当に意地悪だ。


「二人とも、リアルファイトはやめなさいって」


 うずくまっていた男の人が、いがみ合う二人の仲裁に入った。


 体がとても大きくて、ごわごわした髪をオールバックにした強そうな見た目の彼は、黒桐家の大黒柱である黒桐刃兵衛(じんべえ)さんだ。


「何? 親父も混ざりたいの? ならいいよ、2対1で相手してあげる」


 鞘華さんが不敵に笑う。


 それに対して刃兵衛さんは、


「鞘華。その返しは黒桐の血筋としては正しいが、人間としては間違っているよ。戦いたいならお父さんとだけにしなさい。刀士郎はもう一人の体じゃないんだから」


 自分の娘をまっすぐ見据えてそう言った。


 次に、刀士郎さんのほうを向く。


「刀士郎も熱くなりすぎだ。いくら鞘華が挑発してくるからって簡単に乗るんじゃない」


「……はい、すみません」


 刀士郎さんは素直に謝った。


 はぁ、可愛い。


 落ち込んでいる刀士郎さんを見ると無性に抱きしめたくなる。


 二人きりだったら間違いなくそうしていた。


「わかればよし。さ、お昼ごはんを食べに行こう。ユイちゃんもいることだし」


「あ……」


 刀士郎さんがようやく私がいたことに気づき、申し訳なさそうな眼差しを向けてきた。


 私は微笑みで応える。


 内心、弱っている刀士郎さんを見られてご満悦だ。


 お昼ごはんを食べたらすぐ帰りましょうね、たくさん慰めて(・・・)あげますから。


「冷めないうちに、どうぞ〜」


「ああ」「うぃ」


 刀士郎さんと鞘華さんが私の前を通りすぎる。


 二人並んで廊下を進んでいく。


「刀士郎、わたしも悪かったわ。1割の1割くらい」


「それ1パーセントじゃねえか」


 そんな会話が聞こえてきたので、私はこっそりと笑った。


「ユイちゃん、きてくれてありがとうね」


 刃兵衛さんが私の肩に手を置く。


「刀士郎は繊細な子だ。俺たちだけではあの子の心を救ってやることができなかった。母親のような優しさを持つ君だからこそ、刀士郎は君を選んだんだと常々思うよ」


「私は自分に素直なだけですよ」


「ははっ、そうだね。刀士郎と出会い、結婚してくれてありがとう。……本当に、あの子が我が家にきたときとは大違いだ」


 刃兵衛さんは少し悲しげに目を細めた。


 その視線は遠い記憶に向けられたものだろう。


 私はそれを詳しく知ることはできない。


 けれど、もし刀士郎さんが過去を引きずっているのだとしたら、現在(いま)ここにいる私がまるごと受け止めてあげたいと切に思う。


 私がそうするだけのモノを、彼は私にくれたのだから。


「刃兵衛さんも行きましょう。椿さんが待ってますよ」


 刃兵衛さんはこくりとうなずいた。

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