久方ぶりの竜宮さん
ピンポーン、とインターフォンが鳴り、掃除中だった私は玄関へ向かった。
「はーい?」
ドアを開ける。
「こんにちは、ユイ殿!」
そこにいたのは、平均的な男性よりも背が高くて、優しそうな糸目をした女性だった。
「あやめちゃん! 久しぶりですね!」
彼女の名前は西城あやめ。
高校時代に知り合った私の友人だ。
パンツルックにライダースジャケットという男っぽい格好をしている。
けれど、そのボディラインは出るべきところがしっかり出ていてとても女性らしい。
脇にはヘルメットを抱えているので、バイクに乗ってきたのだろう。
「近くを通りかかったついでに遊びにきたでござる。刀士郎殿はお勤めでこざるか?」
「はい。でももうすぐ帰ってくると思いますよ。今日は昼までって言ってましたから」
「御意。中で待たせてもらっても?」
「どうぞどうぞ!」
私は浮き足立ってあやめちゃんをリビングに案内した。
「今、お茶とお菓子を用意しますね」
「かたじけない」
んー……、緑茶とみたらし団子でいっか、あやめちゃん和菓子好きだし。
あ、そうだ、刀士郎さんの分も出しておかなきゃ。
意外と甘党なのよね、ああ見えて。
「おまたせ〜」
「わーいみたらし団子ー! いただきますでござるー!」
はしゃぐあやめちゃん可愛い。
「相変わらず忍者口調なんですね」
「ふぉへはほぇっふぁふぉふぁいふぇんふぃふぃへふぉふぁふふぁふぁふぁ!」
『これが拙者のアイデンティティでござるからな!』かな?
みたらし団子の食べすぎでほっぺたがリスみたいになっているから上手く聞き取れない。
「んぐっ。失礼。今のは『これが拙者のアイデンティティでござるからな!』と言ったのでござる。久方ぶりに会えてテンションがおかしくなってるでござるね。たはー、お恥ずかしい!」
あやめちゃんはそう言って後ろ頭を掻いた。
この仕草も相変わらずだ。
「しかしまあ、アレでござるな。ユイ殿もエプロン姿が板についてきましたな」
「そうですか?」
自分ではよくわからないや。
「そうでござるよ。家庭科の調理実習であたふたしてた頃のユイ殿とは大違い! クッキーを真っ黒焦げにしたこと、今でも覚えてるでござる!」
「あはは……、そんな時代もありましたね……」
でも、そのあと刀士郎さんが焦げたクッキーを私から奪い取って全部食べてくれたんだっけ。
はぁ、そういうところ、本当に好き。
だって、ねえ?
かっこよすぎない?
あんなことされたら誰だってメロメロになっちゃうでしょ、確実に。
──待った、このままだとせっかくあやめちゃんが遊びにきてくれたのに延々と惚気話を聞かせちゃいそうだ。
抑えなさい、私。
話題を変えなさい、竜宮ユイ。
「大学生活はどうですか?」
「楽しいでござるよー」
私の質問に、あやめちゃんはのんびり答えた。
「友達も何人かできたし、スーツアクターのバイトも順調でござる。恋愛のほうは……、なかなかいい人が見つからないでござるがね」
「どうして?」
「刀士郎殿が基準になってるから」
「あー、それはしょうがないですね」
「ぶっちゃけ生徒会役員として刀士郎殿に仕えてた頃がいちばん幸せだったでござる。忍者部創設の恩人であると同時に、我が初恋を捧げし殿方……、うわぁこれ私結婚できなくない?」
「あやめちゃん、キャラ崩壊してますよ」
「おっと失敬。拙者としたことが不覚でござった」
たはー、と笑いながら後ろ頭をかくあやめちゃん。
「そういえば拙者たちって恋敵同士なんでござるね。それがこうして仲良くお茶できるなんて、なんだか不思議な気分でござるなぁ」
「特に喧嘩することもなかったですよね、私たち」
「最初から勝ち目がないってわかってたし、幸せそうなお二人を間近で見ることが拙者の楽しみでもありましたから」
あやめちゃんは懐かしむように微笑んだ。
私の見る限り、そこに偽りはない。
彼女は本気で私と刀士郎さんのことを思い、幸せを願ってくれている。
「やばい、ちょっと泣きそうです」
「なんで!? 今のやりとりに泣く要素あったでござるか!?」
私はティッシュで鼻をかんだ。
「あやめちゃん、絶対幸せになってくださいね。私ずっとずーっと応援してますから!」
「あ、ありがとうでござる……」
その後、刀士郎さんが帰ってきて、私たちはしばらくのあいだ昔話に花を咲かせた。
あやめちゃんと別れたのは午後3時頃。
また今度、時間があるときに遊びにきてくれるらしいので、もっとたくさんみたらし団子を用意しておこう。