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 それから。


 フレイは夏休みに入ってすぐにフィニースマルへと旅立ってしまった。

 もうちょっと何か余韻というか引きずるのかと思っていたけれど、フレイの態度はあっさりとしたもので、ちょっとそこまで買い物に行くぐらいの雰囲気で行ってしまった。

 そして、高校の卒業式までに戻ってくると言っていたのに、何の音沙汰もなく高校は卒業式を迎え、大学生活も三か月経とうとしていた。


 エイラは王都の大学へと進学し、毎日授業と課題に追われる日々を送っていた。

 大学では地元に彼氏がいると公言していたが、入学してから一度も王都へ出てくることもなかったのでクラスメイトたちからは幻の彼氏だの、嘘の恋人をでっちあげてる寂しい女だのと色々と言われる始末。

 地元から一緒に出てきた同郷の友人もいないため、フレイのことを証明するものが何もなく歯がゆい思いをしていた。


 今日は大学の終業式だった。クラスメイトたちは年末年始をそれぞれの故郷で過ごすため、終業式だからといって羽目を外すこともなく、急いで荷造りをしにアパートへ帰っていく。

 エイラはと言えば、新学期からあまり授業についていけてなかったため、前もって教授に冬休みは補講を受けるように言われていたため、すぐさま地元へ帰ることもなく一人暮らしのアパートで新年を迎えることになりそうだった。


 課題をこなし、補講に通う冬休みか…と憂うつな気分になりながらも、とりあえず学校から持ち帰った荷物を部屋に置こうとアパートの扉を開く。

 毎日の日課で、玄関ホールの自分宛のポストを覗いてみるが、フレイからの手紙は届いていないようだった。

 王都についてからは一週間に一度はフレイの家に手紙を書いていたのに、フレイから返事が来たことは一度もない。

 一方通行な手紙ばかりが届くせいか、心配してくれているプルムおばさんから、フレイがずっと家に戻ってきていない旨を伝える手紙が届いたこともあった。

 

 フィニースマルは時間の流れがこちらと違うらしいということは前もって聞いていたから、もしかすると向こうの一日がこちらの一週間に当たるのかもしれない、と希望的観測で待っていたのだけど。


 エイラの借りている学生向けアパートはアンティークな建物で、エレベーターは手動の扉を開閉して利用する。中に入って扉を閉めると薄暗くて圧迫感があり、時々天井の電気も切れるため一人では怖くて使えない。最初は最上階の五階の部屋は見晴らしが良くて素敵だと思っていたが、毎日のこととなると階段が地味につらかった。

 螺旋階段をとぼとぼと登り、ようやく五階へ辿り着いたとき、屋上へと続くドアから誰かが室内に入ってきた。


「エイラ、おかえり!」

「……」


 髪の毛が少し伸びただけじゃなく、どことなく大人っぽくなった雰囲気のフレイがそこにいた。突然のことすぎて、エイラは目を見開くだけで言葉が出てこなかった。


「一度も手紙の返事書けなくてごめん。つい二日前に家に帰ってきてエイラからの手紙全部読んだんだ。冬休みは地元に戻ってこないって書いてあったから、すぐに汽車を乗り継いで来たんだけど」


 思わずフレイに抱き付いたエイラは何も言えないまま、泣くのを我慢していた。

 フレイはそんなエイラをそっと抱きしめて、エイラの頭に顎を乗せて苦笑する。


「いつのまに泣き虫になったの? エイラは」

「…ばか」


 *********


 エイラの部屋に招き入れ、部屋に暖房を入れてお茶を出す。

 フレイは初めて見るエイラの一人暮らしの部屋を興味津々できょろきょろと眺めていた。そんな姿に変わってないなあと苦笑する。


「ねえ、フレイ。いつまで王都にいられるの? 年末年始の王都のイベントは見られる?」

「うん。見られるよ。あ、そうだ。言うの忘れてたけど、僕も王都の大学に編入することにしたんだ」

「ええ!? ほんと!?」


 エイラが思わず大きな声で叫ぶと、フレイは満足したような笑みを浮かべた。


「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいな。僕も大学卒業まで王都で暮らすことになるからよろしくね」

「うん。じゃあ私色々王都を案内してあげるよ!」

「そう? じゃ年が明けたら、部屋を探しに行こう」

「それならこのアパート、空き室あるわよ? そんなに高くないし、不動産会社に問い合わせてみる?」

「何言ってるの。ここは学生向けの一人暮らし用アパートじゃないか。僕が言ってるのは二人で暮らす部屋のことだよ」

「二人? フレイと誰の?」

「エイラとに決まってるじゃないか。それとももう僕以外に好きな人が出来ちゃった? 部屋の中を見る限りでは、他の男の気配もないけど、その代わりに僕のものも置いてないよね」

「はっ!?」


 まだ部屋の中に入って間もないと言うのにそこまで考えて部屋の中をチェックしていたとは。

 エイラは胡乱な目になり、フレイを見つめた。

 そんなエイラにお構いなしにフレイはテーブルの向かいから長い手を伸ばし、彼女の肘を掴む。

 掴まれた肘を見て、フレイの顔を見上げるといつになく真剣な顔のフレイがエイラを見つめていた。


「…僕は一時的な恋愛感情で物事を話すのは好きじゃないんだ。エイラのことを一生大事にしていきたいと思ってるんだ」


 久しぶりに会ったかと思ったら、いきなりプロポーズの言葉を聞いて、エイラは心臓がいつも以上にばくばくと音をたてているのを感じた。

 …ずるい。少し離れていた間に、フレイはフィニースマルで何か色気みたいなものを身に着けたようだ。

 ノルズさんの息子ってだけあるかもしれない。見慣れた幼馴染の顔のはずなのに、大人の男性を目の前にしているようで心が落ち着かない。


「…えーと。フレイの気持ちは嬉しいんだけど」


 エイラがそう切り出すと、フレイの顔が途端に不安げな表情になった。


「学生の本分は勉強だと思うの。フレイと一緒に暮らしたら、勉強どころじゃなくなるかもしれない。私、そういうのちゃんとしたいんだ」

「じゃあ卒業したら一緒に暮らすのならいいと言う事?」

「結婚してないのに一緒に暮らすのも私はイヤなの」

「じゃ卒業したらすぐ結婚しよう」

「だから! なんでそうせっかちなのかな。フレイは」

「エイラを誰にも取られたくないから。…って、だめだな、僕」


 自嘲気味に笑みを浮かべて、お茶の入ったティーカップを両手で押さえながらうつむく。


「僕はフィニースマルで医療の勉強をしてきたんだ。こっちでも普通に生活ができるように体質改善できたらよかったんだけど、やっぱりそういうわけにはいかないみたいで」


 フレイは成長と共に日常的な酸欠に陥っていて、そのせいでしょっちゅう頭痛に悩まされるようになってしまっていた。


「酸欠にならないための薬は処方されたから、しばらくはこっちで暮らせる。でも長い休みにはフィニースマルに戻って体調を整えなくちゃいけないから」

「あっちでは頭痛は起こらなかったの?」

「うん、向こうについて感じたのが酸素が濃いなって。で、久しぶりにこっちに戻ってきたら酸素が薄くて少し走っただけで息切れするから困ったもんだよね」

「…そう」

「だから、学校を卒業したらエイラにも僕と一緒にフィニースマルで暮らしてほしいんだ。それを言うと、全部捨てて僕についてきてって言うのと同じになってしまうんだけど」


 エイラはフレイの顔を見つめてしばらく黙っていた。


「…突然、こんなこと言われても返事に困るよね」

「突然じゃないよ、フレイ」


 エイラは自分のティーカップを口元に持っていき、ぐい、と飲み干した。


「女はね、いろんな未来の選択肢を考えるもんなの。フレイと付き合うってことになって将来のことを考えた時、フィニースマルで生活することもあるかもしれないって考えたわ。そうすることによって私は家族や友人と違う時間軸で生活しなくちゃいけない覚悟も必要なのかもしれないって」

「…エイラ」


 フレイは席を立ち、エイラの座っている側へと歩み寄った。

 その場に膝を立ててしゃがみ込み、エイラの手を取った。


「そこまで考えてくれていただなんて」

「早合点するのはまだ早いわよ。だって私たち、付き合うってことになってすぐに離れ離れになったんだから。これから長く付き合えるのかだってわからないじゃない。そういうのも考慮しないとね」

「もちろん! エイラが喜んでくれるように頑張るよ」


 がばっと抱き付かれ、エイラはあまりの力強さに呼吸困難になりそうだった。


「エイラを喜ばせるために、肺活量増やして体力つけなくちゃなー!」

「な、何の話よっ!?」

「わかってるくせに」


 そういうフレイの顔が、いつにもなく屈託ない笑顔だったのでエイラは仕方ないな、って半ば諦めの境地で苦笑した。


 これからどうなるかなんて、誰にもわからない。

 でも、不思議とフレイとなら、これからの長い人生ずっと一緒でいるのも楽しいかもしれないとも思う。


 ゆっくりと近づいてきたフレイの顔を見つめ、そっと目を閉じながらエイラはそう思ったのだった。



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