疾風迅雷 ~大切な者の為に~ その3
屋敷の庭でハルトがカズヤと死闘を繰り広げている頃、セイヨは屋敷の奥へ奥へと進んで行った。途中に警備兵や、使用人などがいたが、全て気絶させた。そして、あるドアの前で、セイヨの足がピタリと止まる。
「ここね。二人か」
中の気配を探りながら、小声で独り言を言う。これだけハデに侵入すれば、すでに騒ぎは夢黒にも届いているだろう。夢黒は今日セイヨ達が来ることは知らなかったはずだ、更に逃げ出せるほどの時間は立っていない。夢黒は必ず中にいる。中にいるもう一人は、雇ったボディーガードかなにかだろう。そして警戒しながら一気に扉を蹴り破る。
セイヨの想像通り中には夢黒がいた。想像から大きく外れたのは、もう一人が自分よりも小さい少女だったからだ。服の所々が裂かれベッドの上にちょこんと座らされている。きっと、夢黒に奴隷として買われた人間だろう。少女の顔には恐怖という表情はない。いや、表情が全くないと言った方がいいだろう。
「夢黒スルメね」
「な、なんだ貴様!!わ、儂に何か用か!?」
この慌てようからして、夢黒は少女を扱うのに夢中になり過ぎていて、セイヨ達の侵入に全く気付いていなかったようだ。その証拠に夢黒自身何も身に纏っていない。醜く太った、ブタと形容するのが相応しい肉体を、セイヨの前にさらけ出す。幸いなことに少女はまだ何もされていないようだ。
セイヨは夢黒の問いに対して、左手で鞘に収まっている刀を胸の前に持ってきた。
「何か用って、私が今手に持っている物と、こんな夜遅くに此処にいることから想像出来ないの?それと、あまり汚い物を見せないでくれる?」
心底嫌そうな顔をするが、ターゲットからは目は外さない。よって見たくもない物まで目に入ってきてしまう。
「わ、儂を殺す気か!!だ、誰だか知らんが儂を殺せば、《闇の世界》の人間に狙われることになるぞ!!」
1、2歩後ろに下がりながらまくし立てる。
「クスッ、面白いこと言うわね。《闇の世界》の人間に狙われているのはあなたよ。現に目の前にいるじゃない」
そう言いながら、刀を鞘からゆっくりと抜いた。《月下美人》が持つ独特な色の刀身が姿を現す。
「ま、まさかその刀は」
「《月下美人》、コレクターのあなたならご存じでしょう?」
刀を夢黒の方に向ける。
「じゃあ、貴様が《深紅の天使》か!?」
「誰がそんなふうに呼び出したか知らないけど、一応《闇の世界》ではそう呼ばれているわね」
全く感情がこもっていない声でそう呟くと、冷たい笑顔を夢黒に向けた。すると夢黒はその場に尻餅をついてしまった。どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「た、たのむ!!命だけは助けてくれ!!金でも、男でも、何でも用意する!!だから命だけは!!!」
そう言って土下座し始めた。十二歳の少女にいい大人が頭を床に擦りつけながら謝っている、とても違和感を感じる光景である。
「恥ずかしくない?私みたいな子供に頭を下げるなんて?男ならハルトで間に合ってるし。それにお金も腐るほどあるし」
「十二歳の男もいいのがいる!!たぶんそのハルトとかいうのよりも、いい物件だと思うぞ!!そいつをやるから命だけは勘弁してくれ」
セイヨの眉がピクリと動いた。
「あなたふざけているの?ハルトよりいい物件って何よ。あなたハルトの何を知っているの?そんなに早く死にたいのかしら」
「ひっ」
夢黒は怒ったセイヨの迫力に押されてしまった。ハルトの事となると少し見境がなくなってしまう。セイヨの良くもあり、悪くもあるところだ。
「まぁ、いいわ。ところであなたにいくつか聞きたいことがあるの。人体実験って何処でやっているのかしら?もちろんあなたに黙秘権はないわ。どうしても黙るって言うのなら」
刀を首筋に当てて脅す。
「あ、あれなら、この近くではない」
ビクビクしながら答える。
「じゃあ、どこにあるのかしら?」
「本島にはない」
セイヨは研究所のある場所を聞いて、凍り付いた。その場所の名前《陽炎の村》、《妖》と人間が共存している地図にも載ってない小さな島。セイヨとハルトが政府に頼まれ、調査の為に何度か訪れたことがある。セイヨとハルトの調べで、その村の《妖》は安全と言うことが認められ、政府の保護下に置かれた。セイヨ達にとって思い出の深い村であり、良き友人もいる。
「何故そんなところに研究所を!!」
セイヨが声を荒げる。それと同時に押さえていた殺気が広がり、夢黒を凍り付かせた。
「わ、わしに聞かれても知らん。担当者が、その島が研究をするのには適切だと言っていただけだ。なんでも人間と《妖》が共存する村があるとかなんとか言っていた」
なんて事を、《陽炎の村》が目的。ただの人間では、どうやっても《陽炎の村》までは辿り着けない、おそらく島の端の海岸上に研究所を創り、そこから森へ猟に出かけて、《妖》を捕まえているのだと思われる。あの島の村の外には野生の《妖》が大量にいる。それを捕まえて人間と合成させキメラを創り、島の中心に潜入して行く考えだろう。人間ではたどり着けないとしても、キメラならば話は別だ。そうやって村を見つけ出し、そこにいる妖や人間を実験材料として捕まえる気だろう。なんせ、非公開の島だ。どんな実験をしようが、誰も罰することが出来ない。
「実験はどのくらいまで進んでいる!?何体あの化け物を作ったの!?」
「た、確か昨日の人体実験で、理性を保ったまま肉体を《妖化》出来る奴が偶然生まれたと聞いた。他のことは何も知らない、喋ったんだから助けてくれ!!」
泣きながら懇願する。が、次の瞬間、『月下美人』が夢黒の頭に突き刺さっていた。声も上げることも出来ず、即死した。暫くすると、夢黒の体がどんどん干からびてきて、終いにはゾンビみたいになってしまった。それを確認すると、刀を夢黒の頭から引き抜き鞘に収めた。
「たとえ理性を持ったキメラだとしてもあそこを見つけ出すのは大変なはず。あと3日って所か」
気持ちが焦り、早くハルトの所に戻ろうとした時に、重大なことを思い出した。
「あっ!!刀の隠し場所聞き忘れちゃった。時間がないのに!!一刻も早く研究所ごとキメラ達を始末しないと」
取りあえず部屋の中を一回り探してみることにした。すると、今の今まで忘れていたが夢黒に買われた少女がこの部屋のベッドの上にいるのに気が付いた。その少女はたとえ夢黒とは言え人間が目の前で殺されたのに、全く表情に変化がない。
「ねぇ、このブタのコレクション何処にあるか知ってない?」
一応聞いてみる。目の前にいる少女がそれを知っている可能性はきわめて低い。
「・・・」
返事は返ってこなかった。その代わりに本棚の方を指差した。
「本棚?」
本棚に近づいて、少し調べるが特に変わったようなところはないように感じる。と言っても時間がないので、大雑把にしか調べていない。本棚の近くの壁を拳で叩いてみると、反対側が空洞になっていることが解った。それが解ると、セイヨは刀に手をかけた。どうやら、本棚ごと壁に穴を開ける気だ。
「ハァ!!」
気合いと共に一閃する。すると壁が重い音を立てて、崩れ落ちた。今まで壁だったところにポッカリ穴が開いた。
中にはガラスのケースに入れられた刀が、大量に整理して置かれていた。
「うわぁー、ずいぶんといっぱいあるわね」
一番良い刀はすぐに見つかった。中央にあからさまにどんと置かれている刀である。ケースから取り出して抜刀してみる。素人が見ても他の物とはっきり違うことが分かる。特に着飾ってあるわけでもないが、刀身の輝きがそれを名刀だと主張している。
「これで決定ね。でも、予備としてもう一本ぐらいほしいわよね」
中に入り品定めを始めた。まずはハルトが使う刀からだ。しばらく見ていると、目が引きつけられる刀があった。他の物よりもケースが立派な物のように見える。これも同じようにケースから出して鞘から抜いてみる。先程の物よりも劣るが、決して悪い物ではなかった。
「まぁ、これでいっか。あとは・・・」
見回してみるが、妖刀らしきものは見あたらない。
「やっぱりないか。まぁ、そんな都合よくは・・・」
少し残念そうに肩を落とした。その時、
リィィィン
セイヨの持つ『月下美人』が小さく光った。
「??『月下美人』が反応してるの?」
セイヨは壁に近づくと、端からノックする要領で叩きだした。そして一箇所で立ち止まる、音が変わったのだ。よく調べると、壁にうっすらと切れ目が入っていることに気がついた。
「ここね」
セイヨは再び刀で壁に穴を開けた。
「うっ」
壁に穴が開いたと同時に大量の冷気が、セイヨのいる空間を包み込む。
「これは」
セイヨは自分で開けた穴の向こう側を見る。そこは六畳と言った位の広さの部屋があり、中心にかなり大きく分厚いガラスのケースに入れられた刀が一本鎮座していた。
「ビンゴ」
周りに注意しながら、真ん中のガラスケースに近寄っていく。ガラスケースの中はガチガチに凍り付いていて、刀がはっきりと見えない。ケースが手で触れられるくらいの位置に来ると、月下美人を鞘に収めて異空間に送りかえした。
「さて、あなたは私と一緒に来てくれる?」
そういいながらガラスケースに手を掛ける。普通の人間ならこのケースにふれた瞬間に氷漬けになっているだろう。セイヨは自分の体、特に腕や手を大量の《気》で覆っているので、ちょっと冷たいと感じるぐらいで済んでいる。
そして一気に、ケースを開ける。と言っても、厳重に鍵が掛けてあるので、砕くと言った方が適切だが。
「うわっ、やばいわね」
ケースが破れた瞬間に、想像以上の冷気が空間を包み込んだ。ベッドの上にいた少女のことを思い出し、急いで冷気を押さえ込もうと、部屋全体を自分の《気》で覆う。
「はぁ~、何とか成功。だけどかなりキツい」
どっと疲れが襲ってきたのを感じた《気》の使いすぎである。
「さっさと、済ませちゃわないと」
さっさと済ませないと、すぐ《気》が底をついてしまう。セイヨは恐る恐る、刀に手を伸ばした。そして指先と刀が振れあう。この瞬間に拒絶されれば、さっさと手を離さなければいけない。そうしないと刀に食われてしまう、この刀の場合一瞬で氷漬けにされてしまうだろう。しかし、拒絶の意はなかった。しかし、刀から戸惑いの感情が伝わってくる。
「何を戸惑っているの?私の刀になってくれない?確かに私はすでに一本妖刀を所持しているわ、だけど元々私は二刀流なの。だからあなたの力がほしい、そうしないとキメラとの戦闘が大変になる。ハルトの負担が増えるの、お願い私の大切な人を守る為に力を貸して」
セイヨは刀の柄をしっかりと握った。刀はそれに答えるように光った。先程までの戸惑いはすっかり消えてしまっている。そして先程まで部屋中を覆っていた大量の冷気もすっかり消えた。そして、刀を引き抜くと雪の結晶のような模様の入った刀身が姿を現した。
「ありがとう。あなたの名前は?」
この刀の特徴や今までのことが、刀から知識として頭に伝わってくる。ハルトやセイヨが《気》の扱いを知っていたり、年齢に相応しくない知識や考え方は、それぞれの妖刀の影響である。
「『冷花』っていうの。これからよろしくね」
そう言って微笑んだ。
その後、冷花を異空間に送り、ハルトのために手に入れた二本の刀を持ってその部屋を後にしようとしたとき、後ろからの視線に気がついた。
「あなた、まだ居たの?さっさとここからでて自由に生きなさい」
子供に諭すような口調で話しかける。
「・・・」
ベッドの上の少女は何も言わずに首を横に振った。
「あなた、行く場所がないの?」
セイヨがそういうと、ベッドの上の女の子が真っ直ぐセイヨを見た。
「・・・」
その目が初めて会った時のハルトと、そして昔の自分とかぶった。
「いいわ、一緒に来なさい」
ベッドの上の女の子は少し顔をほころばせて、ベッドから下りてセイヨの方にゆっくりとおぼつかない足取りで歩いて来た。その様子から、この少女が相当弱っているのが分かる。
「あなた名前は?」
「・・・」
首を横に振った。どうやら自分の名前って言う物がないらしい。どういう風に育ってきたのか? 下手をすると、字も読めないかもしれない。
「そうね。じゃあ、私が付けてあげるわ。でも今は忙しいから後でね。行きましょう」
そう言って微笑むと少女と共に部屋を後にしてハルトの元に向かった。




