『魔装』
悪魔やっと出せたよー
出す悪魔は、もしかしたら『七つの大罪』より有名な奴
元々リースが闇鍋をしようと言い出したのは、全員を動けなくさせて、一人で行動できるようにするためだった。
まぁ、それでマヒダケを食べることになったのだが……そこは必要な犠牲と割り切ろう。
装備を確認が終了して、部屋を出る。
「……どこに行くの?」
その直前で、ミラに声をかけられた。
「あら、起きてたの。ちょっと、買い物に」
ミラが立ち上がる。
「なら、私も行くよ」
「いらないわよ」
このままでは会話が進まないと判断したミラが、言ってきた。
「ええと、『闇』は私たちが背負う、だっけ?」
どうやら、彼はアンリとの会話を盗み聞きしていたらしい。
「ふーん。聞いてたの、あれ」
「竜人の聴覚を侮らないでよね」
「お願い、忘れて。すごく恥ずかしい」
そんな軽口を、ミラは無視する。
「危険なんでしょ? それなら、私も行くよ」
「危険だからこそ、私独りで行くのよ」
「…………」
ミラが悲しそうな顔をする。
罪悪感が芽生えないわけではないが、これは彼らが知る必要がない『闇』なのだ。
一度足を突っ込むと、もう二度と元には戻れない。
アレを一度見れば、もう真っ白ではいられない。
灰色になるか、自分のように真っ黒になるしかなくなってしまう。
「んまぁ、三日経っても戻ってこなかったら、もう町を出なさい。たぶん、私死んでるからね」
「……それを聞かされて、独りで行かせると思う?」
「なぁに? もしかして、私を止めるつもり?」
「いんや。一緒に行くだけだよ」
「あはぁ。私に負けたくせに」
「あれは初見だから負けたようなもんだし、リース、今二割の力しか出せないんでしょ?」
「あはは、ルークたちを一瞬で倒せないような奴に負けるほど、落ちぶれてない」
「試してみる?」
二人の間に、沈黙が訪れる。
ミラは構えることをまだしない。
余裕ということをアピールしたいのだろう。
(ちょっと、分が悪いかな)
体が思うように動かないから、高等な技術を要する『縮地』や『肢曲』は使えない。
本来の彼女の身体能力は、ルークやレドルノフには劣るし、魔法展開速度もシュスに劣る。
(仕方ないか)
思わずため息をついてしまう。
「わかったわよ。ミラ、こっち来なさい」
「うん」
ミラがこちらに近づいてくる。
そんな彼に、言ってやる。
「はい、隙あり」
ポケットから袋を取り出し、中に入っている粉を投げつけろ。
「ヴォフ!? なにこれ、けむ!? ……ぐ」
立つことすら辛くなったのか、ミラが膝をつく。
「なに……これ……」
今にも眠ってしまいそうな彼に、言ってやる。
「もうわかってると思うけど、即効性の睡眠薬よ。副作用はないから」
「ぅ……ま……」
「ったく、これ、本当は子供を生け捕りにするために使うつもりだったのに」
「独りで……」
しぶとく意識を保ち続けるミラに、
「えい」
手刀を叩きこんで、昏倒させる。
「むきゅ」
ミラが、ドサリと倒れ伏した。
突然、とてつもない眠気が襲ってきた。
少しふらつく。
どうやら、少し吸ってしまったらしい。
「うぁ、凄い眠い。これ、死んだらミラのせい。死ぬまで恨んでやる」
そう恨み言を放ち、ルークたちが目を覚ますとめんどうだから、踵を返して部屋を出た。
☆
リースは地下研究室へ行くための隠し階段をすぐに見つけた。
「私が場慣れしてるとはいえ、十分たらず見つかっちゃうんだから、場所変更を勧めるわね」
階段を降りながら、そんな独り言をつぶやく。
鼻歌を歌いながら階段を降りていく。
「え」
ある臭いが鼻を突いて、思わずそんな声を出した。
階段を急いで飛び降りていく。
十段以上も飛ばしながら、駆けるように降りていく。
もう、数えきれないほど嗅ぎ続けてきたのだから、間違えようがない臭い。
これは、血の臭いだ。
(クソ、もしかして、間に合わなかった?)
こういう非人道的な研究な実験を行う連中は、例え成功確率が低い被験者だろうと、反抗的な態度を示せばすぐに処分する。
奴らは、被験者をいくらでも替えが効く乱造品としか見ていないし、自分たちが死にたくないという、自分勝手な思考をしているから。
階段を降り終えて、広間へとたどり着く。
「ッ!?」
そこでの光景を見て、驚愕した。
なにせ、研究者と思われる白衣の男女が、死体として、ゴミのようにあたりに転がっているのだから。
「自業自得。外道の末路は、いつも哀れね」
心にもないことを言って、広間の中央へと目を向ける。
そこには、全身を真っ赤に染めた小さな男の子がいた。
黒の短髪に琥珀の瞳、紺のジャケットに薄い茶色のズボンをはいた、十歳にも満たないであろう男の子。
あの子が、ここの研究員を皆殺しにしたのだろう。
(間に合わなかったか)
本来は、リースが殺すべきだったのに。
子供に、手を汚させてしまった。
「チッ」
自分に対する怒りと悔しさから、思わず舌打ちをする。
それが聞こえたのか、男の子がこちらへと目を向けた。
「あ、まだ、生き残りがいたんだ。ちゃんと、皆殺しにしたと思ったのに」
まったくもって子供らしくない言葉を聞いて、ますます不快になる。
「ま、いいや。殺すだけだし」
戦闘態勢に入ろうとする少年に、静止の言葉を入れる。
「ストップ。私は、ここの人間じゃない。あなたを保護しにきたの」
「黙れ。そんな言葉、信じられると思うか?」
人体実験被験者は、人間不信に陥りやすい。
純真無垢な、子供であればなおのことだ。
「う~ん、まぁ、あなたの気持ちはわかるけど……」
「黙れよ。そう簡単にわかってたまるか。無理矢理ここに連れてこられて、家族も友達もみんな殺された」
そして、少年は自嘲気味に笑う。
「挙句の果てに化物にさせられた、僕の気持ちなんてわかるはずがない」
(化物にされた気持ち、ね)
少し感傷に浸った後、リースは少年へと声をかける。
「けど、もう復讐は終わり。なら、これからあなたはどう生きるか考えないといけないんじゃない? 自分に酔ってる暇、ないと思うけど」
「復讐が終わった? 何を言ってる。まだ……お前が生きてる!」
そう言って、少年は地面を強く蹴り、こちらに走ってくる。
「な、速!?」
とても子供とは思えない速度で走り、年不相応の鋭さで拳を突き出してくる。
拳を受け止め、思わず腕を折ってしまった。
(しまった。加減が……)
「腕折ったくらいで……」
少年はそう呟き、腕を振るうことで骨をくっつけた。
「な……」
「調子に乗るな!」
少年は蹴りを繰り出してきた。
子供を傷つけてしまった自責の念のせいで回避を忘れ、蹴りが腹に入る。
吹き飛び、壁にぶつかって肺から酸素が強制的に吐き出される。
「けほ……けほ……」
睡眠薬の効果もあって、意識が完全に飛びかけた。
「死ね」
少年が手刀でこちらの首を薙ごうとする。
「ああ、くそ」
横になったままの態勢で足を払い、怪我をしないように加減をしながら少年を蹴り飛ばす。
地面に着地して、少年は驚いたような顔をした。
「へぇ、やるじゃん。とても研究者とは思えない身体能力」
「ああ、もういやになる。子供と戦うなんて」
体を起こす。
独自の呼吸法、練気を行い、内功を練って睡眠薬の効果を誤魔化していく。
「仕方ない。あんた強いし、あいつ呼ぶか」
あいつとは、おそらく、『悪魔』のことだろう。
(しめた)
子供に手をあげるのは気が進まなかったから、彼の『悪魔』をぼこぼこにして、言うことを聞かせるとする。
「アスタルテ」
「『八魔帝』か」
『八魔帝』とは、『七つの大罪』の次に強いとされる八体の高位悪魔のことをさす。
床に穴が開き、そこから『悪魔』が現れた。
黄色の髪に黄色の瞳の、なぜか服を着ていない少女だった。
「うぅ……」
相手は人間ではないとはいえ、外見は完全に子供だ。
リース的には、手をあげるのはアウトだ。
アスタルテと呼ばれた『悪魔』が少年へと向き直る。
《どうしたの?》
「あの女を殺すから、力を貸せ」
《えー、どうしよっかなー》
「早く」
《はいはい、わかったわよ》
アスタルテが、少年の肩に手を置いた。
《それじゃ、望みどおり力を与えましょう。力、力、力、力、力、力、力。あははははははははははは》
刹那、少年の腕に文字の塊のようなものが現れた。
おそらく、呪詛の類だろう。
睡眠薬を使ってしまったのが悔やまれる。
「久々に、あいつ呼ぶ必要あるかな」
《あの女、殺すなら早めにした方が良いわよ。たぶん、なにかと契約してる》
さっきの呟きを、アスタルテは聞き取ったようだ。
「そうかい。なら、すぐに殺るか!」
少年が腕を振るい、はがれた文字が飛来してきた。
文字の動きを見て、
「それ、単調すぎるわよ」
真上に跳んで、文字の塊を避ける。
対する少年は、
「弾けろ」
刹那、文字の塊が弾けて、辺りに散らばった。
「うわ、やんば」
空中だから動くことができず、いくつか文字が張り付いた。
何か起きるだろうと思い、歯を食いしばる。
だが、何も起きず地面に着地する。
「…………あれ?」
少年は困惑するリースを無視して、指をパチンを鳴らした。
すると突然、文字がどんどん白くなっていく。
「なに、こ」
その言葉は、文字から飛び出してきた、真空の刃に全身を切り裂かれる痛みに遮られた。
「っつぅ」
痛みのあまり、膝をつく。
「それ、凄いだろ。アスタルテの呪詛には、けっこう種類があるんだ」
少年の言葉は、リースの耳には届いてなかった。
なにせ、彼女の心にはもう嫌な気持ちでいっぱいだったから。
「だあもう。子供相手に使うことになるなんて、大人げないにもほどがある」
「は?」
少年を無視して、リースは、一言。
「ウロボロス」
刹那、何の前触れもなく彼女の後ろに、小さな一匹の蛇が現れた。
蛇の声が、頭に直接響く。
《久しいな。我を呼ぶのは、いつぶりだ?》
「あはは、さあねぇ。なにせ、あんたの力使わなくても、大抵のことは片付くし」
《やれやれ》
「さて、話はあとよ。あの子供と悪魔、無傷で取り押さえて」
《蛇使いが荒いな》
悪態をつきながらも、ウロボロスは二人へと向かった。
「アスタルテ、あの蛇を殺せ」
《ウロボロス、まさか、本物なの?》
「アスタルテ!」
《あ、うん》
アスタルテも走り出す。
《――――》
アスタルテが人間には発音できない呪文を唱える。
刹那、呪詛で構築された剣が彼女の手元に現れた。
それをウロボロスの頭に突き刺す。
《この剣は、触れたものを消滅させる呪詛で構築されてるものよ。そのまま消えなさい》
そのご丁寧な解説を、
《ふむ》
ウロボロスはそう呟いて流す。
《……こんなところか》
蛇がそう呟き、剣が消滅した。
《な!?》
《何を驚いている? こんな陳腐な呪詛で、我を消せると思っていたのか? ははは、愚か者が》
《くっ》
アスタルテが後ろに跳び、距離を稼ごうとする。
《遅い》
刹那、ウロボロスは一気に巨大化しながら、彼女の後ろに下がる何倍もの速度で間合いを潰す。
《ちょ、マジ?》
《ふん、大罪に及ばぬ半端者が、『神獣』に届くはずがなかろう》
そう言って、蛇はさらに巨大化してアスタルテを少年ごと巻きついて、拘束した。
一方的な展開。
これが、リースが契約している『神獣』ウロボロス。
「お疲れ様~」
戦闘が終了したから、労いの言葉をかけながら歩み寄る。
《ふむ、それで、こやつらはどうするのだ?》
「そのまま押さえといて。ちょっと話する」
《どのくらいの間?》
「その子が口説かれるまで」
その言葉を聞いて、蛇はため息をついた。
それを無視して、少年へと歩み寄る。
少年の目には、怯えの色があった。
自分以上の、化物を見る目。
「あはは~、そんなに怖がらくてもいいのよ」
「どうして、これほどの力を……」
「ん。話は簡単。私は、あなた以上の化物だから」
「……何しに来た?」
「だから、言ったじゃない。保護しにきたの」
「……なんで?」
どうやらこの子は、人が他人を助ける簡単な理由を忘れてしまっているらしい。
本当に単純で、簡単な理由。
それを口にする。
「困っている人がいる。それだけよ」
「…………」
「そもそも、人を助けるのに、理由がいるの?」
少年は言葉を失ってしまった。
「ちょっと、何か言ってくれないと、何も言えないんだけど」
その言葉を聞いて、彼は顔を伏せた。
「僕みたいな化物を、助ける必要ないよ。僕は、今日たくさんの人を殺した。僕みたいなやつは、生涯孤独に……」
あくまでも明るい口調で遮って、言ってやる。
「考えが甘いわよ」
「え」
「これはね、とある馬鹿の受け売りなんだけど、そいつはこう言った。人は、本人がどんなに望んでも本当の意味で孤独にはなれない」
「…………」
「それに、あなたはまだ子供なんだから。まだ、やり直せる。もう引き返せない私とは違って、まだ間に合う」
にこにこ笑う。
その笑顔のまま、両手を広げる。
「それに、こんな世界でも、捨てたもんじゃないわよ。気を許せる馬鹿がいる。心の底から笑いあえる仲間がいる」
「けど、僕には、そんな存在……」
「それじゃ、私が第一号」
「え」
「私が、あなたの仲間第一号になってあげる」
その言葉を聞いて、少年は顔を上げた。
「あなたが、本当の意味での仲間を見つけるまでの、保険みたいなものでもいい。都合の良い、利害関係みたいなものでもいい。だから、ひとまず私を受け入れて」
くもり一つのない笑顔で、彼にそう言う。
少年はしばらく考え込む。
リースは急かすようなことはせず、促すようなこともせず、ただ待ち続ける。
そして、ぽつりと呟いた。
「本当に……」
「ん?」
「本当に、仲間になってくれるの? 僕みたいな人間でも、仲間を見つけられるの?」
「もちろん。私みたいな化物ですら、同じような奴らがたくさんいて、本当の意味で仲間になれたんだから」
少年の頭の優しく撫でながら、言う。
「あなたは、運が良い」
「え?」
「その年で、本当の意味での仲間に遭えたんだから。私なんて、倍くらいかかった」
「…………」
「そして、人間は一度アクセルかかると、歯止めが効かなくなるもんなのよ。だから、この先、大勢の仲間ができるわよ」
「あはは、なんだか、勇気づけられちゃった」
彼の目に、涙が浮かんだ。
それにリースは、くすりと笑う。
やっぱりなんだかんだ言って、まだ小さな子供なのだ。
母親のように、優しく少年を抱きしめる。
「よく我慢したわね。思いきり、泣いちゃいなさい」
それに少年は無言で頷く。
そして、彼は今までため込んでいたものを吐き出すように泣きじゃくった。
アスタロトっていう名前がよく出回ってるけど
アスタルテもあってるからねー