強引な勧誘
リースの戦い方、少しだけ公開するオ
ルークたちは、長老にお礼をしたいと言われて、彼の家に上がっていた。
「いやあ、竜人を退治していただいて、どうもありがとうございます」
お礼を言ってくる長老に、リースは微笑みを返す。
「いえ、人間として当然のことをしたまでですから」
「この国の人間のために汗流す義理はない、って言った人間の言葉とは思えねぇな」
「ぞいやっ」
「ごぶ!」
今の言葉が聞こえていたらしく、リースの突きをくらった。
もちろん、長老には見えないように。
リースはルークが起き上がらないことを確認して、彼に向き直った。
「そちらの剣士殿、大丈夫なのですか?」
老人の問いに、レドルノフが答えた。
「大丈夫ですよ。こいつ、頑丈ですから」
いや、生身で魔法の嵐に呑まれて、ぴんぴんしているお前に言われたくない。
リースが長老へと言った。
「それで、お礼というのは」
どうやら、彼女はもうこの話を終わりにしたいと思っているらしい。
「おお、忘れておった」
いや、おじいさん、それ忘れたらダメでしょ。
長老は、木箱を取り出した。
「それは?」
木箱開けた。
その中では、闇が蠢いていた。き、キモい。
いや、それは闇ではなかった。
とても小さな虫が、箱の中で蠢いているのだ。
なおのことキモい。
「これは、この町に伝わる『鬼海虫』という虫です」
『鬼海虫』
体長、0.2ミリにも満たない虫で、血を与えることによって、主従契約を結べる。
主人の命令には必ず従い、数を揃えれば義手を作ることも、自爆させることで爆弾を作ることもできる。
ちなみに、派生版として『火炎虫』、『氷結虫』などがいる。
「へぇ、かなりレアね」
「だな。こういうのは、滅多にお目にかかれないからな」
大人二人が、かなり打算的な話をしているのを無視して、シュスが訊く。
「本当にいいんですか?」
「もちろん。あなたがたは、この町を救ってくれた。儂としては、これでも足りないくらいじゃ」
おじいさん、あなたは、なんて良い人なんだ。
だが、それではいけないんだ。
あんたの目の前にいるのは、遠慮なんて微塵も持ち合わせていない悪魔なんだ。
リースは微笑んで、言う。
「申し訳ありませんが、受け取れません」
「「「「な!?」」」」
馬鹿な!
こいつは、遠慮なんて持ち合わせていない、悪魔のような女なのに!
「どうして受け取ってくださぬのですか」
「それ、持ち運びが面倒なので」
レドルノフが優しく彼女の肩に手を置いた。
「本音は?」
「虫が嫌いだから」
この女は、一体何を言ってるいるんだろうか。
レドルノフが意地悪そうに言って、
「へぇ、お前、意外とかわいごぎゅあ!?」
アッパーをくらった。
長老が慌てて駆け寄ろうとする。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。私たち、先を急いでいるので、そろそろ出発します」
そう言って、二つの死体を引きずって家を出ていく。
シュスも彼女についていく。
「お邪魔しましたー」
「そうですか。なら、近くを通りかかったらまた来なさい。今度は宴でもやろう」
長老は微笑み、彼女らにそう言った。
☆
四人は森の中を歩いていた。
ルークは、気になっていたことをリースに訊いた。
「なぁ、リース、どうして『鬼海虫』を受け取らなかったんだ? お前、別に虫嫌いな訳じゃないだろう」
彼女が虫をバリバリ食べていたのを見たことがある。
「いや、ちょっと、気が引けちゃってね」
「鬼の目にもなみ……」
今言葉を言おうとしたのは、シュスだ。
ちなみに、突然黙った理由は、リースがにっこり笑ったから。
ああ、どうしてリースが笑うとこんなに怖いんだろう。
「もったいない。せっかくの『欠陥神器』、もらえばよかったのに」
突然、さっきの竜人が出てきた。
ルークたちが戦闘態勢に入ろうとしたのを、リースは片手で制した。
「なんの用? リベンジでもしに来たの?」
「それもあるけど、ちょっと、確かめたいことがあってさ」
「確かめたいこと、ね」
「うん」
竜人は首を傾げてから、言った。
「どうして、私を縛る縄、緩くしたの?」
それにルークたちは、竜人を縛ったリースを見た。
「ふふふ、ねぇ、銀と白って、似てると思わない?」
「は?」
「いや、あんたの髪、私の仲間と似てたから。竜人ってこともあってね」
「あんた、なにを……」
困惑する竜人に、リースはにこにこ笑う。
リースは、一歩踏み込む。
「む?」
竜人は警戒心を露にして、彼女に合わせて一歩下がる。
「ああ、やっぱり、竜人めんどくさい」
また一歩踏み込んだ、と思ったら、リースは竜人に肉薄していた。
その場にいる全員が、反応できなかった。
別に、リースがでたらめに速い訳ではない。
『縮地』という、足運びの応用をしただけだ。
「じゃ、シンプルにいきましょうか。今から私はあんたを負かして、言うこと聞かせる」
「は、できないよ」
竜人は拳を突き出した。
「はい。残念」
竜人の拳はすり抜けた。
「んな!?」
「それ、残像みたいなもんよ。『肢曲』っていうだけど、知る訳ないか」
余裕たっぷりに、竜人の背後から言う。
これも『肢曲』という、ただの足運びの応用。
最初からそこにいなかったというだけであって、無茶苦茶な速さでそこから移動した訳ではない。
「チッ」
竜人は舌打ちしながら、急いで振り向く。
もう相手のことを、人間とは見ていない。
やっていることが人間離れしすぎていて、化物にしか見えなかった。
(拳か!? 蹴りか!? 突きか!? なんでも来い! どうせ、私には効かない!)
竜人の肌は、生半可な攻撃では傷一つつかない。
レドルノフの拳やルークの刀ならまだしも、華奢な女の一撃など取るに足りない。
(振り返った瞬間、一撃ブチ込んでやる!)
だが、攻撃など来なかった。
竜人がされたことは、リースに後ろから抱きしめられただけ。
「え」
あまりにも予想外だったため、間抜けな声を出してしまった。
「はい、私の勝ち」
「……なんで、攻撃しなかったの?」
彼女はゆっくりと離して、言ってきた。
「あんたから、殺気がなかったから」
「…………」
「ねぇ、私たちの仲間にならない?」
「え……でも、私は……」
竜人の言葉を遮って、リースは言う。
「言っとくけど、あんたに拒否権はない。私に負けたからね」
彼女はそう言って、手を伸ばした。
「ほら、手を取って、仲間になりなさい」
竜人は手を取ろうとして、やめる。
「私は、人間を信じられない」
「もう」
彼女は困ったように言ってから、無理矢理手を握ってきた。
「人間を信じろとは言ってない。私たちを信じればいいの」
その言葉を聞いて、十秒も葛藤し、
「………………………………………………………………………………………………うん」
その言葉に頷いた。
☆
竜人を加えて五人なったルークたちは、切り株を円卓のようにして座っていた。
リースが手を叩き、一同へという。
「はい。それじゃ、自己紹介をしましょうか。私はリース・アフェイシャン」
「ルーク・パラシア」
「シュス・ウィズダン」
「レドルノフ・フレラ」
「私はミラ・ディストリア。言っておくけど、男だから」
竜人改め、ミラは衝撃的なことを言った。
「「「「……はい?」」」」
「またか! またなのか! また私を女だと思ってるのか!」
「「「「いやいやいやいや」」」」
ルークたちは全員そろって否定した。
「なんだ!? 髪か!? この長い髪がいけないのか!?」
いや、髪の問題ではなかった。
女そのものの顔立ちに、すらりと細い華奢な肢体。
竜の翼と角。……まぁ、これは男女関係ないな。
「えっと、確認するけどよ、本当に男なのか?」
「そうだよ! 私は男!」
ミラの主張に、四人は猜疑心いっぱいの視線を送る。
リースはため息をついて、太もものホルスターから一本のナイフを取り出した。
「なら、私が確かめてあげる」
「え……? なんでナイフを……」
リースは見事な手さばきでナイフを一閃した。
「痛い!?」
手の甲から鮮血が舞う。
それを確認して、リースはシュスよりは遅いが、高速で魔法陣を描いた。
「メディカルプライス」
刹那、魔法陣が鮮血を吸い込んだ。
手の甲を吸いながら、ミラが訊く。
「ふぁにしふぇんふぉ(なにしてんの)?」
「血液に含まれる性染色体を調べてるのよ。それを見れば、男か女かわかる」
性染色体とは、その生物が男女どちらになるか左右するもののこと。
XX型であれば女、XY型であれば男になる。
光の文字が現れ、リースが解読する。
「うわ、XY型。本当に男なんだ」
「逆に、そこまでしないと信じてくれないの?」
ミラは涙目になった。
それは、痛みのせいだけではないだろう。
リースも複雑そうな顔をする。
なんだか重たい空気になるので、ルークが言った。
「なぁ、もう休憩時間はやめて、出発しようぜ?」
それに全員は立ち上がるという、無言の返事を返した。
シュスが、ぽつりと呟いた。
「次の町までの距離は、どれくらいなんだ?」
その答えを出すために、レドルノフは匂いを探した。
「大体二キロってとこだな」
「そうなの。なら、そこに行って、宿を取りましょうか」
奇行をさらりと流そうとするルークとリースを、
「「いやいやいやいや」」
シュスとミラが止めた。
「ちょっと待て。え? レドルノフ、わかるのか?」
「私、竜人だけどわからない」
竜人の嗅覚は、警察犬をも凌駕する。
だが、レドルノフのそれは遥かに上回るというだけの話だ。
ルークがめんどくさそうに言う。
「そんなのどうでもいいからよ、早く行こうぜ。俺、野宿はもうごめんだからな」
「そうね。野宿して、悲劇が再来しても嫌だし」
二人の会話に、ミラが興味深そうに訊く。
「野宿がどうかしたの?」
「「訊かないでくれ」」
ルークとレドルノフは涙目でそう答えた。
☆
ルークたちは、視界に町を捉えた。
「やっと着いたな」
彼はそう言うが、実際には一時間しか歩いていない。
「それじゃ、もう町に入っちゃおうよ」
「「「「待て」」」」
何気なく町へと向かおうとするミラを、四人が止めた。
「どうしたの?」
四人が顔を見合わせる。
全員同時に頷き、じゃんけんをする。
負けたのは、ルークだった。
「ミラ、さっき俺たちがいた町の隣町の住民が食い殺されてたんだけど、犯人はもしかしてお前か?」
竜人は人を食べることがある。
その事例は、決して少なくないのだ。
「え? いや、違うよ。というか、そもそも私は人を殺したことないよ」
なん、だと……
「え、いや、さっきの町でじいさんの腕、もいだろ?」
「確かに、自衛のために四肢のどれか奪ったりすることはあるけど、殺したりはしないよ」
「……なんで?」
「お父さんが、人を殺してはいけません、って言ったから」
((((良い子や))))
「そっか。わかったよ。そんじゃ、とっとと行こうぜ」
その言葉に全員が頷き、町へと向かって歩き出す。
その途中で、
「あ」
ミラが声をあげた。
「どうしたの?」
「私、竜人だった」
「あ~」
竜人は人間と仲が悪い。
理由は、人間からの一方的な迫害によるものなのだが。
「もしかして、私だけ野宿?」
それは、あまりにもかわいそうだ。
ミラが涙目になる。
やべぇ、かわいい。
「大丈夫よ。レドルノフ」
「へ? ……ああ、成程な」
レドルノフが光の魔法陣を描く。
別に遅くはないのだが、シュスやリースの展開速度に比べると、
「おっせぇな」
「うっせぇ、黙ってろ!」
魔法陣を描き終えて、レドルノフは呪文を唱える。
「インビジブル・ミスト」
魔法陣から霧が現れ、ミラの翼と角、竜人だとわかるものを覆った。
そして、霧に覆われた箇所は透明となった。
「おお、凄い。魔法ってすごく便利」
「だろ?」
レドルノフの自慢がうっとうしいから、リースは言った。
「それじゃ、町に行って、宿を取りましょうか」
次はド・コメディよ