老衰で死んだ俺は今度こそ働きたくない
新連載です。
今回のテーマはずっとやりたいと思っていた「ヒキニート」になります。
誰もが望む究極なヒキニートを目指す物語に……なればいいなあ。
ゆっくりと意識が戻ってくる。
……ああ、まだ生きているのか。
身体が痛む。
頭を動かそうとしたけど駄目だった。
まだ手足の感覚はある。
指を動かしてみた。
誰かが触れているのか少し抵抗があった。
頭の中を色々な音が駆け巡っている。
轟音や調子外れな笛、あるいは太鼓?
死にかけってこんなに賑やかだったのか。
倒れてからどれくらいたったのか。
目が見えないし耳も聞こえない。
感覚が麻痺してしまっている。
頭の中で響いているのはおそらく私の脳内の雑音だろう。
あとどれくらい生きていられるんだろう。
正直、もういいかという気もしている。
まだ生きてはいるけど、実質死んだようなものだ。
これ以上生き続けても入院費用がかさむだけだ。
そういえば誰が払うんだろう。
私の貯金は結構残っているはずだから、誰か相続人がきっと。
相続人って誰だったっけ。
頭が働かない。
眠いのとも違うけどぼんやりして考えがまとまらない。
ああ……このまま。
まだ生きているのか。
倒れたことは覚えている。
胸がもの凄く痛かった。
心臓が引き攣れたみたいなかんじだった。
玄関で倒れたんだったっけ。
思い出せない。
また意識が闇に飲み込まれていく。
まあ、結構長生きした方だ。
確か八十歳を自分で祝った覚えがある。
女房っていたっけ?
子供は?
いたような気もするけど曖昧だ。
何かの小説とごっちゃになってしまっているのかも。
頭がぼやけて考えられないし思い出せない。
大往生とは言い難いけど、とにかく生き抜いた。
嫌な事ばかりだった気がする。
というよりはそればっかり思い出す。
良いこともあったはずなんだが。
サラリーマンだったことは覚えている。
仕事はともかく職場が嫌だった。
上司も同僚も部下も嫌いだった。
それは痛切に記憶にある。
二度と会いたくない。
でもちゃんと働いていたんだよな。
少なくとも毎日会社に行って自分の机に座っていた。
大量の書類を作っていた記憶はある。
エンジニアだったと思う。
IT、とは名ばかりの事務計算システムばっかりだったけど。
いやいや、それだけじゃなかったはずだ。
不完全メッシュ型パケット交換網を設計していたという記憶がある。
それが何だったかは思い出せないけど。
ネットワーク関係の国家資格も持っていたような。
社内研修の講師とかコンサルティングとかも担当していたと思う。
でも内容がまったく思い出せない。
というよりは記憶がない。
不思議なものだ。
ていうか何か変じゃないか。
まだ死んでないのか。
途切れ途切れだけど、ずっと意識が続いている気がする。
でも断片的な知識というか単語がボツボツ浮かんでくるだけでまとまらない。
おかしい。
そう思う事自体がおかしい。
普通、人が死ぬ時って意識が混濁してそのまますうっと消えていくのでは。
いや死んだこと無いから判らんが。
若い頃に散々読んだラノベだと意識を保ったまま何かよく判らない空間で羽が生えた美少女とか女神様とかに会うんだよな。
それで異世界転生とかチートとか貰ったり何か使命を与えられたりして。
そんなのは全部ゲームの派生だと思っていたけど。
逆にいつまでたってもぼんやり考えているってあったっけ?
事故か何かで全身麻痺とか?
いや俺は寿命というか老衰で死んだはずなんだが。
それとも死にかけのまま生命維持装置に繋がれているとか。
そういう話もあったな。
身体は完全に麻痺しているんだけど意識だけははっきりしている状態で何十年も生き続けるとか。
そんなの地獄だろう。
入院が長引くと費用がかかるから強制的に転院させられるという話を聞いたことがある。
何も感じないけど、ひょっとしたらあちこちの病院をたらい回しにされていたりして。
しかし困った。
退屈になってきた。
というかずっとそうなんだけど。
幸いと言っては何だが、いつもぼんやりした状態で時々意識がはっきりする程度だから何とか発狂しないで済んでいるのかも。
あまりにも何もすることがないから何とか思い出そうとしているのに自分の名前すら出てこない。
生活記憶だったか、日常生活に必要な動作とか記憶とかは記憶喪失になっても残ると聞いたことはある。
本当かどうかは知らないが。
知識は消えるけど感情に基づく記憶はずっと残るそうだ。
つまり嫌な事についての思い出はなかなか消えないと。
確かミームになっている奴があったな。
「働きたくないでござる」




