詠んじゃった
三大公爵家の嫁を娶るため、侯爵家がプライドをかけた全力の挙式は、もう目が回るほどの絢爛具合だった。
義父母には『嫁いできてくれてありがとう!』と、びっくりするほど歓迎された。
新郎が隣で彫刻のごとく無表情だった点を除けば、社交シーズンも相まって王都中が浮き足立つようだった。
こんな式を挙げちゃったのに、初夜で放置するとしたら、それはもうあらゆる方面に喧嘩を売っている。
王族だって、陛下と妊娠中の王太子妃以外はだいたい出席してくれたほどだ。
彼の心臓は鋼だろうか。正直、コーデリアは吐くほど気まずかった。
そして、初夜。果たして彼は、寝室を訪れた。
夜着ではなくシャツとスラックス姿で、あからさまに閨を避けてはいるが、ひとまず放置はされていない。
使用人はちょっとよそよそし過ぎる気はするが、最低限の世話はされた。
「……今の私は、あなたを愛せない」
「そっちかー……」
「は?」
「いえ、なんでも」
思わず本音が漏れたのは、不可抗力だ。
まさかそっちとは。ジャンルとしては、婚姻しといて『愛する気はない』系だろうか。
そりゃあ世を儚むよね……。
遠い目をするコーデリアには気づかず、こほんと咳払いをした夫、ライシスが目を逸らしつつ。
「私には、つい先日まで想う相手がいた。もちろん清い関係であり、倫理に反することはしていない。だが、真に想い合う恋であった」
これはポエムかな? 詠んじゃうのか?
ちょっとわくわくしてしまうコーデリアは悪くない。
「彼女と心を交わし、慈しみ合った記憶は、未だ私の胸に息づいている。このままあなたに触れるのは、あまりに不誠実だと恋の欠片が叫ぶのだ」
「はあ……」
「せめて恋が風化し、この心があなただけを愛するまで、どうか待ってはくれないだろうか。あなたは美しく、聡明な女性だ。真に愛されることこそ、あなたに最も相応だと私は考える」
「へえ……」
気の抜けた返事しかできないが、つまりこれは猶予を求めているのか。
ポエマー気質が全面に出過ぎていて、理解まで少し時間がかかった。
────なるほど……これを、コーデリアは〝拒否〟と捉えたのかな。
そして、聡明ならわかるよなと、脅された気持ちになったわけだ。
愛する人に想い人がいて、自分には触れられないと言う。
ああだこうだ言い訳を重ねても、結局は拒否と同じようなもので、だから絶望してしまった。
わからないではないが、真っ先に死を選んでしまうのは、少々極端な気がする。
元々の気質と、育った環境で愛情を求め続けたことや、婚姻への希望があったとは思うけども。
でも、それにしたってもったいない。一度しかない人生なのに。今のコーデリアは二度目だけども。
やりようは、ある気がするな。少なくとも、今のコーデリアならば。
「確認してもいいですか?」
穏やかに微笑みつつコーデリアが手を挙げると、ポエマー夫は戸惑いつつも頷いた。
さて、ここからは交渉の時間だ。
「この婚姻の目的はご存知ですか?」
うだうだもだもだするのは、前世からあんまり好きじゃない。
いつ、どこで、誰と、何を目的に、どんな方法で、何をするのか。タスク管理には欠かせない要項だ。
「政略的な……」
「はい、そうです。わたしが後継の母であること。この政略結婚は、それをもって完遂となります」
事前に婚姻契約書を確認してよかった。
婚姻して子をもうけ、必ずその子が侯爵家の当主となる。公爵家の血縁を持った子が。
そうすれば、公爵家と侯爵家は盤石なつながりができ、政や社交でも影響力を増す。
そのために、政略結婚が結ばれたのだ。
「わたし、愛とかに拘りはないです」
「えっ」
なぜそこで驚くのか。
今のコーデリア、特に夫を好いているわけではない。
前世の人格が大部分を占める今は、初恋の記憶はあっても他人事のようなのだ。
それに、婚約期間に余所見していたと、初夜の寝室で言っちゃうタイプのポエマーだ。
今すぐ好きになれというのは、ちょっとばかり厳しい。
だがしかし、好きでもない人に今は愛してないと言われても、特にショックは受けないし、正直あんまり興味もない。
白い婚姻を望んでいるというわけでもなさそうだから、押せばなんとかならないかな。
「そんなのはどうでもいいので、子作りはしましょう」
「なっ……」
「子ができないのを、わたしの責にされたら嫌ですし。閨をしない夫婦に子はできないでしょう? 鸛でもあるまいし」
「だが……」
「え? まさか、わたしに石女呼ばわりされろと?」
「いやっ! いや、まさか、そんなことは。だが、あなたは私を好いていて……」
「好いた人のためなら、不名誉も負うべきですか? わたしが? なんのために?」
「……」
「これは政略結婚です。わたしがあなたを好いていようがいまいが、家同士の結びつきです。わたしは公爵家の名を背負って嫁いできました。貴族が、自らの誇りを自らで傷つけるわけはありません」
当たり前のことしか言っていないのに、ものすごく驚いた顔をされている。
首を傾げつつ、コーデリアは続けた。
「あなたの心がどちらを向いていても、わたしは気にしません。愛人を囲っても、そちらと子をもうけても、文句は言いません。認知はしないし、侯爵家の資産で養うこともしませんけど」
「……」
「いい条件だと思うんです。求めるのは、次期当主としてのお仕事と、後継を作ること、夫人を尊重することだけ。義務を放棄したり、よその女の移り香を持ち帰ったり、妙な諍いを持ち込んだりしない限り、わたしは子を産み夫人としての役割をまっとうします」
ソファセットに移動し、部屋の外に控えていた夫の侍従を呼んで紙とペンを要求。
呆気に取られる夫を座らせて、飲み物を用意させる。
ついでにガウンも持ってきてもらった。夜着はスケスケすぎて恥ずかしいのだ。
「まず初めに、わたしは特にあなたを嫌っているわけでも、厭っているわけでもありません」
「……私もだ」
「ええ。わたしたち、お互い何も知らないですよね。これから知り合えたらいいですね」
「そうだな、うん」
「円満な夫婦生活のために、最低限の礼儀としての条件はまとめておきませんか?」
「構わない」
混乱も一周回ると落ち着いてくるのか、夫は緩慢ながらも頷いてくれた。
優しいというか、押しに弱いというか。
なんともあっさりと言いくるめられて、なんだかんだ初夜を完遂させることができた。
そして気がつけば、コーデリアは初夜を生き延びていた。




