【03】 2.任務
試験から1日が経った。
試験は無事終わり、ミキはそろそろ試験の結果が来ると言われたので、自室でその通達を待っていた。
(まぁ、大丈夫っしょ)
ミキは、特に心配はしていなかった。
前に、ミキは試験の合格が条件というのを手放しに、一人前に昇格できることを喜んだが、それは、自信から来るものだ。
過信ではない。実際にミキは十分過ぎるほどの修練を積んでおり、もちろん、実戦経験も多く積んでいた。
後々分かってくるが、実は誰もが認める逸材なのだ。
ちなみに、殺し屋の教官というのは珍しく、本来、暗殺者育成所などに数十名の見習いにつき1人いるくらいだが、たったのミキ1人つきに教官がついているというのは、つまりそいうことである。
「ふぅーっ」
だが、自分の積み上げてきたものをどれだけ信用していても、緊張するものはするらしい。
大丈夫だろうというのは本心だが、緊張をほぐすため、何度も深呼吸をした。昔、怖い時、鼓動が激しい時などには、こうすればいいと教えてもらった。
(これで、やっとあの下僕生活から解放されるんだ〜!)
ミキにとっては、今回の昇格はそれだけ大事なことなのだ。
その下僕生活の苦しみは、本人しか分かり得ない。
コンコンッ
ガチャ
ドアの開く音がした。音のした方を振り返ると、そこには会議に行っていたはずの教官がいた。
「なんすか」
「直々に合否伝えてやるとよ。早く来い」
誰が、とは、きっと今会議を行っている幹部の者たちのことだ。
通常なら、合否の結果は、教官を通して伝えられるはずだが、お咎めでもくらうのか、とミキは、少し心配になってきた。
(いや、そんな訳)
ミキは首を振る。
教官が会議をしている部屋へと、早歩きで向かう。ミキはその後ろを小走りでついて行った。
(⋯この廊下こんな長かったっけ)
しばらくすると、表社会の社内の会議室と何ら変わらない、味気ない扉が見えてきた。
教官は扉の前で立ち止まり、ミキに先に入るよう促した。
ミキがドアをノックする。
「入れ」
中から野太い声がしたのを聞き、ドアを開ける。
そこには、強面のかつては優秀な殺し屋だったであろう中年の男たちが、机を囲んでいた。
一斉に彼らの視線がミキに向けられる。なかなかの威圧感だ。気の弱い者なら、尻もちくらいついてもおかしくはない。もう少し抑えることはできないのか、それとも威厳を見せるためにやっているのか。
「今回の試験の合否について、お伺いに参りました」
だが、ミキは一切怯む様子を見せず言った。
教官や陽介の前とは違い、丁寧でしっかりとした言葉遣いだ。
「そのことだが⋯」
ゴクリ
ミキが唾を飲む。
「お前は優秀だな。歴代でもトップクラスの成績だった」
「⋯!」
その言葉を聞いた瞬間、少しミキの目が見開いた。
「合格、ということでよろしいですか?」
「あぁ、おめでとう。」
(よしっ!)
ミキは心のなかでガッツポーズをきめた。やはり、あれは無用な心配だったようだ。
「早速だが、任務を頼みたい。正式な殺し屋としての初任務だ」
祝いの言葉も程々に、バサッと紙の束が机に置かれた。
なかなかの厚さだ。
さっきまでの喜びは一瞬で消え去った。
(クソジジイ⋯)
ミキはその紙束を手に取りながら、そう思った。毒舌だ。
だが、その任務は、後に彼女の人生を大きく変えることになる。
「分かりました」
睨みつけてやりたい気分だが、ミキは嫌な顔一つせずに、返事をした。
そんなことを言ったらどうなるかを、よく分かっているのだ。
そんなミキの気持ちもお構いなしに、男は話し続ける。
「これから、『Black Rose』の要としての今まで以上に尽くしてくれ。期待している」
『Black Rose』とは、この組織の名だ。
その要とは、文字通り、ミキはこれからの組織、いや、これからの暗殺業界を担う中心人物なのだ。
(なんだよ要って、好きでなった訳じゃないんだけど)
だが、ミキ自身は、この立場は嫌いだ。
大人達がミキという重要人物の存在を隠すために、同年代の子達や陽介以外の先輩達と、全然会わせないなど、窮屈な生活を強いられているからだ。これに関しては、一人前になっても変わらないかもしれないな、とミキは今更ながら思った。
「はい、期待に応えられるよう、頑張ります」
ミキはお辞儀をし、部屋を去った。
ミキの自室がある、組織の寮ーというか、組織にとって大事な大事なミキ専用の鳥籠―は、同じ敷地内だが、会議室があるこの本部とは別棟だ。
寮というよりも、ミキは物心つく前からそこに住まわされている為、我が家という認識の方が近い。
組織がミキの存在の隠蔽のために建てたものなので、ミキ以外に住む者もいない。
その我が家へ行くには、会議室がある本部と繋がった渡り廊下を通り、さらに自室へ行くには、1つの居間を通る必要がある。
ミキがその居間に入ると、一人の青年がソファに座っていた。
「あっ、きたきた」
どうやら彼、陽介はミキを待っていたらしい。
「合格できて良かったな。おめでとう」
そう言いながら、陽介が腰を上げる。
「ありがと⋯。私、合格したなんて言った?」
「その顔見りゃ分かる。早く一人前になりたいって、ずっと言ってたもんな〜」
陽介との付き合いは長いので、ミキが何を考えているかは大体分かるらしい。
心を見透かされていることは少し怖いが、祝われて悪い気はしない。
「つーか、聞いてよ!なんか、いきなりこき使ってくれるんだけど、あの人たち」
ミキはバサッと先程貰った紙束を机の前に出して見せた。
陽介はミキの愚痴だってしっかり聞いてくれる。
「ははっ、お疲れさん。実は俺、その任務のことで来たんだよ」
「えっ、もしかして、よっちゃんと一緒の任務⁈」
この優しい兄貴と組ませてくれるなら今回のことは許してやらないこともない、とミキは内心思った。
「ふっふっふっ、驚くなよ?」
陽介がわざとらしくそう言った。
「ななな、なんと!」
「なんと⋯?」
だが、次の瞬間、彼の口から出たのはミキの予想を斜め上にいった言葉だった。
「今日から俺は、ミキのマネージャーになりまーす!」
「⋯マネージャー⋯?私の?」
陽介が自分のマネージャーというのがよく分からなかったようで、ミキはぽかんとした顔で聞き返した。
「そうだ」
いつ来たのか、壁にもたれて腕を組んだ教官が代わりに答えた。
「ほら、アイドルとかにも付いてるだろ、仕事のマネジメント?とかするやつだ」
いつも偉そうにしている割には、あまり参考にならない。疑問符を疑問符で返されても困る。
「そう、俺は任務のスケジュール管理から、毎日の健康管理まで、お前のこと諸々任された。だから、今日からよろしく」
「⋯ああ、今日で俺はお前の指南役から降りる。後は勝手にしろ」
教官は、長年ミキの教育係で、ミキをを指導していたが、情というものが湧いてこないのか、ぶっきらぼうにそれだけ言うと、早々に部屋から出ていった。この業界のおっさん達は、なんでこうも皆つれないのだろうか。
(うるさい教官がいなくなるなんて、今日はいろいろツイてんな)
そう思う反面、ミキは別れの時でもそっけない教官に対して、少し寂しさを感じていた。
「⋯つまり、クビにされた教官の代わりに、よっちゃんが来たってことね」
「うん、じゃなくて、聞こえるって。ほんと懲りないね」
ある意味ミキの言っていることは正しいので、否定はしない。
「え、じゃあさ、じゃあさ」
「何?」
「何すんのかはよく分かんないけどっ、一緒に仕事出来るってことでいいよねっ、これから」
ミキは目をキラキラと輝やかせる。
「そんなとこだな」
「ふひひひ」
ミキは口にこそ出さないが、尻尾を振る子犬のように、嬉しさがにじみ出ていた。
それを見て、陽介はこの役に就いてよかったと思った。
「何その笑い方w」
そして、そっと自分よりも頭1つ低い頭を撫でた。
パンッ
「はいっ、無駄話はここまで」
陽介は手を叩いて言った。
「そろそろ本題に入ろう!」
「何、本題て」
「ほら、これのことで来たって言ったじゃん」
そう言って陽介が指差す先には、先程ミキが置いた紙束があった。
「捨てていいよ、そのゴミ」
「だめ」
陽介はパラパラと紙を捲り、あるところで止まると、ミキの目の前に差し出して見せた。
はっきり言って、ミキからしたら読むことも避けたい代物だが、陽介が目で読め、というので渋々目を通す。
その紙束には、ミキに命じられた任務の詳細が記載されている。
いや、ミキにたち命じられた任務だ。
「⋯?」
数行目に、ミキの目が留まる。
そこには、飾り気のない文字でこう書かれていた。
『当任務の実行メンバーとして、下記の計6名を任命する。』
ミキは日本語の意味をうまく咀嚼できず、陽介を見る。
だが、兄貴はニコニコこちらを眺めるのみだ。
読み間違いかと思い、もう一度読み返す。
『当任務の実行メンバーとして、下記の計6名を任命する。』
しかし、何度読んでも同じことが書かれている。
「????」




