レナード公爵
バカバカしい話し合いにマルと私は部屋を出ていた。
すると、珍しくマルが自分から口を開く。
「…………質問」
そのまま続けられる言葉を待っていたのだが、しばらくしてもその質問とやらが訊くことができない。フロルスなら勝手にでも続けられるのだろうけど、この子は律儀に私の了解を待っているのだ。これ以上待っていてもマルは質問をしてはいけないと解釈して止めてしまう。だから、私は早めに質問の許可を出す。
「あまり気にしなくてもいいのよ、マル。どうぞ、質問を許すわ」
マルが頷き質問の許可だけを受け取る。本当にウチのメイドは変な所で融通が利かない。
「…………どうして他種を受け入れた?」
それは奴、自称異世界人の事を言っているのだろう。確かに、この土地に限らずこの世界では他種を受け入れる事は絶対にない。それでも私は受け入れた。その理由は簡単なことだ。
「バーパス(あいつ)を蔑むのに利用できるからよ」
それも確かな理由だ、でもそれだけでは納得しないだろうから理由を付け足す。
「それに、レナードが興味を持ったことであいつが異世界から来たというのも少し疑えなくなった。あれは王族に忠誠を誓っている……というよりもリチア様にだけど、そんなレナードが微かにでも王族に危険が残る可能性を残しておくとは思えない。仮にもレナードは上位にあたる高貴族、万が一の事があっても処理するはずよ」
最終的にあの異世界人を受け入れたのはレナードだ。もし王族にそれが知られたとしても、責任はレナードにとらせる。その後のことなど知ったことではない。私達に被害が来るようなら他の貴族ごと巻き込んでやるつもりだ。
「…………それが終わったらどうする?」
そんな思惑を感じ取ったのか、マルは私の事だけを考えてくれる。異世界人の存在価値はバーパスへの蔑むための道具、それが終われば用済みといっていい。
「レナードに思惑があるのか、純粋に異世界の話を聴きたかっただけなのかは分からないけど、」
こんなときフロルスがいれば悪い顔になっていると注意される。それでも私はその顔を崩さず、髪を払い言ってのけた。
「撥ねちゃっていいわ」
そう答えた後、いつのまに付いてきたのか別の方向から声が届いた。
「なにやら不穏な話が聴こえましたね」
相変わらずの愛想笑いと共にレナード、そしていつの間にかレナードの側近であるセレンシアが私の家に入り込んでいた。
「失礼とは思いましたが、従者が不在のようなので勝手に入らせていただきました」
冷静な口調で嫌味を言ってのけるセレンシアに一々突っ掛るのは無意味だ。所詮は従者の立場、受け流すべき戯言だ。
「失礼だよシア」
「は、ご無礼をお許しくださいストック様」
「ふん、そんなことどうでもいいわ。それで私になにか用? それともあの異世界人を生かしておく本当の理由でもお話に来てくださったのかしら?」
「おや、私も信用がないんですね。あれはあれで嘘ではないんですよ」
嘘でもないけど真実でもないんだろうという言葉を私は飲み込んだ。
「そうですね。彼もいない事ですし、少し腹を割りましょうか。今後彼をここに置くのであれば、管理はフェル君、貴方に全てお任せします」
レナードがここに来た理由に納得と怒りが芽生える。
仮に奴の正体が王族に見つかった場合、全ての責任を負えと言いに来たのだ。当然、レナードの保身のためではない、それならば他の貴族を巻き添えにできた。だが、名指しで下された時点でそれは種のためのものだ。怒りは考えるまでもなく持つことを許されない。
それに、奴にはすでにフロルスを付かせている。問題が起きても処理できる。
「それにフェル君はまだ疑っているようですが、彼は異世界の者と考えて良いでしょう」
確定的発言に私は異議を唱えた。
「それはなぜかしら?」
私から出る当然の質問にレナードは相変わらず微笑んでいる。
「それはフェル君の方がご理解しているのではないですかね?」
が、それは不意打ちだった。てっきり知りたい答えが訊けるのではという甘い期待が、私から言葉を奪う。
「質問を質問で返す形になりますが許してくださいね。他種を受け入れないのがこの世界での常識、敵がいればすぐに処分をする。ではなぜ彼をこの城に連れてきたのでしょうか?」
「そ、それは――」
「尋問ですね。敵の素性を調べ他にも隠している事を喋らせる。では、なぜ彼の言葉を一度で素直に信じたのでしょうか?」
「それはマルがッ――」
その瞬間微かにマルの表情に陰りが見えた。
つまり、
「そう、マル君の嘘発見器は優秀です。それが答えなのではないでしょうか? それにフェル君が求めている答えを持っている可能性も秘めている」
何もかも見抜いている言い草に頭にキタ。
「勝手に分かったようなことを言わないでっ、あんたに何が分かるっていうのよっ!」
「これは失礼余計なことまで言いすぎました、他意はないつもりです。しかし、最後に一つだけ言わせていただきますね」
レナードは私から視線を外しマルに合わせた。
「先ほどのお二人の会話に真実と嘘が交じり合っていたのでは?」
マルは否定も肯定も口には出さなかったが、それだけでどちらを意味しているのかは明白だった。私の名誉を考えた上で嘘も吐かない代わりに言葉も出さない。
私自身でも気付かない真実と嘘の言葉の入り乱れにマルは気が付いていた。マルに嘘を吐くつもりなど全くなかった。でも私が気にしていることを気づかれるのが怖くて体は自然とそうしていたということなのだ。
「ごめん、マル」
「……謝る必要ない。フェルが悩んでいる事は知ってるから」
きっとフロルスも気が付かないふりをしているだけ、そんな二人がいるから私は救われている。
だからこそ、二人の為に貴族として器が必要だった。
そして、その答えがあるかもしれない。
「レナード公爵」
その許可を出せるのは目の前の男しかいない。
「はははは、改まって言うのは止めてください。私が伝えに来たのは最初の件だけですよ。それ以外で貴族として必要だと思うことはお任せします」
全ては王族であるリチア様の為になるのであれば目を瞑るということだ。
「ありだとう」
だが十分だった。
そうと決まれば監視を続けているフロルスに変わり、私があいつを監視する必要がある。そのためには二人がいる部屋に行きたいのだが……、
「で、いつまでいるわけ?」
「おや、ひどい言い草ですね。もう用済みですか?」
レナードが帰るのを窺っていたのだが、一向に帰る素振りを見せずレナードは目の前にいた。
途端に「帰れ」という雰囲気が一気に漂う。私とマルは同じ意見で、そしてセレンシアは自身の城に帰ってもらいたいがため意思が団結する。
「そ、そういえば、彼と話している間に勝手にシアが嗾けたのですが、気が付きもしませんでした」
その雰囲気を感じ取ったレナードは必死に場を長引かせようと会話を続けている。どうやら、愚痴を言いに来たというのは本当に嘘ではないらしい。セレンシアは主人思いだが、頭が固い節がある。そんな窮屈な環境から逃れてここにきたのだろうが、早くも見つかったのだろう。セレンシアは側近ともあって行動をあっさりと見抜いたようだ。
「それに彼は私の質問に真剣に考えて答えを出してくれました」
「あ、そう」
「ははは、反応が冷たいですねー」
「レナード様、そろそろお城にお戻りになられませんと」
セレンシアの見えないところでレナードから目で合図が送られてきた。
「(なんとか長引かせていただけませんか?)」
「(私は忙しいんです、レぇナーぁド公爵)」
最後には「薄情者~」と訴えかけられたが、無視する。
だいたい重要な件ならまだしも暇つぶし程度で私の時間を奪おうなんて許すわけがない。
「では、用事がお済みなようなので参りましょうレナード様」
「そうだねシア……」
儚げな表情で後ろ姿を見せるレナードは足取り重く歩き出した。
「お、これはしまった。肝心なことを訊き忘れるところでした」
すると何かを思い出したようで、振り向きその足を止めた。正直、まだあるのかと思いもしたが不憫に思った私はとりあえず聞くだけの事はする。
「異世界での女性の口説き方で『押してダメなら引いて見ろ』と教えていただいたのですが、どういう意味がお分かりですか?」
「リチア様にそんな接触をしたら殺されるに決まっているでしょう。第一王族に触れるなんて」
「そのままの意味で捉えたらやはりそうですよね。うん、ここは次の機会にでも彼に真意を尋ねましょう」
新たに逃げる理由を作ってしまえばレナードの表情は明るくなった。その反面セレンシアは新たな覚悟で捜索の範囲を広げるだろう。
それは私には関係のない事だ。
適当な相槌を打ち、ようやくレナードは城を後にしたのだった。




