買い出し①
レナードとなぜか恋愛話しをした後、フロルスさんと二人っきりという気まずい雰囲気に僕は自然と正座をしていた。
悲しくもドキドキワクワクの二人っきりという空間ではなかった。だって、これは間違いなく捕虜を監視すると言う名目でこうなっていたからだ。
フロルスさんは音もなく僕の後ろに立ち、僕が少しでも動くとカツンと小さく靴の音を鳴らす。それはまるで、それ以上の動きを見せたら、どうなるかわかりませんよ、と静かに警告しているようだった。
体感時間が恐ろしく長く感じ始めた頃、ようやくストックさん……もといストック様が戻って来た。なにやら、離れたところでフロルスさんと話し合いが始まっていたけど、見張り役がマルさんに代わって聞き耳を立てる事なんてできずに成り行きを待つしかない。
緊張感が無くならないまま暫くしてから、話し合いは終わりを告げた。
そして、その結果――
「なぜか僕は買い物に行っている」
「はぁ?」
僕の独り言に意味不明だと怪しんだ様子でストック様が睨み付けてきた。
「あははは……なんでもないです」
だけど、僕の方こそこの状況がよく分かっていないのだから独り言の一つや二つ漏らしたって仕方がないはずだ。だって、あの時の話し合いの結果、僕に言い渡された内容は「お嬢様の大好物を買いに行って来てください」と言うもので、そこまでだったら城に置いてもらう代わりに働くのは当然だと思えた。それに僕の尻が削られている時にそんな話をしていたような記憶もある。
でも、その買い物は僕一人で行かせてもらえない挙句に、同行する相手がなぜ主人であるストック様なのか全くの疑問だった。
「あの~」
従者であるフロルスさんかマルさんが僕の付添……というよりも監視なのだろうけど、それをしないのか聞こうとした。当然、先頭を歩かされている僕は後ろを振り向くわけで、当たり前の行動だったはずなのになぜか睨まれている。
「す、すいません」
何が悪かったのか分からないまま謝るしかなかった。また沈黙という永遠の体感時間を味合わなければいけないのかと思っていると、
「ねぇ」
ストック様がふいに話しかけてきてた。
「はいっ」
それに僕は迷わず食いついた。仮に僕をけなすためだけの会話だったとしても沈黙よりはマシだと思う。
ストック様は肩に掛かった髪を払い僕の隣までやってくる。その横顔を見ると初めて会った時の美少女の姿が思い出された。端正な顔立ちはやっぱり綺麗だと素直に思う。
「じろじろ見るな! そのまま前を見て歩く!」
乱暴な口調が残念だ。
「あんたの世界ってどういうとこ?」
「へ?」
落胆しながら前を向き直そうとするよりも、また、ストック様の顔に視線が行ってしまった。捕まってから一度として異世界人としての興味はあまり持っていなかったような気がしていたから、そんな質問が来るとは思っていなかったのだ。
「いえ、普通ですけど」
突然のことで僕はそんな回答しかできなかった。
「あんた私の事馬鹿にしてるの?」
「え、あ」
僕の世界で普通の事でもこっちの世界で普通とは限らない。なにより、この世界を体感している僕がそれを一番に分かっているはずなのだ。
じゃあ、と考えてみてもこの世界の事を知らない僕が、何を基準に僕の世界を説明すればいいのか分からない。例えば、僕の世界が混沌としたバトル漫画のような世界だったら説明は簡単だったのかもしれない。だけど、そんなことはもちろんないわけで、一般高校生の日常は一言でいえば無難だった。
特に面白いこともなければ、危険な目にも合わない……悲劇はあったけど。
ただそれだと話としてはあまり面白くないわけで、
「平和でしょうか」
そう答えるしかない。レナードにはそのままを話したけれど、何かこう男として女の子を楽しませたいと思ってしまったら、何か展開があった方がいいなとか考えれば考えるほどなにも浮かんでこなかった。
そんなつまらない回答に冷たい視線とため息が返ってくる。
このままでは、まずい、と会話終了の危機に慌てて僕は訊き返した。
「そ、そういえば貴族ってどういう人の事を言うんですか?」
「聞いてどうするの?」
それはないんじゃないかと思う。自分は聞いておいて、僕が訊いたことには意図があるみたいに疑われるなんてあんまりだ。
「私が話したんじゃ、私が知りたい情報を訊けないじゃないの……」
「はい?」
「なんでもないわ。そうね、あんたもここにいるなら少しは知っておいた方がいいかもしれないわね」
何か呟かれたけど聞き取れなかった。そのまま誤魔化されはしたものの、会話がつながったことに僕は喜ぶ。
「種族の名ぐらい教えたかしら?」
説明どころか、僕に教えてくれたことは何もない。
「そうだったかしら、まぁいいか。私たちの種は『ルナレト』と呼ばれているわ。暮らしているルナレトを種類別に言うと四つね。王族、高貴族、貴族、民」
その中のいくつかは聞き覚えがある。王族は確か、レナードの好きな人のことだ。でも、会話からレナードは王族ではなかったはずで、そうなると、
「あんたが知っている中で高貴族はレナードのことよ。今言った順の先頭が位で高いことになる」
「ってことは、バーパスは同じ貴族ってことか」
何気なしに捕まった時の事を思い出して、ストック様とバーパスの口論上同じ立場にいることを再確認した。それに相槌なんて入るわけもなく、無視されてルナレトという種族の説明が続く。
「王族はルナレトでも特別だからたった一人のお方。高貴族は全部で三人。貴族は私を含め五人いるわ」
ふんふんと僕は頷いて聞いている。
「基本的に貴族は高貴族の命令で動くから、王族にお会いすることができるのは貴族選抜の時くらいね」
話し方でも王族が特別なのが分かる。高貴族のレナードの呼び方は雑な割に、王族の話になると口調そのものが変わっている。
しかしそうなってくると、美男子と言えるレナードが惚れ込む王族ってのに会ってみたい気がする。
「じゃあ、あの時城で会えたかもしれないのか」
「ふ、それはないわね」
「ん、なんで?」
「ルナレトは元々戦闘を好んでする。存在が王族に近ければ近い分だけそれは強くでる。もし、あんたがリチア様、もしくは従者の誰かに会った瞬間に消えてるわよ」
「う~ん」
それを聞いて最初に会ったのが温厚なレナードでよかったと心から思う。けど、ストック様の説明だと力関係がいまいち掴み切れない。
「面倒ね。いい、ルナレトは強さによって地位が決まる。でも、高貴族と貴族、そして従者はある決闘でその立場が決まるの。でも王族の城に住む存在は、その強さが飛びぬけて選ばれた者だけが慣れる。逆に言えば高貴族ほどの実力があっても王族に選ばれれば、従者として働くことになるの」
「ん? 一番強いのが王族? じゃあ、貴族って何のためにいるんだ?」
と、突然、ストック様は歩を止めた。
「はぁ、こっちの聞きたいことは後になりそうね」
急に会話を締めくくる言い方にストック様が顎でその先を促すと、そこに明るい空間が見えてきていた。
「あ、町か」
話しに集中していたせいで気づくのに遅れたが、少し行った距離に町並みが広がっているのが確認できる。意外とストック様の城から町までの距離は近かったみたいだ。
だけど、町を目の前に僕は止まった。
町の中に入る前、森と町の境目がはっきりと別れている。森は夜、町は昼と頭だけを潜らしたり手だけを潜らせてみたりしても、まるで雨の境目のように光と闇の区切りがそこにはあった。
「何?」
「何って、なんでこんな境目が……」
「それも説明が必要なのね。元々この地には光は一切届かない。だから、この町や、城の中の光源は別にとられているのよ」
「へぇ」
つまり、太陽の光とは別の光源で人の住む場所を照らしているということだった。




