第三十二章 エステバンとの再会
レオの故郷で過ごすエマ。冬休みの討伐へ、二人も参加することになります。
帰省してからの数日、レオは両親とエマと一緒に過ごした。
エマはすぐに家になじんだ。母の料理や洗濯を手伝い、外へ出れば父に剣を教わっている。
その日も、家の前で木剣の打ち合う音が響いていた。
リチャードが軽く踏み込むと、エマは剣を合わせながら後ろへ下がった。続けて振られた一撃も受け流し、間合いを取り直す。
「お嬢さん、なかなかやりますね。剣も習っていたんですか?」
「はい。小さい頃に、家庭教師から基礎を少しだけ」
「基礎だけにしては、ずいぶん上手だ。うちのレオは、剣の方はさっぱりでしてね」
父が笑うと、隣で見ていたレオは口をとがらせた。
「私も、まだまだです」
エマは木剣を下ろし、少し照れたように答えた。
その後は父に見てもらいながら、レオもエマと打ち合った。何度か剣を合わせていると、リチャードが声をかけてきた。
「そういえば、レオ。エステバンから連絡は来たか?」
「……ああ、クアントロの討伐のこと?」
「そうだ。あと数日で出発するつもりなんだが、お前も行くなら一緒に行こう。またひと稼ぎして、母さんを喜ばせてやらないとな」
「うん。僕も行くよ」
答えてから、レオはエマを見た。
「でも、僕たちが討伐に行っている間、エマはどうする? うちで母さんと待ってる?」
「……私も、レオと一緒に行きたい」
「えっ?」
思わず聞き返したレオの横で、父がエマへ向き直った。
「お嬢さんも王立魔法学園の生徒なんだから、魔法は得意なんだろう? どれくらい使えるんだ?」
「魔法なら、学年でも一番上の方だよ。精霊の召喚だってできるし」
レオが答えると、父は目を丸くした。
「精霊を召喚できるのか?」
エマがうなずく。
父はエマを見て、それからレオへ目を向けた。
「それなら、一緒に行けばいいじゃないか」
「はい。ありがとうございます、お父様」
エマは嬉しそうに答えたが、レオは素直に喜べなかった。
エマの実力は、誰よりもよく知っている。何度も一緒に戦い、助けられてきた。
それでも、魔物の討伐に連れていくとなると、心配だった。
*
稽古が終わってから、レオはエマを呼び止めた。
「本当に行くの? きっと危ないよ。僕は、エマには安全なところで待っていてほしいんだけど……」
「じゃあ、レオはどうして行くの?」
「え? それは……」
すぐには答えられなかった。
エマは、レオを見つめた。
「私だって、レオが危ないところへ行くのは心配だよ。でも、レオを信じてるから、やりたいことを止めようとは思わない」
「信じていないわけじゃ……」
「それなら、私も連れていって。遠くで心配して待っているより、一緒に行って、レオを助けたいの」
レオは黙った。
心配だからというだけでは、エマを止められない。自分も同じことを言われたら、きっと困るだろう。
「……分かった。一緒に行こう」
レオは、エマを抱きしめた。
エマも背中へ腕を回してくる。
外の空気が冷たいせいか、そのぬくもりがいつもよりよく分かった。
*
数日後、支度を整えたリチャードとレオ、エマの三人は、馬車でクアントロ州の州都キンタロへ向かった。
初日は一日かけて走り、夏休みにも立ち寄ったマントロで宿を取った。
翌朝は早くに出発し、南東へ進む。その日も夕方まで移動を続け、道沿いの小さな村で一泊した。
キンタロが見えてきたのは、出発して三日目の午後だった。
荒野の中に、高い城壁が長く延びていた。近づくにつれ、門の前に並ぶ馬車や人々の姿も見えてくる。
入口で身分証を見せ、門をくぐる。
城壁の内側には、思っていた以上に大きな街が広がっていた。幅の広い通りの両側に、さまざまな形の建物が並び、人や荷車が行き交っている。
リチャードはエステバンから届いた住所を確かめ、何度か道を尋ねながら、目当ての宿屋を探した。
たどり着いたのは、大通りに面した、かなり大きな宿だった。
中へ入ると、食堂の奥から声が上がった。
「リチャード! 来たか!」
エステバンが椅子から立ち上がり、手を振っていた。テーブルには、ミアとチコも座っている。
「レオも来てくれたんだな。……おや?」
エステバンはレオの隣にいるエマに気づくと、少し首をかしげた。
三人をテーブルへ案内してから、改めてエマに挨拶する。
「初めまして。エステバン・ロレンスです。お嬢さんは?」
「初めまして。レオの学園の友人で、エマ・ブラウンと申します。よろしくお願いします」
ブラウン?
レオはエマを見た。
エマはこちらへ目を向けず、エステバンに挨拶を続けている。何か理由があるのだろうと思い、レオも黙っていた。
「レオの友人ということは、王立魔法学園の生徒ですね。得意な魔法は?」
「防御魔法と召喚魔法には、ある程度、自信があります」
「それは頼もしい。こちらがミア・キャノンで、こっちがチコ・ロペス。二人と一緒に冒険者をやっています」
エマが二人にも頭を下げる。
全員が席に着いたところで、エステバンは今回の仕事について話し始めた。
「さて。手紙にも書いたが、今、クアントロ南部で魔物が異常に増えている。州騎士団と冒険者が合同で、大規模な討伐を行うことになった」
「異常に増えている、というのは?」
リチャードが尋ねた。
「ゴブリンやオークから、ワーグ、ダイアボア、トロールまで、群れを作って村や街を襲っている。しかも、ただ集まっているだけじゃない。どうも組織的に動いているらしくてな。被害も相当なものだそうだ」
エステバンはテーブルに肘をついた。
「先月、クアントロの領主が南部の住民に避難を命じた。キンタロへ移したうえで、討伐の準備を進めてきたんだ」
「魔物が増えること自体は珍しくないが、組織的に動いているとなると、話が違うな」
「ああ。誰かが裏で操っているんじゃないかと疑われている。ただ、今のところは分からない。何者かがいるにせよ、まずは魔物を片づけなければ、住民も戻れないからな」
「それはそうだ」
父の隣で、レオも話を聞いていた。
エステバンは皆を見回し、説明を続けた。
「今回、本隊となる州騎士団は、魔物の大きな群れを見つけて攻撃する。冒険者は、そこから逃げた魔物の追撃や、別行動を取っている小さな群れの掃討を受け持つことになる」
「俺たちは、どっちだ?」
「小さな群れを探す方だ。騎士団が手を回せない地域を巡り、残っている魔物を倒していく」
エステバンは荷物から地図を取り出した。
「魔石をはじめ、討伐で手に入れたものは、すべてこちらの取り分になる。それに加えて、倒した数に応じた報奨金も出る。大きな群れは騎士団が相手をしてくれるから、なかなか割のいい仕事だと思うぞ」
地図を広げ、指で道をたどっていく。
キンタロから南西へ。小さな村々を結びながら、ヴァルタラ王国との国境へ向かう経路だった。
レオとエマも身を寄せ、書き込まれた印を確かめた。
「では、役割も確認しておこう。盾役はリチャード。遠距離からの攻撃は俺とミア、レオ、エマ。チコは近接戦を頼む」
「遠距離が四人もいるのはいいけど、前で守るのはリチャードさん一人で大丈夫?」
ミアが地図から顔を上げた。
「一人いれば十分だ」
リチャードは即座に答えたが、エステバンは少し考え込んだ。
「ゴブリンやオークなら、それでいいだろうが……。トロールまで群れで来るとなると、少し気になるな。もう一人、盾役を探してみるか」
そのとき、隣で静かに聞いていたエマが口を開いた。
「あの。盾役が足りないのでしたら、ストーンエレメンタルではどうでしょうか?」
「ストーンエレメンタル?」
エステバンが顔を向けた。
「召喚できるのか?」
「はい」
エマはうなずいた。
エステバンはしばらくエマを見つめ、それからレオへ目を移した。
「……お前たち、本当に一年生なのか?」
*
二日後、千人は下らないと思われる州騎士団と冒険者の一団が、街の正門を出ていった。
長い隊列が、南へと続いていく。
その姿が見えなくなる頃、エステバンは仲間たちに装備を配り始めた。
リチャードには、以前も使っていた黒鉄の剣と盾。そして、レオとエマにはローブが渡された。
「魔装ローブだ。魔法だけじゃなく、軽い打撃もある程度は防いでくれる。ただし、鎧の代わりになるとは思うなよ」
レオは受け取ったローブを羽織り、袖へ腕を通した。隣ではエマも、裾や袖の具合を確かめている。
続いて、エステバンは二本の杖を取り出した。
レオに渡されたのは、前に借りたものより少し長い杖だった。エマのものは、それよりもさらに長い。
「レオのは、エレメンタルの杖だ。自然魔法の属性攻撃を強めてくれる。前に貸したものより、増幅効果も高いぞ」
「ありがとうございます」
レオが両手で持ち直すと、エステバンはエマの杖へ目を向けた。
「そちらは、ソーサラーの杖。召喚魔法に特化していて、魔力の消費を抑えてくれるんだ。こんな形で出番が来るとは思わなかったがな」
「ありがとうございます。大切に使います」
装備を整えると、一行はそれぞれ馬に乗った。
エステバンを先頭に、南西へ延びる道を進み始めた。
お読みいただき、ありがとうございます。今回の一行には、頼もしい召喚魔法の使い手が加わりました。




