第7話 『ただいま』が聞こえるダンジョン
毎話ご精読ありがとうございます。
この作品は「今日はどんな強敵が現れるんだろう」ではなく、「今日はみんながどんな一日を過ごすんだろう」と楽しみにしてもらえる作品を目指して書いていきます。
それでは、第7話です。
コンコン。
まだ朝も早い時間。
ダンジョンの入口で誰かが遠慮がちに石門を叩いていた。
「……ん? おーぃえ? 音がちょっぴりキモよ?」
朝食の準備をしていたユウトは、食器の鋭い音を少し我慢しながら更に石門の音に反応して顔を上げる。
「先生」
シルフィが風に耳を澄ませる。
「リクさんです」
「おーぃえ? もう参られますの?」
昨日、「また来ます」と笑って帰ったばかりだ。
ユウトは思わずニヤニヤして入口へ向かった。
門を開けると、そこには少し息を切らしたリクが立っていた。
「お、おはようございます!」
「おはよう。」
リクは両手で大事そうに抱えていた包みを差し出す。
「あの……街で人気のお店の焼き菓子のやつで、みんなで食べようと思って」
その言葉にユウトはエキセントリックにも、腰の低い返事をしながらヘコヘコして、取り合えずとその『おやちゅのおみや』を受け取った。
「あっ、はへっ、たたったすかりましゅぅ」
リクもいつの間にか管理者成分が機能したか、同様な返事をしてはヘコヘコしている。
「きっとみんなニコニコしましゅ。」
その瞬間だった。
「リクさんだー! うえーい!」
フレアが飛び出してきたので、リクも同様に「うえーい!」と返した。
「おはようございます」
ミーナが艶々にとろけたお顔で頭を下げる。
「いらっしゃいませ……じゃなくて。」
シルフィは少し考えてから、にっこり笑う。
「おかえりなさいませ~」
そのメイド見習いのような一言にリクは固まった。
「……え? おーぃえ?」
「ここ、もうリクさんのお気に入りの場所でしょう?」
シルフィがいたずらっぽくも甘いお顔で云った。
「だったら、『いらっしゃいませ』より『おかえりなさいませ』です。」
リクは照れくさそうに頭をかいた。
「……ただいまのやつを、はい……」
その言葉を聞いた瞬間。
「きゅーーい!」
「ぷるん!」
モフモフなデフォルメモンスターズたちが一斉に駆け寄ってきた。
「おほっ?! ほへへ?」
白いモフモフさんが飛び込んではリスが肩に登って子オオカミは尻尾を振りながら足元をぐるぐる回るのは、何とウラヤマ……素晴らしい。
「おほっ、モフモフ、ほほっ、イイコでしゅよぉ~っ」
リクは声を出して笑った。
冒険者になってから、こんなふうに笑ったのは初めてかもしれなかった。
◇
焼き菓子は丸いクッキーだった。
香ばしいバターの香りが広がる。
「街では人気なんですよ」
「んん~、それはそれはぁ、クッキーさんも控えめに甘味が利いていてぇ、バターさんも程よく仕事をしておられますな、品も有って宜しい」
「ははあぁ~っ」
「やらなくてもダイジョーブ、スマン……」
ユウトは一枚手に取り小さく割った。
「モフモフさんたちにもお少し銅像、塩分はどおかぁ」
「きゅ!」
みんな行儀よく座って待っている。
「ん、銅像。」
ぱくっ。
もぐもぐ。
白いモフモフさんやデフォルメモンスターズの目許は、きらきらと輝いてしっぽを振っては、甘えてくれているからモエモエで堪らない。
「きゅーーーーっ!」
「ん、塩分もダイジョーブのようですな、実にモエモエで素晴らしい」
ユウトがいきりはじめる。
すると今度はモチスライムさんがクッキーへ向かって跳ねた。
ぴょん。
……ぽすっ。
「あっあっ、あん、おーぃえぃ……」
クッキーの山へ飛び込んでしまった。
「ぷるるる……」
全身がクッキーの粉まみれになっている。
一瞬の静寂。
そして——
「あはははは!」
「へへへへへ、これわわらってしまいましゅ、しかぁし、なんと平和なことか、もっ、モエ~」
ユウトもリクも精霊たちも大笑いした。
笑い声につられてモフモフさんや、デフォルメモンスターズたちまで鳴き始める。
穏やかな時間が流れていく。
◇
昼食を終えたころ、リクはふと真面目な顔になった。
「ユウトさん、『ユウトさん』さん?」
「む、どういたされましたかな、おーぃえ?」
今在るこの悠久とも称して差し支えの無い、エキセントリックな環境は少なくとも、青年の日常がわずかながらにも変化をもたらしたか。
「ギルドには……まだ報告していません。」
「ここのやつとかみなみなみな様を?」
「はい、その通りにござりましゅ……」
リクはゆっくり頷いた。
「未登録ダンジョンを見つけたなら、本当はすぐ報告する規約がごせーやして、はい」
ユウトも事情は理解していた。
もしギルドへ知られれば、多くの冒険者が調査に来るだろう。
ここは一気に騒がしくなる。
「でも」
リクは周囲を見回した。
昼寝をしているモフモフさんやデフォルメモンスターズたち。
花に水をやる精霊たち。
穏やかなユウト。
「ここは……誰かが攻略する場所じゃありません」
「ここの誰もが絶対平和のモエモエな環境で、ヌクヌクと自由に無音の境地に在りながらも、ゆっくりと暮らしていけるお家です」
その言葉にユウトは少し驚いた。
まだ数日しか来ていないリクがこの場所の本質を理解してくれているのは、ユウトにとって理解者が一人でも増えたことが非常に有り難かった。
「あっあっありがとう御座います~っ」
ただでさえ頭の上がらない環境で、神対応もすこぶる充実している上に、優秀な住人が増えると思いながらもその一言しか出てこなかった。
◇
その日の夕方。
リクが街へ帰ると、ギルドの受付嬢が声をかけてきた。
「リク様」
「おーぃえ? じゃなかった、はい」
「最近、毎日同じ森へ行っていますよね?」
「えっ?」
「何か見つけたんですか?」
リクは一瞬だけ言葉に詰まる。
頭の中には笑顔の精霊たちとモフモフさんやデフォルメモンスターズの姿が浮かんでいた。
「……秘密です」
そう言って笑うと、受付嬢はますます不思議そうな顔をした。
その様子を近くのベテラン冒険者たちが見ている。
「秘密……だと?」
「新人が隠し事とは珍しいな」
小さな興味は雷同しては雲集して、やがて大きな噂へと変わっていくが、それはまだ誰も知らない。
その噂が静かなダンジョンへ最初の波紋を運んでくることを——。
ここまでで第一章前半は、「読者が住みたくなるダンジョン」の魅力を十分に積み重ねました。
次の第8話では、街で「秘密のダンジョン」の噂が少しずつ広まり始めます。
ただし、本作らしくシリアスにはせず、「気になるから見に行こう」という、ほのぼのとした流れで物語を進めていきます。
三十話全体を通して癒やしの空気を保ちながら、少しずつ世界がユウトたちのダンジョンを知っていく展開にしていきます。




