お礼にコレを貰っていくよ
女の子は突然声をかけられたことに驚くどころか少しも表情を変えず、ジェードを一瞥すると視線を屑石に戻し「お守りを作るの」とポツリと呟いた。
「お守り?」
ジェードが不思議に思って尋ねると、女の子は屑石で花を描くことでお守りを作りたいと思っていると話してくれた。それも友達にプレゼントするために。
ジェードは何故自分で作る必要があるのか、貴族ならこの店で既製品を買えばいいだけでは?と不思議で仕方がなかった。プレゼントなら尚更だ。
しかも彼女は知識がないのでどんなものをどうやって作るのかが分からないのに、その子の誕生日が近付いてきた為にいても立ってもおられずにとりあえず屑石を買いにきたと言うではないか。
「え、何も決まってないの?」
「・・・」
──面白いな。
ジェードはそう思ったのだが、ジェードの口をついて出た言葉に馬鹿にされたと思ったのか、女の子は無言で睨み付けてきた。しかし、同じ年齢の子供の中でも背の高いジェードには可愛い上目遣いにしか見えなかった。
(可愛い?)
脳裏をわずかな疑問がかすめた様な気がしたが、ジェードの質問攻めを鬱陶しいと思っているだろうにもかかわらず、表情が全く動かなかった彼女がはじめて見た表情だったのだ。
ジェードは彼女に興味を持ち、気がつけば提案をしていた。
「僕が教えてあげようか」と。
ジェードは作ることはしないがアクセサリーや絵画等芸術品を見るのが好きだった。
アイデアなどは一切沸かないが器用な方で大抵のことは何でもこなす。
「誕生日プレゼントでお守り、送る相手は貴族令嬢」このキーワードを聞いた今、この女の子が作ろうとしているものが容易に想像できた。
「いいの?」
今まで淡々と説明してくれていた彼女の言葉に少し感情が乗っているように感じ、その瞬間、ジェードは少し満たされた様な気持ちになった。
その後公園に移動した二人は東屋のテーブルで材料を広げて作成することにした。
「友人には好きな人がいるのですが、その方とは別の方と婚約することになるそうなのです」
貴族なら当然じゃないのか──というか、街娘を装っているのに婚約とか言ったら貴族であることがバレてしまうだろう。 ジェードはそう思ったがなにも言わずに先を促した。
「難しいことは分かります。でも私は最後まで諦めるべきではないと思うのです。きっとあの方は気付いていないだけで心は悲鳴をあげている──本当に望むことは何か、分かっているから。直接的なことを言葉に出来なくとも何か小さな声でも上げることが出来たら変わる運命もあるかもしれません。何が商機に繋がるかは分かりませんもの。──これはそうなれば良いなというお守りなのです」
友人の事を想ってか、少し饒舌になった彼女の言葉の一つ一つが何故かジェードに響いた。
屑石を買った後、手芸店に行き練習用と本番用にと二セット分の材料を買っていたため、ジェードが手本を見せながら台座に屑石で紫のアスターを描きチャームを作っていった。勿論彼女に実践させることも忘れない。
少し小さいが、なんとかアスターだとわかるモノが完成しそうだ。
「ところで何で紫のアスターだったの?」
貴族令嬢なら薔薇や百合が定番だろうに。そう思ってジェードは聞いた。
「花言葉が「恋の勝利」だからです」
顔も上げずにそう答える女の子に、
「──ふぅん・・・」
ジェードは少し面白くないなと感じた。
「これで完成だよ。もう一セットあるからプレゼント用は一人で作るといい」
そう言ってジェードが立ち上がると、完成したチャームを見つめながら女の子はとても嬉しそうに微笑んでいた。
ジェードは無表情だった彼女のはじめて見る笑顔に見とれてしまった自分に気付き、らしくなく慌ててしまった。
「っ!じゃ、僕はこれで」
焦り、そう言って立ち去ろうとすると
「あ、な、何かお礼を──!!」
そう言って引き留められたため、ジェードは彼女の手から二人で作った練習用のチャームをさっと取った。
「──お礼にコレを貰っていくよ」
歩き出したジェードが離れたところで、見守っていたらしい護衛が彼女のところに駆け寄るのが見えた。
「クラレットお嬢様」
そう護衛が呼ぶのが聞こえた。
「クラレット・・・メイズ伯爵家の跡取り娘か──」
ジェードはそうつぶやくと少し強引に貰ってきたチャームを胸ポケットにしまい、キャナリィの誕生日プレゼント選びを再開した。




