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噂の女。

 拝殿に昇殿するためにライディング・ブーツを脱いだ女は、めぐみを見返した――


「ひっ……」


「お前。人の顔をジロジロ見るな」


「あぁ、はぃ……」


 バトル・スーツとは対照的に、その女の黒髪は、お尻が隠れるほどの長さで、絹のような艶が白い肌を際立たせていた。そして、美しく整えられた眉と、宇宙の深淵を思わせる透き通った瞳を左右対称にする様に鼻筋が通り、濡れた唇には威厳があった――


「その男を、頼む」


「あ? はぃ……」


 女は、すぅ―――っと、拝殿の中に消えて行った――


「あらら、消えちゃったよ……その男って?」


 めぐみは、V-MAXの後輪の陰に、腰が抜けて座り込む恭一が居る事に気が付いた――


「ちょっと、お兄さん。大丈夫ですか? しっかりして下さいっ!」


 返事が無いので、周り込んで良く見ると、口は半開きで白目を剥いて魂が抜けた状態だった――


「駄目だこりゃ。どうしよう、弱っちゃったなぁ……」


 ―― 本殿にて 


「伊邪那岐様、伊邪那美様。お久しぶりです」


「うむ」


「一瞥以来よのぅ……」


「この度は、新たな国生みを成し遂げた事に、祝福と感謝を申し上げます」


「うむ」


「だが、国生みを祝福するのは、まだ早いのじゃ。国生みを完了するためには、その方の力が必要なのじゃ……分かるのぅ?」


「はい」


「今はまだ、只の大地に過ぎぬ。その大地に命を与えられるのは、太陽神アマテラスよっ! その方しか、おらぬのじゃっ!」


「はいっ!」


「ところで、アマテラスよ。推し活と称した、八百万の神々達の全国調査はどうなりましたか?」


「伊邪那岐様、フェイクの太陽のせいで、背乗りとなりすましが、思った以上に多く、何時の間にか乗っ取られている状況です」


「うーむ。思った通りですねぇ……」


「それで、その方の算段は?」


「はい。第一に太陽のバリアを打ち破ります。第二に巨大な太陽フレアを発生させます」


「それで?」


「はい。本当の太陽を直視した邪神は焼失し、背乗り、なりすましは太陽光を浴びる度に、影が小さくなり、やがて存在が消えます」


「完全な日本に戻るのじゃな?」


「いいえ。残念ですが、太陽の昇る国にする事が、私に出来る限界であり、時間の経過に伴う不可逆的な部分は変える事が出来ません」


「ほう。今日を動かし、未来に影響を与える事が出来ても、過去を変える事は出来ぬとな?」


「はい」


 目を伏せて、頭を下げるアマテラスを、伊邪那美は気付かった――


「アマテラスよ、気を楽に。心配をするでない」


「しかし……」


「首尾は上々じゃっ!」


「伊邪那美様、上々、とは……?」


「その方の太陽の力が、新たな神を産む事になるのじゃ」


「新たな神……もしや?」


「そう。それは、我等の悲願。時を司る神……時読命トキヨミノミコトが誕生するのじゃっ!」


「それは、本当ですかっ! ならば、これ以上、申し上げる事は何も有りません、こんな目出度い事は、他に有りませんっ!」


「うむ」


「うむ」



 〝 はっはっはっはっは、あっはっはっはっはっは、はっはっはっはっはっは ″



 本殿に笑顔の花が咲いた頃、めぐみは、竹藪の中で倒れているピースケを発見した――


「ピースケちゃん、大丈夫? しっかりしてっ!」


めぐみは、目を回して気絶しているピースケの頬を思い切り叩いた――



 〝 パンッ、パンッ、パンッ、パァ―――――――――――ンッ! ″



「うっ、うーん。あぁ……めぐみ姐さん? お早う御座います……」


「朝の挨拶は、さっきしたでしょう? しっかりしなさいっ!」


「はぁぃ……」


「ちょっと、手を貸して欲しいのよ。早く来て」


「分かりましたぁ……」


 ピースケは、真っ直ぐ立つ事が出来ず、歩き出すとドンドン明後日の方向に向かってしまった――


「ちょっと、そっちじゃなわよっ! こっちだって」


「ふあぁ――ぁ、何だか、三半規管がおかしくなっているみたいで……」


 めぐみは、ピースケの手を引いて恭一の前に連れて来た――


「めぐみ姐さん、この人、どうしたのでしょう? 魂が抜けたみたいな感じですよ?」


「そうなの。白目を剥いたままで、意識が戻らないのよ」


「それなら、手水舎の水を飲ませると良いですよ、僕も喉がカラカラなんですよ」


「よしっ!」


 めぐみはピースケと手水舎で水を汲んで、恭一に飲ませた――


「うんぐっ、うんぐっ、ぷっはあ――――――――――ぁっ!」 


「めぐみ姐さん、生き返りましたぁ!」


「おぉっ! ピースケちゃん、正解っ!」


「はぁ、はぁ、はぁ。あぁ、目が回る……」


「大丈夫ですよ。直ぐに治りますよ」


「どうも、有難う御座います……」


「あのぉ……お兄さん、何で、あの女と? どうして此処へ??」


 恭一は、事の次第を話した――



 〝 えぇ―っ! 轢き殺されそうになって、拉致られたぁ―――――――っ! ″



「えぇ、突然の出来事で、何が何だか……僕には全く、理解が出来ません」


「そりゃぁ、バイクが川面を走って来たり、屋根の上を走ったり、ビルを駆け上ったら、分けが分からなくなりますよねぇ」


「まぁな。でも、あの女、『その男を、頼む』って言っていたけど?」


「さぁ、何の事でしょうね……」


「何か、心当りは有りませんか?」


「心当りと言われても、突然拉致られたので……あの女が何者で、何をしたいのか僕には分からないですよ……」


「そうですよねぇ。初対面で轢き殺そうとする女ですからねぇ」


「僕は実家を出てホテル暮らしをしていたのです。ですが、あの超巨大地震で人生を見つめ直したんです。それで、住む所を探していたのです」


「はぁ。そうなんですか」


「はい。でも、中々、良い物件が無くて……散々、歩き回って疲れたので、あの河原の土手に腰を下ろして休んでいたのです」


「そりゃぁ、酷い目に遭いましたねぇ。でも、贅沢を言わなければ、物件なんて幾らでも有りますからねぇ」


「そうですよ。大丈夫ですよ」


 三人がV-MAXに寄り掛かって話をしていると、アマテラスが拝殿から出て来た――


「どけっ!」



 〝 うわぁ―――――――――――っ! ″



 三人は、飛び上がって驚いた――


「他人のバイクに、気安く触れるな」


「はい……さーせん」


「ふざけているな?」


「いや、ふざけているのはあなたの方よっ! この人を轢き殺そうとするなんて、信じられないっ! 謝りなさいよっ!」


「謝罪などしない。その男の事は、お前に任せた」


「はぁ? 何言ってんの?」


 アマテラスは、食い下がるめぐみを無視してヘルメットを被り、グローブを嵌めるとサイド・スタンドを払い、V-MAXに跨った――






お読み頂き有難う御座います。


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