説得
どんどん最悪な展開になっていくカイン。
「うわあああああっ!」
指揮官が吹き飛ばされたことにより、軍は混乱していく。錯乱した軍の何人かは、俺めがけて剣を一斉に付きだしてきた。しかし、俺は串刺しになることはなく、剣は全て俺の皮膚で止まってしまう。当然だ。ミノタウロスの石像を2体倒したことで、俺のレベルはさらに上がり、今はレベル40万になっているのだ。もう、普通の人間では、俺にかすり傷一つつけることはできない。
剣が全く効かないと分かると、今度は魔法の一斉射撃。しかし、俺の魔法防御80万を前にしては、効果などあるはずがない。結局、軍全体の攻撃でも、俺の体はかすり傷一つできなかった。
その光景を見て、よろよろと立ち上がった指揮官は、震えながら俺に質問してきた。
「カインとやら、どうしてそこまでされても、反撃をしないんだ?」
指揮官の質問は馬鹿げている。俺は人間なんだ。人間が、人間に攻撃してどうなる?
「なあ、あんた。その質問自体、馬鹿げていると思わないのか?俺は、人間だ。人間だからこそ、人間を攻撃することなんて、できるわけがない。俺達人間の敵はなんだ?モンスターだろう?違うか?」
「な、ならば、その人間とは思えない馬鹿げた能力は、どう説明する?」
「それは‥」
指揮官の質問に、言葉が詰まった俺だったが、後ろからアイザックの助け船が入った。
「それは、俺から説明しよう。」
颯爽と、アイザックが跳躍してここまで降りてきた。なんて格好良い登場なんだ。さすがに大袈裟すぎる登場だ。
「誰だお前は?」
「俺は、アイザックという、ランクBの冒険者だ。俺は、ここいいるカインと、あそこのレオナルドの3人で行動している。それで、神官ダニエルの命を受けて、この古代遺跡の調査をしていたんだ。
それで、この古代遺跡を調査した結果、『世界の謎』である、『7大怪物』への対抗手段を授かったんだ。
カインの馬鹿げた強さは、その為だ。それで、俺達は今からその報告に行こうと思っていたんだ。
報告が終わったら、俺達は、他の古代遺跡の調査も早急にする必要があるんだ。とにかく時間がない。邪魔はしてほしくないんだ。」
「むう。そんな話を信じろとでもいうのか?」
「信じるも何も、カインの強さが証明ではないのか?」
「むう。しかし。」
「ああ、面倒だな。それなら、これから『レジース』の神官ダニエルに、今回の報告に行くから、付いてこればいいだろ。それなら、俺達の監視にもなるだろ!」
流石は解説神のアイザックだ。余計なことは言わず、真実のみ、それも、核心を突いている説明だ。これは説得力がある。この説明なら、信じてくれるはずだ。
しかし、指揮官の顔色は良くなかった。
「むう、神官ダニエルか。あの男は、国家反逆罪の容疑で逮捕された。近々、公開処刑になることになっている。」
「なんだと!どういうことだ!」
「大臣ベネット様に逆らったと聞いている。まあ、真実はどうか知らんが。ベネット様は、大変プライドが高い方だ。
俺は、前の会議でベネット様は、神官ダニエルに言い負かされたという噂を聞いた。ベネット様は、当然腹を立てていたのだろう。そんな中、ハンスの言っている、カインの化け物疑惑。このことが、神官ダニエルを追い詰める材料になってしまったということなのだろう。
だが俺は、軍の指揮官に過ぎないんだ。政治に口を挟むなど、できないんだよ。」
「そんな馬鹿な。それが、正義の国の軍の指揮官か!大臣の下らないプライドのために、カインの化け物疑惑を利用しただけで、何の罪もない神官ダニエルを殺すとでもいうのか!ふざけるな!正義はどこにある!」
アイザックは怒りのあまり、指揮官の襟元を掴みそのまま持ち上げた。息が出来なくなり苦しそうにする指揮官。
「ぐっ。苦しい、やめろ。俺は、何もしてない。」
「何もしていないだと?それなら、何故無抵抗のカインを一斉攻撃したんだ!」
「や、やめろ。く、苦しい。」
まじでヤバい。このままだと、指揮官が死んでしまう。
「おい、アイザック。止めろ。手を離すんだ。このままでは死んでしまうぞ。」
「いや、カイン。そんなことは言っても、こいつらは、お前を確実に殺そうとしていたんだ。」
「いいって。確かに腹は立つが、この指揮官は何も悪くない。上の命令に従っているだけなんだ。だから、離してやるんだ。」
俺の説得に、ようやくアイザックは指揮官から手を離した。ドスンと、地面に落ちる指揮官。ゲホッ、ゲホッと咳き込み、苦しそうではあったが、どうやら無事のようだ。
指揮官の呼吸が落ち着いたところで、アイザックは再び指揮官に詰め寄った。
「なあ、あんたは、どちらが正しいか、もう、頭では分かってるんじゃないのか?
俺達は、今から急いで神官ダニエルを救いに行く。止めるにしても止めないしにても、好きにしろ。
だが、俺達を邪魔するなら、次は容赦しない。」
「あ、ああ。」
指揮官は、腰が抜けているのか、立てずに震えながら、相槌を打つことしかできなかった。その姿は、かなり情けなく見えた。こんな男が、国の軍を指揮していたのか。それに、俺は国にも絶望していた。
『国家レジース』。この世界の7大大国の1つ。その歴史は深く、過去の『7大怪物』での全世界国家会議は、王都『レジース』が選ばれるなど、権威のある国だ。
だが、実際はどうだ。何世代も続いている名ばかりの貴族どもが、自分達の都合の良いように政治をしているだけ。完全に政治は腐っている。今度は、大臣の下らないプライドのためだけに、一人の命が奪われようとしているんだ。許されることではない。
軍を払いのけ、俺達3人は、すぐに『ウルプス』へ戻ることにした。古代遺跡の調査よりも、まずは神官の命が優先なんだ。
「今に見てろ!」
俺達が古代遺跡を離れていくなか、ハンスの恨みがこもっているかのような声が微かに聞こえたが、あんな奴の相手をしている暇はない。俺達は無視して、『ウルプス』へと急行した。