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わな

 波打ち際に打ち寄せられていた空き瓶は繊細な碧の光沢を放っていた。南の海を思わせる静かな碧。思わず手に取ってみたくなるような衝動にかられる美しい色だった。

 日差しも水着姿も眩しい季節のなかで、無造作に転がる碧の瓶が誰かに気づかれることを待ちつづけていた。





 焼けた膚の痛みだけが今日の収穫だった。

 ひと夏のなんとやらを諦めて拓郎は砂浜に座りこんだ。頬に平手打ちの手形が刻印されているのは、無謀な戦いに破れさった戦士の証だった。戦士にもつかの間の休息が必要だ。

 指をくわえて獲物たちの水着姿を眺めていた視野の片隅に、碧のきらめきを見つけた拓郎は、衝動のままに瓶を拾いあげた。なにげなく中を覗きこむと……。

 瓶の内部には碧の世界が広がっていた。比喩ではなく、本当に“広がって”いたのだ。

 無限に広がる碧の世界。

 碧の世界の中心に“そいつ”はいた。

 無限の広がりの中心、なんて表現は矛盾をはらんでいる気もするが、“そいつ”の存在する場所としてもっともふさわしいところなのかもしれない。

 瓶の口から除いている拓郎の目と、“そいつ”の目があった。やつは悪魔のような笑みを浮かべた。

「わしが何者かわかるだろうな」

 悪魔が実際にいたらこういう声なんだろうなと思わせるような声だった。悪魔のような羽根が生えている。そして尻尾もまるで……。

「……悪魔だよね。たぶん」

 拓郎は小声で呟くように言った。

「わしをここから出してくれたら、何でも願いを叶えてやろう」

 瓶を手にしたまま、人目のつかない岩場に歩いていく。

「本当に何でも叶えてくれるの」

「疑わしそうな顔をしているな。お前の考えていることはわかるぞ。悪魔との取引には必ず裏がある。望みを叶える代償に死後は魂を差しださなくてはならないと思っておるのだろう」

「つーかさ、何でも出来るなら、どうしてここから出れないんだよ」

「わしは他人の願いを叶える能力はあるが、自分自身のためにその能力を使えないのだ」

 万能だが無能。

 悪魔という存在にふさわしい矛盾を抱えこんでいるらしい。

「人様のためにだけ力を使うなんて偉いね。なんか神様みたい」

「神と悪魔は親戚関係にあるのだ。そもそもわしは、悪魔などという名称は気に入っておらんのだ。世の中、悪と善に単純に区分けされるものではなかろう。しかるに……」

「演説の邪魔して悪いんだけど、俺にどうしてほしいわけよ?」

「この瓶を割ってくれればよい」

 まじまじと碧の瓶を眺めた。いかにも華奢なふうに見える。こんな脆そうな瓶の中から脱出できない奴にどれほどの力があるのだろうか。

 サイズが小さいせいか、それともキリスト教徒じゃないせいか、悪魔に対する恐怖心は感じなかった。

 割ってもいいんじゃないかな。だけど。

「ちょっと待った。そのまえに契約内容を確かめたいんだけど」

「もう一度言おう。わしをここから出してくれるならば、お前の望みを何でも叶えてやろう」

「そのかわり死んだら地獄に行くってわけ?」

「心配するな。瓶から出してくれたことの礼として願いを叶えるのだ。これでお前と俺とは貸し借りなしになる」

「そんなうまいこと言って、純真な美少年をだまくらかそうとする気じゃないの」

 悪魔はおおげさに肩をすくめてみせた。

「魂が欲しいのなら、こんなややこしい取引などせん。その気になれば簡単に奪いとることもできるのだ」

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