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グレイスフィールドの風  作者: 青葉
少年と少女の出会い
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1/37

①



 夕暮れの光が辺りを朱く染めていた。町はずれにある森の入り口付近。

 本来ここは自分たちが警戒すべき場所であり、時間である。

 しかし、父親からもらった古い木剣を手に持ち、ひたすら振り回していた少年――アルト・フェルナードにとって、そこはただの修行の場であり、そして修行の時間に他ならなかった。


 広葉樹の根元で無心に剣を振るい、太い幹へと刃を叩き込む。その鈍く乾いた衝撃音が周囲に木霊する。

 若干12歳の少年の姿は、その疲労感も相まって動きも鈍重になってきているようだった。


 思い通りの切れ味を生み出せない己の剣筋に、アルトは少しの苛立ちを感じていた。

 だが、彼自身はその苛立ちにプレッシャーを感じていたわけではない。それは単なる練習不足から来るものと捉えており、自分自身がまだ「騎士としての器」ではないという劣等感からくるものと認識していた。


 荒い息を吐きながら、アルトが木剣を地面に突き刺す。

 乱れた呼吸を整えながら、そうして思い出すのは先日、家の庭でのこと。



 風がフェルナード家の庭に植えられた若木を揺らしていた。父と兄の鎧が擦れ合う音、そこで響く剣戟の音が、彼の耳にこだまする。

 騎士団の上位騎士である父、そして父の後を追って騎士となった兄。彼らの凄まじいまでの鍛錬と、それに伴う期待の重圧は、しばしばアルトの心を押し潰しそうになる。

 自分にはまだ、あの剣を握る力も、あの重圧に耐えうる精神力も備わっていない。そんな劣等感が彼の胸の奥底で静かに渦巻いていた。


「もっと強くならないと…」

 父が任務で輝かしい功績を残した話を聞けば聞くほど、その父に強い憧れを抱くと同時に、自分はなぜこんなに無力なのかと自問せざるを得ない。

 まだ回復しきっていない呼吸を整えながら、アルトは地面に突き刺さった木剣を引き抜いた。


 その時、風向きが変わり、腐葉土と湿った泥土の混じった異臭が鼻を突いた。

 はっとしてアルトが振り向いた瞬間、薄暗がりの森の中から獣の目玉が二つ、鈍い光を宿して現れた。


「グゥゥッ……!」

 低く唸り声を上げる狼のような魔物――グリムウルフだ。

 通常ならアルトでもなんとか勝てる相手だが、今は日没時で視界は薄暗く、アルト自身も疲労がたまっている状態だ。たとえ一匹でも油断がならない。

 咄嗟に構えたが、魔物は速かった。

 鋭い牙が少年の喉元を狙って噛み付こうと襲ってくる。必死にその攻撃を横に避けようとするが、足元が滑りバランスを崩してしまった。


 敗北が目前に迫ってくる。

 態勢を崩し、なすすべもなくギュッと固く目を瞑った。


 このままじゃ、死――!!


「危ない!!」

 突如響いてきた叫び声。その直後、空気が揺れた。

 ガキン、と鈍めの金属音が鳴る。襲ってくるはずの痛みはなく、アルトははっと目を見開いた。


 背後から聞こえた声は、少女のものだった。

 魔物は咆哮と共に倒れ込み、首筋に深々と刻まれた傷口から血を流して動けなくなっている。振り返れば、そこには黒っぽい短剣を手に、軽装の革鎧を身に纏った一人の少女が立っていた。


 彼女はポニーテールにした赤茶色の髪を風になびかせ、にっこりと笑みを浮かべる。

「大丈夫? きみ」

「あ……助かり、ました」

 アルトは震える足を叱咤し、なんとか立ち上がって礼をする。恐怖ではなく、安堵と羞恥の入り混じった感覚に、体を小さく震えさせた。

「ふふ、大丈夫そうだね。よかった、間に合って」

 言いながら、事切れた魔物の牙を採取する。血で汚れた牙と短剣を布で拭き取り、慣れた手つきでポーチに納めた。


「で? こんなところでなにやってたの?」

「あ、えと。オレ…僕はただ稽古をしてただけで……」

「稽古? こんな時間に? きみひとりで?」

 少女は怪訝な顔を隠そうともせず、顔をしかめた。


 町の近くといってもそれなりに距離はあるし、森の近くでもあるから先程のように魔物が出没することもある。明るい昼間の内であればまだしも、今は日も暮れ始めて空に月も見えだしている時間帯である。

「襲ってくれって言ってるようなもんじゃない」

 呆れたように腰に両手を当て、咎めるようにアルトを見た。

 言われ、悔しさからうつむき、下唇を嚙む。

「…オレはまだ、弱いから」

 答えにもなってない答えを返し、それにも自己嫌悪。


 分かっているのだ。だって、自分は初等アカデミーを卒業すらしていない子供なのだ。

 早く大人になりたい。強くなりたい。

 焦燥感にも似た思いが心の内を占める。


「…ふむ」

 少女は少し考えて、町の方向を指さした。

「とりあえず町に帰ろうか。一緒に行かない? お腹すいてたら、あたしの持ってる干し肉をおすそ分けしてあげる」

 彼女は気さくに近づき、アルトの頭を軽く撫でた。

 冗談めかして言う彼女の声は、決して上から目線ではない。ただ、初対面の人からのさりげない親切に顔が熱くなるのを感じた。

「…はい。よろしくお願いします」

 アルトは気恥ずかしさを感じながら小さく頷いた。



 町までの道すがら、歩きながら少女が自己紹介をしてくれた。

「あたしはエリシア。冒険者よ。グレイスフィールドを一応本拠地にしてるの」

「冒険者…」

「そうだよ。あ、野良じゃなくて、ちゃんとギルドにも登録済みだからね」

 言いながら、腰のポーチから身分証としてギルドカードを取り出し、見せてくれる。


 ギルドカードは自分で表示内容を指定できる様式となっており、秘匿したい箇所は意図的に表示できないようにすることができるようになっている。


 エリシア・ローワン(16歳):Cランク


 必要最低限の個人情報のみが表示されているそれを見て、しかしアルトは驚きに目を見開いた。

「16歳…Cランク!?」

 冒険者ギルドのランクはGから始まり、上はSランクまである。戦闘において現場で動けるようになるにはEランク以上が必要と言われている。


 己と4歳しか年が違わないのにも関わらず、少女は冒険者として中堅と言われる立場にいるらしいことに、アルトは衝撃を受けた。

「そ。意外とすごいでしょ、あたし」

 隣を歩くエリシアの得意げな顔をちらりと見上げた。羨ましくて、ちょっぴり腹立たしい。

「で、きみの名前は?」

 尋ねられ、アルトは名乗ろうとしたが、喉が詰まる。

「…アルト、です。」

「アルト君か。いい名前ね」

 あえて家名を名乗らなかったことを特に気にするでもなく、エリシアは嬉しそうに笑った。

 少しの気まずさを覚え、アルトは視線を前に向ける。

 前方には、グレイスフィールドの巨大な木造門がそびえていた。




あとがきという名の説明


アルト・フェルナード(12歳)

騎士団員である父と兄に憧れている。ちょっと意地っ張り。


エリシア・ローワン(16歳)

故郷を飛び出し、一人立ちの為に旅してきた。明るくおおらかな性格。



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