【第5話】弓張月の下で
夕陽が沈み、屋敷の廊下に夜の気配が満ち始めた。
セレナは自室の扉を閉めると、胸の奥に溜め込んでいた息をそっと吐き出した。
(……やっと、夜になった)
昼間のざわつきも、胸の痛みも、
今はすべて遠い。
今、心を満たしているのはただひとつ。
推しに会える夜が来たという事実だけだった。
机の引き出しを開けると、
整然と並んだ“推し活セット”が目に飛び込んでくる。
・レオスの切り抜き
・闘技場の簡易地図
・変装用の外套
・お気に入り席の印がついた観客席配置図
(……ふふ。今日も完璧)
侍女リリアが呆れたように微笑む。
「お嬢様、もう準備を?」
「ええ。今日は……特に大事な日なの」
「毎回そう言ってますよ?」
「だって、本当に大事なんだもの」
リリアは器用にセレナの髪をまとめ、外套のフードを深く被せた。
「これで、誰にも気づかれません」
「ありがとう、リリア。……行ってくるわ」
屋敷を抜け出すと、夜風が頬を撫でた。
街の灯りが揺れ、遠くから人々のざわめきが聞こえる。
(今日のレオス様は、どんな戦いを見せてくれるのかしら)
(新しい技……あるかもしれない)
(怪我していないといいな……)
(ああ、もう……早く会いたい……!)
足取りは自然と速くなる。
まるで心が身体を引っ張っているようだった。
やがて、闘技場の巨大な外壁が視界に現れた。
胸がぎゅっと締めつけられる。
(……来た)
弓張月が空に浮かび、その光が石壁を淡く照らしている。
セレナは深呼吸をひとつして、門の前で立ち止まった。
(レオス様……今日も、あなたの戦いを見届けます)
そして——
観客の波へと歩みを進めた。




