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【最終話】氷の令嬢は、今日も心だけは忙しい

侯爵家アルディスの朝は、いつも静かだ。

廊下に差し込む光は淡く、

侍女たちの足音は控えめで、

まるで屋敷全体が“氷の令嬢”に合わせて息を潜めているようだった。


——そのはずなのに。


今日のセレナの胸の奥は、

どうしようもなく落ち着かなかった。


鏡の前に立つ。

映るのは、いつも通りの冷静な顔。

整った髪、淡い瞳、凛とした表情。


けれど。


鏡の中の自分が、

どこか柔らかく見えた。


(……変わったのは、わたくしの方)


ドレッサーの上には、

いつもの推し活手帳が置かれている。


その隣に——

薄い青色の押し花が挟まれた小さな栞があった。


デルフィニウム。

レオスが胸元につけていた花。

そして、ヘリオス殿下が

「君に渡したかった」と照れながら手渡してくれた花。


セレナはそっと指で触れた。


(……推しが、婚約者になってしまった)


声に出さずに思うだけで、

胸が熱くなる。


恥ずかしくて、

嬉しくて、

信じられなくて、

でも確かに幸せで。


「まったく……これからどうしましょう」


小さくつぶやくと、

鏡の中の自分がふっと笑った。


氷の令嬢の外見はそのまま。

けれど、

心だけは、今日も忙しい。


廊下の向こうから、

聞き慣れた足音が近づいてくる。


「セレナ。迎えに来たよ」


扉の向こうで、

優しい声がした。


その声を聞いただけで、

胸の奥がまた忙しくなる。


セレナは深呼吸をして、

そっと扉へ向かった。


——氷の令嬢の物語は、

今日からまた新しく始まる。


弓張月の下で交わした“もう一度”の約束を胸に。

こんにちは。春乃ことりです。

つたない文章ではありますが、最後まで物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


「実はこうだったんだ」と振り返って気づけるような伏線のある物語を書きたい──そんな思いを胸に挑んだ一作でしたが、やはり難しいものですね。

それでも、両思いの二人がすれ違いながらも歩み寄り、結ばれていく姿を描きたくて、心を込めて綴りました。


少しでも楽しんでいただけていたら、とても嬉しく思います。


それでは、またどこかの物語でお会いできる日を願っております。

ありがとうございました。

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