第7章 「私はこの世で、あなた以外の伴侶を望みません。」[Part 2 of 2]
その夜、時間はあっという間に過ぎていった。
気がつけば、祭りで遊び始めてから三時間が経っていた。
満足し、そして疲れ果てた二人は、祭りの近くにある草むらの丘で休んでいた。
青年は腰を下ろし、今なお賑わい続ける祭りの様子を眺めている。
すでに夜も更けているというのに、
祭りの灯りは少しも衰える気配を見せない。
「……ここは、本当に綺麗で……楽しい場所だな。」
青年はぽつりと呟いた。
丘の上からは、親子が楽しそうに笑い合う姿や、
忙しそうに働く屋台の店主たちが見える。
その周囲には、仲睦まじく寄り添う恋人たちの姿もあった。
互いに食べ物を食べさせ合う者。
抱きしめ合う者。
髪を撫でる者。
そして、夜空を見上げながら未来を語り合う者。
「はあ……」
青年は小さく息を吐く。
――その一方で。
彼の隣では、一人の少女が芝生の上を転がり回り、腹を抱えて笑い続けていた。
「ははは! 本当におかしい! ねえお兄ちゃん、さっきの“角の生えた悪魔”の劇、覚えてる!? あの悪魔、ほんとバカだったよね!」
カリナは狂ったように笑いながら言う。
「はいはい、面白かったよ。」
青年は平坦な声で答えた。
(……なんでこの子は、こんなにも落ち着きがないんだ……)
(もう少し品があれば、天使か貴族の姫のように見えるだろうに……)
青年は心の中でぼやく。
「ふぅ……もういい、笑い疲れた……」
カリナはようやく笑うのをやめる。
「それで、お兄ちゃんは今日のこと、どう思った? 楽しめた?」
「……正直に言うと、こんな風に楽しんだのは、ずいぶん久しぶりな気がする。」
青年は小さく答えた。
「ん? どういう意味?」
「はは、いや、忘れてくれ。記憶を失ってるから、そう感じるだけかもしれないし……」
青年は軽く笑ってごまかす。
「それに、きっと昔は、こうやって二人で遊ぶこともあったんだろ?」
そう言って、カリナの瞳を見つめた。
「……ううん、それは違う。」
カリナは小さく首を振る。
「同じ家に住んで、同じ学校に通ってたけど……」
「少なくとも私の記憶では、こうやって一緒に遊んだことなんて、一度もなかったよ。」
そう言って、彼女は視線を祭りの方へと逸らした。
カリナは視線を逸らしていたが、
青年はそれでも気づいていた。
先ほどまで明るかった彼女の表情が、今はどこか陰りを帯びていることに。
「はあ!? なんでそんなことになるんだ? 俺たちは兄妹だろ? 今みたいなのって普通じゃないのか?」
青年は困惑した様子で尋ねた。
「普通? お兄ちゃんにとってはそうかもしれないけど……」
「私たちは、普通の家族じゃないの。」
カリナは静かに言う。
「私たちの両親は、かつて世界を救った“七人の古の騎士”の血を引いている。」
「そして、お兄ちゃんが“伝説の青い炎の魔法”を持っていると分かった瞬間――」
「この国中が騒ぎ出して、『予言の英雄』が生まれたって言い始めたの。」
「予言の英雄?」
青年は繰り返す。
「そう。かつて封印することしかできなかった“角のある悪魔”を、完全に滅ぼすとされている存在。」
カリナは淡々と答える。
「お兄ちゃんがこの世界を救う英雄だと呼ばれるようになってから――」
「私は毎日、ただお兄ちゃんが、みんなに期待される“英雄”になろうとして、休むことなく訓練し続ける姿を見ていることしかできなかった。」
「……訓練して……みんなに期待される“英雄”になろうとしていたのか……?」
青年は小さく繰り返す。
「うん。きっとこの国の中で、お兄ちゃんほど必死に訓練している人はいないと思うし……」
「それに、お兄ちゃんほどみんなに敬われている人もいないと思う。」
「でも……」
「……そんな風に、無理やり頑張らされているお兄ちゃんを見続けるのは――」
「……辛かった。」
カリナはそう囁き、視線を落とした。
「私は、お兄ちゃんがあんな風に苦しむのを見たくなかった。」
「だからある日、両親にお願いしたの。もう無理に訓練させないでって。」
「でも……返ってきたのは――」
カリナはわざとらしく声色を変える。
「“自分の兄が弱くなって、世界を救えなかったら恥ずかしくないのか?”」
「“そんなことを考える暇があるなら、お前も兄と同じくらい強くなれ。”」
「“それに、お前のその奇妙な噂のせいで、親としてどう扱えばいいのかも分からないんだ。”」
カリナはどこか芝居がかった口調で言い切った。
「はあ!? 親がそんなことを……いや、待て。」
青年は顎に手を当てる。
「……なんとなく分かる気もするな。正直、その性格だと“変わってる”って言われても仕方ない気がする。」
探偵のように分析する。
「ちょっと! ひどくない!?」
カリナは抗議する。
「言われてたのは性格じゃなくて、見た目と魔法のことだよ!」
「ん? よく分からないな。見た目は普通に綺麗だと思うぞ。まあ……問題があるとすれば、その性格くらいじゃないか?」
「ちょっとちょっと、それ褒めてるの? けなしてるの?」
カリナは呆れたように言う。
「いい? この黒い髪、見てよ。お兄ちゃんは覚えてないかもしれないけど、両親は二人とも金髪なの。」
「それに、もっと問題なのは――この魔法。」
そう言って、カリナは右手を前に差し出す。
次の瞬間――
その掌の上に、鮮やかな青い炎が灯った。
それはこの世界で“伝説”とされる炎。
それを持つ者は、自動的に『予言の英雄』と見なされる。
「カリナ……お前も、“予言の英雄”なのか?」
青年は問いかける。
「……ううん。」
カリナはどこか陰のある声で答える。
「もう少し見てて。きっと、お兄ちゃんにも分かるから。」
そして――数秒後。
彼女の掌の青い炎の下に、
もう一つの炎が現れる。
それは――
漆黒の炎だった。
「それは……」
青年は小さく呟いた。
次の瞬間――
まるで獲物に食らいつく蛇のように、青い炎は黒い炎に呑み込まれていった。
「すごいな……その魔法!」
青年は思わず声を上げる。
「へへ……そう? お兄ちゃんにはカッコよく見えるんだ?」
カリナは少し照れたように笑う。
「でもね、昔のお兄ちゃんは、この炎を“気持ち悪い”って言ってたんだよ……」
「待てよ、俺がそんなことを? どうして――」
青年が言いかけた瞬間、カリナはそれを遮った。
「そんなのどうでもいいの! 今は忘れて、ちゃんと私の話を聞いて!」
カリナは強い口調で言う。
青年は黙って頷いた。
「見ての通り、私たちは同じ青い炎を持ってる。」
「でも私の炎は――黒い炎に侵されてる。」
「だから言い方によっては、これは“黒い炎の魔法”とも言える。」
カリナは淡々と続ける。
「そのせいでね、色んな噂が立った。」
「お兄ちゃんの魔法の残りカスだとか……灰だとか。」
「あるいは、私が嫉妬して禁忌の儀式に手を出して、この“汚れた青”を手に入れたとか。」
「本当は私も純粋な青を持つはずだったのに、心が汚れてるから黒くなったんだっていう話もあった。」
静かに語る。
「……馬鹿げてる。」
青年は低く言った。
「それと……さっきのこと、悪かった。そんな状況だったなんて、知らなかった。」
カリナはそれを聞いて、鼻をこすりながら小さく笑った。
「へへ……でも大丈夫!」
「今はちゃんと分かってるから。」
そう言って、彼女は立ち上がり、黒い装甲のドレスについた草や汚れを払う。
そして空を見上げ、深く息を吸って吐いた。
「どうして私みたいなのが、こんな変な魔法を持ってるのか――」
「その理由が、分かったんだよ。」
カリナは振り返り、満面の笑みで言った。
「それはね――」
「お兄ちゃんを、守るためだよ!」
「どんな相手でも!」
「モンスターなんてもちろん、あの七聖騎士だって、私なら倒せる!」
「見せてあげるよ、お兄ちゃん! この“最強の妹”の力を!」
カリナはピースサインを作り、無邪気に笑った。
その姿を見て、青年も立ち上がる。
そして、彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。
「ありがとう……でもな。」
「俺も、お前を守るよ。」
その言葉に、少女は――
狂気じみた、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
気がつけば、夜はすっかり更けていた。
帰りの道――
馬車は信じられないほどの速さで駆け抜けていく。
御者であるアルベルトの顔は、夜の冷え込みとともにますます青ざめていった。
その一方で――
カリナは、
はしゃぎながら、全力で馬たちを煽り続けていた。
「もっと速く!行けー!行けー!行けー!ははははっ!」
まるで子供のように声を張り上げる。
「……この帰り道、色々とひどすぎるな。」
青年はそう呟きながら、
カリナの騒ぎぶりを見て笑う街の人々へと視線を向けた。
KK:やっほー! まだ応援してくれて、本当にありがとう!
???:昨日、第5章の途中切れを確認しなかったせいで上にこっぴどく怒られた人がよく言うよ。
KK:はあ……やっぱり、俺は無能なのかもしれないな……
???:おいおい、冗談だって。それにさ、それって“人間らしい”ってことだろ? ほら、外を見てみろよ。このぼやけた世界で、自分が人間だって証明するのがどれだけ難しいか。真実は疑われ、偽物が信じられる……だからこそ――誇っていいんだよ。
KK:うるさい! ミスをして誇るなんて、それは後退だ! そもそも、いつからこの世界は失敗を誇れなんて言うようになったんだよ!
???:……
???:……ごめん。
KK:もういい! 俺は寝る!
???:……
???:……




