選ぶ甘さ、選ばない甘さ
夜は、思ったより静かだった。
城の一室。
簡素な寝台と、小さな机。
窓の外には、灯りが点々と揺れている。
「……専属、か」
言葉にすると、重さが増す。
安定。
材料。
場所。
作るには、これ以上ない環境だ。
だが。
「……閉じる、ってことだよな」
市場の喧騒。
値段を考える時間。
売れ残りを見つめる夜。
不便で、面倒で、怖かった。
だが。
「……楽しかった」
包みを開く。
今日、持ち帰ったしぶ甘菓が一つ。
割る。
香りが、立つ。
「……これ」
「……城だけの味に、していいのか」
誰かの顔が浮かぶ。
半分を買っていった少年。
戻ってきた女。
無言で頷いたガルド。
「……全部、切り捨てるのは」
「……違う」
翌朝。
王の前に立つ。
「答えは」
「……決まったか」
「……はい」
一度、息を吸う。
「……城に、残ります」
側仕えが、安堵したように息をつく。
だが、続けた。
「……ただし」
「……条件があります」
王は、眉を上げた。
「言え」
「……市場に」
「……定期的に、出たい」
「……城の外でも」
「……作りたい」
一瞬、沈黙。
「……理由は」
「……甘さは」
「……閉じると、鈍ります」
「……売れるか、売れないか」
「……誰が、何を思うか」
「……それを」
「……忘れたくありません」
王は、しばらく黙っていた。
そして、低く笑った。
「不器用だな」
「……はい」
「だが」
「面白い」
「許そう」
「回数は、制限する」
「……ありがとうございます」
「条件が一つ」
「名を、持て」
「……名?」
「城専属の作り手だ」
「名もないでは、困る」
少し考える。
「……いりません」
即答だった。
「……ほう」
「……菓子の名があれば」
「……十分です」
王は、目を細めた。
「ならば」
「菓子の名で、呼ぼう」
「……『しぶ甘』の者」
その呼び方に、少しだけ笑いそうになる。
「……悪くない」
王は、立ち上がった。
「決まりだ」
「城に、居場所を与える」
「……はい」
広間を出る。
空は、昨日より明るかった。
厨房に戻ると、ルークがいた。
「……決めたか」
「……残る」
「……条件は」
「……市場にも、出る」
ルークは、少しだけ笑った。
「欲張りだな」
「……ああ」
「だが」
「それでいい」
窯に、火が入る。
いつもの匂い。
「……次は」
「……百を、安定させる」
「その次は」
「……名前を、広げる」
しぶ甘菓は、城の中へ。
そして、また城の外へ。
全部は、選ばない。
全部は、捨てない。
不器用だからこそ、残す道だ。




