愛が足りない
王都の中心に位置する宮殿。
貴族であっても容易に立ち入れる場所ではなく、何人もの王族が多くの嗜好品に取り囲まれて暮らしている。
豪華絢爛な様相は、全て王族の権威を象徴するもの。
一片の陰りもあってはならない。
宮殿外に暮らす人々にも、その意志をまざまざと見せつけていた。
そんな宮殿内の一室。
一人の王族が従者から報告を受けていた。
「殿下、報告は以上です」
「そうか、ありがとう」
銀髪碧眼の青年は第一王子のクラウス。
つい先日エルミラと婚約破棄を行い、彼女を辺境に追放した人物である。
重い枷から解き放たれたはずの彼の表情は重苦しい。
従者もそれが分かっているようで、沈黙の末に呟いた。
「しかし、このような事態になるとは……」
「仕方のないことだ。エルミラの強大な魔法の前では、誰も逆らえなかった。それだけならまだしも、あの横暴さも相まって誰も手が付けられない状況だったからな。これは婚約者でありながら、ここまで事態を悪化させてしまった、私の責任でもある」
「殿下……」
沈痛な面持ちのクラウスに従者は言葉を失う。
例のパーティーで起きた出来事は、彼の独断ではない。
彼女を追放刑にまで処したのは、それだけ王家が危険視したということでもある。
軽い処遇で終わらせては、第二第三のエルミラが現れるかもしれない。
そうすれば王族という立場すら揺らぎかねない。
今回の罰則には、周りの貴族に対する牽制の意味があった。
とは言え、クラウスは自身の不甲斐なさを感じていた。
婚約者であったエルミラは、どうしようもない悪女だった訳ではない。
脅迫めいた発言は確かにあったが、人命を奪うような犯罪までは起こしていなかった。
それでも例のワガママが発動したら、王子である彼ですら手に負えない。
どうにか宥め、望みを叶えるだけで精一杯だったのだ。
本来ならもっと歩み寄り、彼女の性根を正すべきだったのかもしれない。
あの場では厳格に処断したものの、そんな思いが後ろめたさとして残っていた。
しかし、いつまでも自己嫌悪に陥っている場合でもない。
クラウスは新たに起きた問題について、再度従者に尋ねる。
「すまない。それで、彼の様子はどうなっている」
「やはり殿下が危惧されている通り、不審な動きが見られます。明確な証拠は掴めていませんが、細心の注意は払った方が良いかと」
「ふむ。しかし、下手に動けば気取られる可能性もある。どうしたものか……」
彼が最も注視しているのは一人の男。
その人物が、王家の敵となりうる存在なのか見極めている最中だった。
これはエルミラの追放から立て続けに起きた問題の一つ。
不確かな情報故、未だクラウスは父である国王陛下に内容を伝えてはいない。
だが従者からの報告を聞く限り、何かしらの対処は必要だろう。
そう考えていると、他の従者に連れられて新たな人物が現れる。
「クラウス殿下。監視を継続するのであれば、私も参画頂けないでしょうか」
「カルメラ嬢……?」
姿を現したのは黒髪の女性、カルメラ・ミレッカー。
パーティーの最中、妹を断罪し今までの汚名を返上した人物だ。
勿論、彼女は招かれざる客ではない。
エルミラを退かせた功績だけでなく、訳あって今だけは本当の客人として過ごしている。
無下にできるはずもない。
今までの経緯を思い返し、クラウスは申し訳なさそうに振舞った。
「確かに元は君が提案した話だったが、例の騒動で疲れているだろう。この一件は私達に任せてくれないか」
「お気遣い頂きありがとうございます。しかしこれは、私と無関係な話ではありません。そして何より……」
彼に勧められるも、カルメラは小さく首を振る。
そこに陰気と呼ばれていた頃の雰囲気はない。
「この結末を見届けることこそ、私の望みですから」
カルメラの瞳には強い意志が込められていた。
●
「ん……んん……」
ぼんやりとした意識の中で身じろぐ。
瞼を開けて視界に広がったのは木製の天井。
掃除は行き届いているものの、拭い切れない古めかしさ。
あぁ。
そう言えば私、追放されたんだったわ。
現実へ引き戻された感覚に、少しだけ頭が冷える。
確かあの後は必要な物資を揃えたんだっけ。
私自身のお金を使うのだから自分で選べ、なんて言われたけど。
欲しいものを選んだら、どうやっても高価なものばかりになるし。
結局、衣服と同じで妥協に妥協を重ねたモノばかりになった。
購入した荷物は町の人に頼んで、お金を払って馬車を出してもらった。
御者達は戦々恐々としていたけど、私が暴力を振るうとでも思っていたのかしら。
本当に失礼なこと。
そして荷物を運び終えて家中を整理した後は、疲れて眠ってしまったんだったわ。
窓の外は完全に陽が落ちて夜になっている。
本来なら今いる私の部屋も暗闇に包まれているはずだけど、購入したドレッサーの上に、火の灯ったキャンドルが置かれていた。
私が置いたものじゃないし、火も付けていない。
もしやと思い、私はベッドから起きて一室を出る。
「お目覚めになりましたか、先生。今から起こしに行こうかと思っていたので、丁度良かったです」
例の弟子がリビングで出迎えた。
あれだけ殺風景だった部屋には、食器棚やらテーブルやら椅子やらが整えられ、温かい灯りに包まれていた。
言ってしまえば、一般的な平民の住まい。
奥の台所では、火の魔法具で加熱された鍋が煮立った音を立てている。
あれは確か、町で取り揃えた生活用の魔法具だったわね。
私にとっては道具を使うのは邪道なのだけど。
そう思いながらも、香ばしい匂いに鼻腔をくすぐられる。
つい先ほど出来上がったばかりなのか、木製のダイニングテーブルに彼が料理を運んでいた。
これは、シチューかしら。
それ以外にもパンやサラダが並べられていて、私は目を丸くした。
「何? もしかして、貴方が料理を作ったの?」
「はい。お気に召すかは分かりませんが、夕食を用意させて頂きました」
「ふ~ん……」
「弟子にして頂きましたので、暫くの食費等は私が身銭を切ります。先生の財産は、何処で使うべきか先生自身でお決めになって下さい」
そんなことを言う。
考えてみればこの金髪は旅人。
自炊くらい出来て当然だったわね。
相槌を打ちつつ、テーブル上の料理を見つめる。
別にいらない訳じゃない。
でもありがとう、なんて言うのも気恥ずかしい。
今まで従者達にもそんなことを言った覚えがない。
だって、料理なんて出てきて当然のモノだったから。
余所余所しくなりながらも、私は席に座る。
そして互いに向かい合いながら、夕食を取ることになった。
「どうですか?」
「……別にどうこう言うつもりはないわよ。普通、なんじゃない?」
「安心しました。嫌だと言われたら、先生だけ食事抜きになってしまうので」
「また、そういう……」
この男は相変わらず一言多い。
優しくしているように見えるけど、絶対甘やかしはしない。
私のワガママに付き合うこともない。
町での買い出しだって、家具については殆ど私の手持ちで出費した。
だからいつも調子を狂わされる。
別に味だって文句をつけるつもりはないわよ。
私も、そこまで嫌な性格してないし。
そんな中で愛だの何だのと言ってくるから、余計に分からなくなる。
と、そこまで考えて少しだけ気になったことがあった。
「ねぇ」
「どうかしましたか?」
「貴方って、どうして愛って言葉に拘るのよ?」
そう。
彼は毎度の如く、愛という言葉を口にする。
しかも意味なく言っている訳じゃない。
勿論、半分は私を諭すように言ってくるのだけど。
もう半分は、自分に言い聞かせているように感じられる。
まだ会って一日足らずだけど、何となくそんな気がした。
せめて、分からないことを一つだけでも呑み込んでいかないと。
すると食事を続けていた弟子が、手を止めて考えるような素振りを見せた。
「そうですね。私自身、よく分かっていないからかもしれません」
「……?」
「実は私、家族間の仲があまり良くないのです」
予想していなかった返答。
思わず私はもう一度聞き返した。
「え? でも私の所に来た理由って……」
「はい。不治の病を患った身内を治すためです」
「どういうこと? 仲が悪いのに、わざわざここまで来たってこと?」
「そうなります。たとえ仲が悪くても、身内は身内なので」
さも当然のように言ってのける。
何よ、それ。
そんなの放っておけば良いじゃない。
仲が悪いってことは、嫌われていたってこと。
何でそんな人のために動く必要があるのよ。
お姉さまの姿が脳裏に浮かび、またモヤモヤが湧き上がる。
返答に迷う中、弟子は続けた。
「私の兄弟は、他人を蹴落とすことを考えている人達ばかりでして。私としてもどう接すれば良いのか、考えあぐねる程でした。もしかすると、私が消えることすら望んでいるのかもしれません」
「そんなに状態なのに、何で……」
「お恥ずかしい話です。私が旅人になったのも、それが理由ですから。しかし、不治の病という報を聞いた時に気付いたのです。私たち家族には愛が足りないと」
金髪はそこで愛を語る。
何だか、私のことを言われているような気がした。
「本来、家族とは互いに思いやり支え合うもの。私たち家族には、その思いが決定的に欠けているのです。だからこそ、私から歩み寄りたい。愛という感情を知らなければならないのです」
「貴方が私に教えを乞うのも、家族への愛情を示すため……?」
「仰る通りです」
彼なりに考えがあったようね。
頷く様子を見て、今度はお父さまの姿が頭の中に浮かんでくる。
別にこの金髪は私を責めている訳じゃない。
そんなことは分かっているわ。
けれど、今までのことが思い返される。
優しかったお父さまが掌を返した、あのパーティーでの出来事。
庇うことが出来ないと、一言で切り捨てたあの姿。
結局、私達の間に愛情なんてものはなかった。
あったのなら、初めからこんなことになっていない。
だから私は投げやりに答える。
「一応、貴方の言うことは理解したわ。でも、一つだけ忘れていることがあるわね。どれだけ尽くしても、尽くされても、切り捨てられることだってあるのよ」
「先生……」
「肉親だからって、最後まで守ってくれるとは限らないんだから」
家族だなんて所詮は血の繋がりでしかない。
不要と判断されれば切り捨てられる。
そういうものだと言ってしまう。
けれど、弟子が不安そうな表情を浮かべていることに気付いてハッとする。
はぁ。
何をやっているのよ、私は。
勝手に傷ついて、勝手に振舞って。
こんな低俗な憂さ晴らしをしたかった訳じゃない。
心の中でせめぎ合った結果、私は力なく首を振った。
「……馬鹿みたい。これじゃあまるで、八つ当たりしているようだわ」
謝れない。
謝り方が分からない。
だからこんな、変な言い方になってしまう。
けれど金髪は何かに気付いたように微笑んだ。
「構いませんよ、私は」
「……!」
「押し込めていた思いを吐き出す。それを受け止めることも、愛情の一つだと思いますから」
何でもないように振る舞ってくる。
まただわ。
またそんな、変なことを言ってくる。
別に言葉自体は大した話じゃない。
甘い言葉を囁いてくるのは、今までの下僕に幾らでもいた。
けれど、こんな私なんてかつての姿とはほど遠い。
誰もが羨む存在だったはずの私が、弱みを見せるなんて。
それは以前なら敬遠されて当然の振る舞いで、弱みに付け込まれるだけの行動。
だから私は、お父さまにすら弱音を吐いたことがない。
泣くにしても、それは幼い時だけの話。
代わりに沢山のおねだりをして、自分を強く見せた。
それが公爵令嬢であり選ばれた人間である、私の在り方のはず。
それなのにこの弟子は、私の弱みを見ても動じない。
動じないどころか安心したような表情すら見せる。
だから、調子が狂わされる。
「そういうのは止めてって言っているでしょ」
「……? そういうのとは、どういうものですか?」
「だからそうやって、訳わかんないことを……って、あ~もうっ」
妙な感情に後押しされて、思わず躍起になる。
動揺の代わりに手にしていた食器が音を鳴らす。
「良いから早く食べるわよ。料理が冷めるわ」
「かしこまりました」
「コホン。まぁ、貴方がそれでも魔法を教わりたいと言うなら、明日から教えてあげる。覚悟しておくことね」
まぁ、良いわ。
私は咳払いをして気を取り直す。
結局のところ目的は変わっていない。
弟子の境遇について理解はできても、深入りはしない。
だって私はこの男を利用して首輪を外し、そして――。
「……?」
そしてお姉さま達に復讐する?
本当にそれで良いのかしら?
「あぁ、そう言えば伝え忘れていました。明日の朝食は先生にお任せします」
「んなっ……!?」
「家事は7対3くらいの割合で分担しましょう。先生は3割ということで。あと、洗濯については個々でお願いします。異性の着衣に触れるのは、お互いにとって健全ではありませんから」
一瞬の疑問を打ち消す暴言。
この金髪、やっぱり容赦がない。
幾ら共同生活になるとは言っても、師匠である私を使わせるなんて有り得ないんだから。
けれど、嫌だと言って従う男じゃないことは知っている。
ペースに乗せられた私は、憎々しげに見つめ返す。
いつの間にか、胸の奥のモヤモヤは取れていた。




