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読書と視察

「なるほど、つまりは引き続きこの世界でのんびり暮らせということね」

「それが陛下のお望みなれば、よ」

 ケナセネリカの神子シクラメンの言葉を肯定し、彼女に薦めてもらった本をなおも読み進めるカロラクシュカ。彼女は今、シブヤの大図書館に来ている。

「この世界の読み物もなかなか面白いわ。目新しい発想は流石に少ないけれど、そも私にとって目新しいと感じさせる要素があるだけでも凄いことよ」

「ケナセネリカのオリジナルにそう言ってもらえるなら、この世界の作家達も喜ぶ」

 シクラメンはシクラメンで客が来ているのにいつも通りマイペースに読書を続行。この訪問者が何者であるかスズランに聞かされた専属メイドのコデマリはさっきからハラハラしっぱなしだ。

「あ、あの……」

「お嬢さん、この本の四巻を取ってくださる?」

「はいっ、ただいま!」

「コデマリ、私には紅茶をちょうだい」

「かしこまりました!」

「あら、このまま冒険活劇が続くのかと思ったら急に恋愛要素が濃くなったわ。執筆中に作者が恋にでも落ちたのかしら?」

「逆。その本を書いている最中に失恋した。だから癒しを求めたらしい」

「ふーん」

 椅子があるのに床に直接寝転がったカロラクシュカは、そのだらしない姿勢のままふとあることを思い出す。

「そういえばシクラメンちゃん」

「なに?」

「貴女、ゲルニカ坊ちゃまと仲が良いって本当?」

「懇意にはしている」

「恋愛感情は?」

「無い」

 彼女が即答したことで、カロラクシュカはほっと胸を撫で下ろす。

「ど、どういうことです?」

 疑念をぶつけたのはコデマリだ。シクラメンの恋愛事情を探ってこの異界の魔王は何がしたいと言うのか?

「いやあ……それがね」

 マリアの生まれ変わりたるスズラン以外にはフランクに接する彼女。どうやらこっちが素のようだ。本を両手で持って仰向けに寝転がりつつ回答する。

「三代目のディルちゃんがゲルニカ坊ちゃまに求婚したのよ、そりゃもう情熱的に。私達の世界の感覚で言うと千年ぶりくらいの再会だったからね」

「……待って、その二人は親子じゃなかった?」

 ようやく興味を示したシクラメンが読書を中断しベッドの上で顔を上げる。一方のカロラクシュカは、やはりぐ~たらな姿勢のまま頷いた。

「そうよ~義理の親子。といってもディルちゃんは子供の頃から坊ちゃまが好きだったんだけどね」

 なんて背徳的なと思ったが、コデマリは危ういところで口に出しかけたその言葉を飲み込む。万が一にも目の前の相手を怒らせたら、流石のシクラメンとて太刀打ちできまい。

 そのシクラメンはというと、従者の心配など知らず爛々と目を輝かせるのだ。

「それで、プロポーズの結果はどうなったの?」

「フラれたわ。やっぱり親子でそういうのは良くないとかなんとか言っちゃって。あの子、変なところで頑固よね」

 なるほど、それでシクラメンの恋愛事情を聞いたのか。納得したコデマリは再度の質問を投げかけてみる。

「あの……もし、ゲルニカ様がシクラメン様に懸想しているなどということがあった場合には……」

「ディルちゃんは怒るでしょうね」

 ニヒッと笑うカロラクシュカ。

「直情的なのよ、実の父親にそっくり。もしそんなことになってたら戦争が勃発したかもしれないわ」

「ひいいいいい……」

 もう駄目ですとコデマリはシクラメンに縋りつく。こんな恐ろしい話、田舎議員の娘で多少の魔力がある程度の自分にはついていけない。

「よしよし」

 シクラメンは従者の背中を叩き、落ち着かせてやってから再び本に視線を落とす。

「私が彼と恋に落ちる可能性は無い。だから安心しなさい」

「ほ、本当ですね? 本当ですよね?」

「えらくきっぱり言い切るけど、坊ちゃんには全く芽が無いの?」

 カロラクシュカは昔、少年時代のゲルニカの教育係をしていた。なので実を言えば贔屓目がある。

 そんな彼女に、シクラメンはまたもきっぱり言い切った。

「顔が好みじゃない」

「まあ、結局のところそれよね」

 不細工だとは思わないが、自分にとっても恋愛対象たりえない。カロラクシュカは納得して、ある意味自分の親族とも言えるシクラメンにいたく共感を覚える。

「ふ、不敬です」

 信仰心に篤いコデマリは、流石にそれだけは言ってやった。




 一方、ミツルギはスズラン&モモハルと共に世界各地を巡り歩いていた。今は中央大陸南部の視察を済ませ、モモハルの力で南大陸まで転移したところだ。

 ウンディーネ達の女王が住まう場所、海玉宮の廊下をスズランの展開した障壁に包まれつつ進む。この場所は海中にあり、こうしないと人間はすぐに溺れてしまう。

 長い長い通路を進みながら、ミツルギは興奮覚めやらぬ様子で一時間ほど前の出来事を振り返った。

「スイレン殿は素晴らしいですね。人の身で、しかもあの若さでありながら、よくぞあれほどまで技を練り上げたものです」

「でしょう? マリアだった頃の記憶が蘇って以来、余計に彼女に対する尊敬の念が強くなったのよ」

「わかります」

 友人の研鑽を得意気に語るスズラン。同意するスイレン。

「剣なら僕の師匠たちもすごいよ」

「あとはミツマタさんね」

「その方々とも、いずれお手合わせ願いたいものです」

 今回の訪問には時間制限がある。そのためミツルギは急ぎ足だった。彼女の要望に応え通常より素早く泳いでいた案内役のウンディーネが、やがて大きな扉の前で足を止める。

 扉というか渦だ。水中では水圧により強い抵抗がかかってしまうため扉の開閉は難しく実用的でない。なのでウンディーネ達は魔法で水流を操り、渦を生み出してドア代わりに使っている。彼女達は全員が優れた魔女でもあるため一時的に渦を消して通り抜けることなど子供でも難しくない。

『スズラン様、モモハル様、異界のお客人が到着なされました!』

 案内役がそう言うと同時、魔法の渦が消された。途端にそれによって遮られていた視線が通り、大きな広間に並ぶ無数のウンディーネ達と、奥の玉座に腰かける一際大きな体の女王が姿を現す。


『ようこそいらっしゃいました、皆様』


 女王は穏やかな笑みを浮かべ臣下の者達と共に立ち上がり、自分よりさらに貴い者達の来訪を歓迎した。

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