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最悪の魔女スズランAfter 幸せはまたやって来る  作者: 秋谷イル
18.Hello angel from the door

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開けゴマ

 ──彼女達が訪れたのは年末、教会での天使に関する話が村民達の頭からすっぽり抜け落ちた頃だった。

 元々この季節、頭上は鉛色の雲で覆われていることが多い。ところが昼下がり、急速にその一部が青白い魔力の輝きで染まったかと思うと雷が村の外れへ落ちた。

「うおっ、すごい揺れた!」

「えらく近くに落ちたぞ、大丈夫か!?」

 屋内にいた者達は慌てて外へ飛び出し周囲を見渡す。すると、元から外で作業していた鍛冶屋のツゲさんが南の外れを指差して言う。

「雷が落ちたのはあそこじゃ。しかし、どうも普通の雷ではなさそうじゃな」

「おお?」

「なんじゃい、ありゃあ?」

「扉が……立っとる」

 村の南端、ヤマガタ方面へ続く旧街道の入口に観音開きのドアが一つ。もちろん元からそこにあったわけではない。落雷の直後、唐突にあの場に現れた物である。

「来たわね」

「おねーちゃ、なに?」

「ふふ、お姉ちゃんの友達が来るみたい」

 弟をだっこしたまま微笑むスズラン。一方、モモハル、アサガオ、ロウバイ、ノイチゴ、ヒルガオ、フリージア、ユリオプス、ゼラニウム──魔力を感知できる者達は一様に緊張した面持ちで立ち尽くす。

「な、なにこの魔力……」

「スズラン様ほどじゃねえが、十分にデタラメだ……」


【開門】


 どこからか──おそらくはドアの向こう側から響くテレパシー。こちら側へ注意を促すためだろう。なんらかの手段で扉の前に誰もいないことを確認したようで、やがてそれは左右に開け放たれた。ドアの向こうは何も無い真っ暗な空間。

 だが凄まじい魔力の持ち主が二人、その闇から歩み出して来る。スズランというさらに上の存在を知らなかったら、それだけで魔法使い達は恐慌状態に陥っていたかもしれない。

 なるほど、あの二人か。マリアは逆にホッとした。

(無難な人選です)

「陛下!」


 二人はスズランの姿を見つけると、すぐにその場で跪いた。彼女達には一目でわかったのだ。なにせスズランはマリアに瓜二つ。しかも放出される魔力の波形も魂の色も完全に一致している。

 だから目の端に涙を浮かべ、頭を垂れた。


「お帰りなさいませ! 我等“聖母魔族(せいぼまぞく)”一同、心より陛下の御帰還を慶び言祝ぎを申し上げます!」

「へっ?」

「まぞ……く?」

「う~ん」

「おねーちゃ?」

 今度は困ったなと眉根を寄せるスズラン。そんな彼女をきょとんと見上げる弟ショウブ。そして村の皆。説明が面倒なので黙っていたのだが、ついに明るみになってしまった。

 実は彼女、いやマリアは“大魔王”とも呼ばれている。




「だ、大魔王!? マリア様が、そのような称号で……?」

 いつものようにケンエン亭に集まった村人達の前で、スズランはかつての自分が大魔王と名乗っていた経緯を説明することに。司祭は早速卒倒しそうなほど驚いた。

「ほら、神々に戦いを挑むわけですから、同じ“神”ではなく“魔王”と改めた方が良いような気がするでしょう?」

 なにせ当時のマリアにとって敵は全員最愛の家族。だから少しでも闘志を奮い立たせるためにとった苦肉の策なのだ。

 ただ、始原七柱への反抗心を抱いていた者達やマリアを慕ってついて来た者達にはその改称が思いのほか効果的に働いたらしい。彼等もいつからか“聖母魔族”と名乗るようになった。

 そして原初の神の一角を頂点に据えたこの一団は他の六柱に抗し得る唯一の勢力としてさらに数多の戦力を迎え入れ、規模を拡大していくことに。

「人数がどんどん増えていって、高い実力者は私と同じ“魔王”の称号で呼ばれるようになった。なので私の呼び方はさらに、そんな魔王達(かれら)を束ねる“大魔王”へ昇格したというわけ」

「私はその中の一人、カロラクシュカ・ネアチェルト。五封装(ごふうそう)の一角でもあり、皆からは“妖魔王(ようまおう)”と呼ばれております。以後お見知りおきを」

「あの人……」

「ええ、似ています」

 スズランの対面に座る妖艶な美女。彼女は様々な刺繍と宝石のあしらわれたスカートをつまみ上げ優雅に会釈する。紫の髪と中心に行くほどわずかに色が濃くなる薄い水色の瞳。そして青い肌。その容姿は近年幾度か人々の前に降臨した四方の神々の一柱を思い起こさせた。この世界の全ての知識を集積している知神ケナセネリカを。

 それもそのはず、スズランが種明かしをする。

「彼女はケナセネリカのオリジナル。彼女を生み出すに当たってモデルとなってもらった魔族です」

「あらあ、この世界にはネリカ型が存在しているのですね。私にとっては妹のようなもの、是非とも会って行きたいですわ」

「諸事情あって今は不在です。彼女の神子になら会えますが」

「それは残念。でも、もちろん加護を受けた人間の子にも興味はありましてよ」

「なら後で紹介しましょう。それでこちらが」

「ミツルギ・ソードフェスです」

 スズランに手で示され、もう一人の魔族が名乗りを上げる。

「陛下からは“錐魔王(すいまおう)”の名を頂きました。カロラクシュカ殿と同じ五封装の一角です」

 黒髪に黒い瞳。きらびやかなドレス姿のカロラクシュカとは対照的にこちらは頭部以外ほとんどを白い甲冑で覆っており、まるで騎士のようだ。そのため顔立ちは美しいものの、声を発するまで男性だと思っていた者も多い。何人かびっくりしている。

「その“ごふうそう”って、なんなの?」

「聖母魔族の中でも特に優れた五人の魔王のことよ」

 ノイチゴの質問に二人より先に答えるスズラン。この世界の界壁を強化していた四属性を特定の方角に固めて配置するあの術式と同様、強力な結界を構築するため選ばれた精鋭。始原七柱との戦いの際、彼等を戦場から逃さず、かつ少しでも自分達にとって優位な環境を造り出せるよう、それぞれが特異な結界術を身に着けている。

 同時に彼等は、かつてのマリア、そしてゲルニカが全力で戦うためのサポート要員でもあった。神々の戦いでは“深度”こそが最重要。周囲に余計な被害を出さないという確信を得られれば、それだけ標的への攻撃に躊躇が無くなり深度が深まる。どちらかといえば、こちらの役割の方がより重要だったと言えるかもしれない。敵ではなく味方に枷を嵌めるための五人。だから“装”の字を入れた。彼女達五人は“大魔王”が本気で戦う時にだけ身に纏う鎧なのだ。

「ちなみにミツルギはアルトラインのモデルね」

「おお、たしかに」

「言われてみれば似ておられる。性別は違うが」

 納得する老人達。ミツルギはアルトラインを女性にしたような容貌の持ち主だ。順序で言うと彼女を男性化したのが彼だと言うべきだが。

 そのミツルギはスズランの隣に座るモモハルをジッと見つめた。

「陛下、もしやそちらの少年は……」

「ええ、この世界の眼神の神子」

「やはり」

「えっと、モモハルです、はじめまして」

「はじめまして」

 彼が名乗った瞬間、ずっと仏頂面だった魔王は微笑む。彼女にとってモモハルは自分をモデルにした神の神子。つまり甥っ子か孫のような存在なのかもしれない。スズランの中のマリアにとっても、この女傑が笑顔を見せることは珍しく、少なからず驚かされた。

 スズランは他にも自分の両親や弟など村の皆を一人ずつ紹介していった。かなりの人数だったのだが、異界の魔王達は焦れる様子もなく時折頷きながら黙って聞き続けた。

「あ、あの」

 やがて、一通り紹介が済んだところで話しかけたのはカタバミである。

 彼女と夫のカズラには危惧していることがあった。

「お二人はどうしてこちらに……?」

「心配は御無用です、カタバミ様」

「さ、様?」

 戸惑う彼女に対し、丁重に頭を下げるカロラクシュカとミツルギ。彼女達にとってカタバミは今や主君の母。であるなら当然、主に対してのそれと同じ最大限の敬意を払う。

 村の者達に対しても同様。大魔王マリアが家族と認めた彼等には当然一切危害を加えるつもりは無いし、悲しませることもしない。

 もちろん主君がそれを望むなら別だが、彼女の真の望みもすでにわかっている。

「我々は聖母魔族の総意を伝えに来たに過ぎません。すでに、この世界に転生されてからの経緯は先代(ゲルニカ)様から伺っております」

 カロラクシュカはミツルギと視線を合わせ頷き合う。使節を任された者同士での最終確認。やはり相違は無いらしい。

「初代である陛下と先代様の御活躍により始原七柱の自殺計画は阻止され、全界球器消滅の危機を免れました。残る脅威には我々だけで十分対応可能。ならば陛下にはこれからも御心のままご家族と共に穏やかな時を過ごしていただきたい。それが我等と三代目大魔王ディル・ディベルカ・ウィンゲイト様の出した結論です」

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