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サラリーマン失格の男とグレー企業  作者: たかまち ゆう


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第10話 転職の決意

 灰色建設を退職して、元々目指していた業界に行く。

 それが、振太が出した結論だった。


 校長の意図は分からないままである。

 だが、灰色建設に、これ以上残るのは無理だ。

 振太は、強く、そのように思っていた。


 灰色建設の総務課は、新たな問題を抱えていた。

 総務課長と総務課の後輩の、折り合いが悪い様子だったのである。

 やはり、総務課長には、人を育てる能力が欠如していたのだ。


 後輩が辞めて、猫の手も借りたい状態に戻ったら、振太は退職できなくなるかもしれない。

 それが、決断した決定的な要因だった。


 無論、理由はそれだけではない。

 労働に関する法律のことも知らず、あるいは故意に無視して、偉そうにしている連中に対する嫌悪感が、限界に達したのである。


 振太だって、世の中の全てが、綺麗事で動いているわけではないことは知っている。

 自分も含めて、あらゆる法律を厳密に守っている人間など、存在しないはずだ。

 仮に「守っている」と主張する人物がいたら、様々なマイナーな法律や、侮辱罪などの微罪を持ち出した反論を浴びることになるだろう。


 だが、物事には限度があるはずだ。

 灰色建設は、その限度を遥かに上回っているから、入社した者の大半が辞めてしまうのだろう。


 例えば、10分の早出残業は、日本では珍しくない。

 本当は違法でも、「世間の常識」が優先されてしまうのが、日本の実態である。


 だが、1時間以上の早出残業は、極めて異常だと言うべきだ。

 30分だって長すぎる。


 自分達が非常識だから退職者が続出しているのに、そのことを恥ずかしいとすら思っていない社長や管理職は、サラリーマンとしては優秀だと認められたのだろうが、人としては終わっている。

 「灰色建設の常識は世間の非常識」とでも表現すべきだった。


 そもそも、部下に対して「利益を出せ!」と命じている上の連中が、採用活動のために大金をドブに捨てているのは、一体どういうわけなのだ?

 少しでも、「無駄遣いをして申し訳ない」と思わないのだろうか?

 そういった苛立ちが、抑制できなくなっていた。


 当然ながら、不安はある。

 「夢の続き」を目指すのは、振太にとっても良い話なのだが、「そもそも転職に成功するのか?」というのは、仕事を辞めたいと思っている人の大半が思うことだろう。


 幸いにも、3年勤めずに転職することを、振太の両親は承諾してくれたので、実家から追い出されることはなかった。

 しかし、振太が懸念していることは、他にもあった。


 その業界は、国家資格が重要とされる世界である。

 資格を取って「先生」と呼ばれている者が、資格の無い者を従えて威張っている……と言われている業界なのだ。

 パワハラまがいの言動をする「先生」も、少なくないらしい。

 そのような話を聞いていたので、資格を取ることができなかった振太は、その業界に行かなかったのである。

 転職しても、「先生」の気まぐれに苦しめられるのでは、何のために転職するのか分からない。


 社長のパワハラに晒されている、管理職のことを考える。

 ああいう生活には、とても耐えられそうにない。

 何とかして、良い事務所を見極めなければ……。


 振太が転職の決意を伝えると、パソコンスクールの校長は、とても嬉しそうな顔をした。

「良かった。これで、二戸さんの人生は好転するでしょう」


 そこで、振太は、転職を考えている業界についての懸念を伝えた。

 すると、校長は首を振った。


「そういう偉そうな人は、どんな業界にもいますよ。特に、昔は多かったのかもしれません。ですが、今では、そういう横柄な人が運営している事務所は、経営が厳しくなっているはずです。転職サイトの中で、企業が転職情報を掲載するために、お金が必要になるサイトで探せば、いい事務所があるはずですよ」


 校長の言ったことは、もっともだった。

 灰色建設は、建設会社だから、社内がブラックでも存続が可能なのだ。

 他の業界で同じことをしたら、灰色建設よりも、さらに厳しい状態に陥るだろう。


「二戸さんの上司は、貴方を引き留めるでしょう。気を強く持って、きっぱりと断ってくださいね?」

 校長はそう言った。


 当時は、人手不足の問題が、盛んに取り沙汰されていた。

 脅迫してでも社員を退職させない企業が多数存在しており、退職代行という仕事まで現れたほどだ。


 だが、振太は、その点については心配していなかった。

 むしろ、「明日から会社に来るな!」と言われる可能性すら想定していたほどである。

 部下を育てることができない総務課長は、振太の存在を迷惑がっていたからだ。


 課長の下で成長した人は、退職した総務主任も、残った先輩社員も、ベテラン事務員も、元々高い能力を保有していた。

 その一方で、自力で仕事ができるようにならなかった者達は、振太が入社する前も含めて、何十人も辞めていったらしい。


 事実上、課長が育てた部下など存在しない。

 「部下ガチャ」という、あり得ない方法で優秀な部下を発掘してきたのである。

 そのことを、「やる気の無い人には辞めてもらった」などと、まるで武勇伝のように語る課長は、頭のおかしい人だとしか思えなかった。


 とはいえ、振太自身にも「能力不足」という問題があることは確かだ。

 ならば、課長の望み通り、辞めるのが正しい結末だと言えるだろう。


 大した能力も無く、まるで仕事ができないのに、居座って迷惑をかけてしまい、申し訳なかった。

 振太の心の奥底には、そういう感情があった。


 タイミングを見計らって、振太は総務課長に申し出た。

「来月末で辞めさせてください」


 退職を申し出てから、1ヶ月以上の期間を空ける。

 今では、日本の常識になりつつある文化だ。社内規則にも定められている。

 これで終わった。そう思った。


 すると、総務課長は激しく動揺した様子を見せてから、振太が全く予想していなかったことを言った。

「頼む、あと3ヶ月だけ待ってくれ!」

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